鎌倉古道(中の道)と北条得宗家
(本郷台から鎌倉古道(中の道)を巡り北鎌倉へ)参加

2024年12月17日

狩場緑風荘趣味の教室「かながわ歴史あるき」 (本郷台から鎌倉古道(中の道)を巡り北鎌倉へ)に参加しました。下記のマップのように 歩きました。 。
延命地蔵尊です。ここは、中の道ととつ加道の合流地点です
今泉村不動尊です。鎌倉称名寺(今泉不動)への道標を兼ねた今泉村不動尊像が鎮座しています。
笠間庚申塚です。宿場の入口に魔除け・厄除けとして庚申塔、石仏が祀られ、安全祈願、悪魔祓いをしました。
青木神社です。今回は急な階段があるとのことで、上りませんでした。
はとサブレ―で有名な豊島屋の工場です。前の紅葉がきれいでした。
キオクシヤのビルです。以前は辺り一帯松竹の大船撮影所だったようで、松竹大通です。
離山富士見地蔵尊です。その昔、三つの独立した山(腰山、長山、地蔵山)があったことから離山と 呼ばれたとのこと、その一つ地蔵山にあったは離山富士見地蔵尊が街道を見つめているとのこと。
常楽寺です。北条泰時が妻の母の供養のために建立。当時が粟船御堂と呼ばれていました。
仏殿裏には大きな墓石が3基あります。一番右が開基の北条泰時のもの。中央は、中興の開基と仰がれる龍淵和尚のもので、左手は、建長寺十三世 大応国師のものです。
さらに上ったところに、途中には北条泰時の娘で、三浦泰平の妻の宮姫のものといわれる石の祠もあります。
裏手の山の上には、源 (木曽) 義高のものといわれる墓石があります。
成福寺です。三代執権北条泰時の子、泰次によって開かれて鎌倉で唯一の浄土真宗のお寺です。
せゐ志くはしと 書かれた橋で、頼朝が水堰で隊列を整えたことから、「勢ぞろい橋」と呼ばれ、それが転訛して「せいしく橋」に なったといわれる。
幻董庵さんです。日本料理のお店ですが、なかなか格式が高そうです。
光照寺です。時宗の開祖一遍が鎌倉入りの際に、巨福路坂で八代執権時宗に鎌倉入りを止められ、 行先を江の島にする途中、野宿したと伝わります。また、山門欄間にはクルスの紋が掲げてあり、 本堂には隠れキリシタンの燭台もあって、この辺りにいた隠れキリシタンを光照寺が庇護していたという伝承もあります。
航・北鎌倉です。古民家をリノベーションしたフレンチレストランで、こちらのランチはまだ手が届きそうです・
北鎌倉駅に出て帰りました。
―以上―