第11話 ぺてん師、トラゴローを追え!【1】

陸(おか)に上がったガンバ達は、カラス岳を目指すことに。
「お…人間はいねぇぞ、来い来い。早く」
「よし、俺たちも行こうぜ」
イカサマの先導で彼らがやってきた先には、荷車を引いた馬がのんびり草を食んでいる。
「イカサマ…どこだ?」
ガンバは、イカサマを捜してウロウロしていると馬の足とぶつかってしまう。
「な…何だああっ!?」
ギョロリと大きな目、初めて見る生き物にビックリのガンバは
「こ…こんの野郎、やるかーっ!きしょー」
思わずビビリながらも、馬にケンカを売ろうとする。ガクシャはそれを見て
「ははあ、これは馬と言う動物ですな」
「…お、おっきいねー」
ボーボが正直な感想をもらしていると、頭上からイカサマの笑い声が。
「ハッハッハ、馬が大きいからってビビルこたぁねぇぜ。おとなしい動物よ。まあ、見てな」
 言うが早いが、馬の尻尾の毛を一本むしり取った。さすがに、これには馬も驚いて身体を揺らしたから、イカサマはあえなく落下。
「へへへ、愛嬌、愛嬌。デヘヘヘ…」
荷台の干草の上で、ガクシャは広げた地図を前に今後の進路を説明する。
「えー、大体この辺りですな…」
「ってことは、この道を真っ直ぐ行ってカラス岳を越えれば…」
「さよう、ノロイ島が目の前に見えるはずですぞ」
「いよいよノロイか…」
感心するガンバに、イカサマが声をかける。
「さてと、それじゃそろそろ行きますか。おいガンバ、手伝ってくれ」
ふたりは御者台に降りると、そこにあった細い竹を手にした。
「いいか、この竹ざおで馬の尻を叩くんだ…トットッ…ガンバ、見てねぇで手伝えよ」
イカサマは、訳知り顔で説明するが独りではバランスが取れない。ガンバも手を貸すが、ふたりの足元は覚束ない。荷台の上から心配そうに
見ていたヨイショの頭を直撃する始末。
「イテェ。おいおい…大丈夫か?」
心配そうな顔のヨイショにイカサマは
「大丈夫ってことよ、任しとけって」
「…それにしても、でっけぇケツだあ」
唖然とするガンバに、イカサマは
「ぐずぐずすんねぇ、行くぞ」
何とか、ふたりでバランスを取ると鞭で馬の尻を叩くと言うより、先端で突付くという感じだが、馬を動かそうとする。馬の方もいつもと勝手が
違うもののしつこく尻を突付かれて、やっと歩を進めた。
「やった、動いた。動いたぞ!」
「やったあ!」
馬は勢いよく走り出すと言うより、のんびりと歩く感じで荷台を引いていく。
「ちぇっ、ちっとも速く走らないぜ…」
物足りない様子のガンバに、イカサマは
「まあ、焦るなって…のんびり行こうぜ」
一方、荷台の上ではシジンが
「うーん、この澄んだ空気、町では味わえないご馳走ですな…」
この言葉に、ボーボが反応する。
「え、ご馳走?」
と、空気を思い切り吸ったり吐いたり。
「ほんと、美味しい!」
一方、ガンバは馬の尻の動きをしきりに見て、身体を右に左に…
「でっけぇくせに、良く動くケツだぁ…」
「チェッ、馬鹿馬鹿しい。つまんねぇことに感心するない」

それぞれが、カラス岳に向けて思い思いにすごしていると傍らの道から、一匹のネズミが鼻歌交じりに現われた。
「ヒョーッ、こりゃいいものが通りかかったぜ、へへへ…。待ってくれよーっ!」
ズタ袋を肩にかけたそのネズミ、荷馬車を追いかけてきた。そして荷台に飛び乗ると
「いやー、助かった助かった。一時はどうなることかと思いやしたぜ」
と、独りまくしたてる。
「おっと、こいつはいけねぇ。挨拶が遅れて申し訳ありやせん。あっしはフーテンのトラゴローと言う、しがねぇ旅の者でござんす。どうか、よろしく
お見知りおきを」
唖然とするガンバ達を差し置いて、トラゴローは独りで喋る。
「ところで、あんさん達はどちらまで行きなさるんで?」
「ノ、ノロイへ行く途中さ…」
ヨイショの言葉に
「ヒェーッ、ノロイ!皆さんで?…こりゃ、驚いたねー」
そして、忠太を見るや
「こんな小さな坊ちゃんまで、ノロイへねー。へーっ」
と言っているそばから、イカサマに歩み寄り
「おや、お兄さんなかなかキマッテますね。この吊りズボン」
更に調子に乗って
「ノロイとかけて何と解く、故障した車と解く。その心はノロイ(鈍い)でしょう」
仲間は、すっかりトラゴローのペースに乗せられ大笑い。しかし、イカサマはそんな彼のC調ぶりが気に入らない。
「チッ、調子のいい野郎だぜ、まったく…」
と、御者台でおかんむりだ。しかし、トラゴローはますます舌好調。
「デヘヘ、大したもんだよカエルのションベンってね…それにしても何ですよ、どこから来なすったのか知らねぇが、道中いろんな苦労があったんで
やんしょうねぇ」
「そ、そりゃ…嵐もあったし漂流もしたしよ」
「それに、黒ギツネとも戦いましたぞ」
「ヘッ、キツネさんと?かーっ、その上、ノロイと戦おうなんて…こりゃ並みのネズミにゃ到底できませんぜ」
おだてられて、ヨイショは思わず照れくさそうな顔をする。
「そうかい?ただ、シッポがうずくだけよ」
「へっ、シッポが?かーっ、こりゃ参った。それにしても、この逞しい腕ならノロイなんざイチコロのコロコロですぜ」
ヨイショはますます上機嫌。そこへ、ガクシャが割り込んで
「はは、それにこの優秀な頭脳もありますからな」
と、ボーボがトラゴローの荷物に近づいた。
「あ、いい匂い…美味しそうな匂い」
すると、トラゴローはとっさに荷物を奪い取る。
「おっと、こいつはいけねぇ。こいつにゃ、命の次に大事なものが入っているのよ」
「その、大事なものって、何だい?」
ヨイショの、好奇心に満ちた問いにトラゴローはそれを取り出す。
「ほほぉ、これはベロベロ飴ですな」
中から出てきたのは、大きな渦巻状の模様のついた飴だった。
「十年ぶりに故郷に帰ぇるんで、お袋への土産なのよ」
「それは、感心なことです。どうです、お近づきのしるしに一杯」
シジンが差し出す杯を、遠慮なく受け取るとトラゴローはグイッとあおる。
「かーっ、酒は美味いし故郷は近いとね。言うことないぜ。うーさぎおーいし、かのやまー…おっかさーん!」
これには、仲間たちも大受け。笑い転げた。と、馬車は二叉路にさしかかる。どっちの道を行けばいいのか、ガンバ達には分からない。
すると、トラゴローが
「左、左。こっちの方がはるかに近道よ」
「何…よし、手綱を左に引くんだ」
イカサマとガンバが、必死に手綱を操る様子を見て
「そうそう、その調子。いいよ、大統領!へへへ」
彼らを例の調子ではやしながらも、トラゴローはちょっとニヤリと笑っていた。

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