第2章 オレンジ色の夕陽

1.夢見が島

貨物船の甲板の片隅に、ガンバ達が集まっていた。彼らは、荒い波に揺られながらある方向を凝視していた。
そこにあるのは、噴煙を上げる山を中心に海に浮かぶ島が…
「……」
そこは忠太の故郷であり、かつて自分達が冒険の旅で目指した場所であり、ノロイ以下イタチの大軍と戦った場所である。
懐かしさや、辛さや、笑いや、涙や…様々な感情が、彼らの中を駆け巡った。あの噴煙を見ていると、ここまで来るはずないのに彼らには、硫黄のむせるような
匂いが迫ってくるように感じていた。
「また、来たんだな…」
ヨイショの呟きを、船の汽笛がかき消した。ここから先、貨物船は入れない。港が狭いからだ。間もなくはしけが近づいてくると、荷物を降ろし始めた。
ガンバ達は、その荷物の中に紛れこんで港に上陸した。
「この島に、こんな場所があったんだな…」
ガンバが感心したように言うのを聞いて、忠太は思わず苦笑した。
「以前、ここに上陸した時はツブリさん達の背中に乗って、ここと反対側の北側に降りましたからね…こっち側は人間が住む、比較的豊かな土地のある方です」
「で、俺たちがイタチと戦ったのは、あの向こう側か…」
ヨイショが、火山を指さして言う。
「ええ…」
「ところで、島ネズミ達は今はどの辺りで暮らしているんです?」
シジンの質問に、忠太は
「人間の住む家が終わって、山に向かう途中に森が見えるでしょう?あの森の一帯を、住処にしているんですよ。最近では、島ネズミは人間の住む場所の
 辺りには近づかなくなりました」
「まあ…人間やネコもそうだが、森にも敵は多いだろうに?」
ガクシャが忠太に訊ねる。
「そうですね。でも、むやみに…ただ仲間を殺すことはしませんから」
忠太は、ちょっと笑ってみせた。
「そうだな…もう、ここにゃノロイはいないんだものな」
彼らは、港町から火山の麓近くにある森へ向かった。かつて、ノロイ達と戦っていた時は、島にこんな土地があるとは気づかなかったが、確かに食料確保と
人間の手があまり及んでいないと言う点では、住み良い場所だろう。
「でも、イタチが全くいないわけじゃないですよ。他にも、ヘビとか空から狙っている敵もいますからね…」
道案内で前を行く忠太は、ちょっと後ろを向きながら言う。
「おいおい忠太…おどかしっこなしにしようぜ」
後ろでガンバが、ちょっと苦い顔をする。
「大丈夫ですって。森の中には、逃げ隠れる場所がたくさんありますし、ノロイと違ってしつこく追って来ません」
「ならいいけど…」

森の中をしばらく走り続けると、何となくネズミの生活臭のする場所に出てきた。
「あそこです。ボク達の住処は」
忠太が指さした『住処』は、小さな崖になっている部分に、穴を掘って作ったものだった。
「……」
忠太は、嬉しさとか安堵の表情ではなく、何かいたずらを思い付いた時のような笑いを浮かべた。
「ちょっと、様子を見てきますね…」
忠太は、言うが早いが住処に向かって駈け出した。それを追うように、ガンバが半分身を乗り出そうとして、襟首をヨイショに掴まれる。
「おめぇまでいきなり顔を出して、どうするんだ?」
小声でたしなめられて、ガンバはちょっと面白くない顔をしたが…
「忠太!?ど、どうしたの?どういうことなの?」
穴の奥から、潮路のびっくりした声が響いてきた。懐かしい声に、彼らの脳裏に潮路の姿がよみがえってくる。
そして、しばらくすると忠太と潮路が、住処から姿を見せた。
「…み、皆さん!」
目の前に、かつての勇者達が照れくさそうな顔をして勢揃いしたのを見て、潮路の目に涙があふれてきた。
「よ…よくまあ…いらっしゃい、お久しぶりです…な、何てこと…」
潮路の脳裏にもまた『あの時』のことが、いろいろ駆け巡っていた。
「あ…ごめんなさい。皆さん、どうぞこちらへ。狭いところですが、さあどうぞ」
しばらくして、潮路が思い出したように彼らを住処に招じ入れた。
「しっかしまあ、こいつときたら…」
ガチガチに堅くなっているガンバを見て、ヨイショとイカサマは苦笑していた。


「本当に…こうしてまた、再会できるなんて…」
その夜、歓迎の宴の席でも潮路は何度となくこの言葉を繰りかえす。
「また。姉ちゃん、何回目だろう?」
忠太は傍らのガンバに声をかけるが、ガンバは上の空だった。ちょっと呆れたような顔をして振り向くと、目の前ではボーボがご馳走を夢中になって頬張っている。
それこそ顔が倍以上の大きさになっているのを見て、忠太は思わず吹き出したが当の本人には全く気付かれていなかった。

ガンバ達の突然の来訪は、潮路をはじめ島ネズミ達にとって全く予想にしていなかった喜びだった。彼らが、大いに歓迎されたのは言うまでもない。
彼らは、まず火口付近に向かった。あれ以来、島ネズミ達もほとんど足を運んだことがないというそこには、相変わらず硫黄臭さが立ち込めていた。
「……」
あの時の砦は荒れ果てていたが、当時の様子はよく分かる。彼らの脳裏には『あの時』のことがよみがえっていた。それぞれが、思い思いの場所を見て回ると
麓へと一気に駈け降りていった。かつて、イタチの大軍と命懸けの鬼ごっこをした道を下る間、彼らは無口だった。そして…
「変わってねぇなあ…」
ガンバが、ポツリと呟いた。忠太から、例の岩穴には長老さんを始めとして、戦いの犠牲となった島ネズミ達の墓標があると聞いていた彼らは
当然のように海に飛び込んだ。
「長老さんも、一郎も、太一も…みんな、ここで眠っているんだな」
ガンバ達は、それぞれに墓標に手を合わせた。そして、これもあの時と全く変わらない早瀬川…今となっては想い出だが、命懸けの緊張の連続だったあの日々を
彼らはそれぞれに思い出していた。
「さあ、そろそろ帰りましょう。夜の森は、けっこう危険ですし」
日が傾きかけて、海面が西日に輝き始めたのを見て潮路が切り出した。
彼らは、正直なところやや後ろ髪を引かれる思いだったが、島ネズミ達と共に戻っていった。

その夜は、歓迎の宴が賑やかに続いた。島ネズミ達も、皆で早瀬川の唄を唱和するのは久しぶりだと言う。
「ふう…」
ガンバは、騒いで少しほてった身体を冷やそうとに表に出た。星空が広がる森の中を、抜ける夜風が心地いい。
すると、背後に誰かがやって来た。
「し、潮路…さん…」
思わず、身を堅くするガンバ。それに構わず、潮路はガンバの傍に近づいてくる。こんな時に、簡単な挨拶の言葉すら出てこないガンバは、黙って潮路を見ていた。
「ガンバ…」
「な…何…?」
ガンバは、思わず潮路の顔を見つめた。すると、さっきまでのとは別の意味で顔がほてってきた。ガンバの顔が、みるみる赤くなる。
「……!」
突然、ガンバは拳を握ると目をつぶって自分の頭にゴツンとやった。
「ど、どうしたの…?」
びっくりした潮路が、心配そうに訊ねるとガンバは目をつぶったまま、頭を何回か横に振った。
「い、いや…な、何でもない。そう、何でもないんだ…アハ、アハハ…」
必死に、突然の態度を笑ってごまかそうとするガンバ。潮路の顔を見たとたん、ふたりきりで…なんて良からぬ想像が頭の中で膨らんだなどとは
口が裂けても言えない。そんなガンバの腹の中を分かってかどうか、潮路はいつもの微笑みを浮かべると
「ありがとう」
ガンバのシッポが、ピンとなる。
「え、あ…ありがとう…って…」
「また、逢いに来てくれて。もう、逢うことはなかったと思っていたわ」
「そ、そんなこと…ない…さ」
「忠太から聞いたわ。伝説の海賊のお宝を、探しに行くんですって?」
「あ、ああ。男の冒険の旅、ってやつでさ…」
「そう…」
潮路は、ちょっと思いつめたような表情になった。
「ガンバ…あなたに、お願いしたいことがあるの…」
ガンバはガチガチに堅くなって、もはや崩れ落ちる寸前である。
「…な、何…?」
やっとの思いで出た言葉も、うわずっている。
「忠太を…よろしくお願いしたいの。まだまだ、子供だし…甘えん坊なところがあるし。そんな時は、忠太の兄として叱ってやって欲しいの。
 もうあの歳になると、女の私の言うことなんか…私達には親がいないから、私にも限度があるし。だから、今回の旅はちょうど良い機会だと、思っているわ」
潮路の言葉に、ガンバはただ黙ってうなずいていた。
もっともそれは『任せとけ』と胸を張る態度ではなく、ただ盲目的に彼女の言葉を受け入れているに過ぎなかった。
「ありがとう、ガンバ…」
潮路は、感謝の気持ちとしてガンバの手を握った。
「旅の無事を祈っています。それから皆さん、待っていますよ…」
潮路がその場を去っても、ガンバはしばらく固まったままだった。ハッ、と我に返ると大きくため息をついて、気が抜けたように歩き出した。
「……」
すると、宴会の会場になっていた洞穴の入口付近にヨイショとイカサマが、腕組みして立っていた。
ふたりは、ガンバの顔を認めるとニヤッと笑って
「…意気地なしめ」
ガンバは思わずカッと顔を赤くしたが、黙って洞穴の中に入っていった。


翌日、彼らは夢見が島を離れた。便乗する船の出港時間が夕方だったので、港は夕陽で真っ赤に染まっていた。さすがに、島ネズミ達の見送りは森の入口で断った。
その意味で、ちょっと寂しい出発ではあったが…
「さあ、ラモジャのお宝目指して!みんな、シッポを立てて、でっぱーつ!」
独り、空元気のように張り切るガンバであった。

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2.ラモジャの末裔

ここは、とある港町。この辺りでは、結構大きな港なので町の賑わいもまたひときわである。
「……」
そんな喧燥をよそに波止場の片隅で、ヨイショが目の前に広がる海と群れ飛ぶカモメをぼんやりと見つめて、仰向けになっていた。
「やっぱりここか…」
突然、彼の視界にガンバの顔が入ってきた。背後から覗き込んでいるから、ガンバの顔がさかさまに映る。
しかし、ヨイショの反応は鈍かった。
「何だよ、元気ねぇなあ…」
ガンバがちょっと不満そうな声を出しても、ヨイショの態度は変わらない。
「…10日だぜ」
突然、ヨイショはブツブツ呟くような口調で言った。
「…ここに来てからよ。いつまで、足止め食らわせるんだい…」
「しょうがないじゃんか。ガクシャとシジンが、一生懸命『あれ』を読んでいるんだ。それが分からなかったら、どっちに行っていいのかさえ…」
「へっ…」
ヨイショは、ガンバの言葉を馬鹿にするような表情を見せた。
「ガンバ、おめぇは『冒険者』だろう?」
「な、何だよ…急に」
「いつだったか、ノロイ島を目指してた時に船が沈没してよ、行先の手がかりを失って落ち込んでいたらおめぇ何て言った?海はつながってんだ
 この海のどこかに目的地は必ずある…ってよ」
「あ、あれは…」
「あん時のような勢いは、どこへ行ったのかねぇ…」
「じゃあ!」
ガンバが大声を上げた。
「ヨイショが、ガクシャに言えばいいだろう?こんなところでグズグズしてねぇで、ともかく旅立とうって。何だよ…自分がイライラしているからって
 俺に当たるなよなっ!」
「何だと…?」
ヨイショは振り返ると、ガンバを睨んだ。


「ふ…ふたりとも、どうしたの!?」
ボーボが、素頓狂な声を上げたのも無理はない。戻ってきたふたりは、お互い顔が無残に腫れて血まみれだった。
「ど、どうしたんですか?」
ふたりは、びっくりして飛んできた仲間達の中にガクシャの姿を認めると
「おめぇのせいで、こうなったんだっ!」
血の混じったつばが飛ぶ勢いで、同時にガクシャに食って掛かった。
「わ…我輩…の?」
ガクシャは、慌ててメガネに飛んだつばを拭き取って、それをかけ直した。
「おまえが、グズグズしているからだよっ!ともかく、ここから旅立たなけりゃ、何も始まらないだろう!」
ふたりは、同時に同じセリフをガクシャに投げつける。
「それとその顔と、どういう関係があるのです?」
シジンが問い掛けると
「こいつのせいだっ!」
今度は、お互いにお互いを指さすと同じセリフをぶつけ合う。
「何だとっ…!」
ふたりは、再びケンカを始めそうな勢いだったが…
「ふたりとも、止めなさい!」
シジンに怒鳴られて、沈黙した。
「確かに、私とガクシャがこの古文書の解読に手間取っているのは、事実です。ここにもう10日もいるし、イライラする気持ちも分かります。
 しかし、ふたりとも少しオトナになったらどうですか?忠太もボーボも、退屈を何とか自分で紛わそうとしているんですよ。
 それを何ですか、ふたりともそんな形でしか発散することしかできないなんて」
一方、ガクシャも跋の悪そうな顔をして
「ん…いやまあ、我輩にも責任ありですな。こんな古文書を解読したことがないのは、事実であるが…ついつい、ダラダラとしてしまって」
こうなると矛先を失ったふたりは、お互い顔を見合わせて沈黙するしかなかった。その始終を、オロオロして見ていた忠太もやっと安堵の表情を浮かべた。
「それじゃあさあ、イカサマのサイコロで決めてもらったら?」
ボーボの少々ピントのずれた『意見』に、はからずも場の空気が緩んだ。
「何だか俺達よ、ケンカしただけ損したみてぇだな?」
ヨイショも、いつもの磊落さを取り戻していた。
「…にしても、ヨイショのパンチは相変わらずだぜ。歯を食いしばっていても、脳天にガツーンってくらあ」
その言葉は、ガンバの顔が証明していた。
「へへ、ガンバも相変わらずだったぜ。見ろよ、この歯形…おめぇの前歯が、腕を貫通するかと思ったぜ」
ヨイショの左腕には、ガンバお得意の『ひと齧り』の跡が生々しく残っていた。ふたりはお互いに笑い合うとつまらないわだかまりを、どこかに捨て去っていた。
「そういや、イカサマは?」
「さて…あいつのことだ。どこかで賭場でも、開いてるんじゃねゃのか?」
「でもって、いかさましてんのがバレてたりして…」

「ーックショイ!」
「どうしたい、兄ちゃんよ」
「へへ…な、何でもねぇぜ」
“チッ、ガンバか誰かが噂してやがるな…?”
「じゃ、あらためて勝負!ピンゾロの丁!と、くらい」
賑やかな町には、決まってこうした『賭場』の一つや二つあるものだ。ガンバ達が噂をしていた通り、イカサマはその一つに紛れ込んで、丁半賭博の真っ最中だった。
「ちぇっ、強いな兄ちゃんよ…」
「へへ、そうでもないさ」
と、イカサマの耳に場の雑踏に混じって、ある言葉が聞こえてきた。
『…ラモジャ…お宝…末裔…手がかり…紋章…』
イカサマは思わず声のしてきた方を振り向いたが、声の主を特定するには至らなかった。できたら、すぐにでも追いかけたかったが…
「何、ソワソワしてんだい。まさか、勝ち逃げなんてしないよな?」
場の雰囲気が、それを許しそうになかった。独りで行動しているのなら、一騒動起してもかまわないが…
「心配いらねぇよ。ささ、次の勝負だ」
イカサマは、わざと負けてみせたり小細工して勝ったりと、数回勝負を続けてからその場を切り上げた。
そして、さっきの気になる声の主を探したがすでに賭場には、それらしいのがいなかった。周りの連中に訊ねてみても、見知らぬ顔だったし良く分からないとのこと。
「やはり、誰かが狙ってるみてぇだな…」


「…紫の洞窟?」
「どうやら、我々の最終的な『目的地』は、そこのようですな」
ガクシャが、それまでに解き明かした内容をガンバ達に説明していた。
「で、それはどこにあるんだい?」
「緑が島…」
「緑が島!?」
「ウホン…が、最も怪しいというか、そこに手がかりがあると思われると言うか…」
「何なんだよ、ガクシャ…」
ガンバが、ガクシャの歯切れの悪い言い方に眉をしかめると
「実のところ、私達にもその辺りが良く読めないんだ」
シジンが、助け船を出す。
「あれそのものが、古くて痛んでいる上に文章や字体が古風だから、どのように解釈をしていいのか良く分からない表現が多いんだよ」
「よく、予言書なんかにある…核心をはっきり書かずに、遠回しな表現にするやり方にそっくりであって」
「なるほど…あくまでラモジャは、お宝はヒントを解いて探し当てろって言ってるわけだ。それじゃ、探し当ててやろうじゃねぇか」
ヨイショは、やる気満々でいる。
「まあ、そういうことであろうな。我々の解読はまだ中途半端であるが…どうだろう、ヒントの一つもありそうなこの…緑が島を目指すと言うことで?」
「異議はねぇぜ」
「ようし、イカサマが戻ったらでっぱつだい!」
「ところで、その島はどの辺りにあるんですか?」
忠太のもっともな質問に、ガクシャの歯切れがまた鈍る。
「ん…まあその、ここから西の方ではないかと…」
「ガクシャ…それって、判っていないってこと?」
ガンバのやや皮肉を込めた言葉に、ガクシャは沈黙してしまう。
「ま、いいじゃねぇか。それも『冒険』のうちだって」
ヨイショが、今にも発ちそうな口調で言った。
「今、戻りやした…」
その時、イカサマの声がした。
「遅いじゃねぇか、イカサマ!すぐにでも発つところだ…あ…?」
ヨイショが怪訝そうな顔をしたのは、イカサマが誰かを連れていたからだった。

「手前、カマクの国の住人、ジューヌと申す者。ラモジャの末裔、第二十七代にして、祖先の遺しお宝を探しております」
両膝を床に突いて、太股の部分に両手を乗せ前傾姿勢で挨拶する彼…あの港町で、例の『手がかりの本』を求めていた若者だ。
「こ…こりゃ、また、丁寧に。えー…手前、旅を住処とする流れ者、ヨイショと言う名。縁あって、ラモジャのお宝を探しにいくところ…」
ヨイショは、右膝だけを折って同じように挨拶をする。
「ちょっと古臭いやり方だが、海賊同士が、敵意のない挨拶をする時のやり方さ…」
ふたりのやり取りを、ちょっとキョトンとして見ていたガンバ達に、ガクシャが小声で説明した。
「ああして、相手より低い姿勢になると言うことは…この首を刀でかき切ることなんかしないと信じている、と相手に意思表示しているんだ。
 それでも相手の首をかき切るのであれば、やった方は卑怯者になり末代まで軽蔑されてしまう」
「なるほど…」
「だから、挨拶された方もああして膝を折り、刀を抜きにくい姿勢で挨拶を返すんだ。まあ、本来刀を差している方…ヨイショの場合左膝を折るのが
 正式なんだが…」
それだけ、ヨイショも『形』だけは知っているが、ふだん慣れていない挨拶なのだ。
「しかし、あのような挨拶…よほど年配のネズミならともかく。それに、付け焼き刃の挨拶じゃない。堂に入っているな…」
ガンバ達は、目の前の光景を一種異様なものでも見るかのような目で見ていた。

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3.お宝めざして

「ところでよ…おめぇが、古くから海賊の血を引く奴だってことは、良く分かったよ。で、ラモジャの末裔二十七代目…?」
ふたりの挨拶が済んだのを見て、イカサマが横から口を出す。
「これを…」
彼が取り出したのは、例の『エンブレム』である。
「ほう…」
それをしげしげ眺めるヨイショの傍らに、ガクシャがやってきて興味深そうに見た。
「ふむ…時代が経っているようだし、この紋章の図柄は間違いなく、ラモジャのものであるな」
「なるほど…」
ヨイショの目からは、相手に対するどこか疑いの色が消えていた。
「ウホン!」
しかしガクシャは、意味ありげに咳払いをすると
「ところで君、このエンブレムに付いてはどのような謂れがあるのか、聞いているのかね?」
「もちろん。これは、ラモジャの三男に家系の証として与えられたもの。そこから数え血縁を辿れば、私に行き着くのです。何なら、そこまでご先祖を
 そらんじてみせましょうか?」
「いや、それは結構。あまりにタイミングが良すぎたのでね、ちょっと疑ってしまったよ。申し訳ない」
ガクシャが頭を下げると、相手もそれ以上何も言わなかった。
「じゃあ、これも…あなたのものじゃないですか」
忠太が、例の書物を手にして言った。
「確かに…しかし、今はそれにこだわりません。もし、宜しければ私も一緒に旅に連れてって下さい」
彼は、改まって頭を下げる。
「ど、どういうこったい?」
ヨイショが、ちょっといぶかしげに訊ねる。
「それは、あなた方がかつてあのノロイを倒した勇者だからです。単に、ご先祖のお宝を狙う、コソ泥同然ではないからです」
それを聞いて、ヨイショの顔が少し赤らんだ。
「な…何を、突然…」
そこへ、再びイカサマが割り込んできた。
「ところでよ、俺は裏切りってのがでぇ嫌れぇでよ…」
ちょっと意味ありげに、彼を上目づかいで見ながら話し始める。
「まあ、言い出したらキリねぇのは承知で聞くが…お宝見つけるまでは、仲間の顔していざとなったら、そいつを失敬してトンズラなんてこと…ねぇだろうな?」
ちょっとストレート過ぎる言い種に、ヨイショが苦い顔をするが、イカサマは相手を見たまま動かない。
「…正直、言います」
彼は、イカサマの言い種に怒ることなく話し始めた。
「イカサマさんの言うような気持ちが、全くなかったわけじゃありません。実を言うと港町で逢った、怪しげなジイサンに手がかりの本をどこの誰かも分からない奴に
 やったと聞いて、怒りましたよ。意地でもそいつを見つけ出し、本を奪ってやるか逆手に取って、イカサマさんの言うような行為に出てやろうか…と。
 しかし、イカサマさんに逢って話を聞いたら、自分の愚かさに気付きました。あのノロイを倒した皆さんから、奪うだの出し抜くだのというより、
 私も仲間に入れてもらいたいと…」
「そうかい、分かったよ。ただな、くどいようだが俺は裏切りが嫌れぇだ。今の言葉に嘘があったら、俺は絶対におめぇを赦さなねぇからよ。覚えときな」
あくまで、彼に対して釘を刺す態度を崩さなかったが、イカサマもこれで納得した様子だった。
「よし、これで異議のある奴はいねぇな?それじゃ、ジューヌはこれから俺達の仲間のひとりよ。お互い、しっぽを立てて行こうぜ!」
ヨイショが、嬉しそうに声を上げた。ガンバ達も、それに賛同しお互いにシッポを立て合った。
「あ…それから、私の名前は『ジュン』でいいですよ。幼い頃から、そう呼ばれていましたし、そう呼ばれる方がしっくりきます」
「ようし、それじゃ俺達の旅とジュンの参加祝いで、今夜は一発、派手にパーティーでもやろうぜ!」
それまで黙っていたガンバが、水を得た魚のように騒ぎ出した。その後の騒ぎは、詳細に書くこともあるまい。
「ようし、まずは緑が島だ!」


翌朝、ガンバやヨイショは朝早くから起き出していた。しかし、張り切るふたりが愕然とする事実が、ジュンの口からもたらされた…
「ええ?そっち方面に行く船は、2日前に出港しましたよ。次は、2週間後です…」
折角の雰囲気に、水をさされてガンバとヨイショはすっかりオカンムリ。
「ふたりとも…そんな顔をしているのなら、ジュンを見習ったらどうかね。彼は、代替のルートを探してくれているんだよ」
ガクシャにたしなめられても、心の奥底に『お前にも、責任の一端があるだろうが』と言う気持ちがあるため、ふたりは素直になれない。
「やれやれ…」
ガクシャが半ば呆れて戻ると、ジュンが帰っていた。
「おお、どうだった?」
「ルートは、3つあります。南の方を回るのと、東回りと、島をいくつか渡るのと」
「で、どれが最も効率良く行けるのであるかな?」
「それが…帯に短し襷に長し、って感じですね」
「南回りは、この辺りの海峡は波が荒い。それに、台風銀座でもあるね」
シジンが、地図を指差して言う。
「東回りは、結構遠回りだね。倍以上の時間がかかりそうだ」
ガクシャもルートを辿りながら呟いた。
「島を渡るのは、どうですか?」
忠太の質問に、ジュンが答える。
「安全性では最もいいけど、効率が悪いよ」
「いざとなったら、イカダの一つや二つ、作りますがね」
ガクシャの言葉を、イカサマは口元に笑いを浮かべて聞いていた。
「あのふたりの意見も、聞いておきましょう…おい、ヨイショにガンバ!今後のルートを決めるんだ。いつまでもふてくされていないで、こっちに来なさい」
ガクシャに促されて、ふたりはやってきて話を聞いたものの、どうもノリが悪いまま。結局、ガクシャ達が中心となって東回りで行くことを決めた。
「文句は、言わせませんぞ」
ガクシャは、しつこくふたりに念を押す。
「分かってるって…」
「…なら、良いんですがね」
かくして、彼らはまずスフの港を目指すことになった。そこからは目的地の近くの港まで、ひたすら陸路だ。
「まあ、険しい山とか悪路も無さそうですし…かつてのように時間が、限られているわけでもないですしな」
と、ガクシャは言うが…?


船は、あっという間に『目的の港』に着いた。ここから先の船は、いずれも緑が島とは全く違う方向に行く。
港に降り立つと、ヨイショが訊ねる。
「ガクシャ…こっから、延々陸の上だな?」
仲間達の、少々白い目にガクシャは何とか『理由』を付けようとするが…
“今更、地図を読み間違えたなどと…言えるわけがないでしょうがっ!”
腹の中で、そう叫びつつ顔では必死に笑って
「いや、まあ…全行程を歩くってわけでもないですしな。何か良い方法を見つけられますよ。ハハハ」
しかし。仲間の視線は冷たく白い。
「アハハ…ハハ…」
ガックリと肩を落とすガクシャ。しかし、ジュンだけはそんなガクシャの『計算の甘さ』を知らないから、何とかしようとしている。
「方角的には、こっちですから…途中で何か、楽に移動できる手段を発見したら…人間が多いってことは失敬したり、拝借できることが多いってことです」
ジュンの言葉に、彼らはやっとその気になって歩き始めた。
その言葉通り半日も歩かないうちに、荷馬車がたくさん集まっている場所に出た。いわゆる宿場町のようだ。
「よし、ここで一旦休もうぜ。いろいろ情報を集めて、行く方角とか手段を決めよう」
ガンバが、少し急き込んだ様子で仲間に言った。彼らも、その言葉に従うことになった。

「おい、ガンバ…」
腹ごしらえを済ませて休んでいる時に、イカサマがガンバに声をかけた。
「…何だい?」
「おめぇ、焦ってんのか?」
「な、何を?」
「ジュンのことだよ。あいつに、イニシアチブを取られまいと焦ってるんじゃねえか、って言ってんのよ」
「んなことないよ…」
ガンバは、プイと横を向いたがすぐに向き直って
「大体、イカサマだって疑ってんじゃねぇのか?あいつのこと…」
「最初はな」
「じゃあ、今は?」
「完全に信用したわけじゃねぇが…サイの目は、嘘をつかねぇしな」
そう言って、足元にサイコロを転がした。
「チェッ…」
ガンバは、ちょっと面白くないという顔をして再びイカサマに背を向けた。
「あいつが、どういう態度に出るかは未知数だがよ、少なくともラモジャの末裔だってことは、信じて良いんじゃねぇか?」
「…分かったよ」
ガンバは、イカサマに背を向けたまま答えた。イカサマは、ちょっと肩をすくめて見せたが、すぐにその場を後にした。
それからガンバは、しばらくウトウトしていたが…
「おいガンバ、もうすぐ出発だぜ」
ヨイショに肩を揺すられて、目を覚ました。
「ガクシャが、ちょうど良い方角へ行く荷馬車を見つけた。それに乗って行けば、かなり距離が稼げそうだ」
「大丈夫かい…ガクシャが見つけてきたんだろう?」
ガンバがちょっとニヤリと笑って言うと、ヨイショも口元に笑いを浮かべて
「まあ、大丈夫だろうぜ」

夕方、彼らはガクシャが『発見』してきた荷馬車に揺られて出発した。
地平線の向こうには、オレンジ色の夕陽が静かに沈もうとしていた。

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第2章・完
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