俺たちの数奇な人生・第二話
〜戦争〜




(翔視点)

僕たちがやよいさんの砦に滞在して三日が経った。
とりあえずいつ戦争に巻き込まれるか分からないから、身を守る意味で、急に浮かび上がった「印」を
使いこなそうという話になり、僕達は千影ちゃんに指導を受けていた。が…

「これでいいのかな?」
「……そう…うまいね…」

ちゃんと指導を受けてるのは洋子さんだけで、僕と仁は練習場の隅っこで、水の入った茶碗を頭に乗っけつつ
座っているだけ。

「お〜い、千影ちゃ〜ん」

仁が間の抜けた声で千影ちゃんを呼ぶ。

「……なに…?」
「なんで俺たちには教えてくれないの〜?」
「……まあ…いろいろ……あってね…」
「暇だよ〜」

…僕たちの三日間の練習は、ずっとこれである。いくらなんでも、さすがに飽きてきた。いやしかし、
やれって言われたことはちゃんとやらないと、魔法使えるようにはならないしね。僕はそうやって自分を納得させてるけど、
仁はもう耐えられなくなってきたようだ。

「こんな練習に何の意味があるんだよ〜」
「……魔法は…心を……平静にして…意識を…集中しなければ……使いこなせない……君たちは…普段から…
心がせわしないから………まずは…心の平静を……つかまなければ…」

仁は分かるけど、僕まで落ち着いてないって言うのか?うそだろぉぉぉ……?

「…洋子はできてんの?その心の平静ってヤツ」
「………まあ、ね」
「………洋子さん、顔にニキビできてるよ」
「え?うそ!?どこどこ?」
「「「……………」」」

…普通に慌ててるじゃん。

「………そういう…意味……じゃなくて…」
「だったらどういう意味なんだよ〜」
「はぁ………しょうがない………次に進もうか…」
「マジで!?言ってみるもんだぜ!」>

お、やった!やっと魔法の練習か。ちょっとドキドキ。



(千影視点)

正直……とても私は困っていた…。
洋子くんの印は…『聖印』と分かっているから……いろいろ教えられるけど………
彼らの印は……正体が…分からない…。ただの印でも……『聖印』でもない…。普通印は……右手に宿すものだけど……
彼らは左手……それに……なんだか……兄くんの…印にも……似ている…。
……兄くん、か…………いま…どこにいるのだろう…?

「お〜い」
「え…?」
「早く次の段階へ行こうぜ〜」
「………それでは…」

どうしよう……下手に教えても……あ、そうだ……。



(仁視点)

「あ〜くそっ!なんなんだよ、ホントによ〜!」
「うるさいな」

俺たちは、どういうわけか、砦の周りを走り込みしていた。

「なんで魔法に走り込みが関係あるんだよっ!」
「文句言うなって。千影ちゃんが言うんだから必要なんだろ」
「おまえ、あいつの事信用しすぎ。絶対厄介払い入ってるって!」
「そうかなあ」
「そうだよ!……もうや〜めた」

俺はもうやってられなくなり、いい具合に草がはえた地面に横になった。

「ねえ、真面目にやろうよ」
「うるさい、俺はもうやらんぞ。お前だって、俺が頑張る事嫌いなの、知ってるだろ」
「魔法使えなくていいの?」
「いいよ別に。何とかなるだろ」
「魔法使えるようになろうって言ったの、お前だぞ」
「こんなめんどくさいことって分かってりゃ、言わなかった」
「……はあ〜。じゃ、僕は走ってるよ」
「ご自由に」

翔はまた走り込みに行った。相変わらず真面目だなぁ、あいつは。
…もうここに来て三日か。戦争中だっていうわりには、のどかじゃねえか。こんな森の中で。
ああ、そういえば、ここは平地にある森じゃなくて、山にある森らしい。近くに滝だか川だかもあるって言ってた。
言われてみれば、きさらぎさんの案内で歩いたあの道も、山道みたいだった。俺たちが最初に見た海の後ろには、
山岳地帯が広がっていたということらしい。たまたま森が目の前にあったので、山に目が行かなかったわけだ。
…こんなとこに何で砦を構えてるのか、この前やよいさんに聞いてみた。
返答は、「ここは相手に見つかってない、いわば隠し砦みたいなものなの。地理的に、ここに駐留しているといろいろ便利なのよ」
というものだった。ってことはだ。この辺はまあ、安全というわけだ。
ただボケっとしてるのもなんだし、ここはあたりを散策といこうか。



俺はもう小一時間ほど歩き回っていた。決して道に迷ったわけじゃない。
まあ、なんつーか、最初はほんとに散歩のつもりだったんだけど、やっぱり備えはあったほうがいいよな、ってわけで、
いざって時の逃げ道を模索してたわけ。いろいろ歩き回っていると、急にぱあっと太陽光が俺を照らした。
思わず目をつぶる。
…少しずつ目をあけると、悪かった視界が今は開けていて、あたりは岩場のような感じだった。
木々が生えていないため、森にさえぎられていた太陽光が、俺に直接降りかかってきたというところか。

ごごごごごごごご


ん?何の音だ?
音のするほうへ向かっていくと、滝のようなものが目に入ってきた。

「!おっと…」

続けて踏み出そうとした足を慌てて引っ込めた。いつの間にか、俺は渓谷に面した断崖に立っていたのだ。
さきほど見た滝が、今は右手に見える。その滝が生み出す大きな音が、辺りを包んでいた。
渓谷を見下ろすと、下方までの距離は相当なもので、瀑布の落ちる滝壷も見える。
…ここから落ちたら助かんないだろーなぁ…結構危なかったんじゃねえか?

「     」
「あ?」

何か人の声がしたようだが、滝の音でよく聞こえなかった。とりあえず振り向くと

「うおっ!」
「きゃ」

…一組の男女がいた。どうやらさっきのはこいつらが話し掛けてきたものらしい。
カップルってわけじゃなさそうだ。兄貴と妹ってとこか。
男はがっちりした体格で、年齢も背も俺と同じくらいに見える。長いボサボサの白髪が印象的だ。
女の子のほうは、男の腰ぐらいの背で、短めの髪がきれいに切りそろえられている。
引っ込み思案な性格らしく、男の影に隠れながらおどおどした目でこっちを見ている。

「急に振り向くなよ、びっくりしたじゃないか」
「あ、ああ悪い」

…なんで俺が謝んなきゃいけないんだ?

「こんな所で何してる?危ないぞ」
「いや、ちょっとな。…散歩さ」
「散歩?近くに住んでるのか?」
「……そういうわけじゃないんだけどさー」

なんだこいつ。いきなり質問攻めしてきやがって。

「まあいいや。俺、ケルべージってんだ。で、こっちが妹のプリム。ほら、挨拶」
「…こ、こんにちは」
「あ、ああ。こんにちは」
「おまえさん、名前は?」

どうしよう……見ず知らずの男に名前教えるのはさすがに無用心…でもこいつも名乗ったしなぁ。

「…永原 仁。呼ぶなら仁だけで呼んでくれ」
「?変わった名前だな」

…まあ、この世界の人間にしちゃあ、珍しいのかな?あ、でもやよいさんとかも日本人っぽい名前だよなぁ。

「で、何か用か?」
「え?」
「いや、いきなり話し掛けてきたんだから、何か用事あんのかなって」
「別に。こんなとこに人がいるなんて思わなかったからよ、話し掛けただけ」
「…ふ〜ん」
「なあ、今時間あるか?」
「え?」



(洋子視点)

「………今日は…ここまで」
「うん。今日もありがと、千影ちゃん」

私たちは今日の魔法練習を終えた。仁たちは、私だけ実践的な練習でずるいって言っていたけど、まだ
魔法っぽいことは何もできるようになっていない。千影ちゃんが言うには、まず印と協和できなきゃいけないんだって。
そうじゃないと上手く力を引き出せないとかなんとか…魔法ってムズカシイなあ。

「………だいぶ…できるように……なったね」
「そうかな?」
「…これから……」
「そおね、いつもみたいに食堂に行くわ」
「じゃ……」
「うん、また後でね」

私は千影ちゃんと別れて、食堂に向かった。
食堂の中は今がちょうど混み時で、人が溢れかえっている。空いている席を探していると、いい所に座っている翔君を見つけた。

「翔君、隣空いてる?」
「あ、洋子さん。まあ空いてるから、いいんじゃない?」
「そ。じゃあ座っちゃお」

あれ?そういえば…

「ねえ翔君、仁は?」
「……サボってどこか行った」
「えっ?もう、あの子ったら!」
「っはは、あの子ってほど歳離れてないだろ。ほんと、いつまでたっても子ども扱いなんだね」
「だってそうじゃない。危なっかしくて見てらんないわよ。翔君も仁に振り回されちゃダメよ」
「はいはい」

私たちが話していると、正面の席に若い男の人が座ってきた。

「やあ、翔くんに洋子ちゃん。今、飯かい?」
「ええ、そうです」

この男の人と私たちは、実は顔見知り。レオさんって名前で、ここの兵隊さんなんですって。
いろいろ私たちに親切にしてもらって、助かっている。翔君は「俺たちに、じゃなくて洋子さんに優しいんだよ」って
言っていたけど…どういう意味かイマイチ分からない。

「おいレオ、独り占めはいかんなぁ」
「おっす、二人ともお疲れさん」

そう言って、次々と周りの席の人たちが話し掛けてくる。皆して男でちょっとムサイけど、いい人たちばかり。

「皆さんも、お勤めご苦労様」

なんだか仕事帰りの人を迎えるみたいな言葉になっちゃったけど、こう言うと皆いつも喜んでくれる。

「なぁに、洋子ちゃんの笑顔を見たら疲れなんて感じねえよ!」
「そうそう、その笑顔がいいんだよなあ〜」
「レオも張り切るわけだ」
「お、おい!別に俺はそんなつもりじゃないぞ!」
「照れんなって!」

皆がレオさんの様子に、豪快にがははと笑う。レオさんが私にィ?そんなふうには見えないけどな。
……まだここに来て三日だけど、皆こういう人たちばっかりだから、すぐに馴染んじゃった。戦争中っていうのが
ウソみたい。………こんなふうに私は、ここの生活を結構満喫していた。



(仁視点)

あのあと、この男、ケルベージがやたら俺と話したがったので付き合ってやったが、まあなかなか良いヤツだ。
口は達者だが男らしい性格で、気が合った。
プリムちゃんはまだ9歳らしい。ケルベージ曰く、すごい人見知りなんだそうだが、俺にはなついてくれたらしく、
最後にはお互いが笑って話せるぐらいになった。プリムちゃんがここまで人になつくのは珍しいらしい。

「おっと、随分話し込んじまったな。仁、おまえさん時間はいいのか?」

おお、もう日が半分沈んでるじゃないか。そんなに話してたか。

「そうだな〜、そろそろ帰らないと。サボって出てきたからさ」
「サボり?」
「ああ、いや、何でもない」
「そうか。…まあいいか、楽しかったぜ」
「ああ、俺もだ」
「また会えるか?」
「どうかな…ま、大丈夫だろ。お互いすぐに死ぬって訳じゃないんだし」
「……そうだな」
「…?」

なんだこいつ、急に神妙な顔つきしやがって。

「なあ、仁。お前、親友っているか?」
「親友?」

親友…そう言われて思い浮かぶのは、やはり翔と豪さんだ。あの二人は、俺のかけがえのない大事な親友。
洋子は、まあ、家族だしな。

「いるよ、二人。大切な親友がな」

そういえば豪さん、どうしてるかなぁ。親父たちも、心配してんだろうな…。

「そうか…俺もプリムも、周りの環境のせいでさ、顔見知りはいても、親友って呼べるくらい仲のいいやつはいないんだ。
……うらやましいよ」

………なんだ、そういうことか。なんか淋しげにしてると思ったら……。

「俺は違うのか?」
「なに?」
「親友ってのはさ、お互いが『こいつは俺の親友』って認め合って、それに見合った付き合い方をすれば成り立つものだと
俺は思う。時間はまあ、お互いの関係を深めあうって意味では必要だけど、親友同士になるのに時間は必要ない。
……俺はお前のこと、親友って思ってる。お前はどうだ?」

我ながらクサいこと言っちまった。まあ、一応本心だしな…。

「…ありがとう。すごく嬉しい」
「じゃあ、俺達は今から親友だ」
「ああ。よろしくな、親友」
「プリムも!」
「おっと、そうだな。プリムちゃんも、親友だ」
「えへへへ…」
「…じゃあ、俺はもう行くよ。家はどこなんだ?近くを寄ったら訪ねる」
「いや、この国じゃないんだ。ちょっと今回は遠出しててさ」
「そうか。…じゃ、プリムちゃん、またな」
「うん。お兄さん、さよなら」

俺が立ち去ろうと何歩か歩いたら、ケルベージが思い出したように言った。

「ああ、仁。ちょっと待て」
「何だ?」
「この辺に滞在してるなら、明日の夜までにこの森を出ろよ。いいな」
「?何故だ」
「何でもいいだろ、とにかくこの森から離れるんだ。わかったな。親友としての、忠告だ」
「…へいへい、わかったよ」

なんだかよく分からないが、一応前向きに受け取ってやるか。さて、今度こそ帰ろ。



(アクション視点)

仁が二人の視界から消えると、ケルベージがプリムに話し掛けた。

「嬉しそうだな、そんなにあいつが気に入ったか」
「うん。…お兄ちゃんも、嬉しそうだね」
「そうか?…まあ、そうだけどな……親友、か。へへ…」

二人が会話をしていると、仁が向かった方向とは別の方向から人影が現れた。
一人の、いや一匹と言おうか、顔は人間だが、その手足は獣のそれで、毛むくじゃらだった。

「ここにいたのか」
「…ああ」
「へっ、帝国軍兵学校のトップはやっぱり余裕だねえ。初めての戦でも優雅に散歩たあな」
「そんなつもりじゃない」
「ま、どうでもいいけどよ。…お前は変化が遅いな。もうすぐ月も出るころだって言うのになぁ」
「…うるせえな…っ!」

ケルベージがぎらりと、殺気を込めた視線を投げる。男は詫びる様子もなく、からかうように両肩をすくめる。

「おっとっと、そう睨むなって。……敵陣は近いんだ、勝手な行動はするな」

ニヤついていた顔が引き締まり、口調も変えたその男が言う。ただのとぼけた輩にはできない芸当だ。

「悪かったよ」
「…作戦の予定が早まった。今夜出陣するぞ」
「なに…!?」
「そういうわけだ、急いで戻れ」
「…わかった。さ、プリム、つかまれ」

プリムがケルベージに抱えられたのち、その男とケルベージは、風のようなスピードでその場から立ち去った…。



(翔視点)

夕飯も食べ終わり、僕たちは食休みを取っていた。…仁のヤツ、遅いなあ。もう夜だぞ。

「ねえ洋子さん、僕ちょっと仁を探してくるよ」
「あ、私も行くわ」

僕たちは二人で、仁を探しに外へ出た。とりあえず、あいつが寝っ転がっていた場所へ向かう…。
やっぱりいない。

「ねえねえ翔君、こっちじゃない?」

洋子さんが指差す方向を見る。この砦は森に囲まれているから、砦から離れようとすると必ず森に入らなくてはならない。
仁もやはり森に向かったようだ。木々を分けたような跡がある。

「そうだね、こっちに行ってみよう」

二人で森の中に入っていく…。昼でも薄暗いこの森だから、夜になったらもう真っ暗である。
日本の街灯がどれだけ重要かが分かる気がする。

「お〜い、仁〜〜!いたら返事しろ〜!」

……反応なし。どこまで行ったんだ?あいつ。……心配だな。
ん?なんか急に袖を握られた感触が……

「ね、ねえ、翔君」
「なに?」
「も、戻りましょうよ。このままじゃ私たちも迷子になっちゃうわ。…仁も子供じゃないんだし、そのうち帰ってくるわよ」

さっきと言ってること違うぞ?……はは〜ん。

「洋子さん、怖いの?」
「こ、ここ怖くなんてないわよ!わ、私はお姉ちゃんなんですからね!こ、怖くなんか!」

図星だ……。ひょっひょっ、からかってやろ。

「じゃあ洋子さん戻ってていいよ。一人で探すから」
「ちょ、ちょっと、それじゃあ余計危ないわよ」
「大丈夫だって。洋子さんは一人で帰って休んでて」

僕はずんずん突き進む。

「ちょ、ちょっとぉ…ぐすっ…ひ、一人にしないでよぉぉ……ぐすっ」

げっ!?洋子さん泣きそうだよ!やりすぎた!

「わ、悪かったよ、ごめん。そうだね、仁もあれでしっかりしてるから、大丈夫だよね。うん、帰ろう」
「ぐすっ……うん…」

洋子さんが泣いたの、久しぶりに見た………なんかかわいいな。

「な〜にやってんだ?お前ら」

いきなり左手のほうから声がして、ちょっとびっくりした。見ると、仁が何くわぬ顔をしてこちらを覗きこんでいる。

「あ、仁!どこ行ってたんだよ、探してたんだぞ!」
「お、そうか?悪い悪い。と・こ・ろ・で」

グイっと僕を引っ張って、首に腕を回し、ひそひそ声で何か話してきた。

「で、どうだったんだ。あの様子じゃあミスったみてえだが」
「??なにが」
「何がって…しらばっくれちゃってまあまあ!洋子を押し倒そうとしてたんだろ?分かってんだよ」

!?なんか誤解してるぞ!

「そんなことしない!」
「ほっほぉ、じゃああの涙は何だ?」
「いや、あれはその……」

僕が事情を説明しようとしたら、急に泣き止んだ洋子さんがツカツカとこっちに歩み寄ってきた。

「このお馬鹿!心配かけさせるんじゃないわよ!!」

バキっ!!!!


「ぎぇっ!!」

うわっ、痛そう…!きれいに右ストレートが決まった…。女の子なのに、かなりサマになった右ストレートだ。
…さっきまで泣いてた人とは思えない。

「ほら、さっさと帰るわよ」
「っこの馬鹿力が…」
「何か言った!?」
「い〜え、なんにも…」

………まあ、何もなくて良かった。



さて、そろそろ砦が見えるころだけど……

「ねえ、なんだか妙に明るくない?」

洋子さんが不思議そうに言う。……そうだな、目が慣れたってわけじゃないみたいだ。

がきィンっ!!


ん!?

「…今なんだか変な音がしなかったか?」
「ああ、なんか金属っぽい音……」
「……まさか…」
「え?なになに?二人ともどうしたの?」

砦に近づくたびに、さっきの金属音が大きくなってきた。明かりも、砦の方向からこぼれてるみたいだ。
……人の怒声や悲鳴まで聞こえる!

「おい、早く砦に行くぞ!!」



(アクション視点)

砦の、ある一室に慌てて兵士が駆け込んでくる。

「将軍、敵襲です!ゴールデバンド軍が攻めてきました!!」
「なんですって!?」
「そんな……な、なぜここが…?」
「数は約1500ほどと思われます!指示を!」
「…先生……」
「…第一、第二小隊は四方に分かれて敵の進攻を食い止めて。第三小隊は避難経路の確保。第四小隊は第一小隊を後方から支援。
当分はこれで時間を稼ぎます。各隊に連絡して」
「はっ!」
「きさらぎさん、あなたは千影ちゃんを連れて西へ逃げて」
「や、やよいさんは…どうするのですか?」
「分かってると思うけど、ここを落とされると後々困るのよ。どれだけやれるか分からないけど、手を尽くしてみるわ」
「………私も…戦う……」
「ダメよ、あなたを危険な目にはあわせられないわ。…ジャン君とも、約束したでしょ?」
「………わかった……無理はしないで…」
「ありがとう。大丈夫よ、これでもちょっとは腕に覚えがあるから。翔君たちを連れていくのも忘れないでね」
「……はい。ご、合流場所…は……都市レミールで…」
「わかったわ」
「…千影さん……行きましょう」

二人が部屋から出て行く。一方、やよいは壁にかけてあった日本刀を手に取る。

「…無理はしないで、か……」



翔達が砦に駆けつけたころには、既に周りは火の海で、辺りは夕日が照らされたように真っ赤に染まっていた。
所々に剣を持ったままの腕や、折れた槍などが落ちている。兵士たちの怒号や剣と剣がぶつかる音が、ひどくまわりに
響く。この光景は、平和に甘んじた翔達三人を恐怖に叩き落すには十二分のものだった。

「な…なにこれ……どうなってるの…?」
「……戦争……」

洋子がかすれた声でつぶやく。翔も、信じられない、といった様子でその光景を見ていた。
さっきまでの平和だった時間はどこへ行ったのか、それだけを翔は考えていた。
この三日間、日本にいたときのように平和だった。今はどうだ。禁じられている「人殺し」を当然のものとし、
あたりでそれが行われているのだ。普通に、信じられなかった。これは夢ではないのか、と。
呆然とする二人に、仁が激を飛ばす。

「おい!突っ立ってる暇はねえぞ!はやくやよいさんのとこへ行かないと!」
「そ、そんな……無理よ…こんな…」

洋子は、何がなんだかわからないといったように顔を振る。
翔も、動けなかった。足が全く動かないのだ。現在三人がいる場所は、砦より少しだけ離れた場所だったため、
目の前で戦闘は起こってはいなかったので、翔は未だに現在の状況を信じられなかったのだ。
ここでこうしていれば、目が覚めるんじゃないか。
これはきっと夢だ。夢に違いない。夢、夢、夢、夢、夢、夢……。

ジャキン!


「「「!!!!!!!!!!!!!!!」」」

近くで剣が鳴った。三人が音のしたほうを向く。

「う、うわ………」
「っ……!」

水色の兜と胸当てをつけた一人の兵士が、三人を凝視していた。
その右手にある剣は、地面に横たわっている、さっきまで人だったものに突き立てられている。
血糊が、ハンバーグにかけるソースのように、べっとりと剣についていた。
三人が気付かなかっただけで、戦闘は彼らの近くでも行われていたのだ。

「………」

血走った目で三人を見つつ、兵士は剣をその物から抜き出す。ボキュっと嫌な音がした。

「………お、おい…突っ立ってるば、場合じゃな、いぞ」

途切れ途切れになりつつも、必死で仁が言葉を紡ぐ。しかし彼も、目の前の惨劇から、恐怖で足が動きそうになかった。
…兵士がゆっくりと、一歩ずつ近づいてくる。

「い、いや………来ないで……来ないでっ…」

洋子が後ずさる。翔は相変わらず動かなかった。
ただ、目の前の惨劇を、呆然と見ていた。新たに訪れるであろう惨劇に気付かないまま…
洋子が後ずさったため、兵士は距離が一番近くなった翔に、目標を決めたようだった。

「お、おい!!翔!!逃げるぞ、動け!!」

仁が自分を奮い立たせるように大声をだし、翔に呼びかける。
…兵士と翔の距離が詰まった。兵士が黙って剣を振り上げる。

(………夢…じゃないのか………?)

「う、あ……っ」
「翔!!!!!!」
「翔君……!!」

…最後の最後で意識が覚醒した翔だったが、今まさに振り下ろされようとしている凶刃に気付き、思わず目を閉じる。

ガツっ!!

鈍い音がしたが、いつまでたっても、翔は痛みを感じることはなかった。
不思議に思い、ゆっくり目を開けると……兵士が、剣で兜ごと頭をかち割られ、倒れていた。血走った目を、見開いたままで…。
ドロリと、割られた頭から血や脳漿が溢れる。かなりグロテスクだったが…不思議と、吐き気はしなかった。
そして翔は、ここが戦場であることを本当の意味で実感した。

「戦場で目を閉じることは、自殺行為以外のなんでもないぞ」

右手から低い声がした。驚愕しつつ、三人が声の主を視界に入れる。

「白羽鳥さん………!」
「死の恐怖に飲み込まれていては、いくら命があっても足らん。覚えておけ」

声の主は彼らの親友、白羽鳥だった。紺色のジャケットに、同じく紺色の軟らかい生地のパンツ、
両手には指の空いた革製の手袋をしている。竹刀や薙刀を入れるような、茶色の細長い革袋も持っていた。
彼が遠間から剣を投げ、兵士を殺したのだ。

「豪さん…なんでここに?」

それは当然の疑問だった。

「そんなことはどうでもいいだろう。ここは危険だ、早く逃げろ」
「………ご、豪君」
「なんだ?時間がないから手短にしろよ」
「これ……君が…?」

洋子が、頭の割れた兵士を指差す。当たり前だが、その兵士はもう完全に絶命していた。

「そうだ。遠くから剣を投げて当てた。当てる自信ちょっとなかったから、まあ一安心ってところか」
「一安心って……」
「そんな………何も殺さなくたって…」

三人が、白羽鳥を奇異の目で見つめる。この男はこんなヤツだったか?といった疑問の視線だった。

「…なんだか分かっていないみたいだから言っておくが…ここは日本じゃないんだ。甘ったれた考えはやめろ。殺さなきゃ、殺されるぜ」
「そ……そんなこと言ったって…」
「まあ、初めての経験だから無理もないか。俺も最初はそうだった」
「最初……?」
「…さ、話している暇はなくなったぜ。敵がこっちに気付いた」

白羽鳥の言うように、何人かの兵士が、彼らに向かってきていた。
しかし、その兵士たちは先ほどの兵士と違い、白を基調とした防具をつけている。

「…!あれ、レオさんじゃない?」
「ホントだ!お〜い!」

洋子の言うとおり、その兵士たちの一人はレオだった。他の兵士も、顔を見たことがある。

「洋子ちゃんたち!無事か!?」
「ええ…なんとか」
「もうここは駄目かも知れない。君たちは遠くへ逃げろ。西の森を抜けるんだ。仲間が避難経路を確保してくれている」
「…ダメだな」

レオの言動に、白羽鳥が反論する。

「何?何故だ」
「あんたたち、不意打ち食らったんだろう?敵の目的は王国軍の殲滅だ、それなりの用意はしているはず。つまり、この辺りはもう囲まれていると見ていい。俺もざっと周りを見回ったが、どこもかしこも敵だらけだ。今ごろその仲間たちとやらも、伏兵にヤラれてる頃じゃないか?」
「なんだと!?貴様、適当なこと言うんじゃあないぞ!!」
「本当のことさ」
「……じゃあ、どうするの?…私たち…このまま、殺されちゃうの…?」

洋子が絶望の表情をあらわにする。もうダメだ、ここで死ぬんだ。そんな表情だった。

「北の方角に滝があるはずだ。そこに行くにはこの砦が邪魔になっているから、敵はそこには張っていない。そこなら安全だろう……見つからなければな」
「滝?…豪さん、何でそこまで知ってんだ?」
「まあ、いろいろあってな。あんたたち、道は分かるか?」
「いや…だいたいなら分かるが…正確な道までは…」
「大丈夫、俺が知ってる」
「よし、じゃあお前たちはそこへ行け。兵士さん、合流場所は?」
「都市レミールだが…」
「じゃあ、ほとぼりが冷めたらそこへ向かえ。砦には近づくなよ。兵士さん、こいつらの護衛、お願いするぜ」
「白羽鳥さんはどうするの…?」
「俺は敵の目をそらす。そうすればお前たちもより安全に逃げられる」
「大丈夫かよ…」
「任せな。…ああ、ちょっと待て」

白羽鳥は近くの死体二つに近寄り、それぞれが握っていた剣を引き剥がし、翔と仁に手渡す。
初めて握った剣は、二人が思ったより…ずっと、重かった。

「護身用具だ。無いよりマシだろ」
「そんな…僕には無理だよ…」
「いいから持っていけ。もう一度言うが、甘ったれた考えは捨てろよ」
「………そんなこと言ったって…」
「…さあ、行け。後から俺も行く。兵士さん、任せたぜ」

白羽鳥が砦に向かって駆けていく。すぐに、姿は見えなくなった。

「…さあ、行こう」

レオが三人に促す。…レオと仲間の兵士二人、そして翔達三人の計六人は、滝へと、走っていった。



「へっへっへっへ、あのメス犬どもを尾けて正解だったな。こんなとこに砦があるたぁな」

火の海となった砦の中心で、先日きさらぎと対戦した鬼が言う。
この砦が見つかったのは、彼がきさらぎを運ぶ翔たちを尾行していたからだ。
あちこちで、王国軍の悲鳴が聞こえる…。

「ん〜〜、いいねえ。いつ聞いてもたまんねえな…お?」
「この化け物が!!死ね!!」

鬼のまえに、一人の兵士が立ちふさがる。剣を横に薙ぐその攻撃は、鬼のわき腹に見事に命中した。しかし…

「!!?」
「効かねえな〜……ぉらああっ!!」

グチャっ!


兵士に向かって鬼が金棒を力任せに振る。嫌な音をたてながら兵士は吹き飛び、近くにあった建物の壁と同化する。
…車に轢かれたかえるのように。

「く〜〜っ!!これだ、この感触!!」

満足そうに、金棒を肩に担ぐ鬼。そこへ、部下と思われる人間の兵士がやってきた。

「申し上げます!ルンゼル隊が、砦内部で王国軍の将軍と交戦中!苦戦している模様で、至急援軍を請うとのこと!ケルベージ隊は順調に攻略しています!それと、これは未確認情報なのですが…」
「なんだ、行ってみろ」
「はっ、北東に配置してあった小隊から連絡。北に向かう王国軍と思われる者を発見したそうですが、いかがなさいますか」
「決まってんだろ!追って殺せ!王国軍の奴らは皆殺しだ!!そう伝えろ!!」
「承知しました!」
「…さて、じゃあ俺はルンゼルのところへでも行くかな」



「っく、数が多いわね!」

やよいが嘆く。砦内部の、入り口に近い狭い通路で、彼女は一人で敵と対峙していた。
数名いた部下は、各隊の伝令に走るか、または既に殺されたかで、その場にはいなかった。
やよいはもうこの砦を捨てる気でいた。このまま戦っても被害が増すだけと判断し、各自で逃げるよう伝令を出した。
後は、自分がどうやって逃げるかだが…。

「この女…なかなか…!」

指揮官と思われる、人間と鷲が混ざったような姿をした者がうめく。獣人は彼一匹だけのようだった。
先ほどから彼が率いる部隊と交戦中だが、今のところやよいが優勢であった。
多勢に無勢ではあったが、通路が狭いこと、そしてやよい自身、相当の使い手であるための結果だった。しかし、
それも時間の問題と思われた。そこへ、後方の裏口からやってきたらしい一人の兵士が駆け込んでくる。
その兵士は兜を深くかぶっていたので顔はわからなかったが、白の防具だったため、やよいは味方と判断した。
不思議なことに、その兵士は剣でなく、長い棒のような武器を持っていた。

「各隊への伝令、終わりました。ここは私が足止めしますので、将軍もお逃げください」
「そんな…部下を見捨ててはいけないわ!」
「将軍、あなたはこんなところで死んではいけない。…もとより覚悟の上です。あなたを無事逃がすことが、死んでいった仲間の供養にもなる…。さあ、お早く」
「……………………ごめんなさい…ありがとう…」
「!貴様、待て!!」

やよいが裏口へ走る。追おうとする敵兵だが、やよいと入れ替わった兵士がそれを遮る。

「てめえ、どきやがれ!!」
「…どかしてみろよ」

コオオオオぉぉぉ……


さきほどのやわらかい態度とは一変し、鋭い殺気を放つ兵士。

「…貴様、ただの兵ではないな」
「どうだかな」

そう言って、兵士は兜を取る。後ろ髪だけ結んだ長い髪が、ふぁさっと音をたててなびく。

「貴様ら、かかれ!」

号令と共に、兵士に襲い掛かる三人の敵兵。

ヒュっドサドサ…

何かが風を切る音がしたと思った次の瞬間、襲い掛かった敵兵は地面にひれ伏していた。
圧倒的速さで、三人全員に首、顎、みぞおちに素手で一撃ずつ叩き込んだのだ。
…人間を遥かに超えた速さである。

「棍を使うまでもないな」
「!……こいつ…」

そこへ、例の鬼がやってきた。

「けっ、情けねえなルンゼル。たった一人の女に手間取るたぁ、お前さんもオチたもんだ」
「…申し訳ありません。中々の手練れな上に、聖印を持っていたようでしたので」
「……で、その女はどうした?ここにはいねえみてえだが」
「それが、この兵士に邪魔立てされまして…」
「ああ!?ただの一般兵じゃねえか!てめえ、いつからそんな腑抜けになった!!」
「いえ、お言葉ですが…この兵士、ただ者ではありません。私の見解では、その将軍よりもできるかと…」
「ただの一般兵がか?」
「…一般兵じゃない、俺の顔をよく見ろ」
「なに?」
「…お前、記憶力無いだろ」
「んだとぉ!!?」
「俺はお前のことをしっかり覚えているぞ。その汚らしい面、忘れたくても忘れられなくて困っている」
「……てめえ、死にてぇらしいな…」
「思い出したか?」
「…異世界にいたガキだろ。魔法の暴走から逃れたヤツだ」
「よくできました」
「なぜここにいる?どうやって来た」
「答える必要は無いな」
「フン…まあいい。お前らは黙って見てろ。こいつは俺が殺す」
「…ふっ」
「何笑ってやがる。恐怖で頭がイカれたか?」
「いや、知らないってことは幸せだな、って思ってさ」
「何ィ?」

兵士…白羽鳥が、ガムを一粒口に放り込み、静かに左手の手袋を外す。

「かかって来いよ。…この世界の俺は危険だぜ…」



きさらぎと千影は、砦の西に位置する森で、敵の襲撃に遭っていた。
白羽鳥の言うとおり、そこには伏兵が張っていたのだ。二人は現在、五人の兵士に囲まれていた。
五人とも、獣人ではなく、普通の人間だった。
その五人が獣人なら、彼女らもすでに、周りに転がっている肉塊と同じ運命になっていただろう。

「……聖なる印……我が名、千影の名のもとに………その力を示せ…!」

千影が右手を掲げる。それと同時に、千影を中心にして突風が巻き起こる。
その風はやがて刃となり、兵士たち五人を襲う!

ズバ、バシュっ!!


独特の音を立てながら、兵士たちが次々と「部品」になっていく。
風が収まった頃には、五人はもうバラバラだった。だが、いくら倒しても新手が次々と二人を目指してやってくる。

「…こっちは……もうダメだ…」
「き、北へ…行きましょう…あそこなら……きっと…安全…」
「……よし…」

二人が話しているうちに、砦の方向から一人の女性が駆けてくる。

「や、やよいさん…!」
「きさらぎさん!まだこんなところにいたの!?」

その女性は、やよいであった。怪我はしていないようだったが、服があちこち傷んでいる。

「…………こっちは…伏兵がいた……北へ行くしかない…」
「…伏兵…第三小隊は…?」
「ぜ、全滅です……」
「……そう。……翔君たちは?」
「探したのですが……どこにも…」
「…………っ」
「………先生…」
「……北へ行く必要は無いわ。…こっちよ、ついてきて」



「洋子さん、大丈夫?」
「…うん…大丈夫…急ぎましょう」
「…いや、ここまで来れば大丈夫だろう。無理はしないほうがいい、歩きながら行こうか」

六人は、滝に向かって走りっぱなしだった。砦から滝まではなかなか距離がある。
ただ一人女である洋子に、この強行軍はかなり辛かった。
…三人は、徐々に現実を受け入れ始めた。ここは戦場、殺し合いの場所。それを理解し始めていた。
当初からそれは理解していたはずだが…いざ目の当たりにすると、やはり平和に馴染んだ彼らは激しく動揺せざるを得なかった。
本当の意味での理解をし始めた今、だいぶ落ち着いているようだが。

「……ごめんなさい」
「…それにしても、さっきの男は何者だ?君たちの知り合いみたいだったが」
「ええ、まあ…」
「彼も、別世界の人間か?」
「そうです。何でここにいるか、僕も疑問だったんですが…」
「…不思議な男だ。彼の言葉一つとっても、何か説得力がある。それにあの冷静な状況判断…。
君たちのように戦争を知らないとは思えない」
「…」
「なあレオ、俺たちそろそろ」

ドツっ!!


仲間の兵士が言いかけたと同時に、その頭に、嫌な音を立てて何かが刺さった。
ドサリ、とその兵士が地面に沈み込む。

「「「「「!!!?!」」」」」
「いたぞ、こっちだ!!」

少し離れた位置から、敵兵らしい声が上がる。

「ちィっ!見つかってたのか!!!」
「君たちは行け!!ここは俺たちが食い止める!」

レオが三人に声をかける。
だが三人は、先ほどまで仲間だった者の死体に意識を持っていかれ、レオの声が届いていなかった。

「あ、ああ……」

特に洋子が大きなショックを受けていた。
目の前で仲間が殺されたことで、先ほどの落ち着きが一瞬で消えた。それは翔も仁も同じだった。
先ほどのように赤の他人が殺されたのでなく、知人が死んだことに、言いようの無い感覚が体を走る。

「おい!!しっかりしろ!!」

レオの激が、三人の意識を戻す。

「ここは俺たちが何とかするから!!君たちは行け!!」
「そんな…置いてなんていけないわ!レオさんたちまで殺されちゃう!!」
「…その気持ちだけで十分さ。君たちはもともとこの戦争には関係ない。戦う必要もないし、死ぬなんてもっての外だ。
さあ、わかったら行け」
「………洋子、行こう…」
「洋子さん…」
「……レオさん、死なないで…」

三人はレオたちを置いて、北へ走った。
残ったレオたちの前に、剣や斧、弓を持った敵兵が姿を現しはじめる。

「……洋子ちゃん…俺…君のこと…」



「もう少しだ、気張れよ!」

滝はもう近くに迫っていた。レオたちが足止めしてくれているからか、後ろに敵の気配は無い。

「よし、着いたぜ!」

仁が言うように、今まで視界を邪魔していた森が開け、岩場のような場所に出た。月光が辺りを照らしている。
三人が、やっと一息つけると、近くの岩に腰を下ろす。

「はあ……はあ…っはあ…」
「洋子さん、大丈夫?」
「うん…私は…大丈夫…でも」

そう言って洋子は泣きそうな顔になる。翔も泣きたい気分だった。

「なんで……こんなことに…」
「………」
「レオさんも…他の兵士さんたちも……私たちだって……おかしいよ…この前まで…皆で…楽しくやってて…」
「洋子さん……」
「もう…イヤ……誰かなんとかしてよ……」
「………あとは、豪さんが来るまで待とうぜ。レオさんも、そのうち来るさ。あんな強そうな人が死ぬもんか」
「…そうだな」



ケルベージは、もう自分たち以外動くものがいなくなった、火に囲まれた砦の敷地内で考え事をしていた。

「どうした。浮かない顔だな…勝ち戦だってのに」
「ああ…」

翔たちほどではないが、彼も戦争に対して思うところがあった。
今までは、帝国が正義、干支共和国やファルナール王国が悪と思うことに疑問は無かった。
自分たち帝国には仕方なく戦わなければならない理由があるが、相手は私利私欲のために戦っているのだ。そう教えられていたから。
しかし、今日見た限りでは、そんな風には見えなかった。相手も、自分が守りたいもののために戦っていて、
決して私利私欲のために戦っている目ではなかった。
そんな相手を次々と殺していった彼に、後味の悪い感覚が残っているのだ。
そしてもう一つ、気分が優れない理由があった。

(見た限りでは……仁らしい人影はいなかった…)

予定では、砦を攻めるのは明日の晩だった。そのため、仁には「明日中に逃げろ」と忠告しておいたのだが、
このような事になってしまったため、彼は仁が逃げ出せたかどうかが不安だったのだ。
彼は「近くに滞在している」と言った。決して「ここの砦に」とは言わなかったが、万が一の可能性もある。

(無事だといいが…仁…)



がさ


「!?」
「どうかした?」
「気をつけろ…そこの茂みが不自然に揺れた…」
「えっ!?」

翔たちに異常な緊張が走る。自然と、剣を握る手に力が入った。
不意に、翔は白羽鳥の言葉を思い出す。

「ここは日本じゃないんだ。甘ったれた考えはやめろ。殺さなきゃ、殺されるぜ」


…目の前で、衝撃的な出来事をいろいろ見せられた。
横たわった肉体に突き刺さった剣。その剣で命も奪われるところだった。仲間も死んだ。頭に妙なものを生やしながら。
…翔は、現在の状況をほぼ受け入れつつあったが、それでもまだ割り切れない部分がある。
それは、自分が人を殺せるのかどうか、ということ。
白羽鳥は、殺さなきゃ殺されると言った。自分はまだ死にたくないし、何より自分のそばにいる親友たちを死なせたくない。
そのためには、やはり自分もこの手を汚さなくてはならないのか。
……それが出来る自信が、彼には無かった。

ヒュッ


「!!」

何かが風を切る音がした。同時に、仁が座っていた岩から飛びのく。…矢だった。
矢が、仁をめがけて飛んできたのだ。……敵が、目の前にいる。
後ろは渓谷、逃げ道は無い。…やるしか、なかった。

「敵…!じゃあ、レオさんは…」
「そんな……ウソでしょ…」
「洋子はそこの大きい岩に隠れてろ!…翔、やるぞ」
「僕たちに…できるかな……返り討ちにされたり…」
「……黙ってても同じ運命さ。豪さんも言ってただろ、『殺さなきゃ、殺される』ってな」
「うん……なるべく二人で固まって戦おう。お互い、出来るだけかばいあうんだ。そのほうが、きっと持ちこたえられるよ」
「よし…」
「気をつけて……絶対、死んじゃだめよ」
「わかってるよ」

二人の前に、血のついた剣や斧を持った兵士が四人現れる。弓矢を持っている者はいない。どこかに隠れているのだろう。
…武器についた血は乾いておらず、新しいものだった。

(落ち着け……落ち着いて見るんだ…。落ち着いて…)

翔が必死で落ち着こうとしてる間に、一番近い兵士が、斧を振り下ろしてきた!
剣を横にして頭の上に持っていき、その攻撃を受け止める。

ガキィん!!!


(うわっ!重たい…!)

さらに別の兵士が、空いている翔の胴体に、剣で突きを放つ!体をひねってそれを避けるが、バランスを崩した。
それを狙って、最初の兵士が斧を、今度は横に振るう。

(やばい!!!)

ドスっ!!


その兵士が、静かに膝をついて倒れこむ。仁が、隙を見て兵士の胴体を貫いたのだ。

「気をつけろ!!」
「ご、ごめん…。…!!」

仁が翔側に振り向いたその時、仁の視覚の外から、彼の頭部に向かって剣を振り下ろす兵士が目に入る。
仁、危ない!!…そう思ったときには、右手の剣が兵士の喉に刺さっていた。

グサっ!!


嫌な感触が手に伝わる。二度と味わいたくない、不気味な感触だ。
自分の中の、何かが壊れた気がした。…もう、迷いは無かった。

「!!…サンキュ、マジ助かった」

仁はやはり気付いていなかったらしく、かなりの安堵を顔に表す。だが、気を抜くにはまだ早かった。
彼らを狙って、前方から矢が放たれる!

「く…そったれめ!!」
「……このっ…!!」

矢に気を取られる二人。仁の足が小石に引っかかり、バランスを崩す。そして、振り下ろされる斧。
翔が援護しようにも、矢が邪魔で出来そうに無い。仁の全身から一気に冷汗が噴出す。

(!!?)

終わったと思ったその瞬間、兵士がのけぞる。洋子が、兵士に向かって投げつけた大きめの石が当たったのだ。
同時に、胴体を切り払う。肉を断つ、確かな感触。
これで三人目、残り一人。
…その一人も、翔の持ち前の運動神経の前に、敗れ去っていた。
…矢による攻撃が止む。援軍を、呼びにいったのだろう。

「……何とかなるもんだな」
「…でも…人を殺した…」
「……ああ、そうだな。…こんな言葉で片付けたくないが、しょうがないことだろ」
「…そうだね…」
「洋子のところへ行こう、あの岩の陰なら矢は当たらない」
「……うん」

二人は、洋子の近くに駆け寄り、手ごろな岩を見つけ、そこに隠れる。

「二人とも、怪我してない!?痛いところ、ない!?」
「僕は平気…」
「俺も大丈夫だ…。ナイスな援護だったぜ、助かった…でも…これからどうする?今みたいに上手くいくとは限らねえぜ」
「…逃げ道がないわ…」
「…ねえ」

翔が、何か強い意志を感じさせる声で二人に言う。

「なんだ?」
「この崖を飛び降りよう」
「「えっ!?」」
「それしか方法は無いよ、このままじゃ…殺される」
「豪君がくるまで待つんじゃないの?」
「…考えたくないけど…もし白羽鳥さんが殺されてたら…待つ意味が無い」
「…お前…」

翔が、渓谷に面した断崖に立つ。先ほど、仁がケルベージに出会った場所だ。
渓谷は深い闇に満ち、右手に見える滝の轟音が三人を包む。
他の二人も、決心したのか、翔に歩み寄る。三人は一緒に、断崖の縁に立った。
遥か下方に、瀑布の落ち込む滝が見える。

「高いね……」

洋子が、渓谷を覗き込む。滝はかなりの高さから落ちていて、滝壷に落ちたらもう、上がって来れるとは思えない。
滝壷から流れ出す水も相当の勢いだ、滝壷から上がってきても、急流に飲み込まれてしまうに違いない。

「もう、僕たちに残された手段は、ここから飛び降りるか、死ぬかしかない」
「……本当…なんでこんなことになっちゃったんだろうね…」
「…僕たちには、もうこの道だけだ…」
「…わかったよ、一か八かだ、やってやろうぜ。しっかしまぁ…」
「?」
「こんな時まで、俺たち一緒だな。…豪さんはいないけど」
「そうだな…」
「じゃあじゃあ、ここから飛び降りて、もし別れ別れになっちゃっても、また皆で再会して、一緒に日本に帰りましょう。ね?」
「そうだな。それがいい」

その時、がさっと後方の茂みが揺れる。敵が、来たようだった。

「じゃあ、そのレミールってとこで会おう」
「ええ」
「よし、行こう」
「「「せえ〜のっ!!」」」

三人は地面をけり、漆黒の闇に飲み込まれていった…。



(第三話へ、続く)



あとがき
ひいいいィィ!長いいィィ!!文の構成も相変わらず下手ですし。
長いと「読むのめんどくさいや」ってなっちゃって、誰も読んでくれないんですよね。
しかもこの後、妹たち全員とママさん全員、さらにオリキャラまで。つらいな、こりゃ。
妹も全然出てきてないし…ま、これから出てきますんで(いつもこう言っている気がする…)。
ああ、それと、今まで私は感想を催促したことって無いんですが、ちょっと今回は言っちゃいます。
読んで下さった方!「読んだよ」だけでいいんでメールプリーズ!いや、掲示板でも全然OKですが、
メールだと後々読み返せるんですよね…。なんか反応ゼロなんで、不安なんです。
…あとがきまで長くなってしまいました。ここらでやめにします。
最後ですが、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!