俺たちの数奇な人生・第三話
〜出会い〜



(翔視点)

「ねえ、しっかりして!起きてったら!」
「う……ん…あれ…?」

あ……生きてる?…うん、生きてるよ…。

「あっ、やっと起きた!ねえ、大丈夫?」
「……うん、なんとか…」

とは言って見たものの、手足は冷えきって上手く動かせない。周りを見回すと、時間的には早朝らしく
朝靄が立ち込めていた。岩ばかりの河原が殺風景だ。僕のすぐ横には火が焚かれていて、冷えた僕の体に
しみこむような暖かさを放っていた。そして、目の前には、サングラスを頭にのせた可愛い少女。
短めの髪形と持ち前の明るさが、活発そうな雰囲気を醸し出している。

「よかった〜。ほんとびっくりしたよ、河に水を汲みにきたら人が流れて来るんだもん」
「じゃあ、君が助けてくれたんだ…」
「まあね。とりあえずこれで体を拭いて。拭き終わったら火に当たって体を暖めてよ。そのままじゃ風邪ひいちゃう」
「ありがとう」

僕は彼女からタオルを受け取り、髪を拭く。随分親切だなあ、このコ。
……なんだろう、さっきから何かが足りない気がする。この景色になくちゃならないものが、無い。
辺りを見回しても、あるのは岩ばかりだった。すぐにその足りないものに気付き、思わず髪を拭く腕を止めて尋ねる。

「そういえば、流れてきたのは僕一人?」
「えっ?」
「僕のほかにもう二人いたはずなんだ。見なかった?」
「…ごめんなさい、流れが速すぎて、一人助けるのが精一杯だったから…」
「そんな…」

こうしちゃいられない、今すぐに探しに行こう。
何とか立とうとしてみるが、未だ手足は僕の意志に反発する。岩に手をついて
何とか立ち上がったが、数歩歩いたところで少女に体を支えられた。

「まだ動いちゃダメだよ、じっとしてて」
「探しに行かなきゃ…」
「その体じゃ無理だよ、こんな足場の悪いところ歩けないって」
「でも、ただ黙ってるわけには…」
「大丈夫、今ボクのあねぇがその二人を追ってるから。だから落ち着いて」

…まともに動けない僕は、結局この少女に押し戻される形となった。
でも、確かにこんな状態じゃあ探せるものも探せないし、僕は焚き火に当たって体力の回復に努めることにした。



ただ焚き火に当たるのも暇なので、このコといろいろ話すことにした。
彼女は衛ちゃんという名前で、近くの村で姉妹と生活しているそうだ。河に水を汲みにきたら
僕らが流れてきたということらしい。そして、彼女が僕のことを詳しく知りたがったので、
近日あった出来事を、要点をかいつまんで彼女に話していた。

「じゃあ翔さんは、その滝から飛び込んだの?」
「そう」
「ふ〜ん…ねえ、翔さんが助けた人って、二ノ舞 きさらぎっていう人じゃなかった?」
「きさらぎさんを知ってるのかい?」
「あ、やっぱりきさらぎ先生か。その人、ボクのあねぇの先生なんだ」
「あねぇの先生?…そのあねぇって、千影ちゃんのことかい?」
「千影あねぇを知ってるの!?」
「さっき言った、僕らの面倒を見てくれたコっていうのが千影ちゃんだよ。君は千影ちゃんの妹なの?」
「うん。そっか、千影あねぇもあそこにいたんだ…」
「………」

そうだ…自分たちのことで頭がいっぱいだったから気付かなかったけど……
千影ちゃんたち、無事に逃げれたんだろうか?衛ちゃんが心配するのも無理はない。けど…。

「…大丈夫だよ、心配ない。千影ちゃんの魔法何度か見せてもらったけど、あれだけすごいことできるんだから」
「うん…そうだよね」

ん?ってことは…。

「千影ちゃんの妹ってことは王女様なんでしょ?」
「えっ?…ま、まあ、一応…」
「千影ちゃんもそうだったけど、こんなところで何してるの?王女様って、お城でいろいろやることあるんじゃない?」
「そ、それは…なんていうか……その、いろいろあって」
「あんまり言えないこと?」
「うん、ちょっと。…ごめんなさい」
「いやいや、気にしないで」

こんな風にしばらく話していると、川下から女の子の声がした。

「衛さ〜ん!!」
「あっ、春歌あねぇだ」
「えっ?」

川下のほうを見ると、袴姿の女の子が軽やかに石の上を跳ねてこっちに向かってきた。
程なくして、僕たちの目の前にやってくる。
…どうでもいいけど、河原でこの格好は危なくないか?

「あねぇ、どうだった?」
「いえ、それが…途中で見失ってしまいましたわ。流れが急に速くなるところがありまして…」
「そんな…」
「ええと、すみません、お名前は?」
「…桐山 翔」
「ワタクシは春歌と申します。…すみません、あなたのご友人を見つけることができずに…
 どこかに打ち上げられてるといいのですが…」
「そっか…」
「…まあ、こうなっちゃったらしょうがないよ。ねえ翔さん、とりあえずボクたちの村においでよ」
「それがいいですわ、まだ体調も完全には回復なさってないでしょうし。村の方々に協力を仰いで、
 ご友人を捜索してもらいましょう」
「…じゃ、お言葉に甘えて…」

…仁たちのことは気がかりだけど、早く捜索隊を出してもらうために、僕たちは足早に彼女たちの村を目指した。



(アクション視点)

ある王宮の一室…。
煌びやかな装飾の施されたその部屋に、二人の女性がいた。
一人は、部屋の装飾に負けず劣らずの美を備えた女性…というよりは少女か…が、憂いを帯びたその瞳で窓の外を眺めている。
彼女の名前は咲耶。ファルナール王国の第一王女である。
もう一人は、短めの髪形で首にスカーフを巻き、赤を基調とした忍び装束。歳は咲耶と変わらないほど若く、
容姿も引けを取っていない。彼女は、幼い頃から咲耶と共にあった友人であり、有能な部下であった。
現在彼女が咲耶に、様々な報告を行っているところである。

「…結果、やよい殿の隊はほぼ全滅。やよい殿の生死は不明、滞在していたきさらぎ殿と千影様も行方不明ですが
こちらはおそらく無事脱出したものと思われます」
「…そう」
「それと、少々気になる情報が…」
「なに?」
「やよい殿の砦に、異世界から来た少年たちが滞在していたそうです」
「異世界?」
「はっ。現在彼らも行方不明、目下捜索中です…」
「…」
「……かねてよりご依頼であったジャン様捜索の件ですが」
「!!なにか分かったの!?」
「都市レミールにて例の作戦に携わっている四葉様からの伝書が、こちらに」
「読んで」
「…しかしこれは咲耶様宛てに…」
「いいわ、構いません」
「…では読ませていただきます。……えっと…」
「どうしたの?」
「いえ…コホン…
『キャッホー!咲耶姉チャマ、お元気デスか?時間がないのでさっさと本題に入っちゃうんデスが、
 なんと!四葉は偶然チェキしてしまったのデス!四葉のいるレミールに兄チャマが徘徊しているのを!
(なーんちゃって!倒置法なんて四葉もシブイ事するデス!)顔はもちろん歩き方や仕草も
ぜ〜んぶ兄チャマそのまま!今までもそっくりさん騒動があったけど、今回は絶対本物!
今後も四葉がチェキを続けマスけど、一応咲耶姉チャマにも連絡しておきマス。
 期待しててクダサイね、姉チャマ☆』
……以上です…」
「「…………………………」」
「相変わらずね、四葉も…」
「お元気そうでなによりです」
「でも……お兄様がレミールに?…あの辺りはもう探索し尽くしたから、ありえないと思うけど」
「いえ、私のもとにも、レミールの闘技場にてジャン様に良く似た男性が出入りしているとの情報が、先ほど…」
「じゃあ…ホントに?」
「いえ、確証が得られていないので、今はまだなんとも…」
「…わかったわ、ご苦労様、紅葉さん。しっかり休んで疲れを取ってね」
「はっ。では、失礼致します…」

やわらかい風がふっと吹くと同時に、部屋から女性…紅葉の姿が消えた。
一人残った咲耶は、はぁっとため息をついて、

「お兄様……会いたい…」

小さく、切なげにつぶやいた。



(翔視点)

「さ、着きましたわ」
「へえ、ここがそうなの?」

到着した先は、自然が豊かでのどかな村だった。何件か建てられている家はすべて丸太小屋、
野菜などが栽培されていて、所々に鍬で土を耕している人も見受けられる。なんとなくだが、雰囲気が
日本の農家に似ていた。

「ここがボクたちの家だよ」

その家は周りの小屋より一回り大きく、しっかりした造りだった。
中は思ったよりもきれいで、テーブル1つとタンスがいくつかあり、奥のほうにも部屋が続いている。
二人で住むには広すぎじゃないか?

「では、何か体力のつくものを作ってさしあげましょう。衛さんも手伝ってください」
「え〜?ボクも〜??」
「これも花嫁修業の一環ですよ」
「別にいいよ、そんなの」
「……今日の夕食は納豆づくしでよろしいのですね?」
「っ…わかったよ」
「はは…」

なんだか微笑ましいな。

「翔様、どうぞお座りになってお待ちください」

……様付けってなんだか妙な気分だなあ。



「ふ〜、ごちそうさま」
「お口に合いましたか?」
「うん、すごくおいしかった。春歌ちゃんはいいお嫁さんになるね」
「まあ、ありがとうございます」
「ボクだって手伝ったんだぞ!」
「ああ、ごめん。衛ちゃんも」

あ、なんかイイな〜、こういうの。

「ふふ…なんだか兄君様を思い出しますわ」
「…うん、ボクもちょっとそう思った」
「兄君様?」
「ええ…昔もこんなやり取りがあったのです。兄君様も、今の翔様と同じような受け答えをして…」

そう言う春歌ちゃんの瞳に、ちょっと哀しい色が宿る。
衛ちゃんも、うつむいてしまって表情はよく分からないが、つらそうだった。

「…あにぃ、今ごろ何してるのかな…」
「兄君様のことだから、きっと元気でいらっしゃいますわ」
「…その、お兄さん、どうかしたの?」
「え?い、いえ、なんでもありませんわ。では、私は稽古がありますので、失礼します」

あ、はぐらかされた。……ん?稽古?

「稽古って何?」
「はい、薙刀と刀の技を少々…」
「おお、すごいね」
「あねぇって結構強いんだよ。その辺の男の人にも負けないくらい」
「あら、そういう衛さんも殿方には引けを取らないではありませんか」
「へええ、二人とも強いんだ」
「そうですわ、翔様もご一緒にどうですか?」
「はぁ!?」
「さ、裏庭へどうぞ」
「え、いやちょっと」
「ボクも行こーっと」

なんだかずるずる引っ張られて、裏庭まで来てしまった。
庭は結構広くて、もう何人かが練習していた。……庭に人がいるなんて、気付かなかったなぁ。

「あの、まだ食べたばっかりだから、少し見学させて」
「そうですか…では、衛さんと見ていてください」
「あねぇ、がんばってね」
「はい」

春歌ちゃんが女の子たちのほうへ駆け寄っていき、一緒に練習を始めた。見た感じ、今日は刀の練習みたいだった。

「ねえ、衛ちゃんはやらないの?」
「ボクは不器用だから、武器とかって使わないんだ」
「えっ、じゃあ素手?」
「うん、あにぃに少しだけ教わったんだ。あと、さつき先生っていう人にも」
「ふ〜ん…あと、子供ばっかりだけど、なんで?」
「親はみんな畑仕事とかで忙しいからね」

衛ちゃんと話しながら練習を見ていると、春歌ちゃんが人間に見立てた的の前で構えていた。
刀身を鞘に収めているので、居合だか抜刀術だか(よくわかんないけど)をやる気らしい。
なんだか、やよいさんみたいな雰囲気があるなあ。

「せいっ!」

スパァン!!


気合と共に刀を疾らせる。おお、よく見えなかった、すごく速いな。「刀を抜いて収めて」の動作が一瞬だった。

「速いね〜」
「そうでしょ、やよい先生直伝だからね」
「え!?そうなの?」
「そう、薙刀は自分で勉強したみたいだけど、刀はやよい先生に習ってたんだよ」
「じゃあ、やよいさんはもっと凄いんだ」
「多分ね。あねぇも、まだ先生にはかなわないって言ってたから」
「ふ〜ん……」
「でも、あねぇの強さは結構有名なんだよ。『回避不能の疾風の一撃を放つ少女』とかいって。カッコいいよね」
「へええ」

しばらくすると、春歌ちゃんがこっちにやってきた。

「翔様。対錬、してみませんか?」
「対錬?」
「勝負形式の練習だよ」
「え!?いや、僕じゃ相手にならないよ」
「何をおっしゃいます、敵国の兵士を倒したのでしょう?それほどの腕前があれば大丈夫ですよ」

なんだかなし崩し的に春歌ちゃんの練習相手をさせられる事になってしまった。
しかも、練習してた子が僕らの回りを囲んで見学してるし…やりにくいなぁ。
経験なんて、学校で剣道の授業があったからそれぐらいだし…あと、滝での戦いか…。
そういえば、戦闘にはほとんど素人の僕が、訓練された兵士に勝てたのは何でだろう。
今更だけど、結構奇跡に近いよな。
そんなことを考えながら、僕は木刀と防具を借りて、春歌ちゃんと向き合った。
春歌ちゃんの武器は、さっきと同じ、鞘付きの木刀だ。

「あねぇ、ボクはどうする?」
「そうですね…ワタクシの実力でやってみますので、衛さんは遠めに離れていてください」

???なんだ、今の会話は?衛ちゃんが近くにいると強さが変わるのか?…そんなわけないよなぁ。
…まあ、いくら強いっていっても、女の子に負けるわけにはいかないよな、男として。
よし、一つ気合入れていくか!



(アクション視点)

翔と春歌が、庭の中央で対峙する。翔は木刀を、剣道で言う中段に構えた。
春歌は、先ほどやった居合の構えである。

(うわ、威圧感が凄い…)

春歌から噴き出る重い雰囲気に、翔は圧倒されそうになる。

(さっきやってた抜刀術はかなり速かった…防御できるとは思えない…じゃあ、アレだな)

アレというのは、中学校時代、体育の授業で練習した小手打ちのことである。
授業中、相手が攻撃に移る一瞬の隙を小手打ちで仕留める、といったことを繰り返し練習した翔。
今回もそれを狙っていた。しかし…

(翔様、見え見えですわよ!ワタクシの一撃、合わせられるものではありませんわ!)

シュっ


(うお、速っ!!)

春歌の攻撃はあまりに早く、小手打ちを打ち出す暇がなかった。そのせいで一瞬、翔の判断が遅れた。
もう刀身は、目の前まで迫っている!

(決まりですわ!)
(避けろ〜〜っ!!)

必死で上体を反らし、間一髪で避ける。瞬間、いっせいにどよめきが巻き起こった。

「すげえ、あれを避けるなんて!」
「どうやって避けたのかしら?」

外野には春歌の一撃はおろか、翔の動きも見て取れなかったようだ。
いったん仕切り直しになった両者が、再び睨みあう。
たった一瞬の出来事だったが、両者の精神には大きな影響が出ていた。

(そんな…避けられた…!)

予想外の出来事に狼狽している春歌と…

(あっぶね〜!)

攻撃を避けきったことで多少余裕が出てきた翔。このとき、翔に一つの疑問が生まれた。

(それにしても、さっき見たのよりは遅かったなぁ…手加減してくれてるのかな)

翔が見た限りでは、今の一撃は練習中のものより断然遅く見えた。
実際には、練習で見せた一撃と今の一撃に、そう大差は無い。
春歌にしても、決して手を抜いているわけではないのだが……。

(くっ、今一度!)

シュっ!


気合を乗せた一撃が翔めがけて疾る!しかしそれも先ほどと同じく、上体を反らすことで避けられた。

(今ですわ!)

そこからさらに一歩踏み込み、返す刀で翔の左脇腹を狙った。
が、それも下から大きく跳ね上げられ、体勢を崩す。

(しまった…!)
(!隙ありだっ!!)

隙のできた胴に、即座に打ち込む翔。体勢の崩れた春歌は、苦し紛れに鞘で受け止める。

がっ!!


「ぐぅっ!!」
「あっ!?」

翔の力に押され、受け止めきれずに右脇腹に打撃を受ける。

「ハイ、そこまで!」

衛が、両者の間に入って試合を止めた。…翔の勝ちである。



(翔視点)

しまった…つい夢中になって、本気で打ち込んでしまった…。

「ごめん、つい力入っちゃって…」
「いえ、防具をつけていたので大丈夫ですわ…」
「でも翔さんって強いね、春歌あねぇに勝っちゃうんだもん」
「いや、手加減してくれてなきゃ負けてたよ」
「手加減?」
「そ。攻撃、緩めにしてくれたでしょ」
「えっ?そうは見えなかったけど…あねぇ、そうなの?」
「いえ、そんなことは…」

えっ?だって…

「だって攻撃が練習のときより全然遅かったよ?」
「「…………」」
「…どしたの?」
「もしや…」
「うん、多分そうだよ…」
「…なになに?」
「翔様、右手…お見せいただけないでしょうか」
「右手?……ハイ」

二人がじっと僕の右手を見つめる。ちょっと頼りないかもしれないけど、普通の右手だ。
じっと見つめるようなもんでもないと思うけど。

「違ったね…」
「ええ…」
「右手がどうかしたの?」
「いえ、ワタクシたちの勘違いです。もしかしたら、聖印でも宿しておられるのかと…」
「聖印?」

聖印って……。そういえば僕の左手に、印とかいうのがあったっけ。忘れてたなぁ。

「印ってコレのこと?」

ついっと、左手を二人の前に差し出す。

「「!!!!!」」

それを見たとたん、急に二人の顔がこわばる。…なんかヤバイものなの?これって…。

「翔様、どこでコレを!?」
「え?いや、気付いたらいつの間にか…」
「道理で…ワタクシが敵わないわけですわ」
「でも、まさか翔さんがあの…」
「いえ、そう決め付けるのはまだ早いですわ。兄君さまのこともありますし」

…なんか二人で話し進めちゃってるんですけど。

「お〜い」
「は、はい。何でしょう」
「僕にもコレがなんだかよくわからないんだ。分かることでいいから、教えてくれない?」
「…わかりました、詳しいことは家で話しましょう。皆さん、今日の稽古はここまで!」

稽古を早めに切り上げて、僕らは家に入っていく。
この『印』とかいうのは…一体なんなんだ?



(アクション視点)

ゴールデバンド帝国にて…

「ぐおおお!ちくしょう!ちくしょう!あんな野郎にこの俺様が!」

兵たちの訓練場らしき場所で、一匹の鬼…やよいの砦を襲ったアイツだ…が激昂している。
体の所々にけがの治療のあとがある。どうやら完全にやられてしまったらしい。

「うるさい、いちいち叫ぶな。負け犬がみっともないぞ」

怒る鬼の脇に、冷たい瞳をたたえた一匹の獣人。
外見は、狼男という形容がぴったりはまるもので、体中から銀色の体毛が生えていて、
下半身にのみ破けた武道着をまとっている。腰にはヌンチャクを挿し、手足の爪は異常な輝きを放っていた。

「それにしても、お前ともあろうものがそれほどやられるとはな…その男、何者だ?」
「わからねえ…わからねえが、気にいらねえのは確かだ!今度会ったらあの首ぶち切ってやる!」
「どんな戦い方だった?」
「攻撃が当たらねえんだよ!当たったと思ったらいつの間にか後ろを取られてる!」
「ルンドルが言うには、ヤツの攻撃もまるで見えなかったそうだな。我々獣人が、速さで人間に圧倒されるなど有りえない事だぞ」
「印だよ!野郎、左手に印を宿してやがった」
「左手?」
「ああ、間違いねえ。全く見たことない印だった」
「速くなる印なんて聞いたことないな。たとえ魔法を使って速くなったとしても、そこまでになれるとは思えん」
「俺がそんなこと知るか!!」
「他には?」
「…一番気にいらねえのはヤツが武器を使わなかったことだ」
「武器?」
「野郎、棒みてえな武器持ってるくせにそれを使いやがらなかった。素手だぞ!この俺が人間に素手でやられたんだ!
 これ以上の屈辱はねえぜ!絶対ぶっ殺してやる、あの野郎…」
「…なるほど、そういうことか。運がよかったな」
「なに?」
「その男が本気になれば、お前ごとき今ごろ召されているぞ」
「なんだと!てめえ!!」

鬼が、その丸太のような腕を狼男に向かって振り回す!
狼男は素早い身のこなしであっさりそれを避け、瞬時に伸ばした爪を鬼の目の前に突きつける。

「ぐっ……」
「まあ、しばらく反省していろ。それからはお前の嫌いな特訓だな。人間にやられたとなっては、再教育が必要だ」

爪を元の長さに戻し、訓練場を後にする狼男。残された鬼が、怒りでその醜い顔を歪める

「ちくしょうっ……見てやがれ、このままじゃすまさねえぞ…!」

一方、狼男は…

「そうか…帰ってきたか……ならば例の十二人は、早めに探し当てなくてはいけないな…」

わずかに歓喜が混ざったその声でつぶやいた…。



「では、その『印』について、お話いたしましょう」
「よろしく」
「あ、衛さんは翔様の寝床の用意をお願いします」
「うん、わかった」
「…まず、印についての知識がどれほどのものか、確認させて頂いてよろしいですか?」
「えと…まず、この世界には『印』っていうのがあって…たまに、球状で発掘される。特殊な儀式でその印を手に刻むことを『宿す』って言う。印があると魔法が使えるけど、使いこなすには才能とか訓練とかが必要。…これぐらいかな」
「そうですか…わかりました。基本的な知識はおありのようですね」
「きさらぎさんに教えてもらったんだ」
「…ではまず、印の種類から。印には通常の『印』と、強力な力を持つ『聖印』、『邪印』の三つあります。それぞれの効果の違いですが、『印』は魔法が行使できるようになるのみ。『聖印』はより強力な魔法が使えるようになることと、あらゆる身体能力の向上。獣人と肉弾戦で戦うには、その『聖印』があれば互角に渡り合えます」
「聖印がないと?」
「おそらく、獣人の戦闘能力に圧倒されてしまうでしょう」
「…へええ」
「あとは『邪印』ですが…発掘されたことが今までに無いことと、使い手が世界的にもほとんど見当たらないため、効果について詳しいことはわかっておりません。『聖印』を超える魔法の行使と、より身体能力が増すらしいのですが…」
「僕のこれは、その三つのうちのどれなの?」
「それなのですが…印の見分け方は外見です。ただの『印』は、印の模様が手の甲に刻まれるのみ、『聖印』は、刻まれた模様がごくわずかですが白色に発光します。『邪印』はやはり、よく分かっておりません」

それを聞いた翔が、自分の左手に視線を移す。翔の左手に刻まれたその模様は、特に発光するということはしていなかった。
が、その黒字の模様から黒い影(闇?)のようなものが、わずかだが溢れることがある。

「それと、印はたいてい右手に宿すものなんです。人間の体質的に、そうしなければ上手く操れないというのがその理由です。しかし、翔様のは左手、それも自然に宿っていたことを考えると…」
「考えると?」
「おそらく…『邪印』ではないかと」
「…」
「理由はそれだけではありません。翔様は先ほど、ワタクシが手加減したから勝てた、とおっしゃいました。しかしワタクシは手加減などしたつもりはありません。おそらく、『邪印』によって身体能力が向上し、ワタクシの斬撃も避けることができたのでしょう」
「そうなのかな…」
「…失礼ながら、翔様の構えは隙だらけでした。このような構えをする方が帝国兵に勝てた、というのが不思議でした。しかし、『邪印』を持っていたとすると、そのことにも納得できます」
「なるほど…素人の僕が訓練された兵士に勝てたのはそのせいか…」
「しかし…翔様は『邪印』を使いこなしてはおられません。『邪印』には劣ると言われる『聖印』でも、先ほどの翔様より身体能力が向上し、ワタクシの斬撃はそう速いものには見えないはずですから」
「ふ〜ん…ってことは、春歌ちゃんは聖印も邪印も持ってないんだ」
「え、ええ、まあ……そういうことですわ」
「?(歯切れ悪いな…)ああ、あと聞きたいことがあったんだけど」
「はい、なんでしょう」
「さっき『邪印』は発掘されたこと無いって言ってたけど、今までの人も自然に宿ってたのかな」
「そうだと思います。ああ、言い忘れましたが、『聖印』も発掘されたことはありませんわ」
「え?じゃあ、どこから出てきたの?聖印も自然に出てきたわけ?」
「いえ、『聖印』はある特別な儀式によって得られるものなのです」
「じゃあその特別な儀式をやりまくれば…」
「いえ、この世に『聖印』は何種類かありますが、一種類につき一つしか存在しないのです」
「あ、そう…」

話に一区切りついたところで、衛が二人の下へやってきた。

「あねぇ、布団の準備できたよ」
「ありがとうございます。では翔様、そろそろお休みください」
「え?まだ早いよ」
「ダメだよ、まだ回復しきってないんだから」
「そういうことですわ」
「…そうかなぁ…あ、あと、僕の友人たちは…」
「大丈夫ですわ、あの川の下流にもここのような村があるんです。そちらに流れ着いていないかどうか、村の皆さんに頼んで何人か探しに行って下さいましたから。二、三日すれば知らせがくると思います」
「そっか。いろいろ面倒見てくれてありがとう」
「困ったときはお互い様だよ。あ、部屋はそこの突き当たりの右にある部屋ね」
「わかった。じゃあ、おやすみ」
「お休みなさいませ」

翔が寝室へ向かい、それと入れ替わるように衛が席についた。

「…どうだった?」
「そうですね…まだ決まったわけではありませんが、『邪印』と見てよいと思います」
「そっか…じゃあやっぱり千影あねぇが言った通り…」
「…もうしばらく様子を見ましょう。焦る必要はありません」
「うん、そうだね」
「では、夕食の支度でもしましょう。衛さんも手伝ってくださいな」
「は〜い」



…様々な立場に立つ、様々な者の思惑。それらが複雑に絡み合い、各々に数奇な人生をもたらしていく。
これから起こる出来事に、彼らは、何を考え、どう対処し、いかにして生きていくのか。
そして、思惑通りに事を運ぶのはどの立場の者か。物語は始まったばかりである…。

そして、夜は更けていった。

〜第三話へ続く〜



あとがき

どうやら、かなり長くなりそうな雰囲気です。どうなることやらです、ホント。
文章力は相変わらず成長してません。どこを直せばいいかは分かっているつもりなんですが、どうにも…。
なにが言いたいかというと、皆さん、私にメールでアドバイスくださいって事なんですがね。ははは。
いや、「読んだよ」だけでもいいんでメールプリーズです。
ホント、それだけでやる気出るんで、執筆ペースも上がります。だからプリーズ。え、しつこい?
では、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!末永くよろしくお願いいたします。