第11話 ぺてん師、トラゴローを追え!【2】

「に…人間だっ!」
ボーボが思わず声を上げた。
「ま、待てぇーっ」
遠くから、駆け寄ってくる影が。荷馬車がなくなって、慌てて人間が追いかけてきたのだ。
「イカサマ、ガンバ、スピードアップしろい!」
イカサマは、必死に手綱で絵馬の尻を叩くが思うように速く走らない。追ってくるのは中年男性で、速く走っていないが、それでも距離は縮む一方。
このままでは、追いつかれてしまう!
「どうした?イカサマ!」
「ダメだ、これ以上は出ねぇ!」
こうしている間にも、人間はグングン追いついてくる。
「まずい!隠れろっ」
ヨイショの号令で、彼らは身を隠す。
「こうなったら、最後の手段だ…齧っちゃえーっ!」
ガンバは、馬の尻に飛び乗ると、ガブリとひとかじり。これには馬も驚いて、勢いよく走り始めた。あと一歩のところで、捕まえそこなった人間は
へたり込んでしまった。
「へへへ、やったぜ!」
「…危なかったぜ」
「危機一髪でしたな…」
「へへ、スリル満点。まるで映画だね」
トラゴローも、調子のいいことを言っていたが事態は映画どころではなくなっていた。
「うわわわわぁっ!」
「どうした、イカサマ!?」
「馬車が止まらねぇんだよっ!」
暴走を始めた馬は、イカサマの手綱捌きでは御せなくなっていたのだ。
「ど、どうしよう…」
「こうなったら、馬が自然に止まるのを待つしかねぇな」
しかし荷馬車は大きく揺れて、ヨイショ達もジッとしていられない。
「おいっ、何とかなんねぇのかよっ!この馬車」
怒鳴られても、イカサマ達にはなす術なし。
「馬に聞けよーっ!」
と、やり返すのが精一杯。そのうち、目の前には崖が…!
「干草に潜り込めっ!」
イカサマとガンバは、仲間と共に荷台の干草に潜り込んだ。馬は、目の前が崖と分かると慌てて方向を転換するが、荷台は勢い余って崖下に転落
してしまう。

「…海だ!」
崖下に落下したガンバは、しばらく気を失っていたが妙なことを言って立ち上がった。
今、ガンバの目の前には大海原が…ガンバは海に飛び込む準備をすると、早速飛び込んだ。とは言っても、現実にはガンバは草の上を泳ぐふりを
して、ただ這い回っているだけ。その手足やシッポが周囲で気を失っていた仲間達を、次々に起こすことになった。
「ガンバの野郎、頭打っておかしくなったかな?」
ヨイショは、ガンバを抱き起こすと身体を揺らして正気に戻そうとする。
「あれ…みんな?ハッハッハ…みんな無事で良かったね」
ガンバが少し呆れたことを言っていると、彼らの背後で声がした。
「そう!けっこう毛だらけ、猫灰だらけってね」
ビックリして振り返ると、壊れた荷台の干草の中からトラゴローが現われた。
「ヘヘヘ、お久しぶりだよおガンバちゃん。ってね」

そして、トラゴローはこちらが近道だと彼らを森の奥に案内する。
「おいトラ、ホントにこっちでいいのかよ?」
ガンバの問いに、トラゴローは
「へい。この辺は、あっしがガキのころ慣らしたところでさあ。任しといてくだせぇって」
「それにしても、ひどい近道だぜ」
「へへ…そのうち、楽になりますって。楽にね…へへへ」
その彼らの頭上で、木の間を飛ぶ不気味な影…山猫だった。
"どうやら、この辺だな…"
周囲を見渡したトラゴローは、ふと足を止めた。
「どうしたい、トラ?」
「いえ、ちょっと荷物が解けちまって。先に行ってて下さい。すぐ、追い付きやすぜ」
「そうか。じゃ、行ってるぜ!」
ガンバ達を見送ってトラゴローは、ニヤリと笑った。一方…
「……!」
突然、頭上から大きな影がガンバ達の目の前に飛び降りてきた。
「や、山猫だあっ…!」
慌てて逃げ惑う彼らの頭上で、笑い声が…
「あ…トラ!」
頭上の木の上から、トラゴローがこちらを見ていた。
「ヘヘヘ…あっしの故郷には近道で、ノロイへ行くには寄り道で、山猫出るよ怖い道。ってね。へへ、命があったらまた逢おうぜ!」
そう言い残して立ち去っていく。
「あ…トラッ!」
「野郎、俺たちを囮に使いやがったな!」
だが、トラゴローを追っている暇はない。山猫が歯を剥いている!
「…こうなったら、飛び道具っきゃないぜ!」
イカサマは飛び道具で対抗しようとするが、山猫の動きは思いのほかすばやく、危うくつかまりそうになる。続いて立ち向かったヨイショも、一撃で
吹っ飛ばされてしまった。そこへガンバが、山猫の顔面に飛び蹴りを食らわせるが思ったほどのダメージは与えられず、逆に前足で弾き飛ばされて
ピンチに陥る。
「ガンバ…!」
そこへ、イカサマのサイが飛び山猫の目に命中した。その隙に、ガンバ達はその場を逃げたが、片目を潰されて怒り狂う山猫は後を追ってくる。
「ん…あれは材木運搬用のケーブル!あれに乗って、逃げるんです!」
ガクシャの指示で、彼らはケーブルのある場所へ。まずイカサマがケーブルに掴まって
「さあ、みんなシッポにつかまるんだ!」
しかし、仲間が一斉につかまったのでイカサマは耐え切れずに落下。
「んもう、ダメダメ。一番力がある者が先につかまらないと!」
そこで、ヨイショ・ボーボ・ガンバ・イカサマ・シジン・忠太の順でケーブルにぶら下がり、最後にガクシャが助走をつけて…そうしている間にも、
山猫はグングン近づいて来る!そして、ガクシャの足が離れてケーブルが滑り出した時山猫も彼らに飛びつこうと
ジャンプしてきた!…が、ガクシャの尻尾が短かったのが幸いして山猫は爪を引っ掛けることができず、あえなく森へ落下していった。
ケーブルは、勢いをつけて反対側へと到着したが…場所も方角も分からなくなっていた。
「ちきしょう、これもみんなあのトラのせいだ!」
「ええい、そうとも!今度逢ったらタダじゃおかねぇ!」
トラゴローに対する怒りが爆発していた彼らの耳に、遠くからトラゴローの声が。
「よお!生きていりゃこそ逢えもする。エライもんだよご苦労さん、とね。一足お先に失礼さん。まあ、ゆっくりと来な」
相変わらず人を馬鹿にしたような態度で姿を消すトラゴローに、ガンバ達は怒り心頭。後を追うと、坑道の入口にでた。
「この奥だな…」
と、シジンの耳が異変を捉えた。
「来ます、何かが近づいてきますよ!」
すると真っ暗な坑道の奥から、トロッコが猛スピードで迫ってきた。慌てて線路の両側に退避したガンバ達は、トロッコにトラゴローの姿を発見する。
「あっ…トラ!」
「何っ!」
「ヘヘヘ、トコトコトコトコご苦労さん。あっしはトロッコ楽ちんちんとくらあ」
「ちきしょーっ、にゃろーっ!もう許せねえぞーっ!」
「覚えていやがれーっ!」
ガンバ達は猛スピードで去るトラゴローに、捨て台詞を投げつけるのが精一杯だった。

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