流浪世界譚 01

 〈1〉異変

「この世界は狂っているんだ」

 朝のホームルーム、唐突に壇上に立ち上がった斎乃司(いつきの つかさ)はそう言葉を綴った。

 もう我慢できない。こんな狂った世界。これ以上我慢していたら、こちらが狂ってしまう。
 焦慮が司の背中を押していた。司を押しとどめる者など、誰もいなかった。司は壇上の教卓を陣取り、演説とも呼べる語りかけを始めた。
「毎日誰かが消え、誰かが元から存在していたかのように振る舞い、それを誰も気付いてはいない。この、僕以外。」
 強い語調で言葉を切ると、司は前席に座っている男子生徒を指さした。
「例えばそこの君!君は名は何という?」
「……加藤だよ」
 司の剣幕に押されて、加藤という生徒の声は小さくなる。だがそれには構わず、司はさらに大音声で語った。
「しかし昨日、ここには加藤などという生徒はいなかった!ここに座っていたのは、田辺という生徒だ」

 教室内がざわめく。しかしその内容は、司にとって聞く価値もない物だった。
 なに言ってるの、斎乃君?あいつ、勉強のしすぎでノイローゼなんじゃないか?田辺って誰だよ?

 司の通っている学校、私立河淋(かりん)学園の生徒だから、この程度の騒ぎで済んでいると言える。河淋学園の校風はリベラルで、少数者を多数者がいじめる、などといった陰湿な行為とは無縁だった。だが、これがひとたび広まれば、斎乃司の立場は非常に悪い物になるだろう。今のうちに、止めなければ。

「もういいだろう、斎乃」
 美術を担当している担任教師が、司を壇上から引き下ろした。しかし司は抵抗する。その抵抗は以外に頑強で、担任教師は、中背の司ひとりを押さえつけるのに骨を折った。
 司は心の中で吠える。くそ。まだ、なにも終わってはいないのに!僕は、終わらせる為に行動しているんだ。それなのに、まだ始まってさえいない。この矛盾。このパラドックスを、誰が解いてくれるというのか。誰も頼りにならないなら、自分でやるしかないではないか。例え、結果が分かりきっていたとしても。

 教室のドアが開いた。その向こうには、教科担任。担任は、苦笑の体で礼を交わした。交わそうとした。しかしその礼は無視され、教科担任の冷たい視線はただひとつ、斎乃司に向けて注がれていた。教科担任の本来持っているべきものは何も持たず、その手にするのは黒光りする拳銃。

 軽い、破裂音。それが二回。
 司の額に、穴が開く。灼熱感。力が抜ける。
 それで、終わりだった。ブラックアウト。

 ――そう。結果は、分かっていた。いつも、こうなるのだ。だとしても、他に、なにができるというのか、この僕に。


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