第2話 艦橋にて

 <イリューシュ門>から平面宇宙(ファーズ)に移動した<ガーヴロイル>は、ヴォベイルネー鎮守府のある<ヴォベイルネー門>へ向け、慣熟航行を始めていた。

「艦長、航路に乗りました」
 大型艦でいう副長(ルーセ)と航法士(リルビガ)を兼任する、先任翔士(アルム・ロダイル)のリュージュが、アークの方を振り向いて報告した。
 アークは彼女に、頷きで了承の返答を返すと、全艦内に向かって告げた。
「告げる。こちら艦長。これより総員直を解除、第一直体勢に移行して下さい」
 艦内放送を終えると、続いて艦橋の中にいる翔士に向き直った。
「翔士も総員直を解除。飛翔科翔士(ロダイル・ガレール)は当直表通りに、書記(ウィグ)と監督(ピュヌケール)は艦内時間を基準にして行動して下さい」
 翔士達が席から立ち上がって敬礼を行うと、アークも答礼して、微笑んだ。
「ご苦労様。慣熟航行は始まったばかりだし、慌てないで、じっくり確実にいこう」

 アークと一握りの従士(サーシュ)を除いて、この艦の乗員はまだ実戦を経験していない。話を聞く限り、アベリア軍匠翔士は戦場に居合わせてしまった事はある様だが、そんな例外を除けば、この艦の乗員は艦同様、この慣熟航行で一人前と認められる様なものだ。
 尤もアークとて、この慣熟航行が終わるまでは、突撃艦長として一人前と認められない。だが、戦場を知る者として、また人の上に立つ者としての責任がある。彼が不安な顔をして浮ついていたら、部下達も不要な不安を抱いてしまう。艦長なり司令官という存在は、時に演技者でなくてはならないのだ。

 士気の高揚も兼ねた一連の演説を終えると、アークは艦長席に座り直した。これから八時間は、彼の当直番だった。
 制御卓を呼び出し、当直の準備を済ませ、ふと心づいて周りを見回すと――何故か、翔士全員が艦橋に残ったままであった。
 訝しんだアークは、首を傾げて訊ねた。
「……ひょっとしてなにか、おかしい所でもあったかな?」
 アークの疑念を、微笑しながらリュージュが否定した。
「いいえ、なにもおかしい所などありませんでしたわ」
「それじゃ、なんでこんな暇な所でたむろっているんだい?」

――某王家の王女殿下が聞けば、「この者の観察力は藍藻植物並だな」と決めつけられ、某伯爵閣下に向かって「喜べ、そなたと同レヴェルの男がここにいるぞ」などとダシに使われる事、疑いないところである。
 尤も、この場の誰も、そんな誰かに向かって気を回すような必要がなかったので、誰もアークの洞察力の欠陥について、異議を申し立てるような事はしなかった。
 代わりに、この状況の理由を彼に教えたのはイーディアである。
「艦長が退屈しないように、皆でお話でも拝聴しようかと思っていたんです」
 表面的には事実である。であるが、計画によればこの役を引き受ける栄誉に浴するのは自分一人の予定であったのだが。尤も、それを今更主張した所で無意味である。そして、無意味な行動を積極的にとるような愚は、イーディアは犯さなかった。
(どうせみんなして狙ってたんでしょうからね!)
 心の中でイーディアは毒づいた。半ば偏見であるが、一名の例外を除いて全くの事実であった――尤も、その目的は各々違っていたのだが――から、仮に彼女の心の声が聞こえたとしても、誰も笑ったりする事はなかっただろう。

 その唯一の例外が、のほほんとのたまった。
「そっか……それは悪いね。だけど、いちいち当直の度に付き合ってもらうわけにもいかないからね。僕の事は放っておいて、部屋に戻ってくれて構わないよ。」
「……いえ、今はまだする事もありませんので。ここにいても部屋にいても、身体の負担は変わりません」
 アベリアが無表情のままそう主張したが、アークは少し疑念が残った。飛翔科の2人はともかく、軍匠科のアベリアと主計科のアリョーシャには、それぞれの場所で仕事があるのではないか、と思ったのだ。
 だが、その疑念も結局は消え去った。自分の部署の事は、自分できっちりと把握しているはずだ。それもできないようないい加減な者を、修技館から戦場へ寄越さねばならないほど、戦況は悪化してはいないはずである。
 なんだかんだといいながら、基本的に部下を信用するのが、星界軍の性質なのであった。
「まぁ、居たいのなら無理に追い出す事もないかな」
 そう言って、アークは部下との会話を楽しむ事にした。

「それじゃみなさん、飲み物なんていかがですか?」
 アリョーシャが一同を見回して提案した。
 無論、断る理由などない。一同が口々に細かい注文を述べた。
「僕はソイ・アーサ(紅茶)をもらおうかな。熱めにして、蜂蜜を一滴」
「私はソイ・アーラ(緑茶)を下さい。温かくして、砂糖を少し多めに」
「あたしは冷たいテュール・リン(林檎果汁)」
「……テュール・ラシュバン(蜜柑果汁)。人肌程度に温めて」
「はいー」
 全員の注文を聞き終えたアリョーシャが制御卓に注文を打ち込むと、ほどなく全員の分の飲み物が壁の一隅から迫り出してきた。
 各々の好みの飲み物をすすりながら、とりとめもない雑談を交わすうち、話は戦場での体験談から、艦そのものへの話題へと変わっていった。

◆◇◆

「そうだね……カウ級巡察艦はいい艦だけど、個艦能力ではロース級巡察艦の方に軍配が上がると思う」
 アークは艦長席の背もたれを軋ませた。
「ロース級は今までの巡察艦、並びにカウ級巡察艦より約二割ほど小さく、また重量も軽い。これが平面宇宙でどれほど有益な事か、みんな分かると思う」

 平面宇宙においては、時空泡の質量とその速度は完全に反比例する。つまり、重ければ遅く、軽ければ速い。無論速度が戦場の全てを決するわけではないにしろ、かなり有利な条件である事に変わりはない。
 一同が頷くのを見やりながら、アークは続けた。

「またカウ級は、通常宇宙での質量増加における速度低下を、主機関の出力増加によって解決している。……しかし、そのことで、またしてもロース級に遅れをとる事になるんだ。」
 今度は皆、どういう事か分からなかったようだ。尤も、アークは今度も最初から答えを掲示するつもりだった。
「ごく初級の物理学を思い出してみよう。『運動エネルギーは質量と速度の大きさに比例する』という奴だ。つまり、同じ速度の物質の場合、質量が大きい方が運動エネルギーは大きくなる」
 ここで一息ついて、アークは紅茶を一口すすった。
「そして、また別の法則によると、『運動エネルギーが高いほど、その物質の慣性は大きくなる』ということになる。この二つを重ね合わせるとどういう事になるか――」
「……カウ級には大ざっぱな高速移動はできても、ロース級ほどの高機動は行えない、と言う事ですね、閣下……いえ、艦長」
 流石に軍匠科、というべきか、アベリアが一番早くその結論に辿り着いた。
 アークは返事の代わりに、手にした杯を掲げる事によって賞賛した。

「でも……」
 アリョーシャが、首を捻りながら問題提起した。
「そんなに優秀なロース級を大量生産しないで、なぜロース級に劣るカウ級を大量生産しているんでしょうか?」
「艦の目的が違うからさ」
 アークはあっさりと返答した。
「ロース級は、確かに『個艦では優秀』だけど、それがそのまま集団戦でも有利かと言えばそうじゃない。ロース級は機動性を重視して、その分防御力を犠牲にしている。それは集団での叩き合いになった時、大きな弱みとなりうるんだ。
 逆にカウ級は、重量と大きさの分、防御力が高い。個艦では不利になったこの点も、集団での叩き合いにおいては、逆に大きな利点となりうる。
 これを別の視点から見ると、ロース級は単艦、あるいは少数の艦で戦う事を前提として設計され、カウ級は集団で用いる事を前提として設計されたという事になる」
 アークは中身が半分になった杯を弄びながら、言を続けた。

「なぜこんな差違が生まれてくるのか。それはそれぞれの艦が制作された時の星際事情とも大きく関わってくる。
 ロース級が就航した当時――といっても三年前だけどね。あの時はまだこんな大がかりな戦争は始まっていなかった。故に、巡察艦の役割は、数を束ねて敵艦を蹂躙する事ではなく、敵勢力の強行偵察が主務とされた。だから、個艦の能力を引き上げて、艦と乗員の生存確率を上げる必要があったんだ。
 そして、カウ級の主務といえばロース級の反対に位置する。つまり、大会戦において数を束ね、敵艦隊を蹂躙する事だ。
 この二つの艦種は、異なる用兵思想に基づいて設計された。それはそのまま、帝国の現状をそのまま反映しているとも言える。
 しかし、それはそれで正しい事さ。何度も言うけれど、ロース級は確かに優秀だ。だけど、戦況や星際事情にそぐわないのなら、それはやはり優秀な艦であるとは言えない。
 『適材適所』という四字熟語がある。これは主に人間に使われる言葉だけれど、これは艦にだって十分に当てはまる。艦種を例にしてみれば、突撃艦に蹂躙戦をやらせるわけにはいかない。戦列艦に高機動戦はできない。
 そして――同じ艦種でも、造艦目的が違う艦には、違う任務が与えられるべきさ」

 我ながら、偉そうな事をほざく――アークはそう思っていたのだが、周囲はそうは受け取らなかったようである。アーヴの思想原理からすれば、賞賛者たちの彼に対する評価を鑑みたとしても、決して不当ではないのだが――感嘆と賞賛のこもった四対の視線を受けて、アークは内心、いささか困惑した。
 彼自身は気付いていないが、彼自身の気質とラシュバージュ子爵家の家風(ジュデール)は、結果として柔軟な発想を産み、しばしば周りの人間を驚かせるのである。

◆◇◆

 ラシュバージュ子爵家は、アーヴとしては一風変わった家風を持っている。
 アーヴ貴族でありながら、何故か地上人的な感覚を保ち続けているのである。
 星達の眷属としての誇りと共に、地上世界も同時に愛し、アーヴ達――つまり自分達――の生活や風習などに対して、常に疑問を持ち続けているのだ。
 普通、アーヴ的遺伝子を持った者の子孫なら、長くても三代の頃にはすっかりアーヴ的倫理に染まってしまう。アーヴの、しかも貴族社会にいながら、六代もその感覚を保ち続けていられる事は奇跡的で、それはすでに『家風』と呼ぶに相応しいだろう。

 さて、組織内において、思想なり挙動においての異端者は、しばしば阻害される運命にある。ただし、それは上層部から見ての話であって、同層以下の者にとって、異端者は逆に『体制に立ち向かう勇者』として敬愛される傾向がある。無論、組織の大勢や傾向によって変わってくるので一概には言えないが、そういう傾向が群集心理として存在するのは確かである。
 そして、大昔の先祖である環状列島の住人達はともかく、アーヴ達はこういう『異端者』を優遇する傾向がある。

行動の異端は、即ち思考的な独歩の結果であり、それは『自立的精神』の表れである――無論、例外はあるにしても。アーヴは規律と原則に重きを置くが、そこに安住する者に対しては決して厚遇する事はない。自ら歯車になる事のみを望み、己の自立と自尊を持たぬ者に対し、アーヴはとことん冷たいのである。
 アーヴは『誇り』を重視する。それはつまり『自主・自尊・自省・自立』という民主主義的精神であって、決して利己主義的な精神を示す物ではない。これを取り違え、自省もなくエゴと自尊の区別の付かない者は、ほぼ間違いなく疎外される。

 また、『異端者』とは、しばしば自分の組織や立場に対し疑問を抱く。そして疑問とはそれに続く思考を産み、結果、新たな発想を生み出す『発想の転換』の転機となる。『朱に染まらない絵具』は、組織や団体において、思考の硬直を防ぐ『カンフル剤』としての役割も果たす事があり、これは組織にとって非常に有益な事だ。

 代々のラシュバージュ子爵家の者が、星界軍を初めとする帝国の各組織で成功を収めてきたのは、彼ら自身の資質と努力の他に、そういう事情も一部に存在したのであった。

◆◇◆

仮に、アークが自分の無意識の才覚に気がついていたとしても、特にそれを自慢したり誇ったりする事はないだろう。それだけ彼にとって、疑問と思考と発想とは、古い親友であると当時に、分かちがたい己の一成分でもあったのだ。
 困惑と同時に気恥ずかしさも覚え、いささか落ち着かなげに手の中の杯をもてあそんだ時、軽やかで流麗なメロディが艦橋に流れた。当直終了の合図である。
「あれ?気がついたらもう終わりなんだね」
 妙な気分から解放されて、内心で一息つきながらアークは慨嘆したが、驚いたのはリュージュである。無論その慨嘆に驚愕したのではない。
「え、嘘!ひょっとしてもう私の番なんですか!?」
 こういう訳である。
 自分の迂闊さを呪いながら、思わず周りを見回したリュージュに、罪悪感を覚えたアークが何か申し出ようかと考えた瞬間、彼とアベリアの端末腕環が、着信を告げた。
 訝しがりながら、アークは受信を許可すると、端末腕環に十ダージュほどの、体格のいい男の立体映像が投影された。<ガーヴロイル>の数少ない男の一人で、軍匠科従士長のゲーブルであった。

「艦長、直が明けた所で恐縮ですが、よろしいですかな?」
 基本的に陽気で豪放な男だが、意外と細かい気配りができる人物なのである。アークは微笑を誘われながら、首を左右に振って答えた。
「いや、構わないよ。それより、なにかあったのかな?」
「ああそれ何ですがね、監督も一緒に聞いてくださいや」
 アベリアが端末腕環に向かって頷くのを横目で見ながら、アークも首肯した。
「可動凝集光砲の整備部品なんですがね。数は揃ってるんですが、一部の質にちょいと問題があるみたいなんで。まあ、いざとなったら手を加えたらどうにかなるたぁ思うんですが、一応艦長と監督に見て貰おうと思いましてな」
 アークは眉をひそめた。可動凝集光砲とはいえ、交換部品に不虞を来たしていたのでは後々厄介である。アークは頭髪をくしゃりと掻き回すと、ゲーブルの立体映像に向かって頷いた。
「分かった、すぐに行くよ。従士長は資料を揃えて待っておいてくれるかな」
 すると、アリョーシャが横合いから口を開いた。
「あの、そういう事でしたら、私も納入資料を用意します。サミュエル経理従士にお願いして、後で提出するようにしますが、どなたに提出したらよろしいでしょうか?」
 アリョーシャは挨拶の時には、いささか危なっかしい印象があったが、どうやら心配するほどのものではなさそうだった。アークは数秒の間黙考すると、ゲーブルとアベリアに納入資料の確認を頼んだ。
「了解!」
 骨太な返答と敬礼と共に、従士長の映像は消えた。

「まいったな」とぼやきたい所であるが、白魔法の呪文ではあるまいし、そう呟いた所で事態は一向に進展しない。アークは気を取り直し、アベリアを促すと、リュージュに向かって言った。
「それじゃちょっと行って来るよ」
 つまり、用が済んだら戻ってくるつもりなのである。妙な所でまで義理堅いのも、時としては罪作りなのであるが、アークはそれに全く気がついていない。彼の自己客観力も自省心も、何故かこの分野では全く役立たずなのであった。
 イーディアとアベリアの、やや棘のある視線がリュージュに集中する。視線の矛先に存在する一見優雅な女性は、首を左右して答えた。
「いえ、艦長はそのままごゆっくりなさって下さい。わざわざ私に付き合う事なんてありませんわ。元々、私が好きで招いた事なんですもの。そのお心遣いだけ、頂いておきますわ」
「でも……」
 と言い募ろうとして、アークは思いとどまった。まだ帝国領内とはいえ、不意の敵襲がないとは全く言い切れない状況だ。その様な時、艦長である自分が使い物にならなければ、危険に晒されるのはこの艦全員である。アークはため息をひとつついて、リュージュに向かって頭を下げた。
「ごめん、そうさせてもらう事にするよ。ありがとう」
「……いえ、お礼を言われるほどの事ではありませんわ。部下として当然ですもの」
 流石に、ここで頭まで下げられるとは思わなかったリュージュは、いささか面くらいながらも、微笑ましい気分になった。
(思っていた以上に変わった方ね。でも、ネイがあんなに夢中になるのも、分かる気がするわ)
 アークを先頭に、アベリアとアリョーシャが艦橋から出ていくのを見送りながら、そんな事を考えていたリュージュは、艦橋にまだ残っているイーディアに気付いた。

◆◇◆

「あら、どうしたのネイ?何か忘れ物かしら?」
 そう言いながら、リュージュはイーディアの行動の理由について、察しがついていた。それをあえて訊ねたのは、親友に対するちょっとした意地悪である。
「……別に」
 拗ねたような風体で答えるイーディアの頭を、リュージュは軽くぽんぽんと叩いて言った。
「ありがとうね、ネイ。でも、気にしないで休んでちょうだい」
 叩かれた方はさらにむくれて憤慨した。
「もう!子供扱いしないで!あたしは大丈夫。それよりあたしはロイの方が心配なの!」
 そこまで言って、はっとして口をもごもごさせる。その後、顔を赤くしてリュージュに噛みついた。
「だ、第一!あんたがここで熟睡なんてした日には、危ないのはイリュ……艦長とあたしたちなんですからね!」
 親友の不器用な言葉に、リュージュは微笑を誘われる。彼女は正面からの説得を避け、側面にまわって、頑固な少女の陥落にかかった。
「でもねネイ。寝不足になったら、お肌が荒れるわよ?」
「…………」
 沈黙したイーディアに、さらにリュージュは追い打ちをかけた。
「きめ細やかなお肌は、女の子の大切な財産よ。艦長も、荒れたお肌よりは、綺麗なお肌の女の子の方がお気に召すわ」
 そんな言葉で動かされるほど、イーディアも単純ではない。そして、その言葉の裏側を推測できるくらいの感性も持ち合わせていた。それでも素直に「ありがとう」と、リュージュに向かって言えないのであった。
 しばし沈黙の砦に立てこもったイーディアは、その城門を叩き破ると、先ほどの回答の代わりに宣言した。
「今度こそ、絶対ぜったい負けないんだからね!!」
 リュージュも、穏やかに受けてたった。
「ええ。私も今度こそ、絶対負けないわ」
 イーディアは「ふん……」と一見可愛げのない返事をすると、またしても一見可愛げのない足取りで艦橋から姿を消した。
 それを見送って、リュージュは当直の準備を済ませると、姿勢を楽にして目を閉じ、浅い眠りについたのだった――

◆◇◆

 一方、その頃――
 軍匠科従士詰所では、ゲーブル従士長と、その部下であるクライン従士が会話を交わしていた。

「従士長、なんでわざわざあんな事くらいで、艦長に報告なんてしたんです?」
 クライン従士も、この<ガーヴロイル>における数少ない男性の一人だった。上官であるゲーブルと対照的に優男といった風情だが、腕力は以外と大したものである。知識・技術ともになかなかの能力を示し、気質も善良で、ゲーブルが密かに眼をかけている部下である。
 訝しがるクラインに、ゲーブルは説明してやった。
「どうせうちの艦長の事だ。こうやって呼びつけて、無理矢理艦橋から引きはがしてやらんと、部下の事ばっかり気遣って、自分の事を放りっぱなしにするに決まってるからな」
「ははあ……すると最初っからそのつもりで……?」
「まあな」
 ははあ、ともう一度芸のない事を呟いて、クラインは感心した。そんな部下を見やって、ゲーブルは解説した。
「張り切りすぎている若者を影で助けてやるのも、俺みたいな古株の務めさ。お前も、いずれはどっかの艦の監督くらいにはなるだろう……生きてたらな」
「不吉な事を言わんで下さいよ」
 部下の抗議に、苦笑しながら彼は続けた。
「まあ聞き流せや。それに、俺達が行くのは戦場だ。少しはその事について思いを巡らせても罰はあたるまいよ。まあ、それはともかく――俺達みたいな地上世界出身者は、時には青髪の方々のお守りもせにゃならんのさ」
「従士長は、それで満足なんですか?」
 クラインの率直な質問に対し、ゲーブルはにやりと笑った。
「嫌なら最初からやらんさ。それに、観察してると、なかなか面白いもんだぜ、アーヴって種族はな」
「なるほど……」
「まあ、どうせやらにゃならんなら、楽しんでやった方が得ってもんさ。探せばどこにでも、楽しみって奴は転がってるもんだぜ」
 部下の肩を叩きながら、上官は豪放に笑ったのであった。


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