28.不協和音
ソラルは、根城を3か所造った。本拠の根城はソラル、その他の根城はコタロとカナロに、それぞれ任せた。
彼らは、競うように大きく堅牢で工夫を凝らした根城を建設すべく奔走した。そして、手が足りないこともあって、新しい仲間達を積極的に迎え入れた。
「どうだ、根城の建設は?」
ある夜、ソラルはコタロとカナロを呼んで話を聞いた。
「進んでいます。ちょっと、凝りすぎたかなとも思いますが」
コタロが答えると
「こちらも。そう簡単に攻め落とされない根城です」
カナロも答える。
「私の方も、ガンバさん達の手伝いもあって順調だ。ところで…」
ソラルは、ちょっと言葉を切った。
「新しく加わった仲間達は、どんな様子だ?」
ふたりは、ソラルの質問の『意味』を、すぐ理解した。
「実は…ソラルさんが言っていたことが、いくつか…」
コタロが、やや声を殺して言った。
「それは、こちらも同じだと思います」
カナロも、低い声で言う。
「そうか…あまり、野ネズミ同士で疑ったり、見張ったりはしたくないんだが…こっちにも、良くない空気がある。私達は、赤手・黒手と対立したものの
もとは同じエリアの野ネズミ同士。それとは違うエリア毎の雰囲気と思っていたが…邪な意図を隠して、我々に接近しているものがいる」
「しかし、それをあからさまにすると…」
カナロが苦しい顔をする。
「お前の気持ちは、良く分かるよ。火種は小さいうちに消したいが、一歩間違うと…」
コタロが同調する。
「まず間違いなく、山猫の息がかかった裏切り者がいる。疑い始めたらキリないのは、十分承知だが…裏切り者が誰で、何匹いるのか
見当が付かない現時点では、下手な動きをしない方がいいだろう。そして、警戒の手を緩めることなく…特に、夜に警戒を強めた方がいい。
ああいう連中が、本格的に動くのは夜が多いからな。みんなが寝静まった後に動くやつ、外に出る奴…」
そんな彼らの会話を、物陰で聞き耳立てる影があった…!
「そうか…思った通りだな」
別の場所で、ソラルの話を聞いたシャドーとベアーは、少し難しい顔でうなずいた。
「まさかとは、思いましたが…」
ソラルの口調は、現実を認めたくない様子が出ていた。
「気持ちは分かるぜ。だが、奴らも単に力づくではない、狡猾な手段で攻めてくるってことに、備えねぇとな」
ベアーが、腕組みして言った。
「そうですね…シャドーさんが阻止したとは言え、シルバーとゴールドが、あんな罠を仕掛けてくるとは…」
「問題は、何か事が起きた後だ。絶対、仲間達は動揺するし、それを煽る奴が出てくるだろう。俺達がその時になって諌めても、大声出しても、火に油だ…」
シャドーが、重い表情で言った。
「仮に、動揺を収めることができても、仲間内に…この根城の中に、疑心暗鬼が生じてしまいますね…」
ソラルが、呟くように言うと
「それよ、それが奴らの目的さ。もしかして…?って気持ちが、心の片隅にあれば統率が取れなくなる。いくら守りの堅い根城を築いても、中がガタガタじゃな…
恐らく、手段をあれこれ考えているだろうぜ」
ベアーの言葉に、彼らは悔しそうな顔をした。
「俺達を、精神的に追い詰める作戦に出たか…まあ、そうでしょう。この森で、山猫の大群がいきなり暴れたら他の動物にも影響しますからね」
ソラルは、意を決したように言った。
「ともかく、こっちも作戦を立てないとな。まずは、最終的に信じあえる仲間として、ソラルと俺達の計七匹は、決して揺らがない信頼を誓いあおう」
シャドーの言葉に、彼らは深くうなずいた。
「さて…次は、あのイノシシ野郎の手綱を締めねぇとな」
ベアーが、ちょっと冗談交じりに言うと
「全くだな。話を半分聞いただけで、突進しかねないぞ」
シャドーも、苦笑交じりに言った。
「ヘ…ヘッ…クシュッ!」
「大丈夫?ガンバ…?」
「チェッ、誰か俺の悪口言ってやがるぜ…」
ガンバは、鼻の頭を右手でこすりながら言った。
そして翌朝、間髪入れずに『事件』は起こった。
「……!」
うつ伏せの状態で倒れていたのは、夜間の見張りを交代でやっていた仲間だった。
その背中には、武器として用意していた釘が突き刺さっていた。
「…恐らく、一匹が口を塞ぎ、一匹が背中から襲ったな」
状況を見たジャックが、ポツリと言った。
「だ…誰が?何のために…?」
「落ち着け、ガンバ…今、騒いだらみんながパニックになるぞ」
いやと言うほどの力で肩を掴まれたガンバは、それに対する抗議も込めてベアーの顔を振り返って見た。
“う…”
ベアーの眼が、憎悪に燃えているのが分かった。こんな時、下手なことをしたらベアーに、殴り飛ばされる。
「わ、分かった…よ…肩が、い、痛てぇよ…」
「…全員を、集めてくれ。事情を、説明しなければならん」
ソラルは集会の場に、仲間達を集めた。
「みんな、聞いてくれ…残念な話だが、昨夜仲間が殺された」
まだ、事情を知らない者がほとんどだったため、場がざわめいた。
「状況から、山猫が忍び込んだのではない。また、山猫の爪にやられたのでもない」
「じゃあ、誰が?」
「何の目的で!?」
あちこちから声が上がる。ざわめきは、次第に怒号になっていく。
「恐らく、この中に…仲間を殺した奴がいると、思われる」
ソラルの言葉に、一瞬場が静まった。そして、また大きなざわめきが起こった。
「大体、この森の事情も良く知らずやって来た他所者が、火種を大きくしたんだし…」
ざわめきの中に、このセリフを聞き逃さなかったソラルは
「誰だ!?今、他所者がどうのこうのと言ったのは!」
ソラルの大声に、ざわめきが小さくなった。
「誰だ!?手を挙げろ!」
ソラルの迫力に、思わず手を半分ほど挙げた野ネズミがいた。
「君か…君は、どうやら新しい仲間のようだな。それなら、無理はない。あの時…山猫の卑劣な罠を暴いたシャドーさんと、それに怒り狂ったシルバー…
あれを見た者ならば、彼らを他所者呼ばわりできないはずだからな…」
これで、場の三分の二ほどが沈黙した。それは、目の前で惨劇が起き山猫の真意を目の当たりにした連中だった。
「だから、ここで浮足立っていられないのだ。こんな時こそ、団結が必要なのだ」
ソラルが必死に、仲間達を鎮めようとしている頃…
「お…落ち着け!今、ここで騒ぎを起こしてどうする!?」
コタロとカナロが管理する根城でも、同じように仲間が殺され、それが発端になり仲間達がパニックになっていた。
「こんなところで、闘えるかよ!」
「仲間を殺すような奴がいるんじゃ、こんなとこ願い下げだぜ!」
「他所者が怪しい!とっ捕まえろ!」
そこへ、太い声が響いた。
「俺達が、どうしたって!?ん?」
ベアーが腕組みして、彼らの前に立ちはだかった。
「……!?」
突然のことに、静まり返った仲間達。その中から、そっと抜け出そうとする一匹の前に、ジャックが立ちはだかった。
「おっと…どこ行くんだい?ついさっきまで、他所者を捕まえろって声上げてたんじゃないかい?その他所者がやって来たら、コソコソ逃げ出そうって…
おかしくないか?」
そして、ベアーの前に突き出された彼は、相手の怒気もあっておどおどしている。
「どうやら、その手を見ると、あとから集まったようだな。あの時、シルバーは本気で怒り狂っていた。それとも、あれが山猫と俺らの仕組んだお芝居だ
とでも言うのかい?」
ベアーの言葉に、彼らは沈黙した。一方…
「そうだろう!?あの時、ハラルがシルバーに向かって行ったのは、ハラルもシルバーを、山猫を許せなかったんだ。手を黒く染めてまで忠誠誓わせておいて
所詮、野ネズミなんか薄汚いと思っていた…シャドーは、それを暴いただけだ。俺らの悪口を言うのは、一向に構わないが…その前に、山猫の陰謀の一つも
暴いてからにしてほしいな!」
リッキーが声を張り上げる中、それを聞いて沈黙し始めた仲間の中から、面白からぬ顔で背を向ける者がいた。
「どこへ行くんだよ?俺たち他所者が、そんなに気に食わないのかよ?」
ガンバが、腕組みして彼の前に立ちふさがった。
「…別に」
ガンバは、相手の口から漂ってきた匂いを、どこかで嗅いだような気がした。
その夜
「何とか、仲間達は沈静させたが…余計な火種を、残したな」
ソラルの口調は、重かった。
「仕方がないさ。俺達にとって、最大の『武器』は団結・結束だ。それを崩されれば、こんな非力な存在はないからな…」
「ともかく、爆弾を抱えちまったのは事実だが、それにビクビクしてても始まらねぇ。まずは、武器の扱いを強化しようぜ。実際、釘を持ち出されていたしな」
「それに、見張りの体制も見直そう…」
「兵糧攻めに備える必要も、冗談抜きで出てきたな」
「みんなの意思を、確かめたいな」
ソラルとベアー達は、夜遅くまで話を続けた。
29.裏切り者との攻防
“ガルムの息がかかった、回し者…裏切り者が、紛れ込んでいる!”
根城に集まった野ネズミ達の間に、嫌でも緊張と警戒と疑い…不穏な空気が蔓延した。そして、彼らの間に『そのことを、言ってはならない、触れてはならない』
と言った不文律が、成立していた。
その中には、ガンバ達を他所者呼ばわりしないこと、彼らこそが火種なのだと言わないこと…などが、含まれていた。
「…にしても、息が詰まるよ」
夜、集まりの場でガンバが嘆息する。
「まあな…所詮、俺達は他所者だ。出てけ、と言われたらそれっきりさ」
珍しく、ベアーが自虐的なセリフを吐く。
「…止しましょう。まだ、あれから3日しか…これから、闘いが始まるんですし」
ソラルの声にも、勢いがなくなっていた。
「とにかく、俺達は俺達の仕事をしようじゃないか」
リッキーが、仲間の背中を押す。
「そうだな…俺らの仕事は、まず根城を堅固にすることだ。計画通り、根城内部の設計を見直したから、明日から武器や食糧の保管場所、緊急時の経路を手直しだ」
シャドーが『設計図』を開いて、仲間に説明した。
「…でも、全部やるのは大変だなあ」
思わず、ガンバが本音を漏らすと
「バカ野郎、四の五の言うない!」
ベアーが、ガンバの脳天に拳骨を落とす。ガンバは、ちょっと目を白黒させたが
「わ、分かってる…よ」
頭をさすりながら、ちょっと口をとがらせて言った。
「じゃあ、これはお前に預けるぜ。俺とシャドーは、コタロとカナロの根城に行って、話をしてこなければならないんでね」
その後、解散した彼らは根城の中に散った。独り、設計図を持って帰るガンバだったが、途中の薄暗い通路で…
「……!?」
突然、背後から伸びてきた手が、ガンバの口を塞いだ。
そして、間髪入れずに目の前に現われた影は、ガンバの腹にパンチを突き刺した。
「ウ…グッ…!」
ガンバはあえなくその場に崩れ落ち、設計図を奪われてしまった。
「よし、上手くいったな…」
「ヘッ、英雄気取りが…所詮、自分達が蟷螂の斧であることに気付かないとは、哀れな連中だぜ」
「さて、夜が明けないうちに、やっちまおうぜ。奴らに『責任』を負ってもらわなきゃならないからな…」
ガンバを襲ったふたりは、ぐったりと倒れたままのガンバをほったらかして、設計図を持ってその場を去った。
「まずは、設計図を奪ってきたぜ」
ふたりは『仲間』の元に戻ると、設計図を広げて計画を練った。
「では手分けして、これらの重要な箇所をズタズタにするんだ。夜が明けたら大切な箇所が荒らされたと騒ぎ出し、それに乗じて奴らが設計図を奪われたのが原因だ
奴らの指揮下では闘えないなどと、奴らの責任を声高に言って、騒ぎを大きくするんだ。俺らのことがバレないように、しっかり頼むぜ」
「了解!」
彼らは、根城の中に手分けして散って行った。
「…ここが、武器置き場か?」
例のふたりは、設計図通りの場所に出た。
「俺らは、ここからだな…」
ふたりは、静かに中に入った。薄暗い内部の様子に、次第に目が慣れてきたふたりは、そこにいた影に驚愕した。
「さすがに仕事が早いな。え?」
腕組みをして、仁王立ちのベアーがいたのだ。
“や、やられた…!?”
ふたりが、逃げ道を探るように振り返ると
「お、おまえ…」
そこには、ガンバがニヤリと笑って立っていた。
「どうした?あんなヤワなパンチでくたばる俺様じゃねぇ!狙いは雑だし、俺がパンチを喰らった瞬間、少し後ろに身体を持っていって力を逃がしたことにも
気付かないとは、お笑いだぜ!」
「……!」
「断わっとくがな、食糧置き場や避難通路と言った、設計図に印しをしておいた場所には、ソラル達が手分けして待ち構えているぜ」
ベアーの言葉に、ふたりは敗北を認めざるを得なかった。
「ここで、おとなしくしてな!」
根城の奥に仕切られた、岩場の一角に『裏切り者』達が集められた。
「…全部で10匹か」
シャドーの眼は『これだけなのか?』と言っていたが、連中は黙っていた。
「この根城に、今までバラバラだった野ネズミが集まりだしてきて、その中には怪しい存在がいることも、俺らの会話が盗み聞きされていたのも、気付いていたさ」
ソラルの言葉に、ひとりが
「フン、心がけの良いことだな…」
その、ふてぶてしい言い草にガンバがムッとする。
「で?俺達をどうするつもりだ?」
そいつは、なおもふてぶてしい態度を取り続ける。
「そうだな…君たちを操っているのも、その目的も分かっているから、どういう手口を使おうとしていたのか、仲間がどこに何匹いるのか…具体的に聞きたいな」
ソラルは、わざと丁寧な口調でゆっくりと言った。
「俺らが、口を割るとでも?」
「見当は付いているけどね。確証がほしい」
「見当が付いている?」
相変わらずの口調で、ふてぶてしい態度を崩さない。
「そうだ。別の根城にも、君たちの仲間が推定で4〜5匹いるだろうってこともね」
相手は、フッと笑った。
「何が可笑しいんだよ!」
ガンバが、我慢しきれずに大声を出した。
「そいつらが、今頃どうしているか…ってことまで、分かっちゃいまい?」
「どういう意味だ!?」
今度は、ベアーが声を荒げた。
「もう、遅いから言っちまうがね…夜のうちに俺らが作戦を実行し、その結果を仲間に報告することで、第二・第三の行動を起こすことになっていた。
もし、その連絡が朝までに届かなかったら…」
相手は、ちょっと意味ありげに言葉を切った。
「だったら、どうした!?」
ガンバが噛み付いたが、相手は笑いながら
「根城にいる仲間達が、騒ぎを起こしているのさ。今頃、根城の中はパニック起こした連中で、ガタガタになっているだろうぜ!」
さすがに、ソラル達の顔色が変わった。
「…様子を、見てこよう」
ジャックが、ソラルの耳元で囁くように言うと、リッキーに目で合図した。
「頼んだぜ」
ふたりが、意思を確認しあったのを見て、ベアーが小さな声で言った。ふたりは、それを合図に飛び出して行った。
“こいつら…何がおかしい!”
ガンバは、ふたりの背中を不安げに見送る一方で、自分達の様子を見てニヤニヤ笑っている連中を、殴りたい気持ちを抑えていた。
「大ごとに、なっていなければいいが…」
「ああ…コタロもカナロも、油断してはいないだろうが、奴らがどんな手を使ってくるかは、読めねぇからな」
ジャックとリッキーは、途中で二手に分かれてそれぞれの根城に向かった。
「あ、ジャックさん…」
ジャックが向かったコタロのいる根城は、思ったより荒れていなかった。
「そ、そう言うことでしたか。道理で…」
コタロの話によると、今朝になって見張り役が山猫が近くまで迫って来ていると、大声をあげたのが騒ぎの発端だった。
「それからです。いざ、武器の格納庫へ行ったら、目ぼしい武器がなくなっていたので騒ぎになって。その上、食糧庫まで荒らされていました。
この間の件があったばかりですから、たちまち裏切り者がいると、大騒ぎになりました」
「当然、その中には俺達がどうのこうの…って声も、あったんだろう?」
ジャックの問いに、コタロはうなずいた。
「…騒ぎは、煽る者と止めようとする者の衝突になりました。もし、こんな状態の時に本当に山猫が襲ってきたら、ひとたまりもなかったでしょう」
「山猫が迫っているってこと自体、嘘だったわけだ?」
「ええ。俺は、隠していた武器や食糧を示して、仲間達を何とか鎮めました」
「で、騒ぎの火をおこして、それを煽った連中は?」
「それが、何匹かは確認していたのですが、あの騒ぎの中では捕まえることもできず…いつの間にか、姿を消しました」
肩を落とすコタロに、ジャックが
「何、奴らは実働部隊の分隊だ。本隊の連中は押さえてあるし、ここから逃げたところで、行く当てはあるまい」
「大丈夫か?カナロ!」
「ええ…俺は、何とか。だけど…」
リッキーに抱きかかえられたカナロは、頭から血を流し身体にあざができていた。
「騒ぎの中で、仲間が…」
カナロの話も、コタロのそれとほぼ同じだった。ただ、何匹かが騒ぎを起こした連中と武器を手に争い始めてしまった。
結果、騒ぎを起こした裏切り者2匹と、仲間1匹が命を落とした。重傷を負って、動けない者もいる。
「ともかく、死んだら敵も味方も無いぜ。ここは、一緒に丁重に弔ってやろうぜ」
リッキーは死体に黙礼すると、自分が率先して裏切り者の死体の腋に手を通して、持ち上げようとした。
「……!?」
その時、リッキーの鼻がある匂いに気付いた。
“何で?この匂いが…?”
「どうしました?」
リッキーの様子に、近寄って来たカナロはふと足を止めた。
「この匂いは…」
カナロは、死体の口のあたりに鼻を近づけた。
「知っているのか?」
リッキーの性急な問いかけに、カナロは
「ええ。この手を染めた、マタタビの搾り汁の匂いです」
しかし、彼らの手は黒くなかった。リッキーとカナロは、お互いに顔を見合わせた。
30.マタタビの謎
リッキーとカナロからもたらされた情報は、ソラル達を驚かせた。
「そうか!あの時…」
ガンバが、突然声をあげた。
「おいおい、どうしたよ?」
ベアーが、ちょっと眉をしかめてガンバをたしなめるように言った。
「それがさ、この間根城で騒ぎがあった時…」
『どこへ行くんだよ?俺たち他所者が、そんなに気に食わないのかよ?』
『…別に』
「あの時、相手の口から匂ったんだ。そうだよ、俺達が意識を失った、あのガスの匂いと同じだったんだ!」
「じゃあ…あのガスは、マタタビから造ったってわけか?」
「そういや、前に会った学者先生も言ってたな『何かの植物から有毒成分を取り出したのであろう』って…」
「そう。そして、それは独特の植物ではなさそうだ、とも言っていた」
「マタタビなら、確かにそうだな」
「そして、奴らはそれを口にしていた…?」
「だろうな。まあ、奴らに聞くのが早いだろう」
そう言って、監禁している奴らのもとに向かったリッキーは、間もなく慌てた様子で、戻ってきた。
「ち、ちょっと…来てほしい」
彼らが、リッキーの後について行くと…
「……!?」
監禁していた奴らが、異様な雰囲気になっていた。ある者は、血走った眼でキョキョロと落ち着かないでいた。
ある者は、口を半開きにしてよだれを垂らしたまま、空を仰いでいた。ある者は、目の焦点が定まらず虚ろな顔で、へたりこんでいた。
「こ、これは…一体…?」
唖然とするベアー達の横で、ソラルが少し震える声で
「…き、禁断症状…だ」
「何だって!?じ、じゃあ…」
「マタタビが、切れたんです。奴らは、すっかり中毒になっていたんだ!」
彼らは、ゾッとした顔で目の前の光景を見た。
「…で、奴らをどうする?」
「奴らがねぐらにしていた辺りから、これが見つかったし、中毒になっているのは確かなことだ」
ソラルの目の前に、堅い木の実をくり抜いて造った入れ物があった。中には、マタタビの搾り汁が入っていた。
「まあ、奴らは我々を混乱させる目的で、ここに潜り込んできたんだし、あの様子では中毒の症状も重そうだ。気の毒だが…」
「…助からないのかな」
ガンバがポツリと言ったが、誰も首を縦にも横にも振らなかった。
「おいらだったら、死ぬ前に美味しいものを食べたいな…」
ボーボが小さな声で漏らした言葉に、ソラルが反応した。
「そうか…死ぬ前に、美味しいもの、か…」
「どうしたい?ソラル…」
「やってみましょう。実験台にするようだが、まあそこは報いを受けてもらうってことで」
ソラルは、しばらくして器いっぱいの液体と、赤みを帯びた木の実を小さく切ったものを用意した。
「ラーカの実を切ったものと、搾り汁です」
「じゃあ…これを?」
ソラルは、うなずいた。
「奴らに与えてみましょう。毒になるか、薬になるか…ダメだったら、それまで。もし助かるなら…」
それを奴らの前に持っていくと、一斉に飛びついて来た。最早、マタタビだろうと何であろうと、お構いなしのようだった。
「……!」
だが、奴らは次々とその場にうずくまり、苦悶した。
“…ダメだったか?”
しばらくすると、奴らは次々と口からオレンジ色の液体を吐き出した。そして、力なくその場に倒れこんだ。
「……?」
「どう、なったんだ?」
ソラルは、奴らの顔を覗き込むと
「回復しているように見えるが…監視を続けよう」
ちょっと真剣な声で言った。
「こ…これは…!」
しばらくして、ソラル達が様子を見に行った時には、既に遅かった。
「ひでぇ…」
一時は、回復したかに見えた奴らだったが、次第に身体が赤黒くなり、乾燥し、最後はまるでミイラのような皮膚になった。
そして、口も利けないほど衰弱して…
「結局、ラーカの実は毒だったんだ…」
ガンバが、呟くように言うと
「そのようです。あるいは、マタタビに冒されていた身体には、毒になるのかも知れません」
ソラルは、肩を落とす。
「これで、マタタビの秘密は謎になったか…」
ベアーが、嘆息して言う。
「分かったのは、マタタビが我々までも中毒にするってことだが…」
シャドーの言葉は、歯切れが悪い。
「それは…あり得ない気がするぜ?」
ベアーが、言葉を返す。
「…そこさ。そんなマタタビなんか…聞いたことがない」
シャドーが、やや苛立った声を出す。
「でも、実際ガルムは『それ』を、操っている…?」
ジャックの言葉に、彼らは黙りこむ。
「…話を、整理しよう」
その場の空気を払拭しようと言う感じで、ソラルが切り出した。
「ガルムは、特殊なマタタビを使って山猫を操っていると思われる。マタタビ欲しさに山猫どもはガルムに従い、群れを成していると考えられる」
ガンバ達は、一様に黙ってうなずいた。
「そして、そのマタタビの搾り汁は、我々の手を黒く染める。飲むと中毒になり、それなしでは生きていけないほどの重症になる。中毒を治す薬はない。
搾り汁を加工すると、我々が意識を失う毒ガスができる」
「死んだ奴らは、どのくらいの中毒だったのかな…」
リッキーの言葉に
「相当の重症でしょう。実は、前に手を染めた時、搾り汁がわずかに口に入ったことがありました。飲み込んだのですが、その後身体に異常はなかったです」
コタロが意外な事実を、打ち明けた。
「そうだな、ああやって隠し持っていたことからも、常習していたな」
ベアーが、結論付けるように言う。
「…特効薬が、ほしいよな」
ガンバが、別方面から話を切り出す。
「…ラーカの実も、ダメでしたね」
「確か、山猫が嫌がるって話だったな?」
シャドーが、ソラルに聞くと
「ええ。昔から、山猫はあの実の匂いに顔をそむけるのを、知っていました」
「いちいち、匂いを嗅ぐのかい?」
ベアーの疑問に
「そうです。ラーカの実は、山猫が好む実と見た目がそっくりなんです。山猫は、匂いで判断しているのです」
「…なるほどね」
「そいつを、無理矢理でも山猫に食わせてやりたいな…」
ガンバの自棄気味な言葉に、ソラルが反応する。
「…ですね。ちょっと馬鹿馬鹿しいが、やってみる価値はありそうだ」
ソラルの『言いたいこと』が分かったベアーは
「まあ、やってみる価値は…フフフ」
珍しく含み笑いを見せるベアーを、ガンバは不思議そうな顔で見ていた。
「しかし、山猫の口にラーカの実を投げ込むのは…そう、上手く行くかな?」
リッキーの言葉に、ガンバは事情を飲み込んだ。
「そういうことか…」
「そういうことだ!」
ベアーが、おかしそうに笑って言う。
「山猫が、威嚇して口を開けた隙に、ラーカの実を投げ入れるって作戦さ」
「まあ、そう上手くいくかな?」
「前足で弾き飛ばされるのが、オチじゃないか?」
「でも、上手く飲み込ませたら?」
「反応は、見ものだがな」
「いくらベアーの腕力でも、そう易々と届かないだろう」
「コントロールも、重要だ」
思わず盛り上がった彼らは、最初は冗談半分のつもりだったが、次第に熱を帯びてくるのであった。
一方…
「おのれ、野ネズミども!どこまで、こざかしい…!」
怒りに震えるゴールドの足下には、血だるまになった野ネズミが数匹横たわっている。
ゴールドの爪にやられて、瀕死の状態でとどめを刺されないままに放置されているのは、コタロとカナロの根城から逃げてきた、実働部隊の一部だった。
「…奴らを、マタタビで操る作戦は、徒労だったな」
シルバーの声には、今までのようなゴールドの失態を嘲笑う調子はなかった。
「…まあいい。まだ、手はある」
シルバーに対するゴールドの口調も、今までのようなものでなくちょっと沈んだ感じであったが、
目の奥の光は冷酷にシルバーを嘲笑っていた。
第6章・完