【 続・ケーキなんか大キライだ 】−(その1)
「はーい、皆さん。できましたか?」
一応高校の家庭科室でエプロン姿の若人先生が女子に向かって呼びかける。
本来、一応高校には専任の家庭科担当の教員がいるのだが病欠の為、代理として若人先生が
担当し、10組の女子に苺のショートケーキを女子に作らせていた。
「はーい。」
若人先生の声に反応して女子の明るい声が返ってくる。
「ねぇ千絵、できた?」
最後に苺を飾り付けてケーキを完成させた唯が満足そうな笑みを浮かべた後、自分の後ろで
作業している千絵に声をかけた。
「う〜ん、ちょっと待って。すぐに終わるから。」
ケーキを作るのが大変なのか、千絵は唯に対し背を向けたまま忙しそうに答える。
唯は千絵がどんなケーキを作っているのか気になり、そっと背後から覗いて見た。
丁度、千絵はケーキにナイフを入れて適度な大きさに揃えようとしていた所であったが、
そのケーキの有様を見て唯は思わず、ズルっと、コケそうになる。
千絵がナイフで切っていたケーキはきちんとした三角柱の形に留めておらず、
スポンジ部分が山なりに盛り上がっており、その上にクリームが雪崩のように
何層にもそれをおし包んでいるような状態になっていた。
そして、千絵がケーキにナイフを入れていくとナイフによって開かれたスポンジの層を
すぐにクリームが雪崩の様に覆い被さり一面を真っ白にしていった。
「ん?」
背後の物音を聞いて千絵は後ろを向く。
「ちょ、ちょっと、千絵。何よそれ〜。」
唯はケーキを指差して叫ぶ。
「何って…、あんた見てわかんないの?今日の課題のショートケーキに決まっている
じゃない。」
ナイフについたクリームを拭きながら、軽く睨むようにして唯に言った。
「あっ、そうか課題はケーキなんだもんね。ハハハハ・・・」
千絵が作ったケーキにどう評価して良いか解らない唯は千絵の気持ちを害さないように
半ばひきつった表情をしながら愛想笑いをして、その場をごまかした。
そんな時、窓側のほうで他の女子達が騒ぎ始めた。その声を聞いた唯と千絵はお互いの
顔を見合わせた後で、もしやと思い、唯と千絵はそっと窓側へ近づいてみると、
体育着姿の男子五人が、女子の作ったケーキを求めてかしきりに声をかけ続けいて、
近くにいた女子達は迷惑そうに彼等を追い払おうとしたり、自分が作ったケーキを
後ろに慌てて隠した。
1,2歩後ずさりし、後にある自分が作ったケーキを守るように後に隠そうとしていた。
外から家庭科室を眺めていたのは二人の予想通り、奇面組の五人だった。
「れ、零さん・・・。」
軽く驚いたような高い声で唯が零に話しかける。
「やぁ、唯ちゃん。今日は何を作っているんだい?」
「何って、見て解んないの?今日はケーキよ。」
唯の代わりに憮然とした千絵が答える?
「けっ、ケーキ?今日はケーキなのか?唯ちゃん。」
「えっ?うん・・・今日はショートケーキ作ってるの。」
ケーキと聞いて急に眼を輝かせ、裏返ったような高い声で言う零くんに唯は驚いてしまう。
「いや〜。前に唯ちゃんが家庭科でケーキを作った時は私だけ食べる事が出来なかったから、
食べれるまたチャンスが出来て嬉しいのだ。」
「もう…しょうがないんだから・・・」
唯は言葉とは裏腹に零にケーキを食べたいと言われて嬉しかったのか、少し頬を
赤くして照れてしまう。
「それって2年以上も前の事じゃない。零さん、まだ根に持ってたの?」
千絵が呆れたような顔をして横からツッコミをいれる。
「う〜ん、待ちきれないのだ。唯ちゃん、早くケーキをお裾分けしておくれ。」
「俺にも」
「ボクにもなんかくれ〜、くれ〜。」
零は窓に手をかけて身を乗りだすようにしてケーキをおねだりすると、
それに追随する様に形で豪や、よだれを垂らしそうにして、待ち切れなさそうな仁も
唯ちゃんにおねだりし始める。
「わっ、わかったわ。今、持って来るからね・・・」
奇面組に押し切られそうになった唯はそう言うと、自分が作ったケーキを持って来ようと
後ろを振向いて席に向かおうとした。
「あ〜っ、織田さんに物月さん。」
唯の席では、唯が作ったケーキを美味しそうに頬張る物月や織田といった唯の
クラスメイト達がいた。
「あっ、ごめんね、唯ちゃん。唯ちゃんの作ったケーキ、凄く美味しそうだったから
貰っちゃった。」
二人がケーキを食べながらそう言って謝るので、唯も苦笑するしかなかった。
「ホント、料理に関しては唯さんにはかないませんわ。」
「ほんと!織田さんのを食べた後だから、もう絶品ね。」
「ちょっとそれ、どーゆー意味よ。物月さん!」
「どーもこーもないわよ。そのまま思った事を言っただけよ。」
面白くなさそうに見つめる織田を無視して、物月は手にとっているケーキを美味しそうに
頬張り続けていた。
二人はケーキを食べながら満足そうだった。
今では、10組女子の家庭科の時間で良く見られる光景の1つで、各々が料理を作った後に
互いに試食し合う時間になると殆どの女子が真っ先に唯の元に集まって試食したがった。
今回も唯が奇面組と話している間に多くの女子が、唯の作ったケーキにすぐに集まったので、唯が気が付いた時には既に自分が作ったケーキはなくなっていた。
「あ〜あっ、どうしよう・・・」
唯はケーキがなくなった空の皿を見て肩を落とし呟いた。
「大丈夫よ、連中にはあたしが作ったのをあげるから。久々の自信作なんだから。」
横にいた千絵が励ますかのように胸を張って唯に言った。
「えっ、本当にいいの?・・・千絵・・・」
唯がそう尋ねると千絵はコクンと頷いた。
「ありがとう・・・じゃあ、千絵お願いね。」
唯がそう言うと千絵はテーブルの所に行き、ケーキがのった皿をトレイにのせて、
零の所に持っていった。
「はい。零さん。」
と言ってトレイを零たちの前に差し出したが、零たちはそのケーキをすぐには取ろうと
せず、まじまじと見るだけだった。
ケーキは差し出した時の軽い揺れで真っ白なクリームが少しドロドロとゆっくりと
溶岩のように皿の淵まで動いていた。
零達はそのケーキを見て一瞬戸惑い、そして零と豪の二人でお互いに顔を見合わせてから
「そう言えば、豪くん。授業はまだ終わってないんだし、そろそろ行こうか。」
と先に零が少し裏返った声で豪に話し掛ける。
「ハハハ…そういや、そうだったな。行こうぜ、リーダー。」
豪は引き攣った笑いをしながら零に頷くと、五人は後ろを向いてそそくさと家庭科室を
後にしようとした。
「こ、コラ!ちょっと待ちなさい!!」
「へ…?」
零達が後ろを振り向くと千絵がものすごい剣幕でつめより声を荒げた。
「何よ。みんなにあげようと思って、せっかくケーキ持って来たのに何で逃げる訳?」
「いや、別に逃げようなんて…ただ、授業に戻ろうかと」
「だったら、これ食べてからでも良いじゃない!」
不快な表情をし、千絵は口を尖らす。
「けどよ、これ、おめーが作ったんだろ。この前、作った焼きウドン。
あれはとても食えるもんじゃなかったぜ。」
豪は千絵と視線を合わせないようにしながら頷き加減にぼそっと呟いた。
「し、失礼ね!あれはスパゲティだって何度言えばわかるのよ!!」
その呟きに千絵は顔を真っ赤にして怒り、豪に向かって怒鳴りつけた。
(その2)へ続く