【 それぞれのバレンタイン 】−(天野邪子編)

「ねぇ、今日の邪子。何か変じゃない?妙に浮ついてさ、落ち着きがないというか…」
出須子がそう言うと、それを聞いていた真紀や加代も(うーん)と唸って腕を組んで深く考え込んだ。
昼休み7組の教室の一角で邪子を除く御女組の4人が集まって話をしていた。

当の邪子は席を外しており、教室にはいなかった。
「やっぱり、あれかな・・・」
腕を組んでまま、すこし俯き加減で加代が呟いた。
「あれって・・・?」
「ほらっ、今日はバレンタインデーじゃん。」
真紀の問いに加代は腕を組んだまま、ポツリともらすように言った。
「ハハハ・・・まさかぁ〜」
真紀が手を振って、小ばかにするように笑い飛ばした。
「何がおかしいのよ。」
「だってさぁ、邪子ったら去年だって「なんか浮ついていて、鬱陶しいから嫌だ」とか言って
学校来ても、すぐに早退してたじゃん。」
「そうそう、それに仮にそうだったとしても、誰にチョコをあげるんだよ。」
「〜ん。やっぱり、あいつなんじゃないの・・・番組の・・・」
真紀や出須子が尋ねると、加代は自信なさそうに唸るような声で言った。
「似蛭田?どうかな・・・?」
「案外、あげるとしても他の奴かもしんないよ、腕組の雲童塊とか、奇面組の一堂とか・・・」
「一堂?そりゃぁ絶対ないって、無理無理。あげるとしたらやっぱり似蛭田だよ、きっと。」
加代はそう言って笑う。
「じゃあさ、賭けをしない?」
「賭け?」
真紀が頭を少し前に出し、身を乗り出す様にして言うと、他の3人はキョトンとした顔で真紀を見た。
「邪子が今日、似蛭田にチョコをあげるのか?それとも似蛭田ではなく他の奴か、またはあげないのかを、
賭けしようじゃん。」
「もし、相手が受け取らなかったら?」
出須子がチラッと真紀の顔を見て尋ねた。
「もし、そうなった時はお流れって事で返金ね。どうする、1口千円でのる?」
「いいよ。じゃあ、あたしは似蛭田にチョコをあげるに千円。」
加代はそう言って、財布から千円抜いて真紀に手渡した。
「出須子。アンタはどうする?」
千円を受け取った真紀は生徒手帳にメモしながら、出須子に向かって尋ねる。
「う〜ん、あたしはねぇ・・・あげない方に千円。」
そう言って出須子も真紀に千円を渡す。
「真紀、あんたはどうするの」
「あたしも出須子と一緒で、あげない方に千円。」
「じゃあ、最後に幾重。あんたはどうする?」
メモしながら真紀は無表情に3人のやり取りを聞いている幾重にも尋ねた。
「・・・・・・」
少し沈黙が続いた後、幾重は財布からヨレヨレになった紙幣を2枚出して、加代に手渡した。
「それって、似蛭田にあげる方に賭けるってこと?」
幾重が黙って頷くと真紀は、じゃあ幾重は2口ねと、言いながら手帳にその事を書き記した。
「おいおい・・・幾重。これって昔の500円札じゃん。」
真紀は手帳に書き終えた頃、加代は幾重から受け取ったお札を改めて見ると、受け取った紙幣が旧500円札だった
ので、驚き交じりの声をあげた。
「へぇ、まだこんなの持ってたの」
真紀が机の上に置いた500円札を物珍しそうに見ながら出須子が呟いた。
「紛らわしいんだよ!ったく・・・」
真紀だけ面白くなさそうに舌打ちしながら、慌てて手帳の内容を書き直していた。


− 放課後 ―
邪子は御女組の他のメンバーと別れ、小さな箱を持って1人、校舎裏に佇んでいた。
校舎裏は木々も多く人目に付きにくいので、こっそり待ち合わせする場所としてはお誂え向きの
場所だったのだが、蛇子自身、放課後にメンバーとよく屯っている場所の1つでもあったので、
真紀達は簡単に邪子を見つける事が出来、先回りしてこっそりと茂みに隠れて覗いていた。。
一方、邪子の方は出る前に「付いて来るな」と釘を刺したにも関わらず、こっそり見られている
彼女たちに、まだ気付いている様子もなかった。

しばらくすると、校舎の方から足音が聞こえてきたので邪子は振り返ると、妖が手を皮ジャンのポケットに
突っ込んだ格好で、邪子の方に向かって歩いてきた。
「おい、こんな所に呼び出して一体、何の用だ。」
ある程度近づくと妖は少し震えた声で口を開く。
「ふん、相変わらず情けないねぇ〜。この程度の寒さでもう参ったのかい?」
邪子はポケットに突っ込んだ手を一瞥した後で、小ばかにしたような口調で言い返す。
「でめー、そんな事を言う為にわざわざこんな所まで呼んだのかよ」
「はいはい、人の話は最後まで聞く!ほらっ、これ、受け取りな。」
邪子は妖の言った事を軽くあしらって、妖に近づくと持っていた箱を手渡した。
「何のつもりだよ、これ?」
「今日は何の日か、わかんないの。バレンタインデーだよ、バレンタインデー。」
「んな事はわかっている。俺が言っているのは、何のつもりでこんな物をくれたのかを聞いているんだ、俺は。」
妖はムッとした表情で邪子に言い返す。
「お礼参りだよ。(※注 刑務所などから出た人が、前に自分を訴えたり不利に追込んだ者に仕返しをする事)」
「はぁ?」
妖は邪子の言っている事が理解できず、口をポカンと開けたまま言った。」
「だっ、だから、その・・・。あんたとは色々あったし、それに・・・アンタのせいで、今日それをあげようかなという
気持ちになったのも事実だし・・・それに・・・」
邪子は紅潮した顔を見られない様に後ろに振り向いて話した。
「それに・・・何だよ」
妖が間髪聞いてくる。
「それに・・・え〜っと・・・。とにかく!あたしがあげるって言ったんだから、アンタは黙って受け取ればいいの。」
話の最後の方で、邪子はその場を誤魔化すように早口で喋った。
「まぁ・・・良いや。折角だからもらっとくよ、ありがとな。」
妖は相変わらずめちゃくちゃな喋り方だな、と思いつつも何となく言おうとしている事が判った気になったので
あまり追求せず、お礼を言う事にした。
「しかし・・・珍しいな。お前が素直にこういう事するなんて。」
「い、いつも戻ってばかりでも、しょうがないからたまには行くだけだ・・・って余計なお世話だ。」
邪子はムッとして、少し頬を膨らませて言った。
「はいはい・・・そう言う事にしてやるよ。」
妖はそう言いながら、もらった箱を開けてみた。
中には楕円状の黒いっぽいものが箱一杯に整然と並んでいた。
「おい、何だよこれ?」
「何って・・・あんた、おはぎも知らないのかい?」
邪子はそう言って呆れてしまった。
「何で、チョコじゃなくて、おはぎなんだよ。」
「誰がチョコをあげるなんて言った?それにバレンタインだからチョコをあげるなんて、誰が決めたの?」
「・・・・・・もういい、わかった、わかった。聞いた俺が悪かった。」
邪子の言い様に返答を窮した妖は、軽く追い払う様に手を振りながら、吐き捨てるように言った。

「どうやら、あたしと幾重の勝ちみたいだね。」
妖と邪子のやり取りを茂みから、眺めていた加代はそう言って後ろを振り向く。
後ろでは賭けに負けた真紀と出須子が、納得しきれない表情で俯いていた。
「しかし、まさか妖にあげるとはね・・・思ってもみなかったよ」
真紀が顔を上げて、周りの3人を見回しながら言った。
「ホント、邪子ったら、あたし等の前では、あんなにオタオタした所なんか全然見せないもんね。」
「んだ、んだ。」
幾重も加代に続いて相槌を打ちながら、短く言った。
「まぁ、とにかく賭けはあたしと幾重の勝ちって事で・・・真紀。」
加代はそう言って真紀に預けた掛け金を貰う為に手を伸ばす。
「ふうん、それでいくら儲けたんだい、加代。」
その声が加代の背後から聞こえると、ピクッと体を震わせて、真紀からお金を貰おうと伸ばしていた手を止めた。
加代がおそるおそる後ろを振り向くと、4人を見下ろすように邪子が立っていた。
「アンタ達、こんな所で何やってるんだい?」
邪子は笑みこそ浮かべていたが、眼だけは笑っていなかった。
「イヤ・・・その・・・暇だったから・・・ちょっとブラブラしてただけで・・・ハハハ・・・」
真紀は内心落ち着かず、キョロキョロと周りを見た後に愛想笑いをした。
「さっき『賭けがとうのこうの・・・』って聞こえたけど、何賭けてたんだい。」
邪子は表情を変えず笑顔のまま、淡々と4人に尋ねた。
4人にとって怒っている時の邪子の顔よりも、うすら寒い物を感じていた。
「え〜と、それは…」
「何を賭けていたんだい、真紀。」
真紀が口篭もってなかなか答えようとしないので、いらついた邪子は顔を近づけ、至近から睨み付けて真紀を
睨み付けてもう一度言う。
「ひっ!! じゃ…邪子がチョコをあげるかどうか、賭けてたんだよ、一口千円で…」
真紀は軽い悲鳴をあげて、早口で賭けの事を全部話してしまった。
「じゃぁ、その賭けはあたしの勝ちって事になる訳だ。」
「へっ?」
邪子の言っている意味がわからず、真紀・加代・出須子の3人は互いに顔を見合わせた。
「あたしが「妖に『チョコ』をあげるかどうか」を賭けてたんでしょ?でも、あたしは妖にあげたのは
『おはぎ』であってチョコじゃないから…って言う事で、あたしの勝ちで賭け金はあたしの総取りって事で…」
と言って邪子は真紀が持っていた賭け金の4千円をもぎ取った。
「そんな!邪子ずるいよ。」
「そうだよ、だいたい邪子はこれには関係ないじゃん!」
邪子にお金を取られた真紀や加代が不満を顕わにする。
「関係ないって…あたしを賭けの対象にしてかい?」
邪子がそう言って、一睨みすると真紀や加代は返答に窮してしまった。
「じゃあ、これでどっか食べに行こうか。それまで、これ預かっといて。」

そう言って邪子は手にしていたお金を真紀に返し、校門に向かって歩きだした。
4人も慌てて起き上がり邪子の後を追いかけて行った。

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