「ここは本州の極地である この部落を過ぎて路はない」

 これは太宰治の小説「津軽」のワンフレーズであるが、青函トンネルが開通してから30年が過ぎた今でも津軽線から見える津軽海峡を見ながら北上すると最果ての地へ向かっていく寂しさを感じる。

 蟹田からディーゼルカーに乗り換えて最後にたどり着く駅が、津軽線の終着駅、三厩である。本州最北端の駅で、所在地も外ヶ浜町という小さな町の飛び地ということもあり、北海道の終着駅よりも日本の果てに来て行き詰ったという感じがなんとも言えない。

 寂しさを醸し出す終着駅ではあるが、それでも三厩は構内に複数の線路があったお陰で、何とか有人駅として踏ん張り、その当時から駅ノートも設置されており、地味ながらも旅行者がやって来てはそれぞれの思い出をこのノートに記していった。

 しかしながらCTCによる合理化とホームの棒線化によって、ただ折り返すだけの駅となった三厩は無人化され本当に寂しい終着駅へと成り下がってしまった。三厩に到着して発車の時間まで停車している間、運転士と車掌は駅舎とは別の所に建てられた休憩室で時間を過ごす。

 津軽半島の最北端である竜飛岬や青函トンネル記念館および階段国道といった名所へは三厩から町営バスが発着している。バスは津軽線との接続を考えたダイヤになっているため、計画的な行程を組んでおけば津軽半島の観光はさほど苦労はしないだろう。

 蟹田~三厩間の津軽線の末端区間は平成になってもキハ40が走る古き良き時代であったが、元号が令和になってすぐに三厩の無人化に加えて、ディーゼルカーも新型へと置き換えられた。令和という新しい時代が良い意味でも悪い意味でも突如として三厩の歴史を大きく変えた気がする。

                                                        (2021.9.25)

線路は残っているものの、無人化後は実質棒線駅。津軽線も新しいディーゼルカーが走る時代になった。
三厩は津軽半島最北端の駅。その先の竜飛岬へ行くには外ヶ浜町営バスに乗り換える必要がある。
Mimmaya
津軽線の終着駅、三厩。最果ての地という風情を感じさせてくれる駅である。


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三厩の駅舎。最果ての地ながらもつい最近まで有人駅として頑張った駅である。
かつて有人化時代に使われていた窓口。板やシャッター等で閉じられていないだけでも救いである。
三厩