【 それぞれのバレンタイン 】−(河川 唯編)-(1)

―2月14日―

「6度9分、もう熱の方は大丈夫みたいだね。」
唯が水色のパジャマを着て、蒲団から上半身だけ起き、横にいる理矢が持っている体温計を気にして、
じっと見ている中、理矢は体温計を見て言うと、軽く振った。

「もう少し寝ていれば、学校にも行けるようになるわ。」
理矢は体温計をケースに入れながら、唯を安心させるように言い、唯自身も昨日よりは幾分か気分的にも
楽になっているのを自覚していた。
「ごめんね、お母さん。風邪ひいたばかりに夕食の準備とか苦労かけてしまって・・・」
唯は申し訳なさそうに理矢の顔を見て言った。唯が風邪でダウンし3日間、学校を休んでいた間、
家事や食事の準備など、普段は唯が行っていた事を全て引き受けてくれていた。
「いいのよ、そんな事気にしないで。」
理矢は水が入っている洗面器に浸していたタオルを取って、ぎゅっと強く絞りながら唯を励ました。
唯はその間も、タオルを何度も絞って赤っぽくなっていた理矢の指先を見ては申し訳ないと思っていた。
「さぁ、もう少し寝ていなさい、病人は大人しく寝ているのが一番。なんてたって、ここに先達者が
いるんですから。」
と理矢は病人だった事を自慢するような言い方をした。
唯はそれを聞くと、可笑しくなりクスクスと笑うも理矢の言う通りに体を蒲団の中にゆっくり動かし、
横になった。

「じゃあ、お母さんはこれを片して、夕食の準備してくるからね。」
「うん。」
理矢はコップや薬がのっているお盆を持って立ち上がって、そのまま部屋を出て行った。
唯は横になったまま眼を閉じると暫くして睡魔が訪れ浅い眠りに入っていった。

それから、暫くして理矢が台所で食事の準備をしていると、玄関から声が聞こえたので、玄関へ行って扉を
開けると、そこには学ラン姿の一堂零が立っていた。
「あら、零くん。こんばんは。どうしたの、一体?」
理矢は笑顔で零を迎えて、尋ねてみた。
「あの〜唯ちゃん、今日も学校休みだったからお見舞いにと思って、これを・・・」
零はそう言って、理矢の前に花束を差し出した。花束には色々な種類の花が赤や黄色などで華やかに
咲き誇っていた。
「まぁ・・・どうも、ありがとう。」
理矢は零から花束を受け取るとにこやかにお礼を言った。
「じゃあ、おばさん。唯ちゃんに宜しく言っておいて下さい。」
零は花束を渡した後、そう言って後ろを振り向き家に帰ろうとした。
「あっ・・・零くん、待ちなさい。」
花束を抱えたまま、唯は零を呼び止めると零は後ろを振り返った。
「わざわざ来て下さったんですから、よかったら、唯に会いにいって下さいな。」
「えっ・・・でも、まだ唯ちゃん病気だし、この時間では・・・」
零は理矢の申し出に対し、そう言って戸惑いを見せる。
既に日も落ちて真っ暗になっていたので、零はその事も気にしていた。
「大丈夫ですよ、だいぶ持ち直してきましたし、学校行けなかった事で内心ではあの娘、随分と寂しがって
いましたから」
理矢は零に微笑みかけて、そう言った。
「では・・・あの・・・お言葉に甘えて・・・」
「じゃあ、ちょっと玄関の所で待ってくれます?今、お花を花瓶に生けてくるんで」
零は気恥ずかしそうに言って頭を下げると理矢は零を玄関に招き入れて、台所の方に小走りに走って行った。

理矢は手早く、余分な枝葉を台所で落して花瓶に生けると
玄関で待っていた零を案内し、唯の部屋の前にある襖の所まで連れて行った。
「唯、唯。起きてる?」
「ん・・・お母さん・・・?」
理矢は廊下から襖越しに声をかけると、かすかに小さな声で唯の声が返ってきた。

唯の声を聞いた理矢は襖を開ける。唯は蒲団から上半身を起こして理矢の方を見ていた。
「唯、零くんがお見舞いに来てくれたわよ。」
「こんにちは、唯ちゃん。」
襖の横から零が顔を覗かせて声をかける。
「れ、零さん!?」
唯は驚きまじりの声をあげると同時に慌てて、蒲団の中に入って隠れる。
「コラッ!せっかく零くんがお見舞いに来てくれたのになんですか?」
「だって・・・いきなり零さんが・・・その・・・」
唯は顔の下半分まで蒲団で隠し、覗き込むようにして言った。
「ほらっ、せっかくお花まで持って来てくれたんですから。」
理矢は花瓶に生けた花々を唯に見せ付けるように目の前に差し出した。
「あっ・・・ありがとう・・・零さん」
唯はゆっくり起き上がると少しはにかみながら微笑んで、零にお礼を言った。
零も頷き返すと部屋に入って唯の右側で蒲団の側に腰を下ろして、あぐらをかく。
「じゃあ、お花はここに置いときますね、零くん。唯の事、お願いね」
理矢はそのように言った後、花瓶を窓際の戸棚の上に置き、部屋を出て行った。
理矢が去って唯と零の2人になると、お互い俯いて何も言えず、数秒間沈黙の時間が続いた。
「あっ、あの、零さん。きれいなお花ありがとう。」
唯は花瓶がある方を見ながら、少し早い口調で切り出した。
「あぁ・・・あれね。私だけじゃないんだ。花を選んだのは千絵ちゃんだし、お金は私だけでなく他の皆と
出し合って買ったから。」
「千絵の店で買ってきたの・・・」
唯はそう言いかけた時に慌てて下を向いて、右手で口を抑えて何度か咳をし、
その後、ティッシュで右手や口元を軽く拭いた。
「ゆ、唯ちゃん、大丈夫かい?」
零は膝を起こして心配そうに唯の側に寄った。
「うん・・・大丈夫。」
唯は零を安心させる為に笑顔を見せて零の方を振り向くが、至近距離で零と眼が合ってしまったので、
2人は再び顔を真っ赤にして恥ずかしがり、互いに視線を反らした。
「と、と、ところで零さん、こんな時間まで学校にいたんですか?」
唯はチラッと零の学ランを見て、口篭もりながら尋ねた。
「あぁ・・・今日ちょっとね・・・」
そう言って今日、学校で起こった事を話した。

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