第10話 かじって別れた七つのイカダ【2】

やがて、タンカーが通り過ぎると海は再びベタ凪に。しかし…
「ガンバーッ!」
仲間達の絶叫が響き渡る。だが、返事はない。姿も見えない!忠太とボーボは泣き出すし嫌な空気が仲間たちを支配し始める。
そんな中、イカサマはサイを振ってみて…出た目はピンゾロの丁。
「おーおー、いい目が出やしたねぇ。でぇじょうぶ、あんのくらいでくたばるガンバじゃねぇでやんす」
と、ひとり楽天的な態度。
その頃、ガンバは海の中で翻弄され沈みかかったが、自然と身体は海面に出た。ガンバは空を見上げて
「ん…?カモメが一羽、二羽、三羽と…へへ、大丈夫まだ生きてらあ。でも弱っちまったなあ…身体中の力が抜けちまって、泳げねーよ…」
そして、いかだに残ったか仲間達は一向にガンバの消息が分からないことに、焦りを感じ始めていた。その時、帆柱の上で遠くを
見渡していたガクシャが突然、大声を上げた。
「おーっ、見えたーっ!」
「本当か!?」
仲間達は、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「んー、しかしあれはガンバではないですなあ…」
ガクシャは、メガネに映るぼんやりした影を見つめながら言った。そして、メガネをよく拭いて注視すると…
「おーっ、あ、あれは…て、て、天狗岩であります!」
この発見に、ヨイショは狂喜する。
「何!目印の天狗岩!?やったー、ついにやったぞ!へへへーい、ついにノロイへの道を見つけたぞ!ガンバの奴が泣いて喜ぶ…」
思わず調子に乗ったヨイショだが、ハタと気づいた。そう、ガンバはいないのだ。
「ちきしょーっ!ガンバーッ、どこだーっ!ガンバーッ!」
半ば自棄になって叫ぶヨイショに、イカサマが耳を塞ぎながらいつもの調子で
「ヘッ、でっけぇ声だぜ…」
それを耳にしたヨイショは、カチンと来た。
「何!?大きいのは、生まれつきだ!」
しかし、イカサマは
「ヘッ、何、怒ってんだい…」
この一言で、ヨイショはヒートアップ。
「何ィ!?俺が怒ってるって!?俺がいつ怒ったよ!」
イカサマの胸倉をつかんで、詰め寄るヨイショ。それを見てシジンが
「まあまあ。イライラしないで…」
と、止めに入るがヨイショの怒りは収まらない。
「イライラしちゃあ、いけねぇのかい!」
と、力任せにイカサマを投げ飛ばす。そして、ガクシャと激突。
「痛いな、もう…」
憮然とするガクシャに、イカサマが八つ当たり。
「痛てぇのは、こっちでえ!」
と、ガクシャに一発お見舞いする。その拍子に、ガクシャのメガネが吹っ飛んで、ボーボの顔に。
「あわわわわわ…め、目が回る…」
足元がふらついたボーボは、忠太のシッポを思い切り踏んづけてしまう。
「あーっ!痛い、痛い、痛い!」
悲鳴を上げる忠太の傍らを、メガネをなくして周囲が見えないガクシャが、ウロウロ…そして、ヨイショと激突して海に突き落としてしまう。
「うーっ、てめぇらやる気かーっ!?」
ついにヨイショが激怒。手当たり次第に仲間を殴り始めて、それがもとで彼らは殴る蹴るの大喧嘩に発展してしまう。
「もう!こんなことしてていいんですか!ガンバは一体、どうなっちゃうんですか!?」
騒ぎの中、踏みつけにされていた忠太がとうとう怒って、仲間たちを止めた。この言葉に我に返った仲間達だったが…
「ヘッ、心配いらねぇやい。俺が独りで行って捜してくらあ!」
言うが早いが、イカサマがイカダを結んでいた綱を齧り切る。そして、イカダの一部を切り離してそれに乗って漕ぎ出した。
「へへ、独りが気楽、気楽だよ。サイナラねぇ」
と、その場を去っていく。しかし、それを止める者がいないばかりか…
「よおし…俺も」
「我輩も」
「オイラも」
「私も」
彼らは、各々イカダを齧り切ってバラバラの方角へと漕ぎ出してしまう。目的は、同じガンバの捜索だと言うのに…

その頃、ガンバは上空を飛ぶカモメをただ見上げていた。
「か…か、ねぇ。カモメ、カモメ、カモメ…かーもーめーの、水兵さん。なーらーんーだ水兵さん。白い帽子…」
と、唄い出す。そこへ、一羽のカモメがガンバの身体の上に降りた。
「お…ハハ、よっ、水兵さん。こんちは」
カモメに声をかけるガンバ。カモメは一声鳴くが
「え?クエッ!?クエッ、なんちゃってニクイねーこのー」
ガンバは陽気に笑って見せるが、カモメは嘴でガンバの鼻をツンと突付くと飛び去っていった。
「へへ、あばよーっ」
カモメに手を振って見せるガンバだが…
「困ったなあ…動くのはこの手だけだもんなあ。どうなっちまったんだ?俺の身体は…だ、だ、だ…だめよ、だめぇーっ!」
半ば自棄になって、大声でがなるガンバ。一方…
「おーい、ガンバーッ!」
仲間達は、必死にバラバラのイカダを漕いで海を駆け回りガンバの消息をつかもうとしていた。中でもシジンは、自分の赤褌振り回して絶叫する。
「ガーンバ、ガンバ、ガンバ、ガンバ、ガーンバガンバガンバガン…バカン?」
そんな彼らの頭上を、飛行機が通り過ぎていく。それを見ていたガンバは
「ひ…飛行機のひか。ひ…ひーけーばとぶよーなー」
再びがなりたてたガンバだが、口をあけすぎて海水を飲み込んでしまう。そして、海の中へ没してしまった。
「ちきしょーっ、どこいるんだよーっ!ガンバーッ!」
大声上げてガンバを捜すイカサマのところへ、別のイカダが追突。海に落とされてしまったイカサマは
「こらあ!ここはおいらが捜しているところだぜ。もっとヨソへ行って捜しなよ!」
すると、ガクシャが駆け寄ってきて
「イカサマこそ、ヨソを捜すべき!」
と、イカサマの頭をポカポカ。
「こんのーっ!」
「やるであるか!?」
ふたりがにらみ合っているところへ、ヨイショの大声が近づいてくる。
「こらあーっ、邪魔だ邪魔だ!どけどけーっ!」
そして、ふたりのイカダに激突。彼らは海に転落するが、お互いの顔をにらみ合うとプイと背を向けて、別々の方角へと漕ぎ出した。

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