第5章 陽は昇り、そして…
§1.ネコ軍団がやってきた
「ようこそ…仲間達よ」
深夜の公園、滑り台の上にいたネコが周囲を見渡しながら言った。もし、この光景を人間が見たら、腰を抜かして警察か保健所に連絡しただろう。
狭い公園の敷地に、少なくとも30〜40匹の野良猫が、集結していたのだから。
「集まってもらったのは、他でもない。まずは、このシッポを見てくれ!」
ダランとたらした尻尾には、鋭いもので切りつけられた傷が筋となって残っていた。
「この間、ふてぶてしいネズミにやられた傷だ。まさか、奴があんな道具を持っていたとは。まあ、これは俺の油断でもあるが…
その代わり、奴をこの爪でズタズタにしてやったがな。フフフフフ」
そのネコ…サタンは、不気味な笑いを顔いっぱいに浮かべた。そして
「話せば長いが、俺の親父はこともあろうにネズミの手で、再起不能になる大怪我を負わされた。その怪我がもとで、親父は思うように動けず結局
ネズミに殺されたようなものなのだ。奴らの、姑息で卑怯な手で苦しみを味わされ…俺は、そのネズミに復讐を誓った。そして町を転々として
そいつを捜し続けた」
サタンは、ここで言葉を切った。
「フフフ…それも終わりだ。この町に、奴が…少なくとも、奴に関わるネズミがいる。俺は、じわじわとネズミどもを追い詰めた。しかし、奴らもしぶとい。
なかなか決定的な事態にならなかったが…嬉しいことに、奴らの方から宣戦布告してきやがった。
この傷がそれだ!俺様にこんなふうに刃向かった以上、奴らにも覚悟はできているはずだ。俺独りで、奴らを壊滅させるのは難しい。
だが、この町のネズミは、一匹残らず殺す!一匹でも、この町から逃がしはしない!この町を、ドブネズミの死骸で埋め尽くしてやるのだっ!」
怒りに全身の毛を逆立てて、声を荒げるサタン。その迫力は、ネコといえども抵抗できないものがあった。
「そこで…諸君らに手伝ってもらいたい。この町で、ネズミを見たら有無を言わさず、情け容赦なく殺せ!追いかけ追い詰め、徹底的に殺すんだ!」
サタンは集まったネコ達に檄を飛ばすと、例の笛を口にした。その音色を聞いたネコ達は、公園を出て町へと散った。
“フフフ…いよいよだ。いよいよ、ネズミの血でこの町を染めてやるときが来た…”
明け方、アカハナ達は慄然とした。
「ま、まさか…くっ…」
次々と、各エリアから上がってくる報告は、徐々に錯綜を始め混乱していく。目の前にはこれもまた、次々と重傷を負った
仲間達が担ぎ込まれてくる。周囲は、さながら野戦病院の様相を呈してきた。
「…やられた、な」
「とにかく、仲間の安否と安全の確保だ。情報の断片からだが、相当の数のネコがこの町に集結したと思われる。どのみち、危険に変わりはないが
一ヶ所に集まるのは避けろ。なるべく最小単位で、猫達の手の届かない場所でジッとしているんだ」
アカハナの指令が、エリアに飛んだ頃にはその日の午後になっていた。
「サタンの奴…今度は他の野良猫を、催眠術で操ったな!」
「エリアの周囲も、ネコでふさがれた!ここからの脱出を試みた仲間は…」
さすがのベアー達も、今度ばかりは浮き足立っている。アカハナも、その態度とは裏腹に大声を上げたい心境だった。
「奴の狙いは、無差別に俺たちを殺すことだ。そのために、これだけの頭数を揃えたんだ。そして、奴らの活動は主に夜だったが、これだけの数ともなると
昼夜は関係なくなっている。最早、ネコを見たら逃げるしかない。立ち向かったところで、すぐに他の猫が集まってくる。今は、動ける仲間を
どれだけ温存できるかが、勝負の鍵だ…」
「そのうち、食料を絶たれ逃げ場を失い…結局のところ、追い詰められるは目に見えているじゃないか?」
「そうなる前に、奴を…サタンを見つけなければ」
「ああ。奴は、黒幕に徹し始めた。奴を見つけ、首根っこを抑えなければ…」
「しょせん、あのネコ軍団はサタンに操られているだけ…」
「ああ、そうだろう。中には、もともと凶暴な奴もいるだろうが、日中人間の目に付くことを恐れずに、俺達を追い回す行為は少し異常だ。
しかし、これだけ大量の野良猫が、決して広くはないこのエリアで大量発生したら、人間達も黙っちゃいまい。そのリスクを省みず俺たちを追いまわして
いるのは、サタンに操られているからだと思う」
アカハナは、リーダー達に号令した。
「ベアーは食料の確保、ジャックとシャドーは怪我した仲間の手当てと救護物資の調達、マジックは武器と計画に必要な物資を調達してくれ。
そしてチョッキーは、引き続き情報収集と安否の確認。各エリアのリーダー格が率先して仲間を指揮して、事に当たってそして、ネコには注意してくれ!」
ガンバは、急を告げた事態を目の当たりにして呆然としていた。
“こ…こういうことだったのか…”
今更ながら、アカハナの言っていた“守るべきもの”の意味が分かってきたのだ。
“もしかしたら…俺が、こんな事態を招いていたのか…”
住処でボーボと共にじっとしていたガンバは、終始無言だった。
「ガンバ、いるか?」
と、そこへアカハナの声がした。
「あ…はい…」
ガンバが、ちょっといぶかしげに返事をすると入口からアカハナが入ってきた。
「…無事のようだな」
「はい…」
ガンバは、アカハナを前に少し緊張した顔でいた。
「ガンバ、おまえは父親の仇を取る気はあるか?」
「えっ…!?」
ガンバは、うつむき加減だった顔を思わず上げた。
「おまえがその気なら、重大な役割を与えることにする。一歩間違えれば当然、死の危険が待っている。それでも、やるか?」
ガンバは、アカハナの目をじっと見た。
「…もちろん、断ってもかまわない。むしろ我々としては万一のことを考えると、おまえにあまり危ない橋を渡らせたくはない。
だから、単に父親やロックの仇を討つつもりで、闇雲にネコ達に向かっていくならとてもではないが、任せられん。我々の指揮下で計画を守り
行動できるならの話だ」
ガンバはしばらく黙っていたが、意を決したよう首を縦に振った。
「よし。それならば早速、計画について話がある。一足先に“本部”に行ってくれ。ネコには、十分に注意するんだぞ」
ガンバは、黙って住処を飛び出して行った。それを見送ったアカハナは、ゆっくり後ろを振り返った。
「アカハナさん…ガ、ガンバに…そんなことさせるなんて…大丈夫だよね?」
アカハナは、半分涙声で訴えるように訊ねるボーボに
「ああ。だが、あいつのことだ。勝手に暴走されたら、火に油を注ぐ事態になる。それならば、我々の指揮下に置いた方がいいんだ…ボーポ、大丈夫だよ
ガンバを殺させはしない。我々が…絶対に、ガンバに怪我一つさせるものか…」
アカハナは、ボーボを慰めるように言った。
ガンバは目的地に向かう途中、何匹ものネコに遭遇した。いつもの自分なら、ネコなんかに怯むことなく立ち向うところだが…
“か…数が多すぎるよ…”
前に、野良猫をからかい半分逃げていたら他の野良猫がやってきたことがあった。さすがにこの時は、二匹の野良猫に挟まれてピンチに陥った。
それ以来、複数のネコを相手にすることはしないようにしている。
「……」
決して、ネコそのものは怖くも何ともないが、視界の中にざっと5〜6匹のネコがいる。下手に飛び出したら、それ以上の数のネコに囲まれることは必至だ。
“くそう…”
下手に手を出せないことの歯がゆさと、自分達をこんな事態に追い込んでいるサタンへの怒りから、ガンバは拳を握ったが…
「アカハナさんとの約束だもんな…」
ガンバは、そっと身を隠すようにしてその場を去ると、ネコの気配を避けながら“本部”へと向かった。
「おおガンバ、無事だったか」
ベアーは、ガンバの姿を認めると安心したようにいった。
「ア…アカハナさんは?」
「あいつなら、エリアの見回りを続けている。大丈夫だ。それより、あいつから話は聞いていると思うが…?」
ガンバは、黙ってうなずいた。
「よし。それでは、我々の計画について説明しよう…」
ベアーは、ガンバを奥に連れていった。そこには、マジックとシャドーが待っていた。
「具体的な指示は、アカハナが戻ってきてからだが…いいか、まずサタンによってこの町に集められた野良猫の数を減らす」
「ど、どうやって…?」
「我々だけで、あの数のネコを始末するのは不可能だ。そこで、ここは人間の手を借りることにする」
「人間の…!?」
「そうだ。限られた場所で、多くの野良猫が現れて町の人間も怪しみ始めている。そこで、我々が野良猫を刺激して暴れさせる。
そうなれば、人間達のターゲットはネコに向く…」
「まあ、我々にとっても危険は大きいが…まずは、あの数の野良猫どもを何とかしないとな。決戦は、それからだ」
「捕まえられるもんなら、捕まえてみろ!」
突然、ネズミ達に挑発されて怒らないネコはいなかった。
「こっちだよー、ここまでおいでー」
ガンバ達、活きのいい若者達がさかんに野良猫を白昼堂々挑発した。たちまち、彼らにとって命懸けの鬼ごっこが始まった。
“とにかく、野良猫達を挑発して逃げるんだ。要は、人間達の目に野良猫が大勢暴れていると印象付けることが、この作戦のポイントだ”
アカハナの指示を守り、ガンバ達はチョロチョロ出たり身を隠したりの繰り返しで、ネコ達を挑発する。
とにかく、この町のことは自分達の方が良く知っている。抜け道・逃げ道・ネコの入ってこられない隙間…巧みにそれらを利用して、ネコから逃げ回った。
一方、ネコ達は躍起になってネズミ達を追いかけた。
そして、これを続けること三日…中には悲しい犠牲も出たが、彼らの作戦は思ったより早く確実に功を奏した。
「やったぞ!人間が、次々と野良猫を捕獲している!」
チョッキーが、やや興奮した口調で報告した。
「どうやら、人間達には我々の姿はあまり見えていないらしい。まあ、全く見えていない訳でもないだろうが、我々は何もしていない。
それより、歯を剥き出し爪を立てて暴れている野良猫の方が、はるかに危険だ。狙いどおりの展開になってきた」
それからも、人間達の野良猫捕獲は続いた。町の人間は、野良猫と見ると汚らわしいものでも見るかのように追い払った。
かくして、ネズミ達の脅威は次第に去っていった。
「だが!」
アカハナが、周りの空気を引き締めるかのように声を上げた。
「これで、我々が勝利したわけではない。最終的な決戦は、あのサタンとの戦いだ。ここで調子に乗ったら、ひどい目に遭うぞ。特に、ネコだけに気を奪われて
人間の存在を忘れるな!奴らの方が、はるかに残忍で姑息だ。これからの戦いに備え、各々準備と心構えを忘れないように!」
集まった仲間達を前に、アカハナはあくまで冷静に指示を出した。
「ガンバ…よくやったな。少し、休みなさい」
「……」
「幸い、ネコの爪にはかからなかったようだが…全身、擦り傷や切り傷だらけじゃないか。少し休んで、その傷を癒すんだ」
「で、でも…こんなの、かすり傷だよ…」
すると、突然アカハナは厳しい目をガンバに向けた。ドキッとして身を堅くしたガンバに、アカハナは静かな口調で言った。
「…前にも、話したな。おまえの親父は、全身にひどい傷を負いながらおまえと同じように、こんなのはかすり傷だと言っていた。
その結果は、おまえも良く知っているはずだ。いいか、くどいようだが本当の戦いはこれからだ。おまえにはまだ重要な使命が待っているんだ。分かったな…」
“そうだ…俺達は、まだサタンをやっつけたんじゃない。戦いは、これからなんだ…”
ガンバは、自分の気持ちを押さえながら心の中で呟いていた。
一方…
“ネズミどもめ…味な真似を!だが、これで終わったと思うなよ…おまえ達を皆殺しにするまで、俺様は手を緩めんからな…
覚悟しておけ…!”
サタンの不気味な呟きが、夜の街の喧騒に消えていった。
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§2.決戦前夜
それから、しばらくの間静かな夜が続いた。もちろん、度重なるピンチに町ネズミ達は警戒心を緩めてはいなかった。
いつ、どんな手で襲ってくるか…しかし、そんな彼らを嘲笑うかのように事件は起きた。
深夜、フラフラとした足取りでネズミが歩いている。まるで、酔っ払って千鳥足で歩いているかのように…しかし、その目はぼんやりとして光を失っている。
そして、そんな感じで歩いているネズミが一匹、また一匹…
やがて、彼らはビルの裏手にある空き地に集合した。その数、約20匹。大人から子供まで、集まったネズミはバラバラだった。
集会か?それにしては、雰囲気が妙だ。よく見ると、彼らは誰ひとり『まともな目』をしていない。
全員、ぼんやりとした光を失った目をしている。そして、空き地に突っ立ったままでいる。そこへ、暗闇から声がした。
「よく来たな…フフフ、歓迎するぜ…」
空き地の片隅に、ビルの陰が差し込んで暗くなっていた場所から、突然ランランと輝く目が現れた。
「さて…今宵の宴を、始めるとするか」
暗闇から、大きな影が飛び出してきた。例の笛を口にした、サタンである。
「ククク…おまえ達の血が、この傷を癒す何よりの薬だ。存分に、傷を癒させてもらうとしようか…」
言うが早いが、手前にいた若者めがけてサタンの前足が斜めに空を切った。
たちまち、鈍く嫌らしい音が周囲に響き、彼の身体から鮮血が周囲にほとばしった。しかし、彼はもちろん周囲のネズミ達も『何が起きているのか』を
全く、把握できていなかった。
事実、周囲に立っていたネズミの顔や身体にべっとりと血が飛んだのに、彼らは相変わらずぼんやりとした表情で立っている。
そして、痛みも自覚もないままでいる彼に向かって、なおもサタンの爪が、次々と身体を斬り付ける。
やがて、彼は力なくその場にドサリと倒れ伏した。
「まだまだ…」
サタンは、彼の身体を前足で少し起こすと左腕を口にくわえた。次の瞬間、それまでとは違う鈍い音が響いた!
そしてサタンの足元には、左手を失った彼の身体と、食いちぎられた左腕が転がった。
サタンはこれを繰り返し、やがて周囲にはおびただしい数の『バラバラ死体』と血が散乱した。
「さて、おまえには特別な仕事をしてもらおう…」
最後に残った一匹を前に、サタンはニヤリと笑った。そして、そのネズミの背後に回ると催眠術を解いた。
正気に戻った彼は、目の前で何が起きているのか、分からなかったようだが…
「ヒッ…!」
目の前の『惨状』を見て、その場に固まった。そして、次に背中からただならぬ気配を感じた。
彼は、バネの力で少しづつ動く人形のように、じりじりと首を後ろに回した。
「……!」
そこに光っていたのは、こちらを射るような視線…そして、血の滴り落ちる口がこちらに不気味な笑みを浮かべていた。
翌朝、アカハナ達はこれまでで最も辛い『作業』をしなければならなかった。
何しろ、バラバラになった死体はあたり一面に散乱して、犠牲者の数も誰なのかも初めに現場を見た時には、全く見当が付かなかったからだ。
彼らは一つ一つ手足やシッポを、パズルのように組み合わせて、犠牲者を特定するしかなかった。
そして…
「最後の、ひとりだったようだな…」
身体中に裂傷が走っているのは、他の仲間達と同じだったが彼はバラバラにされるのだけは免れた。
その代わりに彼は、アカハナ達が現場に到着した時、光のない目をぼんやりと見開いて口が機械的に動かしていた。
「コレデ オワッタト オモウナヨ…マダマダ チガ タリナイ。コノキズ ヲ イヤスニハ マダ オオクノ チガ ヒツヨウダ カクゴ シテオケ…」
彼は、サタンからのメッセージを繰り返す『機械』にされていたのだ。
「…やられた、な」
作業が終わると、リーダー達の口から後悔と怒りの言葉が、次々と出てきた。それは、サタンに対する怒りであると同時に、仲間を守り切れなかった
自分達に対する苛立ちと怒りでもあった。
「要らぬ犠牲を…くそっ!」
「しかも、我々の警戒の裏をかいて…」
「見せしめにしては、ちょっと度が過ぎるぜ…?」
「奴も、本気になったと考えていいだろう」
「黒幕をやめて、表舞台に出てきたってわけだ」
「…こうなったら、徹底的に戦うしかないぜ!」
「そろそろ、くすぶり続けた火を一気に燃え上がらせても、いいんじゃないか?」
黙って腕を組んでいたアカハナは、重い口を開いた。
「そうだな…決戦の時は、近いな…」
「これから、サタンとの決戦を迎える。その前に、作戦を改めて確認しておきたい…」
アカハナが集まった仲間達を前に、少し緊張した表情で話し始めた。そこには、リーダー格を始め、チョッキーや作戦に関わる若者達も含まれていた。
ガンバもその中で、少しこわばった表情をしていた。
「まず、サタンから例の笛を奪い壊すことだ。あれが奴の手にある以上、いつ催眠術で躍らされるか分かったものではない」
「あれだけは、避けようがないからな…」
「恐らく、耳を塞いでいても頭に直接響いてくるような、特殊な音波を出しているんだろう。先日の犠牲者の中には、耳に固く栓をしていた者もいたんだから…」
「そうなると、たとえサタンを倒しても別のネコの手に渡らないとも限らないな…」
「そこでだ、シャドーとマジックが中心となってチームを編成し、サタンから笛を奪ってくれ。奴は笛に紐を通し首にかけ、胸の毛のふさふさした部分に
それを隠しているから気をつけてくれ」
「何、何とかするさ。正攻法で攻めるのは、ちょっと難しそうだがな…」
シャドーは、何か“作戦”があるらしくちょっと笑って答えた。
「で、奴についてはどうするすもりだ?俺たちの手で、奴の息の根を止めてしまうのか?」
ベアーの問いに、アカハナはちょっと表情を曇らせた。
「…作戦としては、これから説明する通りに動いてもらうが、我々の手で殺さなくとも…相当のひどい怪我を負わせるだけでも十分ではないかと考えている」
「そ、そんな…!」
「俺たちの手で、奴の息の根を止めるべきです!」
「怪我させるだけでは、不安です」
若い連中から、抗議の声が上がる。ガンバも、納得できないという顔をしていた。
「静かに!」
アカハナは、彼らを諌めるように声を上げた。
「確かに、我々が一斉に襲い掛かり奴の喉笛を噛み切るのも、一つの手ではある。だが、奴の体格や俊敏さ、狂暴な性格などを考えると、
玉砕戦法は無駄な犠牲を増やすだけで、効果的な結果を出さないと判断したのだ。あのサタンの動きを止め、なおかつ急所などに攻撃をする…
一斉にこれを遂行するのに、何匹の仲間が必要だと思う?それだけの数の仲間を簡単に集められないし、訓練などをしている余裕もない。
まあ…私の作戦も、はっきり言って一発勝負な点は否めないが…しかし、限られた数の仲間で効果を上げるにはあまり冒険は出来ないのだよ」
アカハナの説得に、彼らは沈黙した。
「アカハナさん…」
ガンバは、誰もいない場所でそっとアカハナに声をかけた。
「…何だ?」
アカハナの態度は、ガンバがこうして声をかけてくるであろうことを、分かっていたようだった。
「サタンを…殺さないって、本当はどういうことですか?」
アカハナは、黙っていた。
「あのネコは、父さんの仇だしロックや…大勢の仲間を殺した…動けないくらいの怪我を負わせるのなら、そこでとどめを刺したって!」
「ガンバ…私がサタンを殺さないと言ったのは、サタンにとって最も辛い仕打ちだと言うことが、分からないか?つまりだ、奴はネズミに辱めを受けて
不自由な身体になってなお、この町で暮らさねばならない。奴にしてみれば、自殺したくなるような思いだろう。私は、奴の生命を奪うより生き恥を
さらしてもらうことを、選んだのだ」
「だけど、また…あいつの子供とかが、復讐に…?」
「その心配はない。私は、チョッキーに命じて、奴の身辺を徹底的に調べさせた。その結果、奴には子供はいない。ただ復讐だけに、これまでの生涯を
費やしてきたようだ。かつて、私とおまえの父親が一つ失敗したことは、あのゼロには子供がいるかどうかを、気にしなかったことだ。
若い頃の冒険心から、ただあのネコをやっつけることだけに集中し、これが今後どうなっていくのかなど考えもしなかった。結局、ゼロは子供のサタンに
日々恨みをもらして、復讐の二文字を叩き込んだのだろう。
もし、奴に子供がいたらサタンを殺さざるを得なかった。そして、場合によってはその子供にも…再び、おまえ達をつまらない復讐劇の舞台に引きずり出すことに
ならないためだ。こんな復讐劇が綿々と続くことは、我々にとっても、ネコにとっても馬鹿げている。それをここで断ち切ることも、今回の作戦の重要な点だ」
ガンバは、黙ってアカハナの話を聞いていた。
「そして、ガンバ…おまえには作戦で重要な役割を任せる。それは、サタンを指定の場所におびき寄せるため、囮になってサタンの前に出ることだ」
「……!」
「かつて、我々が取った作戦を再び遂行する。一歩間違えば、サタンの爪にやられる危険な役割だ。事実、おまえの父親もあの時の作戦で、ゼロの爪でやられた傷が
致命傷になったのだ。だが、おまえなら…いや、いろいろな意味でこの作戦にはおまえが適任なんだ。安心しろ。万一の時は、仲間達が助ける。
おまえを、無駄死にさせはしない。やってくれるな?」
ガンバは、意を決したようにうなずいた。
それから数日後の夜半、いよいよネズミ達の作戦第一弾が決行された。
「いいか、狙いは奴の胸にある笛だ。万一、俺の身に何かあっても、計画を乱すことだけはしてくれるなよな…」
シャドーの言葉に、マジックはちょっと笑って答えた。
「ヘッ、そういうことを言う奴に限って、無事帰ってくるものさ」
「こいつ…」
彼らは、公園に仕掛けた罠にサタンを誘い込み、自由な身動きを取れなくさせたところを狙って、笛を奪う計画だった。
「それじゃ、頼んだぜ…」
おとり役の若者達に、シャドーは声をかけた。彼らは、サタンの注意を引き公園へ誘き寄せる役だ。
「分かってます」
彼らは、サタンの前を全速力で走りぬけた。この挑発に、ちょっと怪訝そうに見ていたサタンだったが、しつこく目の前をチョロチョロされ、ついに怒った。
「来たぞ…!」
既に、体力をだいぶ消耗していた彼らだったが、死の恐怖とネズミとしての意地が身体を奮い立たせた。
「がんばれ…!公園まで…気を緩めるな…!」
「シッポに、力を入れろっ!」
「振り返るな!全速力だっ…」
彼らは、互いに励ましあいながら目的地へと急いだ。一方、公園の木の上で見張り役は彼らの無事と到着を、気を揉んで待っていた。
「き…来ましたっ!無事です!でも、サタンも…!」
この声に、シャドーとマジックが反応した。
「いよいよだぜ…」
やがて、仲間達が所定の場所に向かってきた。だが、すぐ背後にサタンが…これでは、罠に彼らも巻き込まれる。
「チィッ…!」
だが、ワンチャンスを逃すわけにはいかない。マジックは、罠の仕掛けを解いた。
「……!」
たちまち、仕掛けた罠がサタンの足に絡みついた。人間が使うビニールのヒモが、サタンの動きを封じた。サタンは、その場に倒れてもがいた。
「今だ…!」
シャドーが、文字通り影のごとくサタンに近寄ると腰から何かを抜いた。
「……!」
街灯の明かりが、一瞬それに反射した。と、サタンの首にぶら下がっていた笛を結ぶ紐が切れて、笛が転がり落ちた。
「ヘッ…」
シャドーはそれを確認すると、ちょっと勝ち誇ったような笑みを見せた。彼はロックが使ったガラス片の欠片を使って、紐を切ったのだ。
「マジック…あとは任せたぜ!」
シャドーは、すばやくその笛を抱え上げるとマジックの元へ向かって蹴り飛ばした。
「おう!」
マジックがそれをキャッチすると、先ほどの若者たちとそれを担いで走り去った。その時…
「グッ…!」
気配に気付いて、とっさによけなかったらシャドーはサタンの爪の一撃でやられていただろう。
サタンは、いつの間にか罠から抜け出していたのだ。
「味な真似をしてくれたな…!ちょうどいい、おまえを血祭りに上げてやる!覚悟はできているんだろうな…」
怒りに震える目で、サタンはジリジリと迫ってくる。
「こりゃ…絶体絶命、ってやつかな…」
口では余裕のあるようなことを言っても、シャドーはやられた左腕をかばいながら後ろへ下がっていく。
「ククク…一息に、殺してやるぜ!」
サタンが、襲いかかろうとしたその時!シャドーは、姿勢を低くした。そして、隠してあった罠を…
「ギャオッ…!」
それは、公園の砂地の下にビニールの切れ端を置いて砂を被せていたものだった。
彼がビニールを捲り上げると、突っ込んできたサタンの顔に砂が襲った。突然、顔に砂をかけられ、目をつぶされたサタンは、しばらくその場で顔の砂を払い
必死にネズミを追おうとしたが…
「クソッ…!」
やっと目が見えるようになった時には、既にネズミは一匹もいなかった。
「おのれ…ここまでバカにされて、もはや…!」
サタンの怒りの咆哮が、夜の町にこだましていった。
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§3.陽は昇り、そして…
「サタンから奪ったあの笛についてですが…」
シャドーを見舞ったアカハナの元に、報告が届いた。
「筒状の笛で、穴がいくつかありました。内部にも、複雑な構造が確認できました。ただ、笛は金属でできてまして…」
これでは、彼らにとって齧り壊すことはもちろん完全に焼却することも難しい。
「だが、笛としての機能を失わせることは、可能だろう?」
「と、いいますと?」
「笛と言うのは、あれに限らず形が少しでも歪んだり中の構造が変化すると、正しく音が出なくなるものだ。あれを、原形をとどめないくらいに潰すことは
我々でも可能だ」
すると、シャドーが何か思いついたように笑った。
「アカハナよ…あれを『実験台』にするつもりか?」
「察しがいいな。少々、大きさが異なるがな…」
その夜、例の笛は慎重にある場所に運び込まれた。ネズミ達が、いつも集会を開く例の駐車場の中だ。
「よし、その笛は例の位置に置くんだ。そうだ…そして、用意はいいか?」
アカハナの指示が、薄暗い駐車場に響く。彼らは、笛を床に記してある駐車スペースを表す数字の上に置いた。そして…
「準備、オッケーです!」
頭上から、声が飛んできた。見ると、はるか上の階からいくつかの小さな影が、こちらを見下ろしている。
「よし、いつもの手順で…やれっ!」
アカハナが、右手を高く挙げてそれを勢い良く振り下ろした。と、次の瞬間何かが空を切ってこちらに向かってきた。
「……!」
人間が聞いてもビクッとするような音だから、彼らにとっては耳をつんざく大音響に違いない。
目の前には、巨大なコンクリートの塊が落下していた。
「よいしょ、っと…」
それを数匹がかりでどかしてみると、果たして下からかなり平たく潰れた例の笛が…
「やったー!」
思わず、彼らの間から歓声が上がった。
一方、アカハナに“重大な任務”を命じられたガンバは、しばらく眠れない夜が続いた。
「ガンバ…本当に、大丈夫なの?」
ボーボが、オロオロした声で気遣うがガンバにはそれすら耳に入らない様子だった。
「ねぇ…ガンバ…」
ボーボは既に、半べそ状態だった。
「大丈夫さ…」
ポツリと、自分に言い聞かせるような口調でガンバは呟いた。
「きっと、サタンを…」
その時、住処の入口で声がした。
「ガンバ、いるか…?」
珍しく、ベアーの声がしたのでふたりはちょっと驚いた表情で、入口の方を向いた。
「いるな…どうした?何かあったか?」
「いえ、別に…」
相手がいつものアカハナでないので、拍子抜けしたとは言えない。
「今夜、決行だ。急いでいつもの場所に集まってくれ。それから、サタンに我々の行動をさとられないようにな」
必要なことを言い残すと、ベアーはさっさと消えた。
“い…いよいよだぜ…”
後ろでは、ボーボが今にも崩れ落ちそうな表情でガンバを見ていた。
「ボーボ…そんな顔すんなって。俺は、死なないよ。あんなネコに、やられてたまるか!明日の朝は、勝利でみんな大騒ぎをしているぜ」
「……」
「じゃな、ボーボ」
「あ…」
ボーボは、ガンバを引きとめようとした右手を伸ばした時には、ガンバは既に入口の扉を開けていた。
「ガンバ…」
ボーボの頬に、涙が途切れることなく流れた。ボーボには、これが最後の別れになるような気がして、たまらなかった。
だが、自分にはガンバと一緒に行くだけの勇気はない。腕も、力もない。ただ、待っているしかないのだ。
「……」
一方、指定の場所に向かうガンバも、不安とプレッシャーに押し潰されそうになりながら、それを振り払うように走っていた。
指定の場所には、今回の作戦を遂行するメンバーが半分ほど集まっていた。誰もが、緊張で堅い顔をしている。
「……」
誰もが、冗談や軽口はもちろん普通の会話ですらしない。ひとり、またひとりと集まってくるもののその都度、空気の重さが増してくる。
ガンバも、じっとそれに耐えていた。
「…みんな、集まったな」
どのくらいの時間が経ったろうか、アカハナの言葉がその場の空気を変えた。
「…いよいよ、決戦の時が来た。サタンに、我々の力を結集して立ち向かうのだ。前にも話したが、場合によってはサタンを殺してもかまわないが、
サタンにとって我々に怪我を負わされてなお、生きると言うことは死よりも辛い仕打ちだと思う。
決して無茶をするな。サタンに止めを刺そうなどと考えるな、実行するな。我々の『目的』が達成されたらそれ以上、何もするな。
では、最後に作戦を確認したら各々、持ち場に着くんだ」
ガンバは、アカハナの指揮下に入ることになっていた。
「いいか、最終的にこのビル…近く、取り壊される予定の廃ビルだ。この裏手の路地に、サタンを誘い込むんだ。万一の時の、脱出ルートは確保しているな?」
「はい…」
「よろしい。では、ガンバ…」
「は、はい…」
「おまえが、上手にこの場所にサタンを誘い込まなければ、全ての計画が台無しだ。それは失敗したら、二度とサタンにはこの手の作戦は通用しないものと
考えていいからだ。難しい任務だが、しっかりやってくれ…」
たださえ、プレッシャーで押し潰されそうなガンバだったが、サタンが自分の父親の生命を奪うことになった、憎いネコの子供であるという事実だけが
彼を奮い立たせ支えていた。
“やってやるさ…父さんだけじゃない、ロックや、大勢の仲間のためだ…”
その時、サタンの動きを調べていたチョッキーが戻ってきた。
「奴は、目的地のビルからそれほど遠くない場所にいます。すぐに行動を起す気配はないようですから、今がチャンスだと…」
報告を受けたアカハナは、小さくうなずいた。
「ガンバ…」
「はい。任せといてください」
この時ガンバは、不思議と不必要な緊張が解けていた。
ガンバは、サタンが潜んでいると言われたビルの近くまで来ると、大きく深呼吸をした。
「出てこいっ、サタン!そこにいるのは、分かってんだ!」
ガンバは、暗闇に向かって大声を上げた。すると、ビルの陰になっていた暗闇から、鋭い視線がこちらに向かってきた。
「何だ…?おまえは…」
「俺は、おまえの探しているネズミの息子だっ!」
「何だと…?」
暗闇から、サタンの巨体がのそりと現れた。
「おまえが…?で、おまえの親父はどうした!?」
ガンバは相手の迫力に気圧されまいと、必死にふんばりながら答えた。
「とっくに死んだよ。おまえの親父に負わされた怪我がもとでな!」
サタンは、さすがにこの答えにちょっと驚いた様子だったが…
「フ、フフフ…そうか、死んだか。フフフ…」
サタンは口元に嫌らしい笑いを浮かべ、何事か言い聞かせるような口調で呟いた。
「で?おまえは、親父の仇を討ちにでも来たのかな?」
「ああそうさ。父さんだけじゃない、大勢の町の仲間の…!」
ガンバの言葉を待たずに、サタンはいきなり襲いかかってきた。
「ワッ…!」
ガンバは、間一髪でそれを避けた。
“いいか…サタンを挑発して、こちらは逃げ回る…奴を、鬼ごっこの『鬼』にするんだ。そして、奴をこの廃ビルのある場所へおびき寄せる”
アカハナの指示を、ガンバは頭の中で繰り返していた。
「ほらほら、こっちだよー」
ガンバは、しきりにサタンを挑発した。いつもなら、一歩引くサタンだがこの時ばかりは感情をむき出しにして、ガンバを追いまわした。
そのため、ガンバをサポートすべく闇の中を移動して、いざと言う時に備えていたチョッキー達の存在に、サタンは気づいてはいない様子だった。
「ようし…」
ガンバは、計画どおり廃ビルのある路地へと逃げ込んだ。
“そして、最終的にこの袋小路になった場所にサタンを誘い込むんだ。この建物の上で、我々は待機している…”
そして、ガンバは少しわざとらしいくらいな表情で「追い込まれてしまった」演技をすると、後ろを振り返った。
「…よし、予定通りだ」
建物の上では、アカハナ達が待機していた。
アカハナは、ガンバが少なくとも怪我を負わずにいるであろうことに、まずホッとした。そして、ガンバが予定通りサタンをおびき寄せてきたのを見て
罠の仕掛けを確認した。傍らには、大きなコンクリートの塊がある。建物の崩れた壁の一部だ。
これをテコの要領で、サタンの頭上に落とす…アスファルトの上に、人間が描いた何かの印…サタンがその上に立った時がチャンスだ。
「フフフ…馬鹿な奴だ。自ら、こんな所に逃げ込むとは…」
サタンは、ガンバを追いつめたつもりでいた。ガンバも、逃げ場を失ったように装ってジリジリと後ずさりする。だが…
“もう少し…そこだ、あいつがその場所に立ったら…チャンスなんだ…”
ガンバは、無意識のうちに目印とサタンとを視線で交互に追っていた。
その動きに、相手は何かを感じ取り、そして“気配”をつかんだ。そこに罠の匂いを感じ取ったサタンは、気配のした方…すなわち、アカハナ達が待機している方を
確認しようとした。
上にいた見張り役が、サタンの動きに気づいた瞬間、ガンバが大声を上げ同時に足元にあった小石を投げつけた。
「ほらほら、こっちだよ!ウスノロネコちゃん!」
瞬間、上でタイミングを見計らっていたアカハナの脳裏に“あの時のこと”が蘇った。そして、ガンバの声にガミーの姿が見えた。
“今だ…!”
アカハナは、手を掛けていた金属の棒に全体重を乗せた。ガラッと音がして、次の瞬間に大きな音が周囲に響いた。
それは、単に何かが落ちた音ではなく、いろいろと複雑に音がからみあっていた…
「……!」
ガンバは目の前で何が起きたのか一瞬、分からなくなっていた。慌てて顔をそむけて両腕で覆っていたが、そっと覗き込んで見ると…
落下してきたコンクリートの塊は、見事にサタンの下半身、腰から後足の部分を押し潰していた。サタンは、それでも必死にその重しを振り払い
抜け出そうともがいていた。
前足を伸ばし爪を立て…多くの仲間の命を奪ったその爪が、今は空しくアスファルトをガリガリ引っ掻いている…
ガンバは、その爪の一本でも齧り切ってやりたかったが、アカハナの指示を守って黙って見ていた。
「こ…殺せ…この俺を、今すぐ殺せーっ!」
サタンの断末魔の叫びに、ガンバは何か空しさと言うか哀れみと言うか…複雑な気持ちが心に交錯するのを感じたが、それを振り切って建物の隙間に消えた。
“でも、あいつは大勢の仲間を殺した…憎い奴なんだ!”
「…良くやったな、ガンバ」
アカハナに声を掛けられたガンバは、緊張の糸が切れたのかヘナヘナと座り込んだ。
そのガンバの肩を、アカハナはしっかり掴んでうなずいた。アカハナの目にうっすらと涙がにじんでいるのを見て、ガンバの目にも涙が浮かんできた。
「……」
お互いに言葉もなく、黙って見つめ合っていると仲間達が集まってきて、次第に歓声に包まれてきた。
「ガンバ…!」
その背後から、ちょっと頓狂な声がしてボーボが顔を出した。ボーボは、ガンバの無事な姿を確認するとたちまち顔が崩れた。
「ガ…ガンバ、ガンバ…ガンバ…」
ボーボは、何か言いたかったようだが言葉にならずただ泣き崩れるだけだった。そんなボーボの身体を、両手で抱えるように抱きしめたガンバは
「ヘヘ…何だよぉ…何、言ってんだよぉ…」
涙を流しながら、ガンバは『守るべきもの』を守った気がした。
そして、勝利に沸くネズミ達を、ビルの隙間から差し込む朝の光がやさしく包み込んだ。
こうして、サタンの脅威は去った。後足を引きずるようにして生活せざるを得なくなったサタンは、たちまちそれまでの威厳も風貌も全く失われた。
人間も、怪我をした野良猫にまでいちいち手を差し伸べることもなく、サタンは独り公園の片隅での生活を余儀なくされていた。
そして、約一ヶ月後…
「何だって…?」
「どうやら、他の複数の野良猫にやられたらしく…」
サタンは、かつて自分がネズミ達にそうしてきたのと同じように、全身に爪痕を残されズタズタの身体で、公園の植え込みの中で冷たくなっていた。
その傍に、かつて自分の父親を死に追いやる怪我を負わせたネズミが眠っていることを、知ってか知らずか…
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