ドレアム戦記

第一編 玄白胎動編 第11話

 大地の精霊ノームを手に入れたジロー達は、神殿の中を見て廻った。しかし、大地の神殿にはジロー達以外の姿は皆無だった。始めから誰も存在していなかったかのように。
その後ルナの提案もあって、ジロー達は夜が来る前に一旦町に戻ることにし、翌日から神殿内をくまなく探索することにした。神殿の玄関口である一枚岩の門は既に閉じられていたが、使用人たちが利用する裏口の通用門を発見し、鍵も手に入れて出入りは自由となっていた。
そして、3日目の夜。
「大地の神殿に何故誰もいないのでしょうか」
 部屋に戻り、それぞれの位置に落ち着いた後、ユキナが口火を切った。
「大地の神殿はウエストゴールド王家の聖域として、王家から派遣された大神官ロダンを筆頭にして多数の聖職者が居住しているそうです。使用人の数も合わせると100人以上はいるはずなのですが・・・」
 ミスズが困惑しながら言った。不可解としか言いようのない事態が起きている。
「だが、神殿内には人の姿はおろか人が暮らしていた痕跡さえも見当たらない」
「はい。でも、私達が初めて神殿に招かれた時には人の姿がありましたし、一緒に入った方々も・・・、消えてしまいました」
「私たちと一緒に入った連中の姿もどこにもないなんて・・・、隠し部屋も調べたし、どこに消えちゃったのかなあ・・・」
「あん。お姉さまぁ・・・」
 アイラがソファにもたれた手で、隣のルナの胸を触っていた。ジローがまだだとういう目でアイラを見ると、アイラはウインクして手を離す。ルナはちょっと不満そうな顔を見せたが、直ぐに平常心を取り戻したようだった。
「不思議な何かが起きているのは間違いない。よし、もう一度最初から整理してみよう。俺たちが神殿に入った新月の夜の出来事を。あのとき、神殿の中から神官が出てきて迎えてくれた。その時に気付いたことはあったか?」
「暗くて顔は見えなかったなあ」
 アイラが呟く。
「靄みたいなものもかかっていました」
 ミスズが続ける。ユキナも何か言いたそうだった。
「あの、関係ないかもしれないのですが、いいでしょうか」
「ああ、今はどんな些細な情報でも欲しい」
「はい。神官は、神殿の外には一歩も出なかったと思います。岩の門が開いた後も、門内から外には出ませんでした」
「偶然なんじゃないの」
 アイラがすかさず言ったが、ジローは逆に何かが引っかかった気がした。
「偶然かもしれない。だが、神官が神殿の外に出られない何かの原因があるのかもしれない。どちらかはまだ決められないな。でも、よく見ていたな、ユキナ」
 ジローに褒められて、ユキナの顔に朱が射す。
「次に中に入ってからだが・・・」
「神官の『気』が中々感じられませんでした」
「ああ、ルナでもその程度だったから、俺は殆どだめだった。聖職者は皆、心をガードする訓練をやっているのかと思ったくらいだ」
「はい。確かに神殿の修行には、神聖魔法も含まれています。ですが、修行をしたとしても初歩的な段階から進まない方が多いと聞いています。心をガードできるような中級以上の使い手となる方は、余りいないのではないでしょうか」
「私も、神聖魔法の卓越した能力がないと、上級神官や神官長にはなれないと聞いたことがあります。姫様がおっしゃった通り、神聖魔法の使い手と言われる中級クラスの魔法を使える上級神官以上は、神殿の中でも普通は十人前後だそうです。上級の神聖魔法を使える方はもっと少なく、ノースフロウの月の神殿でも神官長ノルマンド様と大神官2人、合わせて3名しかいません。そのような状況ですから、大地の神殿に上級神官以上の方が多数いるということがもし本当なら、他国や国内でもっと聞こえてもいいはずですが、インカルでの調査のときもそのような話はなかったと思います」
 ルナを補佐するようにミスズが答えた。
「となると、迎えに来た神官がたまたま神聖魔法の使い手だったか、それとも別の何かが影響しているか、だな」
 ルナは頷いて、言葉を続けた。
「あの時、神官の頭の中にあったのは、性欲でした。他の事は全て押しやって心の中をそれだけが占めていました」
「ああ、その後、俺たちも徐々に性欲が高まっていった。咄嗟にミスズの玄武坤を握らなかったらどうなったことか・・・」
「あの時・・・、身体が熱くなって、無性にジロー様が欲しくなってしまいました。あっ・・・、あ、あのぅ・・・、そ、そういう意味じゃ・・・」
 アイラ、ルナ、ミスズの3人から注目を浴びて、ユキナは顔を真っ赤に染めた。
「ユキナのエッチぃ」
 と、アイラが詰め寄って、頭をぽんぽんと撫でた。
「でも、それでいいのよ。あたし等はジローの奥さんなんだから。ね、ミスズ」
「はい。お姉さま」
 ルナもにっこりと笑っている。
「こほん・・・。それじゃあ、話を戻そう。なあ、皆。こんな状況って、経験ないか?」
「あります・・・」
「うん。俺は似たような状況を2回経験している。1度目はノルバ城で、もう一度は」
「テルパからイオへ行く途中の山道ね」
 アイラが答えたのを肯定するように頷くと、ジローは言葉を続けた。
「あくまでも仮説なんだが、ここにも魔の力が働いているじゃないかと思う。あの時、俺達は神殿に入った筈だが、実は結界の中に紛れ込んだと考えると辻褄が合ってくると思わないか。そして、封印の武具である玄武坤のおかげで何とか脱出できた・・・。で、神殿の人達は、結界の中に囚われていると考えるのが一番納得のいく説明だと思う」
「はい。私もそう思います。神官の『気』が読めずに弱った精気と性欲だけが心を支配していたのも、そのせいではないでしょうか・・・。今度の敵は、淫欲を武器としているのかもしれません」
 ジローとルナの言葉に残りの3人も同意した。
「今度もあの魔界十二将とかいう奴でしょうか」
「どうかな。案外そうかもしれないな。ノルバで遭った夢魔は、クロウ大帝の残した資料に載っていた。あの指輪に封じ込めたのがクロウ大帝達みたいだからな。だが、他の魔物に関する記述は一切なかった。テルパの山道で遭った幻魔という名前も俺達が始めて聞いた名前だと思う。そして今回は、さしずめ淫魔というところか・・・。ところで、魔界の連中はこんなに頻繁に出現しているのか?」
「いいえ。過去には魔物が出現したという話を聞いたことがありますが・・・」
「あたしも、聞いたことがあるよ。ただ、おとぎ話だけどね」
 ルナとアイラの答えに、ジローは軽く思案げな様子だった。
「そうか・・・、じゃあ、続けて3回目というのはよっぽど奇特なことというわけだ・・・。まう、今そのことを考えても始まらないな・・・。よし、じゃあ、これからの作戦を考えよう。その後でお楽しみだ」
「はい!」
 4人の愛嬢達の声が揃っていた。

 夕闇が溶けた頃、ジロー達は大地の神殿の封印の部屋に入っていた。神殿内の他の部屋では、淫欲の結界に取り込まれる可能性が否定できなかったからである。
封印の部屋には、ジロー達5人の他、もう2人いた。いや人と言っていいかどうか・・・。姿は人型だが実体は別、即ち、ジローが召喚したウンディーネとノームである。
 ウンディーネは部屋の中に結界を作り、ノームは自らのセンサーを神殿内に張り巡らせて、不審な結界の存在を探っている。2人の話によれば、本来はノームが守りでウンディーネが探索の役割を担うそうなのだが、相手が魔界の者の可能性が高いため、大地の神殿内に気配があっても不自然じゃないノームが探索役に回っていた。
その2人の精霊は、余裕の表情でジロー達と会話を行っていた。
「ご主人様ったら、凄いですぅ。ウンディーネちゃんまで契約していたなんて・・・。それに、他の皆さんの良人だなんてぇ・・・」
「本当にそうですね。私達と直接契約できるだけでも余程の魔力と資質を得ないと出来ない筈ですのに、2体の精霊と契約を交わされるなんて・・・。ご主人様、尊敬いたします」
 ウンディーネとノームはそれぞれ人型に実体化していたが、肌の色はそれぞれ水色と黄色で中から薄く光を発していた。勿論一糸纏わぬ姿なのだが、エロティックというよりは神々しさといった表現が的を得ている。
 愛嬢達も、精霊と話が出来るこの状況にファンタジックな感慨を得ているようだった。いつもは豪放なアイラも黙って話を聞いている。
「あらぁん。アイラさん、その腕輪してくれているんですねぇ。嬉しいですぅ」
 ノームがアイラの左手の腕輪に気付いて言った。元々はノームが封じられていた大地の腕輪だが、今はアイラが身に着けていた。
封印の武具と同様に、封印の装具もまた装着する人を選ぶ道具だった。水の指輪がジローを除けばルナとミスズしか填められず、かつ能力を発揮できたのはルナしかいなかったように、大地の腕輪もまた、他の者たちを拒んだ。唯一ジローとアイラだけが拒まれなかったので、アイラのものとなったのである。但し、5つある瑪瑙色の宝石は光を失っていた。
「でもぅ・・・、そのままじゃ力を発揮できないの、ぐすん」
「アイラさんの素質は『火性』ですね。でもご主人様の『知』の力が流れ込んでいますので、水を除く全ての装具を身に着けられるようになっています。でも、残念ながら、『火性』の装具以外では、装具の力を全て発揮することは出来ません」
「でも、大丈夫ですぅ。ノームちゃんがちょこっとだけお手伝いするですぅ・・・」
 ノームは微笑むと、アイラに向かって右手を伸ばした。ゴムのように伸びた右手がアイラの腕輪に触れると、5個ある宝石の一つが輝きだした。
「これで大丈夫ですぅ・・・。大地の盾が発動するので,少しだけ、その腕輪が役に立ってくれますぅ」
「あ、ありがとう・・・」
 アイラは呆然としながら答えを返した。
「ウンディーネ。素質と言ったが、それは何だ?」
 ジローの問いかけにウンディーネは微笑んで答えた。
「素質とは、その人の持っている五行に対する適性のことです。五行とは木、火、土、金、水のことで、この世界を構成する基本的な要素となっています」
「うん。それで」
「はい。この世界のものは動物や木などの生き物、岩や水などの無機物まで、五行にたいする適性を持っています。岩なら土の素質、川や海なら水の素質といった具合です。しかし、大体のものは一つの素質を突出して持っているというのは少なくて、5つの素質が入り混じっています。その中で最も強い素質によって、ものの特性が支配されていると思っていただいて結構です。突出した素質が変わると、性質も変わります。例えば、火の素質が突出した水は、水でありながら燃える特性を持つというように。そして、これは生物にも当てはまり、どの素質が有力かによっていろいろな特性を持つことになります」
「でも、人間の中で、そんな特殊な連中がいるという話は聞いたことがないけど・・・」
 アイラの問いに、悠然としながらウンディーネは話を続けた。
「人間は、全ての適性をバランス良く所持しているので、普通はどれかの素質に偏ることはありません。しかし、時折ある適性に長じた方が出現したりもします。これらは先天的にある血筋の方々に出現することが多いようですが、稀に後天的に突然身に付いたりすることもあります。例えば、先天的な血筋の例として、ルナ様の出自であるノースフロウ王家は水の素質を持った方を多く出しています。実際、ルナ様とミスズ様は『水性』の素質を持っているので、水の指輪や玄武坤を使うことができるのです」
「でも、私は水の指輪を填めることはできましたが、姫様のように石が光らなかったのですが・・・」
 ミスズがそう尋ねると、ウンディーネは再び微笑みを浮かべて語り始めた。
「ひとえに素質と言いましたが、その人の得手不得手によって変わってきます。攻撃系が得意な方は、武具の適正が高いですし、守備系や魔法系が得意な方は、装具の潜在能力をより引き出すことが出来ます」
「なるほど」
 ジロー達はそれぞれ頷いた。
「精霊ウンディーネ。私の妹、ユキナの素質は水ではないのですか?」
ミスズがなにげなくウンディーネに対して問いかけた。ユキナとミスズは腹違いの姉妹。しかし、ウンディーネはユキナの素質についてはコメントしなかったのである。
「ちょっと待ってくださいね」
 ミスズの質問に応えるようにウンディーネはユキナの方を向き、ユキナの姿を値踏みするように見つめた。そして、得心がいったように頷くとユキナに向かって話しかけた。
「ユキナさん。貴方の素質は『水性』ではないようです。しかし、この地方の出身の方に時々現れる『金性』を持っています。お父様は水の血筋ですが、きっとお母様が金の血筋で、その影響のほうが強かったということですね」
 ユキナは、話の流れについて行けないようで、目を白黒させていた。そこに助け舟を出すかのごとく、アイラが口を挟む。
「ということは、ここにいる全員が何らかの素質を持っているってことよね。でも、普通は素質を持っている人の方が少ないんでしょ。なのに、ここにいる全員が素質を持っているなんて凄くない?」
「そういえば、そうですね」
 アイラに続いてルナが同意した。ノームとウンディーネも頷く。
「はい。とっても珍しいことだと思います。でも、それよりも、ご主人様がこの世界に存在していること自体がもっと凄いことなのです」
「そうなんですよぉ・・・。精霊と契約できる人なんて、何百年ぶりなんですぅ。なのに、複数の精霊と契約しちゃうなんて、ありえないことなんですぅ・・・、あ、あれ、何かいますぅ。ご主人様ぁ、あは、見つけちゃったみたいですぅ・・・。褒めてくださぁい」

 薄暗い空間に淫声がとどろいていた。
 大地の神殿内のどこかには違いない。磨かれた石英の白壁と、大理石の床は紛れもなく神殿の一室である証拠である。
 但し、全体に靄がかかったような室内は、淫臭が漂っており、床の上には裸の男女が縺れ合っていた。その中には、明らかに干乾びて、動かない肉体も点在している。淫欲の果てに朽ち果てた者達の姿だった。
 だが、互いを貪りあう男女には、何も見えていないかのように、ただ快楽という欲望のみに従い、相手から奪い合うように口を吸い、乳を含み、性器を舐り、肉棒を頬張り、膣を穿るように腰を振り続けた。
 部屋の奥でその姿を眺めている人物があった。腰まで真直ぐにのばした見事な金髪と金色の瞳が輝いている。彼女は椅子に深く腰掛けながら、満面の笑みを浮かべて室内に繰り広げられる狂態を眺めていた。その股間には草色の髪の少女が顔を埋めて陰部に奉仕している。奉仕を続けている少女の髪を優しくなでながら、金髪の少女は自分の髪を手で弄んでいた。
少女の表情は、その美しい顔立ちに似合わない淫蕩なものだった。それは、少女本来の表情ではなく、なにかにとり付かれていることを示していた。そう、彼女の中には淫魔がとり付いていた。
淫魔は、最大の好物である性欲と快楽に伴う淫精を全身に浴びながら、淫魔は満腹感を味わっていた。股間に奉仕している草色の髪の少女、かつて神殿の神官見習いだった少女の乳を足でこねる。
「あうぅぅぅぅ・・・」
 少女から声が漏れた。他の者たちと違ってまだ正常な精神を残しているらしく、こんな状況で弄ばれているというのに、恥じらいのため、声を抑えている。
「うふふ・・・、なんて可愛い子。もう、あなただけなのに・・・。さあ、早く堕ちちゃいなさいな・・・」
 少女は淫魔の囁きに耐えながら、必死になって奉仕を続けている。
「まあ、いいわ・・・。あら、お客さんかしら」
 淫魔が顔を向けた。そちらの方向には壁しかなかった筈だが、今はその壁が消滅していた。そして、そこには・・・。
「いらっしゃい。でも、入口以外の場所から入ってくるなんて、無粋な人達ね」
 驚いてもいい状況の筈だが、淫魔はむしろ楽しんでいるかのように侵入者、ジロー達を手招きした。
「さあ、いらっしゃい・・・。魅惑と快楽の世界にようこそ」
 差し出された淫魔の指先から、薄い霞のようなものが放射された。触れたものを悦楽と性欲の虜にする淫気である。相手が人間界のものである限り、淫気を浴びて正常な状態ではいられないのだ。
 が、ジロー達は淫気を浴びていることを意に介さないように、一歩一歩床に転がる裸の男女を踏まないように避けながら、淫魔の方に進んでくる。
<な・・・>
 淫魔の顔に初めて微笑み以外の表情が浮かんだ。
「そう。あなたたち、精霊に守られているわね」
 ジロー達に向けて発せられた淫気は、直前で薄い膜に当たったように跳ね返され、届いていなかったのだ。そして、その膜の正体は、ウンディーネ。ジローの命により、透明なバリアとなって全員を覆っていたのである。
「ああ。お前を倒して、囚われた人達を返してもらいに来た」
 ジローが静かに、だが気合十分で言った。
「うふふ。そう、やってごらんなさいな」
 淫魔は再び余裕の表情に戻る。そして、取り付いている少女の金色の瞳が、赤みを帯びて輝き始めた。
「まずは、その肉体から追い出さないとな」
 ジローは傍らのアイラとルナに合図した。ルナが水の指輪を使い、ウンディーネが作ったものと同じバリアを作り出す。神聖魔法にも『障壁』という同じようなものがあるが、魔物の結界の中という特殊なシチュエーションの中では、夢魔の時に実績のある水の精霊魔法を選んだほうが無難という判断から水の指輪による防御を選んだのだった。その、青白い膜がジロー達を包むのと同時に、アイラの左手には盾が出現した。それらを確認した後、ジローはウンディーネのバリアを解いた。攻撃に転じるために。
 淫魔はその時を待っていたかのように、自分の廻りに手を泳がせる。まるで指揮をしているかのように。その先で、中空から何本もの刃物が実体化してきた。その刃物が宙に舞い、ジロー達に襲い掛かった。
 刃物は水の指輪が作り出した障壁を難なく切り裂いた。通常ならば水の弾力で力が吸収されて防げるはずの攻撃だが、相手の結界の中では勝手が違うらしい。結界の中では、結界を作った側に有利に働くらしいということは、戦闘を繰り返す中で学習してきたことである。ここでも、水の防御はどうやら精霊や魔法の攻撃は防げるが、純粋な物理攻撃には脆弱になっているらしい。だが、そのくらいは想定の範疇であった。
「お姉さま。ミスズ。お願いします」
「あいよ」
「任せてください」
 返事と同時に、アイラとミスズが前後にパーティを挟んで、襲い掛かる刃物に対峙した。アイラの大地の盾は、アイラの意思を汲み取るように、上下左右的確に動いて攻撃を防ぐ。その盾に刺さった刃物は、身動きが取れなくなって動きを止めた。
一方、ミスズはというと、両手の玄武坤で刃物を次々と叩き落していった。そして玄武坤に触れた瞬間、刃物は蒸発したように消えてなくなっていく。
 ジローとユキナはそれぞれの獲物を持ったまま待機していた。ジローは刀、ユキナは短槍である。それぞれ刀身自体から白い輝きが発せられていた。大地の神殿の封印を解くときに行った儀式のセックスで、ディルドウが身体の中で爆ぜるように吸収された時から、ユキナには神聖魔法の能力が目覚めていたのだ。但し、ルナのように全ての神聖魔法が使えるのではなく、神聖魔法の中でも間接的な魔法のみのようだった。
その間接的な神聖魔法の中で、『授与』の魔法をユキナは使っていた。『授与』とは、武器に神聖魔法の力を一時的に与える魔法で、これを施された武器は、魔物に対する優位特性を持つ。その結果、魔物の結界の中でも能力を発揮する武器を作り出すことが出来るようになったのである。
「ふっ、やるわね。でもこうしたらどう」
 淫魔が再度手を宙に泳がせた。と、陰気が束ねられ、奔流となった白い靄がジロー達に降り注いだ。だが、今度は水の指輪が作り出した障壁が靄を弾き飛ばす。
「それじゃあ、反撃と行くか」
「くっ、あなた達、何者?」
 淫魔から余裕が消えていた。その間にもジロー達はパーティの体制を保ったまま淫魔に近づいて行く。淫魔が取りついた少女の顔が歪む。
「し、仕方ないわね。この身体は居心地がとっても良かったのに・・・」
 淫魔はそう呟いた途端、少女の顔から表情がなくなり、がくんとうな垂れる。淫魔が少女の身体から離れ、同時に少女は気を失ったのだ。そして、淫魔は制約のある憑依状態から抜け出して、持てる能力全てが発揮できる状態になった。
「さあ、お前たち、覚悟しなさい。そして、私の足下にひれ伏すのよ」
 淫魔の攻撃が再開した。今度は刃物と白い霞の同時攻撃である。刃物が水の障壁を切り裂き、その隙間を抜って淫気がジロー達に襲い掛かる。
<ルナ!>
<はい。やってみます>
 ルナは水の障壁をもう一面作ってジロー達の顔だけを覆った。陰気が肌にさらされるが、吸い込まなければある程度耐えられると踏んだのである。これは、作戦会議の打合わせ通りだった。
 そして、パーティが分裂した。アイラとルナの組み合わせと、ジロー、ミスズ、ユキナの組み合わせに。ジローとユキナは刀と短槍を持って襲い掛かる刃物をいなしながら淫魔に近寄っていく。その後ろは玄武坤を構えたミスズが守る。息の合った連携プレーに、淫魔の攻撃はことごとく防がれた。
「な、なんなのよ!」
 淫魔は自分の攻撃が効かないということに驚愕し、結界内で使えない筈の武器を使用する相手を理解できなかった。更に、そのうちの一人が振るう武器は、淫魔の作り出した刃物を触るだけで消滅させている。
 淫魔に次の行動を起こすきっかけを与えたのは、ユキナの短槍の一突きだった。寸でのところで避けたものの、達人級の槍の穂先は鋭く、切っ先が淫魔の肌を切り裂いた。
「やっ」
 淫魔は咄嗟に逃げ道を探す。目安がつくと、もう一度全力で攻撃を加える。逃げる時間を作るためである。そして、ジロー達が攻撃を受けて間が空いた瞬間を逃さず、脱出を試みた。
「勝負は預けるわよ。覚えてなさい!」
 捨てゼリフを履いて淫魔は全速力でその場を離れた。
「そうはいかないぞ」
 ジローが淫魔に向かって吼えた。そして、その通りとなった。淫魔は目に見えない障壁にぶつかって止まった。
「だめですぅよぉ・・・。逃がさないんですからぁ・・・」
 甘ったるい声が空間に響き渡った。淫魔の結界の外側に、ノームが結界を張り巡らしていたのである。
「な、なによ、ど、どうしようっていうのよ・・・」
 淫魔は窮地に陥ってパニック状態。元々精神3魔と言って魔界十二将の中で精神系の攻撃を得意とする夢魔、幻魔、淫魔の3魔は攻撃力、防御力とも高くない。魔法攻撃にはある程度の耐性は持っているが物理攻撃には弱いのである。
「覚悟しろ」
 ジローは刀を淫魔の心臓に突きたてた。絶叫と共に淫魔は絶命する。同時に『授与』の魔法が解けた刀の刃が溶けるように消え、淫魔の結界が崩壊するのと同時に再び銀色の刃身を現した。そして、淫魔もまた、溶けるように消えて行った。
 その時、丁度淫魔の心臓があった辺りに光が集まり、みるみる間に珠となった。その表面には『心響』と書いてあった。ジローが字を読むと、珠はジローの体内に吸い込まれた。
<ジローよ。新たに目覚めた力を使って、その娘を救ってやってくれ・・・>
 珠が吸い込まれた瞬間、その声が心に直接響いた。どこか懐かしいような声だった。

 ジローは少女の精神世界に入り込んでいた。淫魔が取り付いていた少女の意識を戻すためである。
 淫魔を滅ぼした後、元に戻った大地の神殿内は悲惨な状況であった。淫気に蝕まれた人々の半数以上は既に息耐え、辛うじて生きている人々も精神が崩壊し、廃人同様な状態の者も多数いた。
 その場で唯一正気を保っていたのは、淫魔に取り付いていた少女に奉仕していたイエスィという神官見習いの少女だけであった。後は、意識を失った少女、イエスィの話によると、彼女こそレイリア・ウエストゴールド王女だということだった。
 イエスィのたっての願いと愛嬢達の勧めにより、ジローはレイリアを助けるために彼女の精神世界の中に入ることを決意した。『心響』の力なのか、ジローはその力を得たということがわかっていたのだ。
 ジローはふわふわと漂いながら、レイリアの心の中を進んでいた。そこは、レイリアの奥底に留められた記憶を見ることと同義だった。レイリアが受けた苦しみ、辱め、悲しみが大半をしめ、僅かな安息の期間である大地の神殿での日々も、淫魔の登場によって破壊されていった様がジローに直接響いてきた。
<こんな、悲惨な人生なのに・・・、レイリアは耐え忍んで生きてきたんだ>
 ジローは、そう思いながら、レイリアの中にある強さというものに感嘆していた。本来ならは人生を悲観してもおかしくないようなことが凝縮されている。だが、レイリアは生を選んだのだ。
<何とかレイリアを探して、救い出さないと>
 ジローが探していたのは、レイリアの本体。淫魔に乗っ取られて、どこかに封じこめられているはずのレイリアの心であった。
 そして、意識の更に奥、光もまばらな精神世界の奥底で、ついにレイリアを発見した。裸のまま膝を抱えて蹲ったレイリアの姿を。
 レイリアは、ジローの姿を見ると怯えるような表情をみせた。
<誰、また私を抱きに来たの・・・>
<レイリア・・・>
<ううん。私には名前なんてないわ。お姉さまのご褒美の性奴よ・・・。さあ、いらっしゃい。気持ちいいことしましょう。私のご奉仕で、満たされてね>
 レイリアはのろのろと立ち上がり、ジローの前で跪く。そして、軽く頭を下げるとジローの肉棒を咥えた。
<レイリア>
 しかし、レイリアは頭を振った。そして、一心不乱にジローの肉棒に奉仕する。肉棒は瞬く間に滾った。
<ああん。立派ですね。どうしましょうか。このままお口で出されますか?それとも卑しい性奴のぬるぬるのおまんこをお使いになりますか?>
 レイリアの股間は既に愛液で濡れていた。
<レイリア>
 ジローはレイリアの脇に手を入れて立たせた。レイリアはそれを膣での奉仕と理解したらしく、おとなしく従いそのまま片足を上げてジローの肉棒を自分の中に導き入れた。途端に、ジローの脳髄まで快感が突き上げる。レイリアの膣壁が肉棒を包み込み、強弱をつけて握るように刺激を加える。湧き上がる快感に飲まれそうになりながら、ジローは何とか耐えた。
<レイリア>
<ああ・・・い、いぃぃ・・・ですぅ・・・>
 レイリアはジローの言葉に耳を傾けずに、自分の快楽に酔っている。
<レイリア>
 ジローはそんなレイリアを両手で抱きしめ、口付けた。
<えっ・・・?>
 快楽だけを求めていたレイリアの中に、別のものが沁み込んで来た。それは、決して強引ではなく、快楽以外の全てを拒絶していた心をやんわりと、確かな存在感を持って、まるで語りかけるようにレイリアの中に染み込んだ。
<暖かい・・・>
快楽以外の刺激を知覚したのは久しぶりだった。酷い仕打ちを受け続けるうちに、レイリア自身を守るための最後の抵抗、与えられた一番辛くないもののみを知覚して受け入れること、それが快楽だったから、レイリアはそれ以外を感じることを拒絶してきたのだ。だが、今彼女が感じているものは、快楽よりも心地よい、枯れた心を潤すようなそんな感覚。流れ込んでくるような穏やかさがゆっくりと満たしていく。
<レイリア、聞こえるか・・・?>
ジローの暖かな呼びかけが初めてレイリアに届いた。いや、それをきっかけにしてレイリアは自分が魂のない性奴ではなく、人間だということを改めて自覚し始めたのだ。
<わ、私・・・は、レ・・・イ・・・リア・・・>
<そうだ、レイリア>
<は、い・・・>
レイリアの中には今まで受けたことがない全く別のものがどんどん入り込んで来た。それは、今までレイリアが人に抱かれても、得られることがなかったもの。温もりに包まれた安心感という感情だった。
<レイリア。今までよく頑張って来た。もう大丈夫、俺が、俺達がお前を守ってやる・・・>
 レイリアはもう何も言わなかった。だが、感情が涙で溢れるように満たされていた。そして、それはジローの肉棒を咥えている下半身からもたっぷりと注ぎ込まれているようであった。レイリアの全身が満たされていく。それで十分だった。

 淫魔の呪縛から救出されたレイリア。しかし、彼女にはまだまだ淫魔の呪縛の枷が残っていた。淫魔は、レイリアに憑依しながら、レイリアの全ての意識を奪わずに、淫魔にとり付かれた自分が何をしているのかを知覚させていたのである。
レイリアは、自身が淫魔にとり付かれていたとはいえ、大地の神殿で何をしたのかということを知らされていた。故に、自分だけが呪縛から逃れ、平穏無事に生きていくという行為自体が許されないと、自分自身で悟っていた。
事実、廃人同様だった人々の中で大神官ロダンを含む精神力に素養のあった者達は、比較的早くに快方に向かいつつあったが、レイリアの姿を見るとあからさまに避けるような行動を取ったり、中には姿を見ただけで容態が悪くなるものもいたほどだった。確かに、彼らにしてみれば淫魔のことなど知らないのだから、今回のことは全てレイリアが起こしたことと信じていても仕方ないことだった。
今のレイリアを守っているのは、王女という立場だけ。それがなかったら、神殿から追い出されてもおかしくない状況だった。それは、淫魔から彼らを救った英雄、ジロー達が説明しても難しかった。魔界十二将と言っても、誰もまともには信じてはくれなかったのだ。
ただ一人、イェスイという神官見習いを除いては。
イェスイは、最後まで正気を保っていたため、実際に淫魔の姿を目の当たりにしていた。それが、レイリアから離れる様を。だが、身分の高い者達は自分で見聞きした情報が正しいと思い込み、たかが神官見習いの言葉に耳を傾けることはしなかった。こうした頑迷な人々には、レイリアのことを信じさせることは難しかったのである。
こうして、レイリアは自室から外に出なくなった。幼い頃から姉レナリアに服従することを強いられ、自分の意思で行動することが出来なくなっていたレイリアにとって、レイリアが唯一頼れる存在、母であり女王でもあるレシュカから、神殿に身を隠すように言いつけられたことを守るしか出来なかったのだ。故に、どんなに辛い思いをしようが神殿の外に出ることは考えられず、結果として自分にあてがわれた一室に閉じこもるしかなかった。
ジローは、そんなレイリアを何とかしてあげたいと思った。神殿にいても辛いばかりである。となると、強引に連れ出すしかない。
 その思いを4人の愛嬢達に話した。このままレイリアを一人にはできないという直感みたいな確信が、ジローを突き動かしていた。すると、愛嬢達も同じ様なことを考えていたのだった。なんとか、レイリアの重荷を軽くしてあげたいと。
ジロー達は、レイリアを説得しようとレイリアの部屋を訪れた。しかし、いくら話してもレイリアは頑なに首を横に振るだけ。
一旦引き上げたジロー達は、どうすればいいか話し合う。そのとき、ルナがレイリアの心に触れたことを告げ、彼女を服従させているトラウマがあることがわかった。そのトラウマは、幼い頃からの服従に加え、性奴調教で完全なものになっているとの事だった。
「だったら、それ以上の快楽を与えたらいいんじゃない?」
 アイラの思いつきが、思わぬ解答を導き出した。性奴調教を超える快楽の下、レイリアの精神に新たな暗示を植え付ける。それがジロー達の出した答えだった。
 但し、問題が一つ。トラウマをなくすためには1回や2回の暗示では短期間しか効果がないだろうということである。だが、これについてはミスズの一言で解決した。
「では、レイリア様もジロー様の奥方にするというのはどうでしょうか」
意見は一致した。


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