1.再会
…あの日は、雨だった。
港ネズミと船乗りネズミの、年に一度の大パーティーの日。ボクは、必死にその雨の中を歩いていた。
かすかに聞こえてくる、賑やかな声のする方を目指して。
『お願いです。島を…仲間を助けて下さい…!』
それを話したら、どうなるか分かっていた。誰だってあの白イタチ『ノロイ』を相手に戦おうなんて…言い出すはずがない。
実際、あっという間に誰もいなくなった。
『バッキャローッ!俺は、独りでも行くぞーっ!』
ボクには、あの時のガンバの絶叫が空しく聞こえていたんだ。ガランとした倉庫の中にボクとガンバだけ…
でも、ガンバは逃げなかった。手を差し伸べてくれた。
気がついたらヨイショが、ガクシャが、ボーボが、シジンが、そしてイカサマも加わった。ボクは仲間を得た。
それからの冒険は、最後まで命がけの戦いだった。でも、ボク達はノロイと戦い勝ったんだ。あれから、何年たっただろう…
「忠太、何ボーッとしてんだよ?」
ガンバに背中を叩かれて、忠太は我に返った。目の前では、賑やかな宴が続いている。
「い、いえ…」
「また、姉ちゃんのことでも考えていたんじゃ、ねぇのかい?」
傍らで赤い顔をしたヨイショが、からかい半分に言った。
「いいえ…ガンバさん達と初めて会った時のことを、思い出していたんです」
ヨイショは、なおも酒をグッとあおると
「そういや…こんなパーティーの途中だったなあ。突然の乱入にビックリしたぜ」
「そうそう。おまけに怪我して血が流れていて、うわごとのように助けを求めて。あの時は、ビックリしましたぞ」
ガクシャも、その時を思い出したように話し始めた。
「その上、ノロイを相手に戦ってくれなんて言い出すし、正直言ってとてもじゃないが関わりになくたくないと思ったね」
「でも俺は、独りでも行くつもりだったんだぜ?」
ガンバが、ちょっと胸を張って見せる。
「ハハハ…まああん時はよ、何にも事情を知らない町ネズミが、身の程知らずなことを言ってやがると思ったがな」
「そう。我輩も、ヨイショはそのまま引き返すのだとばかり思っていたんだがね。急にガンバの後を追いかけると言い出して…」
「てやんでぇ、自分だってガンバの怒鳴り声が気になってたんだろうに」
「そういや、酔って寝たふりしてたのもいたっけ…」
ガンバが、周囲を見渡した。該当者は、少し離れた場所で独り手酌を繰り返している。そして、それとは別の場所にボーボの背中が見える。
「まーた、イカサマにカモにされてるな…」
食べ物に夢中になっている時の様子と違い、どことなくしょんぼりした背中でいるのと、チラチラとイカサマのらしきシッポが見え隠れしているからだ。
「まあ、何にしてもこうして仲間が集まって、騒げるのは嬉しいことだぜ!」
ヨイショは、顔をますます紅潮させて嬉しそうに声を上げた。
やがて宴もはねて、周囲はいびきと寝息の合唱が支配していた。
「ん…」
ガンバが、ふと何かを思い出したように立ち上がった。そして、覚束ない足取りで周囲の仲間達を次々と踏んづけながら、倉庫の片隅に消えた。
「ふう…」
ガンバは安堵の表情になると天井近くにある、明かり取りの窓から夜空を眺めた。きれいな星空が広がっている。
「へへ…明日は、出発だぜ」
とは言っても、いまひとつ実感がわかないのは『目的』がはっきりしないからだろう。
以前、この倉庫で忠太が助けを求めに来た時には、『ノロイと戦う』と言う目的があった。
仲間達が再び集まった時には『シジンの婚約者である、ナギサさんの消息を追う』と言う目的があった。
しかし、今回は『とりあえず旅に出よう』である。
「ま、それもいいか…」
故郷の町はその様相を一変させていて、知っている仲間もほとんどいなかった。自分には帰る場所が無くなったことを知って、ガンバは旅に生きることに決めたのだ。
その最初の旅が『当てのない旅』というのは、少々つまらない気もするが…
「まあ、シッポを立ててりゃそのうち何かあるだろうぜ」
ガンバは、自分を慰めるかのように独り言を呟くと、さっきの場所に戻った。
しかし、寝返りを打ったボーボに場所を占拠されているのを知ると、苦笑して別の場所に移った。
翌日は、すっきりと晴れて暑くなりそうな気配のする日だった。
「さて…いよいよ出発だな」
大きく伸びをして、まぶしそうに太陽を見ながらヨイショが言うと
「ところで、どこへ行くんですかな?」
ガクシャが茶々を入れる。ヨイショは、ちょっと苦い顔をしたが
「まあ、当てのない旅ってのも良いんじゃないの?」
ガンバの少々のんきな言葉に、助け船を得たとばかり
「そう言うこった。ガンバも、ちったあ分かってきたじゃねぇか。ハッハッハ…」
大声で笑いながら、その場を後にした。そんなヨイショの背中を、口に苦笑を浮かべて見ていたガクシャとガンバの目が合った。
「ガクシャ、あんまりカタいこと言うなよ。とりあえずさ、ノロ…じゃなくて…忠太の故郷の島が、とりあえずの目的地じゃん。そっから先はよ、まあ…
イカサマのサイコロにでも任せようぜ。さあ、でっぱつ!でっぱつ!」
鼻歌まじりに、意気揚々と立ち去るガンバ。やがて、仲間が揃って船に乗り込んだ。
「さあ、冒険だ。みんな、シッポを立てろーっ!」
かくして船は港を離れ、彼らは大きな海へと旅立っていった。
2.港町にて
“困ったなあ…どっちに行ったら、いいんだろう…?”
忠太は、周囲を見渡しながら途方に暮れていた。
“ボク…こんな時に、何の能力もないもんなあ…”
ボーボのように、効く鼻を持っているのでもなく、シジンのように、耳が良いわけでもない。ガクシャのように、筋道立てて考える力もなく…
イカサマのように小道具を持っていないし、操ることもできない。
かと言って、ガンバやヨイショのように何とかなるさで突っ走るのも、見知らぬ土地だけに、なおさら不安だ。
ここは、夢見が島への途中で立ち寄った港町。台風の接近が予想されたので、以前のように海に投げ出されるのもゴメンだと、港町に逗留することになった。
“やっぱり、独りで歩こうなんてしなければ良かったのかな…”
仲間達は、思い思いに町を散策しに行った。忠太は、ガンバの誘いを断って独りで歩くことにした。
しかし、見事に迷子になってしまった。とぼとぼ歩く忠太は、曲がり角に来るたびに左右を見渡し、考え事をしていたが意を決したように曲がっていた。
そして…
“こっちに行ってみよう…”
とある曲がり角で、もし忠太が反対方向に歩いていたら、あるいはこの物語はなかっただろう。
忠太が曲がった方角には、ちょっと陰気な感じのする町並みが続いていた。忠太は曲がる方角を間違えたように思ったが、下手に引き返そうとすると
ますます迷ってしまいそうなので、そのまま歩いていた。すると…
「もし…そこの少年」
ボソッとした調子の低い声が、忠太を呼び止めた。
「はい…?」
恐る恐る振り向くと、そこにはお世辞にもきれいな格好とは言えない、初老のネズミがこちらを見ていた。
「…お宝が、手に入るチャンスを、お主に、与えようぞ」
「……」
忠太は、どう返事をしていいのか分からなかった。相手の姿格好を考えると、どうにも胡散臭い相手だ。
そんな相手が、お宝云々と言ってもますます怪しい。
第一、忠太はお宝という言葉の響きに、大して心を動かされなかった。なぜなら、それまで『一攫千金』という言葉とは全く無縁であったし
お宝のために冒険するなんて、彼には考えられないことだったからだ。
「いえ…いいです…よ」
忠太はやっとの思いで、拒絶の言葉を喉の奥から押し出した。すると、相手はボサボサの前髪の奥からジッと忠太を見た。
「…儂の話を、疑っておるのか?」
実際、相手を胡散臭いと思っていた忠太は、慌てて首を横に振った。
「いえ…いりません…から」
「しかし、真実はここに、あるのだよ。お主が、信じようと信じまいと…」
相手は、視線も口調も変わらないまま忠太に言った。
「……」
なぜか忠太は、話を聞いてみる気になってきた。すると、相手は急に背中を向けて歩き出した。
忠太は自然に、その後姿を追った。彼らは、建物の隙間から奥へと入っていって、やがて着いた場所は…
「……」
そこは、薄暗くかび臭い場所だった。狭い場所に、本だか故紙だか分からないような…ガクシャが見れば、それなりに『価値』が分かるのだろうけど
忠太にはただかび臭く、埃っぽい塊に過ぎなかった。
「お主は、赤ダイヤの海賊・ラモジャを、知っておるか?」
忠太は、黙って首を横に振った。海賊には縁がないし(そう言えば、ヨイショはご先祖が海賊だと言っていたっけ…)ラモジャという名前も、初耳だ。
「そうか…」
相手は手探りで、周囲から何かを探していたが…
「おお、これじゃ」
一冊の古びた本…本というよりは、よれよれで色褪せた紙の束にも見えるが…を、大事そうに取り出した。
「これに、ラモジャのお宝について書いてある。世界に、これ一つの本じゃ」
忠太はちょっと引き気味の表情で、相手を見た。
「これを、お主に与えよう」
「ど、どうして…ですか?」
相手は、理由を言わなかった。ただ
「要らぬのなら、それでよいがな」
そう言って、忠太を見ている。忠太は、困惑した顔でしばらく相手の顔と本とを交互に見ていた。
“ど、どうしたらいいんだろう…?”
「おや、早かったね」
ねぐらに決めていた倉庫の片隅で、留守番をしていたシジンが、ガンバとボーボの姿を認めると、起き上がって声をかけた。
「ああ…大して面白いものもなかったし」
「思ったより、ごちそうにもありつけなかったんだ…」
二人の感想を聞いたシジンは、再び横になろうとして…
「おや、忠太はどうしたんだい?」
「ん…?誘ったけど、独りで街を歩くって言って…別行動だったよ」
「そうかい…」
「もしかして、まだ戻っていないの?」
ガンバの問いに、シジンは少し言葉を濁らせる。
「い、いや…もう忠太も、子供じゃないだろうし」
「ネコも少なかったし、平気さ」
ガンバは、ちょっと楽天的なことを言うと伸びをしながら大あくびだ。ボーボも、傍らでウツラウツラしている。
シジンは、一抹の不安を覚えながらも、その場は再び横になった。
一方…
忠太は、そのままの姿勢で立っていた。手渡された本の表紙には、だいぶ色褪せたとは言え鮮やかな赤で、縦に長い菱形が描かれている。
また、良く見ると細かな模様が施されている。忠太は、自分が折れる形でそれを貰うことにした。
「あ…ありがとうございます…」
相手は、黙って小さくうなずいた。
「でも、ただで貰っていいんですか?」
少し不安げな忠太の言葉に、相手は
「お主が、その本の『意味』を理解し、お宝を手に入れることができれば、それでよいのじゃよ」
その時の忠太には
『まさか、ボクにお宝探しをさせておいて、後から横取りするつもりじゃないだろうな?』
などと邪推する気持ちは、全くなかった。
もしも、心の片隅にでもそんな気持ちがあったなら、この物語は始まらなかったに違いない。
“お主にそれをやったのは、お主の目に欲がなかったからじゃ…お宝の真の意味も理解せずに、単に金儲けや功名心から目の色を変えることがない
そんな純粋さを持っておる者こそ、そのお宝を探す価値がある…”
忠太には、夢の中の出来事のような気がしていた。あれほど迷っていた道も、あの場所から出たらすぐに分かった。
まるであの場所で、あの初老のネズミに逢って、あの本を手渡されるために道に迷っていたようだ。
“でも、夢じゃないよな…”
忠太は、手にした本を見つめて思った。とにかく、ガンバ達が心配しているだろうからと、急いでねぐらにに戻った。
「忠太…無事だったか」
ガンバは戻ってきた忠太の姿を見つけると、安心したような声を出した。
「ありがとう。心配かけていたみたいだね」
「何、もう忠太も子供じゃないんだ。でもよ、見知らぬ土地だし…」
ガンバの言葉に、忠太はちょっと笑顔を見せた。そして、よく見るとヨイショ達の姿が見えない。
「ボクが最後じゃ、なかったんだ…?」
「ああ。ヨイショ達、どこに行ったんだろうな…大して面白いこともなかった町だし、すぐ戻ってくると思ったんだけど」
「イカサマさんも、いませんね…」
「なあに、あいつのことだ。そのうち、ひょっこり帰ってくるだろうぜ」
すると、荷物の後ろから声がした。
「ヘッ、ひとを風来坊みたいに言うない。仲間がまた集まって旅に出たってのに、独りどこかへ行くわけねぇだろう?」
ガンバと忠太は、思わず顔を見合わせるとお互いに苦笑してみせた。
ヨイショとガクシャが連れ立って戻ってきたのは、それからしばらくしたからだった。
その時忠太は、慣れない町での独り歩きで不思議なこともあったのでウトウトと眠っていたが、目を覚ますと例の本についてガクシャに聞いてみた。
「ほほう…かなり、古い本のようですな」
興味をそそられたのか、ガクシャはメガネを指先で持ち上げるとその本を眺めた。
「ところで…何についての、本ですかな?」
「赤ダイヤの、海賊の…伝説のお宝とか、何とか…」
3.伝説は再び
その時、忠太とガクシャの他愛のない(少なくとも、ガンバ達はそう思っていた)会話に、突然ヨイショが割り込んできた。
それも後ろからガクシャを押しのけ、突き飛ばすような勢いで。
「ち…忠太!そ、その話…誰から聞いた!?」
自分につかみ掛かりそうな勢いで訪ねるヨイショに、忠太は面食らった表情で
「あ…誰って、言われても…」
「じゃあ、どこで聞いた?」
「さ、さっき…道に迷っていたら、ちょっと怪しい…歳とったネズミに…」
「で!その本は、どこにある?」
「そ、それは…」
忠太は、傍らのガクシャの方を見た。ヨイショは、少々憮然とした表情をしているガクシャの手から、それをひったくった。
「……!」
その表紙を見た途端、ヨイショの手が震え始めた。そんなヨイショの言動を、ガンバ達は呆然と見ていた。
荷物の裏に隠れていたイカサマさえ、何事かと顔をのぞかせてきた。
「ど、どうしたんだよ?そんなに興奮して…」
ガンバが声をかけたが
「ま…間違いねぇ、これは…こいつは、伝説の海賊ラモジャの紋章だ」
「ラモジャ…?まさか。永い間、お宝についてはまことしやかな話があるが…ヨイショ、あれは所詮おとぎ話の一種…」
横から口を出してきたガクシャに対して、ヨイショは食って掛かる。
「ガクシャ!おめぇは、ラモジャの伝説をおとぎ話って言うのか!?だったら、これをよく見てみろ!」
ヨイショはガクシャの鼻先に、例の本に描かれていた紋章を突き付けて怒鳴った。
「ん…まあ、確かにラモジャの紋章に、良く似ていると思うが…?」
歯切れの悪い返答に、ヨイショはますますボルテージを上げた。
「いいか!ラモジャといえば、船乗りにとって伝説の海賊…いや、そんなもんじゃねぇ。文字通り、勇者よ。そのラモジャが、この世界のどこかに
置いてきたという、伝説のお宝…この世で一番のお宝だぞ!その手がかりがここにあるってのに…それを、おめぇ…」
ヨイショをなだめるように、ガンバが切り出した。
「ヨイショ、俺…その話を、詳しく聞きたいな」
その頃、ひとりの若者が港町を走り回っていた。
“どこだ…?その手がかりを持つってのは…”
歳はガンバと同じくらいだろうか。長身で、銀色の短い毛で全身が覆われている。
“この町に、その手がかりがあるのは間違いないんだが…”
なおも町中を走り回る彼は、やがて先程忠太がラモジャのお宝についての本をもらった、例の怪しげな初老ネズミがいた場所に来た。
「……!」
彼は、ふと足を止めた。彼を見る視線に気付いたのだ。
「…何だい、あんたは?」
「目上に対して『あんた』はなかろう?口の利き方を知らぬ坊やだ」
先程のネズミが、同じように立っていた。ただ、忠太には声をかけたのに彼に対してはただ見ているだけで、声をかけようとはしなかった。
「…悪かった。で、あなた様はどなたですか?」
不自然な敬語に、相手は冷笑した。
「名乗るほどの者でもない」
これには、彼はちょっとカチンと来た。
「じゃあ!何で俺のこと、見ていたんです?」
食って掛かる若者に対して
「儂がお主を?」
手応えのない返答に、若者はかぶりを振った。
「悪いけどさ、あなたを相手にしている暇は…ラモジャの、俺のご先祖のお宝についての手がかりが、この町にあるはずだから…急いでいるんだ」
そう言って、走り去ろうとしていた彼の背中に
「それなら、あったぞ」
拍子抜けするほど、あっけらかんとした返答だった。彼は、急に立ち止まった勢いで、前のめりにこけた。
「な…何だってぇ…?」
ぶつけた鼻をさすりながら、彼は振り返った。
「そ、それは…どこにあるんだよっ!?」
「儂は『あった』と言ったのだ。今は、ない」
「な、何だとう…!だ、誰かに盗られたのかっ!?」
相手の胸ぐらを掴みかかりそうな勢いで、彼は尋ねた。
「いや、若いのにやってしまったよ」
「…ラモジャってのはな、今から数百年前に活躍した『伝説の海賊』だ」
ヨイショの話を、ガンバ達は真剣に聞いていた。
…海賊って言うと、聞こえが良くねぇがその当時、ラモジャを一言で言い表す言葉が、なかったんだ。
要は、本当に略奪を目的に船を襲って、時には殺戮もする…そんな奴らに立ち向かって戦い挑んだいわば勇者よ。
曲がったことが大嫌いで、仲間がピンチと知ると、一も二もなく駆けつけた。そして、相手が何だろうと戦い挑んでいった。
俺はなガキの頃から、ラモジャの話を良く聞かされた。何しろ、ご先祖様もラモジャに助けられたし、ラモジャを助けて活躍したんだ。
赤ダイヤのラモジャといえば、我々船乗りの間で伝説の勇者なのよ。
有名なのは、嵐の海で座礁した船から投げ出された仲間を、自ら海に飛び込んで助けた話よ。荒れ狂う海で、自分自身を守るのに精一杯で…
下手をすりゃ、自分の命だって危ねぇってのに…14匹の命を助け、自分も無事に戻ってきたんだ。勇猛果敢で、相手がネコだろうがイタチだろうが…
まあ、その頃あのノロイみたいなのがいたかどうかは、知らねぇけどよ…仲間の安全を脅かす相手には、敢然と立ち向かった。
文字通りネズミの中のネズミ、真の勇者と言っていい。
そんなラモジャも、老いて自分の命もわずかだと覚ると、ある場所に『お宝』を隠したんだ。
それがどんなお宝で、どこに隠したのかは…ラモジャの遺言によって、彼の日記に記されていた内容を、その死後に部下達がまとめて本にしたと言う。
それは、厳重に保管され門外不出だった。
「だが、時代が経つにつれて、ラモジャの功績よりお宝の話の方が、独り歩きを始めてしまう。欲に目の眩んだ連中が、ラモジャの遺した『お宝』を巡って
争奪戦を繰り広げるようになった…」
ヨイショがあからさまにムッとした表情を見せたのは、単にガクシャに話の腰を折られただけでなく、彼の口調には未だ『伝説のお宝』に対する
冷めた印象を感じたのだ。
「ともかくだ!これには、少なくともラモジャについて、重要な事柄が記されているんだ。うまくすりゃ伝説のお宝を手に入れることが できるかも知れねぇ」
「なるほど…話としちゃあ、なかなか面白れぇぜ」
イカサマが、サイコロを右手で弄びながら言った。
傍らのガンバも膝を乗り出したが、ガクシャは相変わらず渋い顔で、ボーボと忠太は当惑顔だった。シジンは…独り鷹揚に構えているように見えた。
「そうだぜ、伝説のお宝なんだぜ!」
「そ…その、伝説のお宝の、手がかりを…見知らぬガキに渡したって…一体全体、どう言うことなんだ!?」
さんざん捜し求めていた『手がかり』を、この妙なジイサンはどこの誰だか分からない奴に、渡したと言うのだ。
「…お主も、まだきれいな方だがな。しかし『あの少年』には、及ばんな」
自分より長身の相手に詰め寄られても、動じることなくちょっと変なことを言う。
「きれいだとか汚いとか…何の話だよっ!」
「目じゃよ、目。欲やわがままに支配されず、疑うことを知らず、敵に怯えず…そんな目をしておった。あれを渡すのに、適した少年じゃった」
「じょ…冗談じゃねぇ!俺はな、こう見えてもそのラモジャの末裔なんだぞ!そんじょそこらの連中とは違うんだ!俺こそ、お宝を継承するべき立場なんだぞ!」
しかし、相手の態度は少しも変わらない。
「ほう…そうであったか」
「信用してねぇな?それなら、これが証拠だっ!」
彼は肩から下げていた袋から、円盤の形のある物を取り出した。
「代々、伝わるエンブレムよ。この紋章、ラモジャの赤ダイヤのマークだろうがっ!」
確かにそれには、忠太が貰った本の表紙と全く同じ紋章が…
「これでも、まだ疑うってのか!?」
相手は、それをじっと見ていたが顔を上げると
「確かに『それらしい』が…」
「が!?」
「精巧な贋造品かも、知れないではないか?それに、それが本物であったとして、お主の家にどうして伝わってきたのか?必然か偶然か…
あるいは、盗んだものかも知れないではないか?」
「な…何が…言いたいんだ…?」
「要するに、じゃ…ラモジャの子孫だの、紋章だのとそう言うものを振りかざす奴はたとえ直系の子孫であろうが、ラモジャのお宝を手にする価値はない
と言うことじゃ。分かったら、さっさと帰れ」
そう言うと、相手はさっさと姿を消した。
若者は、しばらく呆然としていたが目の前の事情が分かると、舌打ちしてその場を去った。
“こうなりゃ、そいつを探すだけさ…”
第1章・完