【 それぞれのバレンタイン 】−(河川 唯編)-(2)
学校で千絵ちゃんが間違えて持ってきたお酒入りのチョコレートを食べてしまい、教室で大暴れした事、
飲酒して暴れた事で停学処分になりかけたが、事代先生と若人先生の計らいで千絵ちゃんと一緒に校内の
トイレ掃除の罰掃除で済んだ事。更に連帯責任として、一緒に掃除をさせられた豪に八つ当たりされ、
関節技などを食らってしまった事などをおもしろ可笑しく話した。
「まったく、千絵ったら・・・ドジなんだから・・・」
零の話を一通り聞いた後、クスクス笑って千絵の事を言い、零も唯につられて笑った。
「零さん。」
「ん、何だい?唯ちゃん。」
「実は私もその・・・千絵と一緒でチョコ・・・零さんにあげようと思っているんだけど・・・」
唯は神妙な顔つきになって少し俯き加減にモジモジしながら言った。
「本当?イヤ〜うれしいのだ。唯ちゃんのだったら、どんなプレゼントでも喜んでもらうのだ。」
零がそう言うと、唯は笑ってありがとう、と言った後で自分の後ろにある机の方へ左手をのばす。
零は唯が手を伸ばしている先を見ると、机の上に包装紙に包れた箱が置いてあった。
「唯ちゃん、私が取ろうか?」
「ううん、大丈夫。」
零は少し腰を浮かして、唯の代りに箱を取ろうとしたが、唯はそれを制し、自らの手を伸ばして箱を
取ろうとした。
だが、わずかに箱の隅を掴んで手元に持ってこようとした時、指先から箱を落してしまう、
『あっ』
ほぼ2人が同時に叫んで、手を伸ばして箱を取ろうとしたが、2人の手の間から箱がするっと零れ、小さな音を
立てて床に落ちた。
そして、零はバランスを崩して唯の上に倒れかかった。
零は両手で支えて何とか倒れ込むのを防いだが、気が付くと両手で唯の腕を抑えて、押し倒す形になっていた。
零が目覚めた後、少しの間を置いて、唯も眼を覚ますと2人の視線が合ってしまった。
唯は至近から零に見つめられていると判ると、顔を赤くなり、胸の鼓動も張り裂けんばかりに急激に高まった。
パジャマの一番上のボタンが外れており、そこから白い肌をのぞかせていたので、着衣の乱れを直したいと
思っていたが金縛りにあったかのように体を動かす事や、何か言う事が出来なかった。
ただ、零の息吹をかすかに肌で感じながら、零の視線を反らすかのように少し眼を伏せて首を傾けるに留まった。
零の方も胸の鼓動が高まるのを感じながら、上から唯の姿を眺め、首を左右に振った後、唯の両肩を支えて
ゆっくりと起こした。
「零さん・・・?」
唯はボタンを締め直し、床に落ちた箱を取ると零の方を振り返った。
零は唯に対して背中を丸めて後ろを向いていた。何となくだったが後ろ姿がいつもよりすごく小さく見えるように
唯は感じていた。
「ごめん、唯ちゃん・・・。」
「零さん・・・」
唯はそう呟いて、そっと零の元に近づいた。
「さっきはゴメン・・・どうかしてた・・・あんな事して…」
零は唯の顔を見るのが怖くて後ろを向いたまま、苦痛と後悔が混ざったような声で呟いた。
「零さん…零さんは悪くないよ。」
唯は項垂れている零の横に来ると、そっと、もたれ掛かった。
「唯ちゃん…」
零は驚いて顔を上げて唯を支えた。
「零さん、私、別に怒ってないから、最初はちょっと驚いたけど…」
「…」
唯は零に体を預けたまま、そっと眼を閉じて呟いた。それを零は何も言わず黙って聞いていた。
「もう少しこのままの状態で、いさせて…。」
「唯ちゃん…」
「これ、今年からは零さんだけのものだからね。」
唯はそう言って持っていた箱を零の前に置いて、もたれ掛かった。
しばらくして眠ったのか寝息をかすかにたて始めた。零が唯の顔をそっと見ると可愛らしい寝顔を覗かせていた。
「ありがとう…唯ちゃん。」
零はそう呟くと、唯の体が少しでも冷えないように学ランを脱ぎ唯にかけ、背中を回して肩に手をかけ、
もう片方の手で唯の手をしっかり握って、しばらくの間無言で一緒の時間を過ごした。
「…ちゃん、唯ちゃん。」
「んっ…零さん?」
唯は零にもたれ掛かりうたた寝をしていた眼を覚ました。
「唯ちゃん、大丈夫…?」
「うん…クシュン!」
唯は頷いた後で、クシャミをした。
「体が冷えちゃうとまずいから、もう寝ないと…」
「うん…そうする。風邪治さなきゃね…」
唯がそう言って蒲団の中に入るのを見届けると、箱を手にして零は立ち上がった。
「じゃあ、唯ちゃん帰るね。これ、ありがとう。」
零は唯の方を振り向いて礼を言うと、襖を開けて外に出た。
唯は零が出て行くのを眺めた後、電気を消して蒲団の中で眠りについた。
零と一緒に過ごした時間の続きを夢で見られることを願いながら…