【 それぞれのバレンタイン 】−(宇留千絵編)

−2月14日・お昼休み−

「あれ、豪くんはどこへ行ったの?」
10組の教室で昼飯を食べ終わり、机を囲むように談笑していた零達に、後ろから千絵が声をかけた。
「豪くんならさっきトイレ行く、と言って出ていったよ。」
「ふ〜ん、そう・・・」
零が千絵の方を向いてそう答えると、千絵は指をあごの部分に当て考えるような仕草をとって、
そう一言呟く。
「まぁ、いいか・・・。あいつがいない間に・・・」
千絵が口の中で小さく呟くと一旦、自分の席に戻り通学用のバックからやや平べったい箱を取り出し、
零達が話をしているテーブルの前に置く。箱には赤を中心にした奇麗な模様をした包装紙で包まれていた。
「千絵ちゃん、何これ。」
「バカねぇ〜。今日は何の日か、わかんないの。チョコよ、チョコ。バレンタインデーのチョコよ。」
横を向いて含羞みながら、千絵はそう答えた。
「やったぁ、サンキュー、千絵ちゃん。」
零は千絵にそう言って礼を述べると、すぐに包装紙を外して箱を開ける、中には小さなチョコレートが
綺麗に並べられていた。
「じゃぁねぇ〜ボク。これもらいっ。」
「あっ、酷いぞ仁くん。それは私が目を付けていたんだぞ。」
「ねぇ、潔。何かこのチョコ、中に何か入っているよ。」
「んっ、そうか?でも、まぁ美味いし・・・何でもいいや。」
4人は各々、そんな事を言いながら、餌を啄ばむ鳩のように、千絵がプレゼントしたチョコを瞬く間に
平らげてしまった。
そんな中、トイレから戻った豪が教室に入ってきた。
「・・・ん?あーーーっ。」
豪は4人が座っている箱を見るや否や、その箱に飛び付き、絶叫するように叫んだ。
「てめぇら、俺がいない間に何食ってたんだ。え?」
豪は青筋立てて、4人を睨み付けた。
「いやぁ、ちょっと千絵ちゃんから貰ったチョコレートを・・・」
「この野郎・・・俺がいない間にそんなこっ・・・い、痛っ、いてて・・・」
冷汗をかきながら、愛想笑いしてごまかそうとする零に、豪は物凄い剣幕をして詰め寄ろうとしたが、
途中、誰かが豪の耳を引っ張り、それを遮ってしまった。
「はいはい、ここまで。さっき事代先生が呼んでいたわよ、あんたの事。」
さらっと流す様に言って豪の耳を引っ張り4人の元から離したのは千絵だった。
「いてーな、おい。俺はあの4人に用があるんだよ、事代せんせの事なんて後で良いじゃねぇか。」
「ダメ!! 来てくれないと、あたしが困るの。」
「なんで、おめぇが関係あんだよ・・・って、いてっ・・・行くって、行くから離せって、いててて・・・」
豪が千絵に言い返そうとしたが、更に強く耳を捻じるように引っ張るので、そのまま豪は千絵に
引っ張られる形で教室を出た。

「・・・ったく、思い切り引っ張りやがって、耳がおかしくなったらどうするんだ。」
耳を抑え痛そうに顔をしかめながら、千絵に向かって悪態をつく。
「ほらっ、ブツブツ言ってないで、とっとと付いて来る。」
千絵は豪の言い分など、軽く受け流し廊下を少し歩いた後、階段を上り始めた。
「おい、職員室ならこっちだぞ。」
豪は下り階段を指差しながら、千絵を呼び止めた。
「誰も職員室とは言ってないでしょ。いいから、黙ってついて来るの!」
千絵はそう言って階段を上っていくので、豪も(仕方ねぇ)と溜め息交じりに言って、千絵の後を追った。

「・・・んっ、誰も、いねぇじゃないか。」
千絵を追いかけて階段を上り続け、屋上に着いてしまった豪は辺りを見回すとそう呟いた。
目の前にいる千絵を除いて・・・
「まぁ・・・昼休みでも、ここはめったに人が来ないからねぇ。」
そう言って、千絵は空を見上げては両手を広げて軽く背筋を伸ばした。
「おい!さっき、事代せんせが俺を呼んでるとか言って、こんな所に連れてきて、どういう事なんだよ。」
状況が飲み込めない豪は、屋上に呼び出した千絵に詰め寄った。
「あんたに用があるのは、あたしなの。ほらっ。」
千絵は詰め寄る豪の顔に、眉をひそめながら豪の手を取りポケットから小さな箱を出すと、
それを豪の手の上に乗せた。
「おい・・・何だよ、これ?」
いきなり、包装紙に包れた箱を手渡されたので、豪はかえって戸惑い拙い口調で千絵に尋ねる。
「きょ、今日は何の日か、あんたでも判っているでしょ?」
千絵は顔を少し赤くして、豪と視線を合わせない様に横を向いて俯き加減に言うと、豪も気付いたらしく
俯いて何も言えなくなってしまった・・・
「か、か、勘違いしないでよ。別にあたしはあんたの事なんて、何とも思っていないからね。
ただ、あんたが機嫌悪くしてると、こっちも迷惑なんだから・・・きっ、機嫌直してもらう為に
あげるんだからね。あっ、あくまでも機嫌直してもらうだけなんだからね。」
千絵は顔を強張らせ吃りながらも、捲くし立てるように同じ事を繰り返し言って、
また豪と視線を合わせない様に俯き黙ってしまった。
「ふう、わかったよ。じゃぁ、そう言う事にしてやるよ。ありがとな」
豪は深く溜め息をついた後でそう言うと、早速、袋の包装紙を止めているテープを剥がそうとした。
「あっ、ちょ、ちょっと待って豪くん。」
それを見た千絵が慌てて、豪が箱を開けるのを止めさせようとした時、丁度、昼休みの終了を示す
チャイムが学校内に響き渡った。
「何だよ。」
「あの・・・悪いんだけど、食べるのは家に帰ってからにしてくれない?ほら、昼休みも終わった事だし・・・」
「ちぇ、わかったよ。しょうがねえな。」
千絵がそう言って引き止めようとすると、豪は残念そうな表情をし、箱を手にしたまま階段の方へ向かい
千絵もその後を追うように続いて行った。


「ちょっと、零くん。何やってるの!降りなさい !!」
2人が気恥ずかしそうにしながら、終始無言で階段を降りて廊下を歩いていると、突然、目の前にある
10組の教室から担任の若人蘭の声が響き渡った。
2人はその蘭の声を聞きつけ、教室に駆け寄ってドアを開くと零は2頭身になって虫のように跳ね回り、
仁は教室全体に響くように大笑いし続けてたので、周りの者は迷惑そうに耳を塞ぎ。
潔は女子に手を出そうとして真実や二階堂に邪険に追い回され、大は自分の席につき、
他の3人よりは大人しかったが、今にも泣き出しそうな表情でじっと一点を見つめていた。
「ちょっと、豪くん!あの4人、やけにお酒臭いんだけど、学校でお酒なんか飲ませて、どういうつもり?」
零を取り押さえようと躍起になっていた蘭は、教室に入ってきた豪の姿を見つけるや否や、形の良い眉を
少し吊り上げて、厳しい口調で詰め寄った。
「お、俺じゃないって、あいつ等に酒なんか飲ませてねぇよ。」
「じゃぁ、何であんなに零くん達、酔っ払ってるのよ。お昼休みにあなたがお酒飲ませたんじゃないの?」
「本当に俺じゃないって・・・あいつ等と昼飯食った後でその後、俺がトイレ行っている間にチョコ食って・・・
ん?・・・待てよ・・・もしかして・・・そのチョコ…」
豪はそう言いかけると辺りを見回して千絵の姿を捜す。
「おい!おめぇ、あいつ等に何を食わせたんだよ。」
豪は千絵が自分の席で空になった箱を眺めているのを見つけると、千絵の所に行き肩を掴んで問い質した。
「実は・・・その・・・あたし・・・パパにあげるつもりだったお酒入りのチョコを間違ってしまったみたい・・・。」
千絵自身も困った顔をして、指で頬を掻きながら言うと、それを聞いた2人もがっくりと項垂れてしまった。

3人の後ろでは、パニック化した教室内で罵声や怒声がしばらく響いていた。

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