第7章§血戦!森を悪魔の陰謀から守れ!

31.牙を剥いた山猫

「……!」
目の前の惨状に、ソラル達はただ呆然と立ちつくした。
数日後、夜が明けきらない時間に、赤い毛の山猫が率いる集団が、コタロの率いる根城を襲撃した。
『山猫だあっ!』
見張り役が気付いた時には、既に山猫が根城を取り囲んでいた。そして…
『うわああああっ…!』
山猫は、一斉に全力で根城に攻め込んできた。不意を突かれたこともあったが、いざとなったら山猫を前にして、日頃の訓練も何もなかった。
ただ、殺すことしか考えていない山猫の爪は、次々と仲間の身体を引き裂いた。男も女も子供も関係なく…
コタロは、仲間と共に必死に攻撃したが、焼け石に水だった。
「た、大変だ…や、山猫に…」
明け方、手負いの仲間が這うようにソラル達の根城に来た。事情を知った彼らは慌ててコタロの根城に駆け付けた。
“やられた…”
彼らの胸に、後悔と怒りと自責と…様々な感情が押し寄せ、行き場を失った爆発寸前の感情は、彼らを押し潰そうとした。
「す…すまない…お、俺の…力が、なかったから…」
彼らの背後から、コタロの弱い声がした。ソラルは、その声に自分を取り戻した。
「馬鹿なことを言うなよ。お前ひとりの責任じゃない」
そっと、コタロに声をかけるソラルは、改めて彼の傷のひどさに心を痛めた。
“こんな残忍なことは…ゴールドか、シルバーの仕業か?”
「…想像を、はるかに超えていたよ…甘かった…」
「もういいよ。ジッとしていろ。早くその傷を治して、もう一度山猫に立ち向かおう。仲間達のためにも、山猫を…ガルムを倒すんだ。一緒に!」
「…うう…」
コタロは、涙を流した。彼の胸中もまた、行き場のない感情に押し潰されそうになっているのが分かっているだけに、ガンバ達にはかける言葉がなかった。
「さあ、仲間達を弔おう。そして、山猫の宣戦布告を、受けて立とうじゃないか!」
ソラルが、ついに声をあげた。


日が昇る頃、ゴールドは棲みかで身体を休めていた。
“ククク…これで、完全に野ネズミ共は俺らと全面戦争に入るだろう。奴らを抵抗勢力にすることで、森の他の動物が動揺する。今は様子見の奴らだが
 自分達に火の粉が降りかかってくれば、話は別だ。まあ、そんな動物連中などどうでもいい。森が混乱するスキに『あれ』をガルムから奪ってやる。
 そうすれば、俺様がこの森を支配できる…”
その時、気配を感じたゴールドは
「…誰だ!?」
棲みかの入口に向かって、誰何した。
「俺だ…」
シルバーの声がした。
「どうした?」
現われたシルバーは、ちょっと真剣な顔をしていた。
「野ネズミの根城を、襲ったのがいる。かなり、派手なことをしたようだ」
ゴールドは、特に感情を出さなかった。
「…お前が、仕組んだのか?」
シルバーは、ガルムに潰された目からも光を放つ勢いで、ゴールドに詰め寄った。
「…馬鹿なことを言うな。まあ、跳ねっ返りの連中を抑えきれなかった責任は、ガルムに問われても仕方ないがな」
シルバーは、腹の中で『それで済む問題か?』と、呟いた。
「お前が、何を考えているのか…ある程度、想像できるが…何と言われても構わんが、ガルムを敵に回すのは…いや、敵に回せると思うのは自惚れだぞ」
シルバーは、それだけ言うとその場を去っていった。ゴールドは、シルバーの言葉には何も言わず、その背中を見送った。
「……」
だが、その目は冷たく光っていた。
“何を言い出すのかと思えば…あんな小心者に、説教されたくはないわ”
そして、ノソッと立ち上がったゴールドは、棲みかの片隅に向かうと低い声で
「…ニオルド、いるのか?」
物陰に向かって、誰何した。
「ここに」
「邪魔な奴は、始末せねばなるまいな…」
「どうも、そのようですね…」
返事をしたのは、赤い毛の山猫…コタロの根城を襲った、集団のリーダーだった。


一方、ガンバ達は
「思った以上の被害だったな…」
ソラルの口調は、重かった。
「山猫は、ただ俺達を殺すつもりで襲ったのは、明白だ」
「今さらだが…山猫のパワーの前には、あれだけ頑丈にしたはずの根城が、ズタズタにされちまうとは」
ベアーが、奥歯を噛み締めながら言った。
「根城を襲ったのは、約10匹。いずれも、ゴールドやシルバーに劣らない身体の山猫だったと言う。いわゆる、精鋭部隊だったんだ」
ソラルの言葉に
「でも、それだけの攻撃にも耐えられるように、してたんじゃ?」
ガンバが、思わず声をあげる。
「もう一つは、いざ襲われた時の戦闘態勢だな」
シャドーが、それを遮るように言った。
「夜明け前と言う、最も隙が出来る時間帯に不意打ちされた…この点を差し引いても、いざとなったら統率が取りにくいことが、イヤと言うほど分かりました」
ソラルの口調は、重かった。
「まあな…誰も、コタロを責められないさ」
ベアーの慰めるような口調に、ソラルの肩が小さく震える。
「それより、次の攻撃に対してだ。ソラルの言う通り、山猫は俺達に宣戦布告したんだから、もう今までのように小細工せず、真正面から襲ってくるだろうぜ」
ガンバが、意を決したように言う。
「そうだな。だが、むざむざ殺されるために闘うのは、ゾッとしねえな」
ベアーの言葉に、ガンバは
「でも!こうして考えていたって!」
しかし、自分を見るベアーの眼を見て、ガンバは口をつぐんだ。
「一つ、収穫があっただろう?必死に投げたラーカの実が、一匹の山猫の口に入った。すると、そいつはしばらく苦しんでいて、その間に手傷を負わせることが
 できたと言う話じゃないか」
ベアーの話は、確かに野ネズミ達には明るい情報だった。
「パワーでは、どう逆立ちしたって敵わねぇんだ。ラーカの実ひとつで、何になるって言われたらそれまでだが…どんな手でも良い、山猫にダメージを与えられる
 方法があれば、効果的に使おうぜ」
「ようし…試してみるか」

ある日のこと、ガンバとベアーが中心となって『ある実験』を、試みることになった。
それは、森の中に山猫をやっつける仕掛けを作って、試そうと言うものだった。
「いいか、ここにラーカの実を載せて、山猫目がけて飛ばすんだ。立て続けに飛ばせば、口に入る確率も高い」
それは、地面に刺した木の枝に弦を巻き付け、その弾力でラーカの実を飛ばそうと言う『仕掛け』だった。
やがて、ガンバの挑発に怒った山猫が、こちらに向かってきた。
「今だ…!」
ベアーの合図で、山猫目がけてラーカの実が放たれた。それは、彼らが手で投げるよりも速く、正確に山猫を襲った。何個かは前足で弾き飛ばされ
顔や身体に当たる実も多いが、威嚇のつもりで開けた口に3〜4個の実が飛び込んだ。
「……!?」
すると突然、山猫が悲鳴のような声をあげた。そして、身体をくねらせながら、口から黒ずんだオレンジ色の液を、ダラダラと垂らした。
“な…な…?”
目の前で、山猫の身体が崩れ落ちた。白目が剥き出しになり、手足が硬直して身体が小刻みに震えている。
「……」
ガンバ達は、そっと山猫に近づいた。
「し、死んだ…のか?」
ガンバが、少し震える声で言った。
「瀕死だぜ…助からねぇだろう」
ベアーは、比較的落ち着いた声だった。
「それにしても、思った以上だ」
「ラーカの実は、山猫には毒だったんだな」
報告を聞いたソラル達は、色めき立った。
「やはり。ラーカの実を嫌がる理由が、はっきりしました」
「自分達の好物と見た目が一緒で、食べると命に関わるんじゃな」
リッキーが、ラーカの実を手にしながら言う。
「これは、我々に有利な『武器』です。数はあるし、山猫の習性から口を閉じたままでいられない。まして、闘いの最中では威嚇で思わず声をあげる。
 そこを狙えば…これだけで全滅は無理でも、十分な威力はある!」
珍しく、ソラルが興奮気味に言った。

かくして、山猫に対する『抵抗勢力』となった野ネズミ達は、森の中を我が物顔で歩く山猫に対して、逃げることも怯むこともなくなってきた。
急に攻撃的になったのではないが、山猫から見れば目障りに映ることは否めない。

そして…

「シルバー…おのれの愚挙、分かっておろうな?」
怒りに全身の毛を逆立てるガルムを前に、シルバーは
「な、何のことか…私は、ゴールド共々ガルム様に逆らう気は…」
「黙れ!野ネズミ共を抵抗勢力にした上に、部下を扇動し野ネズミの根城を襲うとは!余の考えに背く行動で、事態を悪化させおって!
 覚悟は…できているのだな!?」
「……!」
シルバーは、たちまちガルムの部下に囲まれた。

トップへ

32.黄金のマタタビ

「こ、これは…何かの…ガルム様!」
シルバーの必死の声に、ガルムは
「お前達…くれぐれもここを、薄汚い血で汚すなよ」
低い声で部下に言い残すと、奥へと消えて行った。
「クッ…!」
シルバーは、わずかな隙を見出してその場を脱走した。だが…
「……!?」
いつもの出入口は、別の部下で固められていた。
“クソッ…!”
シルバーは、別のルートからの脱走を図った。そんなシルバーを、物陰から見る眼…
“ククク、馬鹿め…どこへ逃げても、結局は『あそこ』に追いつめられるのさ…”
ゴールドは、シルバーの様子を嘲笑って見ていた。一方のシルバーは、必死に洞窟の中を駆け回り、やっとの思いで表に出たのだが…
「こ、ここは…!」
ガルムが『処刑台』と呼んでいた、断崖だった。その下は、イバラが生い茂る深い藪が広がっていて、誰もそこから生きて帰って来たことはない。
“…う!?”
背後には、部下を引き連れたガルムが、目の前に迫っていた。
「シルバーよ…お前の真の狙いが『黄金のマタタビ』だったとはな。余になりかわり、山猫を支配しようと言うわけだったのか…?」
その時、シルバーにはガルムの背後に、ゴールドの嘲笑う顔が見て取れた。
“くそっ…そう言うことだったのか!”
「言い訳も出ないことが、何よりの証拠だな!?」
ガルムは、その身体から想像できないほど素早い動きを見せると、前足の鋭い爪を斜め下から、グサリとシルバーの身体に突き刺した。
「グッ…ガ…ハッ…!」
シルバーの身体は軽々と持ち上がり、口から鮮血を吐き出した。ガルムは、その身体を振り払うように地面に叩き付けた。
「フフフ…その痛みも、苦しみも、楽にしてやるぞ!」
今度は、ガルムの爪がシルバーの喉を襲った。シルバーは、身体から吹き出した鮮血をその場に残して、崖の下へ落ちて行った。
「……」
ガルムはしばらく崖下を覗き込んでいたが、くるりと背を向けると悠然といつもの場所に戻った。

しばらくして、そこへゴールドがやって来た。
「…お呼びですか?」
ゴールドの声には、緊張を押し殺す努力が見て取れた。
「…シルバーの死骸を、ここに持ってこい」
ガルムは、静かな声で言った。
「そ、それは…」
「出来ぬと言うのか?」
ガルムの口調は、相変わらず静かだった。
「どうした?」
ゴールドは、思わず大きな声を上げた。
「か、必ずや…!」
「そうか。待っているぞ」
ガルムの悠然とした態度が、ゴールドには勝ち誇っているように見えた。
“くそっ…!”
その場を後にするゴールドは、腹の中で舌打ちした。
“どのみち、奴の二の舞を踏むのか…”
シルバーが落ちて行った場所に辿り着くには、深い棘の藪の中を進まねばならない。それは、自らの身体を傷付けて、棘の毒に命の危険を冒してまで
突き進んでいくことを意味する。それが、すなわちガルムに対する忠誠を示すことになるのだが…
“ゴールドよ、地獄の自由選択…どちらの答えを採る?”
ガルムは、冷酷な視線をゴールドの背中に送っていた。
「そうか、向かったか。ククク…」
部下の報告を受けたガルムは、不気味な笑いを浮かべていた。全ては、自分の掌の上で動いていると、確信していた。
“…愚か者どもが”
しかし、現実はガルムの思惑通りに、事を運んではくれなかった。


「…なあベアー、ますます変なところに出ちまったようだぜ?」
「そのようだな…ひでぇイバラだらけの藪だぜ」
ガンバとベアーは、より一層根城の守りを固めるために、材料を探すべくコットの森の奥に分け入っていた。そして、道に迷ってしまったふたりは
いつの間にか、あの藪の中に迷い込んでいた。
「それにしても、ひでぇ藪だな…」
「ガンバ、そうぼやくな。良く見てみろよ」
ベアーに言われて、周囲を見渡すと
「……!あ、あれは!?」
「そう…ありゃあ、山猫の死骸だぜ」
「じゃあ、ここって…?
「言わば『山猫の墓場』って、とこだろうな」
「う…気味悪りぃや。早いとこ、ここを出ようぜ」
ガンバは、足早にその場から離れようとする。ベアーが『そうするか』と、言いかけて身体の向きを変えた時…
「……!?何か、気配がしねぇか?」
ベアーが、ガンバを制した。
「…何かいるな」
ガンバも、思わず身構えた。ふたりはゆっくりと辺りを見回しながら、進んで行った。そして…
「ウッ…!?」
ふたりが息を飲んだのは、そこにいたのは血まみれの身体で、息も絶え絶えのシルバーだったからだ。シルバーは、ふたりの姿を認めると
「…これは…何の巡り合わせか…?フフ、皮肉なものだ…」
彼らの脳裏には、ハラルを惨殺したあの狂気に満ちたシルバーが浮かんだ。あの時の姿と比べると、同じ山猫かと思うほどひどい姿になっていた。
「安心しろ…俺は、もうこの通りだ。ガルムに重傷を負わされ、おまけにこのイバラの毒で身体が動かねぇ」
ふたりはシルバーの身体に付いた、大きな傷を見た。
“ガ…ガルムの…爪が刺さったのか…!?”
思わず、ゾッとして立ちつくすふたりにシルバーは
「だが、このままくたばってたまるか…どこまでも、いい気になりやがって…お、お前らに、奴の秘密を教えてやろう。ガルムを倒す秘密を…」
ふたりは、呆然としたままだった。
「…ガルムが、あそこまで俺達に対して、カリスマでいられるのは『黄金のマタタビ』が、あるからだ。それを、奴が占拠しているからだ…」
「黄金のマタタビ!?」
ふたりは、思わず大声をあげた。


「…と言う話なんだが」
ガンバとベアーの話を、ソラル達は複雑な顔で聞いていた。
「…黄金のマタタビ、ですか」
ソラルは、腕組みをしたまま低い声で言った。
「話としては、良く出来ているな」
「疑うのかい?ジャック…」
リッキーの半分からかう言葉にジャックは
「いや。あのシルバーが、それの独占を狙い、ガルムの逆鱗に触れ、逆恨みから俺らに死に際に秘密を漏らした…だとしたら、ゴールドはどうしたんだ?」
シルバーは最後に抜け道をガンバ達に教えたのだが、そこへ行く途中、全身傷だらけで弱っていたゴールドに遭遇している。
「…恐らく、ゴールドも同じようにガルムに『処刑』されたんじゃないのか?シルバー同様、黄金のマタタビを独占しようと企んで…」
シャドーの言葉に、ベアーが続く。
「だろうな…シルバーが言っていたが、あの藪のイバラにゃ、山猫にとって毒がある。あの藪に入っておきながら、イバラに身体を傷付けずにすむのは至難の業。
 ゴールドは自ら身を処せと、命じられたようなものだろう」
「だから、俺達を見て必死に爪を出したんだ!」
ガンバが、思わず大声を出した。
「そうさ。恨み重なるネズミ共!道連れにしてやる!って、とこだったんだろう」
「そうなると、あの二匹が命と引き換えにしてまで独占したがった、黄金のマタタビ…まあ、シルバーの話はあながちガセでもなさそうだが…」
「ガルムの仕組んだ、巧妙な罠かも知れないぜ?」
ジャックが、皮肉交じりに話を交ぜ返す。
「…言い出したら、キリがない」
シャドーが、ちょっと煩わしそうな声で言った。
「俺は、シルバーの話を信じる」
ガンバが、低い声で割り込んできた。
「あの時の…シルバーの眼は、俺達を騙す眼じゃなかった。ゴールドの眼は、俺達への恨みで燃えていた。どっちも、俺達を罠にはめようとした眼じゃなかった!
 もし、ふたりがピンピンして俺達の前に現われたら、俺は潔く奴らの爪にかかる!」
すると、ベアーがガンバの肩を軽く叩いて
「自分だけ、カッコ良すぎるぜ。ガンバよ…」


『この森の、ずっと奥に大きな木がある。ガルムが、その種を植え育てたんだ。およそマタタビの木とは思えない木だが、普通のマタタビの倍くらいの真っ黒な実が
 いくつも生っているからすぐ判る。その実は、外側は黒いが皮を剥けば、中の実は黄金色に輝いている。それを口にした山猫は、酔っ払うなんてものじゃない。
 文字通り中毒になっちまう危険な実さ。
 ガルムは、俺をはじめ多くの山猫をこの実で釣って群れを成した。それは、お前達野ネズミも中毒にするほどのものだった。奴を、ガルムを倒したかったら
 奴から黄金のマタタビを奪うことだ』
『でも…どうやって?』
『安心しろ。方法はある…』

トップへ

33.決戦前夜の悪夢

ゴールドとシルバーが、ガルムによって『処刑』されて一週間が経とうとしていた。しかし、山猫が攻撃を仕掛けてくることはなかった。
“…不気味な沈黙だな”
野ネズミ達は、誰もがそう感じていた。以前にも、こういうことはあったが…
“今度ばかりは、ガルムが山猫を率いて、総攻撃を仕掛けてくるだろう”
誰もが、そう考えていた。
“それも、ガルムが率いる部下は、一匹一匹がゴールドのような奴らだ。それが、何匹で襲ってくるのか…”
不安は、募るばかりだった。

「…いよいよ、だな」
ベアーが、腕組みをしながら言った。
「根城の補強、攻撃訓練、武器食糧、ラーカの実の確保は、整えましたが…」
ソラルの言葉に、歯切れの悪さが出てしまう。
「そうだな…『万全』は、この際無いからな」
シャドーの口調も重い。
「とにかく、こちらの作戦は読まれていると常に考えていないと、いざという時に次の手が打てなくなるからな」
彼らにとって、こんなに重圧のかかる作戦はなかった。
「女子供に年寄りは、移動させたのか?」
リッキーの問いにソラルは
「ええ。カナロが先導して、一応カナロと共に第二の根城を守る要員、という姿になり第二の根城に、少しずつ移動しています。
 もう、ここに残っているのはわずかです」
「まあ、女っ気が全く無くなるのも、寂しいな」
ベアーが、ちょっと笑って言うと
「中には気丈な者もいまして、看護など身の回りを世話してもらうものが、少し残ってくれるそうです」
「…そうか。有り難いな」
「コタロの怪我も、だいぶ回復してきました。第一線に出たがっています」
カナロが、苦笑交じりに報告する。野ネズミ達は、戦闘準備を着々と整えていた。
「後は、ガンバが目的を果たして帰ってくれば…」
ベアーが、ポツリと言った。


「ハァ、ハァ…」
ガンバは、岩場を必死になって進んでいた。
“山猫なら、こんな場所…軽く進めるんだろうな”
ガンバ達には、勢いよくジャンプしないと届かない大きさの岩がゴロゴロしているし、足下は不安定で、踏ん張りが効かない。
“本当に…この先に…あるんだろうな?”
ガンバは、シルバーの言っていた『黄金のマタタビの木』を、確認しに行っていた。
“そういや、この辺りにガルムの根城があるって、シルバーが言ってたっけ…”
そう、それは単身敵地に乗り込むようなものだったが、ガルムを倒す確実な手段としてどうしても、下調べしておきたかった。
「ふわぁ…」
ガンバの目の前に、断崖絶壁が現われた。山猫が見ても、ひとっ飛びでは越えられないだろう。ガンバは、回り道になってもいいから平坦なコースを探そうとした。
“…こっちか?”
だが、ガンバは気付いていなかった。自分にとって歩きやすいと言うことは、山猫にも進みやすいと言うことに。
“やばい…!”
岩陰から、山猫の姿が見え隠れした。
“やっぱり、根城が近いんだ!くそう…ここを超えないと、マタタビの木がある場所が分からねぇ…”
ガンバは、焦りを見せた。慎重に姿を隠すように進んでいたつもりだが、いつの間にかその姿は丸見えになっていた。
「……!」
行く手に立ちはだかる一匹に気付いた時、既に四方から山猫が迫っていた。
“しまった…!”
それでもガンバは、隙を突いてその場から逃げだそうとした。だが、岩場は動きにくく思うように逃げられない。
「うわあっ!」
山猫が伸ばしてきた前足の爪を避けたものの、その爪が勢い余って岩を直撃、崩れた岩の破片が、ガンバの頭上から降り注いだ。
それは、ガンバにダメージを与えるのに十分な威力を持っていた。
「ぐ…う…」
全身から血を流して、ぐったりするガンバに抵抗する力はなかった。


「…よく来たな。薄汚いネズミの分際で」
ガンバは、目の前のガルムの迫力に、心底恐怖を感じた。その迫力は、ゴールド達の比ではなかった。
「……」
だから、何もしゃべらなかったのは、虚勢ではなく実際に口が動かなかったのだ。
「ククク…お前ごときが何になる。何ができる。ましてその身体、子猫すら相手になるものか」
ガンバは、ガルムの態度にだんだん敵意を燃やし始めていたが、いままで対峙したどの敵よりも、その桁が三つも四つも違う迫力の前に
あからさまな態度が取れずにいた。
「ククク…ネズミにしておくのがもったいない度胸だな。おい!」
ガルムは、傍らにいたニオルドの方を向いた。
「はい…」
畏まったニオルドに、ガルムは
「せいぜい、いたわってやるんだな…」
そう言い残して、岩陰の暗闇に潜んで眼を光らせていた。
「…かしこまりました」
すると、もう一匹が前足の爪を立てて、ガンバの身体をガッチリ押え付けた。
“な、何をする気だ…”
次に、命令された山猫が前足で何かを転がしてきた。何かの実のようだ。
「う…?」
ニオルドは、それを前足で押さえた。そして、ニヤリと笑うと少し爪を出して勢い良く前足で踏みつぶした。
まるで、ぶどうの実を踏みつぶしたかのように、皮が破れて中から汁がシャワーのように吹き出した。
「うわっ…!?」
ガンバを抑えつけていた山猫が、その前足を離したのと汁が飛び散ったのと、ほぼ同時だった。
「あ…わ…ぎゃあぁぁぁぁっ!」
ガンバが悲鳴を上げたのも、無理はない。その実の汁には酸が多く含まれていたのだ。当然、全身の傷口にしみて激痛になった。
「まだ、あるぜ」
二回、三回とその汁を浴びたガンバは、その場にのた打ち回った。そして、ぐったりと倒れたところへ、再びガルムが姿を現わした。
“こ…ころ…される…!?”


一方、野ネズミ達の根城では…
「ガンバ!無事だったか!」
「わりぃ、遅くなっちまった」
「で、どうだった?例の…黄金のマタタビってやつは?」
「ああ、予想以上にすげぇよ…」
戻って来たガンバが、仲間達から歓迎されていた。
「そうか…そこまで情報が得られたら、こっちのものだな!」
ガンバがもたらした話に、意気あがる野ネズミ達。シルバーから聞いていた、マタタビの木はコットの森の奥、岩場の向こうにある。
その木を倒す事ができれば、マタタビを失ったガルムは、生きていけなくなると。
「ようし、今夜はゆっくり休んで、明日から改めて作戦を練ろう」
「おう!」

だが、その夜…

「誰だ!?」
見張りが気配に気づいて振り向くと…
「何だ、ガンバさん…どうしました?」
「いやぁ…別にね…」
口元にニヤリと笑いを浮かべると、ガンバはあっという間に背後に回った。
「……!」
いつの間にか、ガンバの手には細いつるが…
「グッ…!」
そして、ガンバはそのつるを見張り役の首に素早く巻き付けると、一気に絞めた。
「そうだ。声をあげるなよ…」
抵抗できないまま、見張り役は白目をむいて倒れた。
「フフ…まずはザコからだ。ジワジワと、崩してやるぜ」
ニヤッと笑ったガンバは、何食わぬ顔でその場を離れた。その夜、不幸な犠牲者は5匹に上った。
いずれも夜の見張り担当で、背後から首を絞められて殺されていた。
「……!!」
ソラル以下、野ネズミ達は言い様のないショックを受けた。
“まただ!この中に、また『裏切り者』が、紛れ込んだと言うことだ!”
初めての事態ではないが、彼らは戦慄を覚えていた。

それから3日は、何事もなかった。

「…ガンバ、ここにいたの?」
「何だ、ボーボか。ああ、こないだ見張りが殺された現場に、何かないかとね」
「ふうん…」
「どうも、これって証拠はないなあ」
「…変だよ」
突然、ボーボが呟くように言った。
「ええ?何がだよ?」
「ガンバが…さ。ねえ、本当にガンバなの?本物のガンバなの?」
「な、何を急に…どうしたんだよ、ボーボ」
ガンバをジッと見ていたボーボは、ちょっと悲しいような怯えたような目で
「ち…違う!ガンバじゃない!本物のガンバじゃない!」
大きな声をあげた。

トップへ

34.ガンバ救出大作戦

「お、おいおい…どうしたんだよ?ボーボ…」
だが、ボーボは思わず後ずさりした。
「本物のガンバだって言うなら、町にいた時どこに住んでた?ガンバが苦手なリーダーは?決闘して倒した相手は?町を出る時、おいらに何て言った?」
ボーボは、ガンバに次々と質問を投げかけた。だが、ガンバは黙ったままだった。
「…答えられないの?」
すると、突然ガンバの表情が変わった。
「ヘッ、鈍そうな奴だと思ってたが…変なところに鋭いな。やれやれ、バレちまったのなら仕方ない…」
偽者のガンバは、ジリジリとボーボに近寄っていく。ボーボはさらに後ろに下がろうとするが、足がもつれて尻もちをついた。
「……」
「安心しな。ここでお前を殺しちまったら、大騒ぎになるからな。山猫にさらわれた…ってことにしておいて、いずれお前の友達とやらと、一緒に見せしめに
 してやるからよ…」
「なるほど。良く考えたな!」
背後から、怒気のこもった声がした。偽者がビクッとして振り返ると、目の前に大きな拳が迫っていた。
「……!」
ベキッ!と骨が砕けるような鈍い音がして、ベアーの一撃に偽者の身体が吹っ飛んだ。さらに、ベアーは偽者の襟首を右手でつかんで持ち上げると
左の拳を腹に突き刺した。
「グッ…!」
ベアーは、相手の身体を持ち上げたまま
「痛いか!?苦しいか!?だがな、ボーボの心の痛みや苦しさに比べりゃ、この程度…何万分の一なんだぜ!」
怒りに震える眼でもう一発、正確無比・強烈無比な左を急所に突き刺した。
「…ろせ。お前ら…に、何ができ…馬鹿な、真似…」
“こいつ…黒手の残党か?”
ベアーは仲間達に
「どうせ、こいつは死ぬしかないさ。特に、情報は持ってねえだろうし…こいつにかまうより、ガンバを救出する方が先決だな」
仲間達も、一様にうなずいた。


「…まだ、動きはないようだな」
「はい。ガルム様…」
ガルムの前で、ニオルドがかしこまっていた。ニオルドは、ゴールド・シルバーに次ぐ地位にいたが、二匹がいなくなって事実上、部下のナンバーワンになっていた。
「送り込んだ偽者がどうなろうと構わぬが、野ネズミ共がやって来たら、一匹たりと生かすな。それに、余の耳に雑音を響かせぬようにな…」
「心得ております」
ガルムは悠然とその巨体を横たえ、マタタビを口に含んだ。その残忍な悪魔の表情が、恍惚の表情に変わった。
「……」
その表情を無視するかのように、ニオルドはガルムに背を向けて、静かにその場を立ち去った。
“…早く来い、野ネズミ共!”
ニオルドは、一通り拠点を見て回ると奥へ向かった。
「どうだ、奴の様子は?」
「おとなしいものです。抵抗したくとも、できない様子です」
そこには、ぐったりと倒れているガンバの姿があった。
“…全身傷だらけのところへ、あれを浴びたのではな”
ニオルドは、しばらくガンバの様子を見ていたが
「いいか、くれぐれも殺すなよ。奴は、切り札だからな」
「承知しました」
「それと…」
急にニオルドは声を落とし、囁くように
「野ネズミ共がここまで来たら、その時は…ガルムと刺し違える覚悟でいろよ」
「…はい」


ガルム、ニオルド、そしてベアー達…それぞれの思惑が、コットの森に交錯した。
「みんな!言うまでもないが、決戦の時が来た。目的は、あくまでガンバの救出。だが、ガルムの根城に乗り込むことが、事実上の決戦であることは分かると思う」
ソラルが、仲間を前に声をあげる。
「そして、その根城の先にあると言う『黄金のマタタビの木』を、奪う…いや、その木を倒してなきものにすることも、重要な作戦だ」
ベアーの言葉に、緊張が走った。
「行くぞ!命を捨てる覚悟で!」
「…どうやら、来たようだな」
翌日、陽が高くなる頃に野ネズミの一団が、ガルムの根城に迫っていた。
「……」
森を抜けると、ガルムの根城までは岩場が広がっている。野ネズミ達は、一気に岩場に入りこもうとせず、遠巻きに根城を見ていた。すると…
「山猫が来るぞ!」
近づいてきたのは、ニオルドだった。見ると、単身近づいているようだが…
「よく来たな、野ネズミ共!お前達の仲間を救いに来たのだろう?あわよくば、我々を倒しに来たか?いずれにしろ、ここを野ネズミの墓場にしてやる。
 ガルム様の元に、一匹たりと近づけんぞ!」
その迫力は、かつてのゴールドやシルバーに引けを取らなかった。
「…あ、あれは!?」
根城の入口付近に現われたのは、木の枝に縛り付けられたガンバだった。力なく首が前に折れて、遠目には相当のダメージを負っているように見えた。
「おいっ!ガンバをどうするつもりだ!?」
思わず、ベアーが大声を上げる。
「フフフ…心配するなよ。殺していないぜ。だが、お前達が血の海に沈むのを見せたら、一緒に沈めてやるぜ」
「…くそう!」
「どうやら、敵は山猫だけじゃなさそうだな」
シャドーがポツリと言った。
「どう言う意味だい?」
ベアーは、視線をそらさずに尋ねる。
「縛られてるガンバを見ろよ。山猫に、あんな器用なことできるか?」
「確かに。と、言うことは…」
ソラルの言葉に
「偽者と同じ、山猫に魂を売った奴らがいる、ってことさ」
ジャックが応じる。
「ヘッ、覚悟はしてたが、一筋縄じゃ行かねぇか…」
ベアーがちょっと自嘲気味に呟いた。
「どうした?あの仲間を救いに来たのだろう?それとも、あれも偽者ではと疑っているのかな?」
ニオルドは、口を大きく開けて嫌味な笑いを浮かべた。
ついに、ベアーの怒りに火が点いた。
「罠は覚悟の上!行くぞ、みんな!」
「おうっ!」
野ネズミ達は、一斉に岩場になだれ込んだ。
「……!?」
ところが、襲いかかってくるものと思いきや、ニオルドはひらりと身をかわすと大きな岩の上に飛び乗った。
“まずい!あれで、俺達を一気に押しつぶす気か!?”
シャドーが、声にならない声をあげたが、ニオルドは岩の陰に隠れた。
“……?”
すると、代わりに岩陰から野ネズミの一団が現われた。
“こいつら…敵か?味方か?”
ちょっと様子を伺っていると、横からソラルが出てきて、先頭にいるネズミに
「おいっ!見覚えがあるぞ。お前、ハラルのそばにいた奴だな?」
相手は、黙ったままソラルを見ている。
「どう言うつもりだ?山猫に脅され操られ、俺達を殺すつもりか?それとも…」
すると、相手は表情を変えずに言った。
「…我々の言葉を、信じろというのは無理があるだろう。だが、今が山猫の根城を攻撃するチャンスなんだ」
相手の言葉に、ソラル達は失笑を浮かべた。
「おいおい、罠ならもう少し巧妙な手口を考えろよ。今まで、裏切り者やら偽者やらに、散々かき回されてきた俺達だ。今さらそんな…」
すると、シャドーが後ろからソラルの肩に手をかけた。
「ソラル…あながち、罠とも言えないんじゃないかな?」
「えっ…?しかし、あの手は…」
確かに、目の前の連中はみんな黒い手をしていた。
「眼だよ…単に、山猫に魂売った連中にしては、眼が死んでいねぇ」
「そうは言っても…」
ソラルが態度を決めかねていると、ベアーが
「どのみち、俺らには進むしか道はないんじゃないか?ここで退却しても、山猫連中が襲ってきたらそれまでだぜ」
「…まあ、兄弟揃って山猫の罠にかかって、あの世でハラルに笑われるか?」
ソラルが自嘲気味に笑うと、目の前の相手と握手を交わした。
「さあ、ガンバの救出もある!みんな、シッポを立てて行くぞ!」
ベアーの号令に、彼らは山猫の根城へと向かった。だが…
「……」
根城の入口には、山猫がズラリと待ち構えていた。
「どうした、怖気づいたか?」
その中心にいたニオルドが、不気味な笑いを浮かべながら言った。
“ヘッ…今更、退却なんかする気はねぇがな!”
ベアーが、改めて腹を括って号令をかけようとした時だった。
「おおい、みんな!何、やってんだよ!」
彼らの頭の上から、威勢のいい声が飛んできた。
「ガ…ガンバ…!?」

35.内部崩壊

岩の上にいたのは、すっかり傷も癒えたガンバだった。
「何、ボーッとしてんだい!みんな、シッポを立てろーっ!」
いつもの威勢で、大きな声をあげるのを見て
「ガ、ガンバだ…本物のガンバだよ!」
ボーボが手を振ると、ガンバもすぐに手を振って見せた。
「…涙を拭きな、ボーボ。泣いてちゃ、前が見えないぜ」
ベアーが、軽くボーボの肩を叩いて言った。
「あっ、山猫が…!」
その時になって、彼らはニオルドら山猫の姿がないことに気付いた。
「こうなったら…罠だろうが何だろうが!」
「そうだ!みんな、行くぞ!」
野ネズミ達は、一斉にガルムの根城になだれ込んだ。

「……」
内部は、想像以上に広かった。そして、山猫の姿はなく不気味な静けさだった。
「さて、どうする?」
ベアーが、腕組みしながら周囲を見渡していると
「みんな、揃ってるな」
そこへ、ガンバが姿を現わした。
「ガンバ!無事だったか!?」
「ヘヘ、ちょっと危ない目にあったがよ…この通りさ」
ガンバは、磊落に笑って見せたが
「そうだ…みんな、山猫が!」
ガンバが、何か言いかけたのをソラルが遮るように
「その前に…」
ソラルが、黒手の連中の方を向いた。
「…説明してくれ。お前達が、我々の味方だということを」
相手は、小さくうなづくと
「我々は、あの黄金のマタタビで中毒になり、命を落とす仲間を見て、山猫の支配から抜け出したくなった。そこで、山猫に忠誠を誓うふりをして
 少しずつマタタビ依存から抜け出して…そして、知ったんです。山猫連中が裏で繰り広げている、黄金のマタタビを巡る醜い欲望の実態を」
「確かにゴールドとシルバーは、黄金のマタタビを巡る醜い考えから、ガルムに処刑されたようなものだしな」
シャドーが、ポツリと言った。
「ええ。ガルムは、黄金のマタタビさえあれば、支配が続くと信じているけど、秘かにマタタビの木を、ガルムを倒そうと言う動きが、出始めているんです」
「変だな、誰もが黄金のマタタビを、支配したがっているんじゃないのか?」
ジャックが、少し呆れたように言う。
「それが、そうでもないんだよ」
ガンバが、我慢しきれなくなったように話し始めた。
「山猫連中は、ガルムに支配されているのと、そこから抜け出したのとがいるんだよ」
「抜け出したって…マタタビ依存からか?」
「ああ…」
「…にわかには、信じられねぇな」
リッキーが、半信半疑の口調で言った。
「ともかく、ガルムを倒そうという動きが、山猫の間にも出ているんだ。つまりその…不満分子、ってやつさ」
ガンバの口から、らしからぬ言葉が出た。
「それで、我々はどうすれば良い?」 
シャドーの冷静な言葉に、黒手の代表が
「この根城の中で、堂々と闘い暴れることです。ここにいる山猫全てが、反ガルムではありません。それでも、我々を襲ってくる山猫の数は半分近くまで減ります」
「なるほど」
「そして、同時に重要なのが黄金のマタタビの木を、倒すことです」
「それなら、俺が行く!」
すかさず、ガンバが名乗りを上げた。
「だ、大丈夫か?」
思わず心配そうな声をあげたベアーに
「へへ…任せておけって!」
ガンバは、笑って胸を張る。
「ところで…山猫の不満分子って、一体?」
「それは、ニオルドが不満分子のボスなんです」
「何だって!?」
彼らは、思わず驚きの声をあげた。


それから、ソラル達は『計画通り』奥へとなだれ込んで行った。
「来たぞ!」
山猫軍団が、彼らに襲いかかってきた。
『いいですか、山猫は大きく2種類がいます。一つは、ニオルド率いる反ガルムです。奴らは、本気で襲ってきません。一方が、ガルムに支配されている奴ら。
 こちらは、本気で殺しに来ます。見分け方は、眼です。血走ったような眼をしている山猫に、注意をするんです』
ハラル達は、次第にこの言葉を実感していた。一部の山猫は、襲いかかるような態度でいながら、自分達の頭上を飛び越えるだけだったり、伸ばしてきた前足からは
爪を出していなかった。
“何だ…こいつら?一体、どう言うつもりだ?”
そんな動きがおかしい仲間を見て、訝る一匹がその場を抜け出した。ガルムに報告するため奥に向かおうとした。すると…
「どこへ行く?」
立ちはだかったのは、ニオルドだった。

一方、ガンバは単身で黄金のマタタビの木へ向かっていた。

『いいか…マタタビの木には、10本の根が張っている。その中の、1本に傷がある。その昔、ガルムがマタタビの木を巡って、他の山猫と争った時に傷付いたと
 言われている。その根の傷を広げて、穴を開けるんだ。養分のバランスを失ったら、マタタビの実はしぼみ、木は枯れてしまうだろう』
かつて、瀕死のシルバーから聞いたマタタビの木の秘密を、頭の中で繰り返しながら、ガンバは必死に岩場を駆けた。
「あった…!」
周囲に草一つ生えていない、荒れた土地に一本の木が堂々と立っていた。近づいてみると、かなり大きい木だ。
生い茂る葉の中から、黒い実がいくつもなっている。ガンバは、その一つをもいでみた。皮を剥くと、鮮やかな黄金色の実が現われた。ところが…
「ど、どれだ?どれが傷のある根、なんだよ…」
その木から、放射状に10本の根が伸びていた。しかし、その根はすぐ地面に潜り込み肝心の『傷』が、分からない。
「ええい!こうなったら…!」
ガンバは、手前から根元を掘って『当たり』を、探し始めた。


「……!?」
根城の奥で休んでいたガルムは、ただならぬ気配を感じて跳ね起きた。
“マタタビの木に…何か、あったな!”
「誰か、おらぬか!」
周囲が振動する勢いで、ガルムが声をあげると
「…お呼びでしょうか?」
ニオルドが、冷静な態度と表情で現れた。
「ニオルド…!お前、ここで何をしておる!?」
全身の毛が逆撫でされるガルムの迫力を前に、ニオルドは動じる様子がない。ガルムの表情が、一段と険しくなる。
「何を…考えている?お前も、ゴールドやシルバーと同類か!?」
「…あんたを亡きものにしよう、と言う点では同類ですかな」
「何だと!?」
根城そのものが破壊される勢いで、ガルムは全身の毛を逆立てた。一方のニオルドは、両手両足の爪を深く付き立てた。
深い爪痕を残したが、勢いに吹っ飛ばされることなくニオルドは踏ん張り、ガルムを睨んだ。
「自己の欲望のため、仲間を裏切り、惨殺し、黄金のマタタビを奪い、山猫の支配者に君臨した…あんたの醜い欲望の踏み台にされたニゴアを
 よもや忘れてはいまい!?」
「ニゴア…?」
「そう。俺の親父だ!死ぬ間際まで、あんたへの恨みと呪いを口にしていた、ニゴアの息子がこの俺さ!」
「そうか…ニゴアの…ククク…余に復讐するつもりで、近づいたと言うのか!?」
「その通りだ。マタタビ依存を少しずつ軽くし、仲間を増やし、機を窺っていたのさ。ゴールドやシルバーが、マタタビを狙っているのを隠れ蓑に
 あんたへの忠誠を誓うふりをしてね。まあ、正直言って魅力は感じるが…俺には、あんなマタタビに用はない。それより、あんたへ復讐の方がはるかに重要だ!」
「だが…お前に、余を倒せると言うのか?」
「最終的には、ね。まずは、マタタビ中毒でボロボロな、あんたの部下からさ…今頃は山猫同士の闘いで、死骸が転がり始めたころだろうぜ。そして最後は
 あんたの大切な…そう、マタタビの木がね…」
ガルムは、そこまで聞くと何かを思い出したように立ち上がり、ニオルドを蹴散らしてその場から猛スピードで去った。
「さて、時間は稼いだぞ。あとは、野ネズミ共のお手並み拝見だ」

「…くそ!これも違うか」
ガンバは、7本まで根を掘ったがことごとくハズレていた。
「ようし、次…」
その時、ただならぬ気配がもの凄い勢いで、近づいてきた。
“ガルム…!?”
ガンバは、慌てて木に登り葉や実の陰に隠れた。やって来たガルムは、マタタビの木の根が掘り返されているのを見て、猛り狂った。
「おのれ…!薄汚い野ネズミ共!どこに隠れても、無駄だぞ!」
ガルムの咆哮が、激しく木を揺さぶる。ガンバは、振り落とされないようにするのが、精一杯だった。

36.ガルムの最期

“くう…このままじゃ…”
二度三度と、ガルムの咆哮が襲ってくる。葉が吹き飛び、実もいくつか落ちた。
「おのれ…」
ガルムの怒りは、増大した。さらに咆哮をあげようとしたが…
「何!?」
マタビの木が、ぐらつき始めたのだ。ガンバが根元を掘り起こしたために、バランスが崩れかけていたのだ。
「……」
ガルムは、怒りを抑えるのに必死になった。周囲を圧倒する自分のパワーが、大切な木をなぎ倒しかけている…
“まあいい…これで、全ての根が死ぬわけでもあるまい”
ガルムは、まだ根が張っている方へ回り込むと、咆哮をあげた。
「うわっ…!」
ついに、ガンバの身体が吹き飛ばされて、地面に転がった。
「……!」
ガンバは、慌てて逃げようとしたが、周囲に身を隠す場所はなかった。
「おのれ!」
背後から、恐ろしいほどの気配が襲ってきた。
「ぐっ…ぎゃっ…!」
次の瞬間、ガンバの身体にもの凄い重さがのしかかって来た。
「う…ぐっ…く…」
ガルムの左前足が、ガンバを背中から押え付けたのだ。身体がメリメリ音を立て、このままでは押し潰されるのは、時間の問題だ…
「が…はっ…!」
ガンバは、意識が遠くなっていくのを感じていた。
“あ…ああ…も、もう…”
その瞬間、頭上で何か巨大なもの同士が激突する音がした。と同時に、ガンバは身体が自由になるのを感じた。
「おのれ、ニオルド!こざかしい真似を!」
「何をしている!早くしろっ!」
ガルムの怒鳴り声とニオルドの声を聞いて、ガンバは事態を把握した。

ガンバは身体を持ち上げようとしたが、全身に激痛が走った。
“くそっ…し、シッポを…た、て、ろっ!”
ガンバは、マタタビの木に近づくが思うように動けない。
“チッ…あいつ、ボロボロだな…間に合うか?”
すると、ガンバは残る3本の根が地面から少し浮いているのを発見した。ガルムの咆哮で、ぐらついたからだった。
「あ、あれだ…!?」
右側の一本の根が、他と明らかに違っていた。一部が変色し、かさぶたのようになっていたのだ。
ガンバは、全ての力を振り絞ってそこに向かった。そこへ…!
「させるかーっ!」
ガルムの声と共に、前足が伸びてきてガンバの身体を吹っ飛ばした。
「……!」
ガンバは、マタタビの木に激突して下に落ちた。さらに、襲いかかって来たガルムの爪が、マタタビの木の幹を大きく傷つけた。
「ううっ…!」
ガルムが焦りから、一瞬怯んだ。ガンバはその瞬間、全身の痛みを忘れた。後足に力をこめると、傷のある根に勢いよく飛びついた。
「やめろーっ!」
ガルムの前足が、ガンバ目がけて鋭く大きな爪を立てて伸びてきたが、間一髪でそれを交わしたガンバは、変色していた部分に前歯を突き刺した。
そこは、思ったより柔らかくその部分からスーッと裂け目ができた。
「……!」
たちまち、そこからオレンジ色の水が噴き出した。すると、見る見るうちに葉が変色し枯れて、実がしぼんで…やがて崩れるように、マタタビの木は倒れた。
「ぎゃあぁぁ…ぁぁぁ…ぁぁっ!」
ガルムが、断末魔の叫びをあげてのたうち始めた。
「ああ…あ…」
あれほど他を圧倒する迫力のあったガルムの身体が、蒸発するように細っていき小さくなっていく…
「…哀れな。だが、自業自得だ…」
ニオルドは、冷淡な眼でガルムの最期を見届けた。倒れたガルムの身体は、ボロボロになった毛の塊りに過ぎなかった。
ガンバは、その様子をぼんやりとした眼で見ていたが、次第に意識を失った。


「……」
ガンバが目を開けると、そこには自分を心配そうに見ている、いくつもの顔があった。
「あ…」
「気が付いたか、ガンバ!」
一斉に声をかけられ、返事をしようとしたガンバは
「うっ…!」
全身を襲う激痛に、顔を歪めた。
「ハハハ、無理するな。全身ボロボロの状態だ。しばらく、息をするのも苦しいだろうからな。絶対安静なんだぞ」
ベアーの言葉に、ガンバは複雑な顔をした。良く見ると、全身が包帯でがんじがらめになっていたのだ。
「ちぇっ…みんなも、笑ってるんだろう?」
「ご明察、だ」
すると、仲間の後ろから顔をのぞかせたのは…
「あ、ニオルド…助かったよ…あん時は」
「フフ…礼には及ばんさ。お前には、どうしてもあのマタタビの木を、倒してもらわねばならなかったからな」
「どうして…?自分でも、やれたはずなのに?」
ガンバの言葉に、ニオルドは
「確かにそうだが、俺も山猫のはしくれ。マタタビに魅力がある。俺はあの木を自分で処分できなかった。それに、腹心の部下と言えどガルムは
 あの木に誰も近づけなかったからな。
 だが、あんな木があるとまた醜い争いが起きる。平等で平和な利用を考えていた親父は、独占を目論んだガルムと争い、敗れて死んだんだ。
 あの根の傷は、最期に親父が付けた傷だ。
 俺は、その事実を知るとガルムに近づいた。もちろん、奴への復讐が主目的だったが、あの木を処分することも重要だった。そこで、抵抗勢力となった
 お前達に秘密を教えたんだ。ガルムを倒す有効な手段と知れば、お前達は必死になって、あのマタタビの木を倒そうとするだろうからな…
 もっとも、シルバーの奴がガルムへの恨みから、お前達にマタタビの木のことを喋っていたとはな」
そして、くるりと背を向けた。
「じゃあな。俺は、別の場所で暮らす。マタタビなんかに支配されないで、山猫らしい暮らしをな。だから、今度俺の前に姿を見せたら容赦なく襲うかも知れないぞ。
 覚えておくんだな…」
ニオルドは、そう言い残して去っていった。

かくして、コットの森から山猫の恐怖が去った。群れていた山猫は、ガルムとマタタビの支配が無くなると、散り散りになった。
コットの森から、全く山猫がいなくなったわけではないが、かつてのバランスに戻ったのだ。


「もう、怪我は大丈夫なようだな?」
「チェッ、とっくに大丈夫だよ!」
ガンバの傷もすっかり癒え、闘いで傷ついた仲間達も元に戻っていた。
「また、発見したよ」
マタタビに支配されていた山猫は、ガルム同様ボロボロな姿になって、森のあちこちで発見された。同様に、無残な姿になった野ネズミ達も…
「悲しい犠牲者だ。丁重に弔ってやろうぜ」
かつて、山猫との抗戦のために造られた根城は取り壊されて、代わってそこには犠牲になった野ネズミ達の墓碑が建てられた。
「…みんな、森の平和のため、仲間の命を守るため、必死だったんです。考えの違いで対立したこともありました。要らない犠牲も多かった…
 俺は、みんなを率いる立場だったけど、何もできなかった。特に…ハラル…お前を救うことができなかった…赦してほしいのは、俺の方だよ。
 山猫の卑劣な罠を見抜けなかった、馬鹿な俺を…どうか、どうか、赦してくれ…」
墓碑の前で泣き崩れるソラルに
「…これからは、立派な野ネズミの生活を取り戻せば良いじゃないか。野ネズミ同士で争うことも、外敵に脅かされることもない生活を」
シャドーが、ハラルの肩に手をかけて言った。
「…ありがとう。皆さんに、最後までお世話になってしまって…皆さんがいなかったら、俺はただ意地を張って仲間割れを助長し、山猫にやられていました」
「ヘヘ…俺達は、冒険を求めて来ただけさ。礼を言ってもらいたくて、やって来たわけじゃないぜ」
ベアーが、ちょっと照れ隠しの口調で言うと
「そうだよ…おいらなんか、ただガンバに付いて来ただけだもん」
ボーボの言葉に、みんながドッと笑った。
「ま、まあ…何だ、俺達は冒険者だ。冒険の旅に、終わりはないってことよ」
腰を折られたベアーは、何とか話をまとめると同時に、ボーボの頭をコツンと叩いた。
「……?」
キョトンとするボーボの様子に、また笑いが起きた。そんな中…
“冒険の旅に、終わりはない…か…”
ガンバは、ちょっと複雑な気持ちでいた。

「じゃあ、俺達はこれで」
「ありがとう!本当に…そして、この先も気を付けて」
「ああ、ありがとう。ソラル達も、元気で暮らせよ」
闘いが終わって約十日、ベアー達はコットの森を後にした。
「さあて、これからどうするかな…」
「まずは港町に出てみようぜ。何か、面白い話が聞けるかも知れねぇ」
「そういや、しばらく海を見てねぇなあ…」
「当分、風任せの船旅もオツだぜ?」
「お、それもいいな!」
気の置けない仲間達の、磊落な会話を交わしながら彼らは港町へと向かった。

37.そして、それぞれの旅

「港が、見えて来たぜ」
ベアーの言葉に、真っ先に反応したのはガンバだった。
「……」
潮風に吹かれながら、ぼんやりと遠くの港を見るガンバに
「あそこが、始まりだったんだなあ…」
ベアーの、似つかわしくない感傷的な口調に
「…熱でもあるのか?」
ガンバの軽口に、ベアーは
「るせぇ!」
と、ガンバの脳天をゴツンとやる。ガンバは、頭をさすりながらもニヤニヤ笑いながら、ベアーの顔を見ていた。
“…帰ってきたんだ”
思えば、ロックと決闘の後シャドーに助けられ、それがきっかけで海を目指した。港でベアーやジャックやリッキーと出会い、冒険の旅に出た。
その旅の発端となった港だ。
「で、ガンバとボーボは予定通りかい?」
シャドーの問いに
「ああ、一旦俺らは町に戻るよ。黙って出てきたからな」
「そうか」
「シャドー達は、どうするんだい?」
「まあ、しばらくこの港にいるつもりさ。何しろ、今回の冒険で少々身体を痛めたから、ゆっくりするさ」
「右に同じ」
「以下同文」
ジャックとリッキーも、そのつもりらしい。
「まあ、何か血が騒ぐ話があれば、飛び出していくだろうがな…」
ベアーの言葉に、シャドー達はわざとらしく視線をそらす。
「…てやんでぇ」
ちょっと不満そうな顔をするベアー。
「まあ、また冒険に出たくなったら、港まで来いよ。俺達がいなくても、山猫を倒したガンバ達を無視する奴は、ここにはいねぇからよ」
「じゃあ…みんな、またな!」


「ガ、ガンバとボーボが…帰って来た!」
町ネズミ達の間に、そのニュースは瞬く間に伝わった。
“…何か、よそよそしいなあ…”
ガンバは、顔見知りが遠巻きに見ているのをちょっと不満げに感じていたが、考えれば無理もない。町ネズミが注目した決闘の後、いつの間にか姿を消してしまい
放浪してるとか、別の町で暴れているとか、のたれ死んでしまったとか…消息が分からないために、いろいろ勝手な憶測を囁かれていたのだから。
「…ただいま、帰りました」
ガンバは、アカハナの前で頭を下げた。アカハナは、ジッとガンバとボーボの顔を見ていた。ガンバは、アカハナがどう出てくるか構えていたが
「ガンバ、ボーボ…いい顔になって帰って来たな」
エッ…と、ガンバが顔をあげると、アカハナはニヤリと笑っていた。
「あの…」
「お前の話を、ゆっくり聞かせてもらおう。どうやら、山のような土産話を持っているようだからな…」
「…はい!」
ガンバとボーボは、町を出てからの冒険譚を話した。
それは、人間の時間を尺度にすると、数カ月の出来事に過ぎなかったが、二人の話は、何年経っても終わらない興奮に満ちていて、聞くものをわくわくさせた。

「で、山猫を倒した後は…」
ガンバ達は、ハラル達と出会った村に出た。リッキーが、冒険の発端と出会った村でもある。
あの時は、遠巻きに彼らを見て関わりたくないと言った雰囲気だった。
「今回は、歓迎できず無視もできず…だったな」
一種、異様な雰囲気の中だったが、彼らは荒らされていた墓標をきれいに整えた。二度とここを荒らすことはしねぇだろうな、と言う雰囲気を漂わせながら。
「港町では、歓迎の嵐だったなあ…」
彼らの冒険譚に盛り上がり、力比べで盛り上がり、連日の宴会が催され、下に置かない歓待だった。
「おかげで、ガンバはお酒の味を知ったんだよ」
「ボーボは、胃袋破裂寸前で白目になっていたんだぜ」
その後、立ち寄った港町で学者先生と再会。彼らの話に喰いついて、離さなかった。
「特に黄金のマタタビについて、もう大変だったよ。枯らしてしまって、種でも何でも資料として残して欲しかったと、うるさくてね」
「結局、夢見が島には寄れなかったんだ。残念だったね、ガンバ…」
「うるせぇ!俺のことより、ベアーの方が…」

それは、寄港したある港町でのことだった。ベアーは意を決したように船を降りると、ある場所に向かった。
『……!?』
『…久しぶりだな』
『良かった、生きていたのね』
相手の女性がリリーさんであるのは、ガンバ達にもすぐ分かった。
『山猫を相手にするってっ聞いて、今度こそはって覚悟したの。無残な姿で、あたしの目の前に現われるんじゃないかって…』
すると、ベアーはフッと笑って
『…俺から冒険を取ったら、単なる抜け殻になっちまうぜ』
傍らにいたシャドーが、低い声で『ったく!』と呟いたのと、パン!と乾いた音がしたのと、ほぼ同時だった。
『……!』
目にいっぱいの涙を浮かべたリリーさんが、ベアーの横っ面を引っ叩いたのだ。そして居たたまれなくなったように、リリーさんはその場を去った。
ガンバ達も、何も言えずにベアーを残して立ち去った。
『……』
ベアーは何も言わなかったし、誰も気付かなかったが、去っていくリリーさんをジッと見ていたベアーの目に、涙があふれていた…
「嘘でも、守れそうになくても、約束してあげれば良かったんだ。リリーさんは、何か言って欲しかったんだよ…」
ベアーの態度に納得できない、と言った顔のガンバにシャドーは
『嘘やいい加減な約束で、相手を傷つけるのは、優しさじゃなくて卑怯だと考えているのさ。ベアーは…』
そう言っていたくせに、その後しばらくシャドーはベアーと殴り合いでも始めそうな、ピリピリした雰囲気に感じられた。

「でも、殴り合いって言えば、リッキーが!」
アーガスの港に立ち寄りたいと言い出したのは、リッキーだった。その時、ガンバ達はてっきりあの先生に挨拶しに行くものと思ったが…
『何だ…また、痛い目に遭いたいのか?』
リッキーの目的は、ブーテスにリベンジすることだったのだ。
『…の、バカ野郎!』
仲間達が駆け付けると…
『ヘヘヘ、ご覧のとおりさ』
決闘の後、リッキーは腫れて血だらけの顔になっていたが、それ以上に相手をズタズタにKOしていた。
『…呆れた奴だね。君って男は!』
その後、例の先生に説教されながら治療を受けたリッキーは
『俺はまだ、どこかに居付くことはできません…でも、生きて帰ってくることだけは、約束しますよ』
先生は、黙って聞いていた。

「ジャックも、派手にやったよね」
「そうだな、あんまり派手なことするようには、見えなかったけど」
リッキー同様、会いたくない奴がいると言う港町で、そいつは港ネズミのボスになっていた。こうなると、ガンバ達も同列扱いだ。
「腕になら自信があったけど、武器を持ってるんだものなあ…」
結局、ガンバ達は武器の前に敗北。ボスは、ジャックにガンバ達を助けたければ…と、お決まりの展開に。
『野郎っ!』
激怒したジャックは、ボスとサシの勝負を挑んだ。武器を巧みに操って、見事に相手を叩きのめすが…
『奴を生きて帰すな!』
部下達が、ジャックに襲いかかる。
『なあ、どこかで見たような展開だな?ガンバ!』
と、シャドー。
『ああ、俺もそう感じてた!』
ガンバ達がジャックの助太刀に入り、大乱闘に。
しかし、強いのはボスだけで部下達は烏合の衆と言ったところ。案外あっさり、勝負は片付いた。

「……」
アカハナは、夢中になって話を続けるガンバの姿を見て
“ガンバ…お前は、私が想像していたより多くの、大きな冒険をしてきたようだな”
その姿に、ガンバの父親の姿を重ねていた。
“そしてお前は、町の…町ネズミの枠に収まらない、冒険野郎になったようだ”
アカハナは、心の中で『冒険から帰って来たガンバを、自分の後継者に育てていく』という、描いていた青写真を破り捨てた。


ガンバが町に帰って、一週間が経った。
「…町って、こんな場所だったっけ?」
ある夜、ガンバはビルの屋上で寝転びながら呟いた。
車の騒音、排気ガスの匂い、人間の雑踏、カラスの鳴き声、夜でもギラギラする照明、堅く冷たい建物、臭い排水溝…
“こんな場所が、俺にとって全てだったなんて…ちっちゃいな”
そう、全てだったからロックと決闘したのだ。腕づくで、全てを守ったのだ…
「ガンバ…これからどうするの?」
ボーボが、ガンバの顔を覗き込むようにして言った。
「ボーボはどうするんだよ?俺に付いて行く、ってか?」
すると、ボーボはすました顔で
「おいらは、旅に出るよ。冒険の旅に」
ガンバは、ビックリして上体を起こした。
「ボーボ…?」
「ガンバは、どうするの?おいらと一緒に行く?」
悪戯っぽく笑うボーボに
「チェッ!それは、俺のセリフだ!」
ガンバもちょっとムキになって言う。
「じゃあ、今度はちゃんとアカハナさんに断わってから、行こうね」
「もう!言われなくても、分かってるさ!」

第7章・完(完結)
第6章へ目次へ戻る