春休みももうすぐ終わる頃の金曜日夜、唯ちゃんの家に一本の電話が鳴り響いた。
エプロン姿で夕食の準備に忙しい唯ちゃんは居間でテレビを見ている一平に声をかける。
「ちょっと一平。電話取ってくれない?」
「いやだよ、俺忙しいんだから。」
「何言っているのよ、台所にいてもあんたの笑い声が聞こえているわよ。」
唯ちゃんの言う通り、その時一平は父板造と共にテレビに夢中になっていてそこから動く様子は全くなかった。
「本当にもう、しょうがないんだから。」
そう不満そうに呟きながら、仕方なくコンロの火を落とし、夕食の準備を中断してから唯ちゃんは受話器を取った。
「もしもし、河川ですけど。」
「おーっす、唯。元気にしてた?」
「あっ、千絵。久しぶりね。元気?」
「元気よ元気。ほんと、高校卒業してから2週間経つけどあんたってなかなかこっちに顔見せないね。
この前会ったのだって、この前の日曜日に連中とあんたの家で
お花見やった時、以来じゃん。」
「ごめ〜ん、千絵。今週ちょっと来月からの準備などで色々会って・・・」
「そうか唯も来月から女子大生ですか。なんかピンと来ないなぁ・・・あんたってさぁどう見ても女子大生って感じには見えないし。」
「もう、千絵ったら。そんな事言う為に電話してきたの?」
「あはは・・・ゴメンゴメン。」

「どころでこんな時間にかけてどうしたの千絵?」
「う〜ん、それが、唯。明日なんだけど何か予定とかある?」
「えっ、明日は特に何も無いけど」「じゃあ、明日ちょっと買い物付き合ってくれない?
一応駅の『
Nisetan』で服見て行こうかなと思っているんだ。」
「服を・・・?」
「来月から学校で着ていく服とか、色々見ていこうかなと思ってね。」
「ふ〜ん、いいよ。明日は特に何も予定とかはないし。」
「よし、じゃあ決まりね。」
「千絵、どこで待ち合わせするの?」
「ん〜。じゃぁ11時に一応駅の東口側に時計塔があるでしょう?そこで待ち合わせましょうよ。『Nisetan』にも近いことだし」
「いいよ、それで。」
「じゃあ明日ね。唯、遅れちゃ駄目だからね。」
「千絵ったら、この前もそう言いながら当日になって、慌てて西口の方へ行ったりして遅刻したじゃない。」
「あ、あの時はちょっと油断して慌てただけよ。あたしは同じ失敗は二度としない主義なんだから・・・」
「千絵。この前、西口に行って遅刻したのは
2度目なんだけど・・・」
唯ちゃんがそう答えると受話器の向こうから物が倒れるような音が聞こえた。
どうやら唯ちゃんから要らぬツッコミを受けてしまいコケてしまったようだ。少しの間を置いてから千絵ちゃんが話しかける。
「ん、まあそんな事はどうでも良いじゃない。とにかく明日11時に一応駅東口の時計塔の所でね。それでいい?」
「うん、いいよ。」
「それじゃ明日
11時にね、ちゃんと遅れないで来るのよ。」
「千絵もね。それじゃ、またね。」

ガチャン

電話がそこで切れたので唯ちゃんは受話器を置いて中断していた夕食の準備にとりかかる。
「しかし・・・千絵ったら。本当に明日ちゃんと来れるかなぁ?」
夕食の準備をする最中、唯ちゃんは心の中ではその事ばかりを気にしていた。

・・・しかし、唯ちゃんの不安は翌日見事に的中してしまうのだった。

【第1章】 - (1)へ続く

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