俺たちの数奇な人生・第四話
〜決意〜

【翔視点】

僕が春歌ちゃんたちの村にお世話になってから三日が経った。
相変わらず仁たちの情報は入ってこない。
もう心配でしょうがなくて、かなり心労が溜まってきている。

「ねえ翔さん、はやくはやく!」
「ああ、今行くよ」

衛ちゃんなんかは、「気にしてたらキリが無いよ」って、こうして毎朝ランニングに誘ってくれる。
僕としても、彼女の気持ちはありがたかった。少しは気がまぎれるし。
そういえば僕、つい最近まで陸上やってたんだよなぁ……。すごい昔な気がする。

「…懐かしいな」
「え?何が?」
「いや、この前までよくこうやって走ったな、って思ってさ」
「そういえば、ボクも誰かと一緒に走るのなんて久しぶりだなぁ」
「へえ、誰かと走ってたの?」
「あにぃだよ。いっつも『めんどくさ〜い』とか『眠いよー』とか言うくせに、ちゃんと毎朝付き合ってくれたんだ」
「いいお兄さんだねぇ」
「うん。ボクの自慢のあにぃだよ!」

そう言う衛ちゃんは、とてもまぶしい笑顔をしていた。
朝日にきらめくその笑顔はとてもきれいで、思わず見とれてしまう。

「どうしたの?ボーっとして」
「はっ!い、いや、なんでもないよ、うん。なんでもな〜い」
「??」

いかんいかん、つい見つめてしまった。僕は恥ずかしさを紛らわすために、こんなことを言った。

「ねえ、君たちのお兄さんってどんな人だったの?」
「え?あにぃ?」
「そ。春歌ちゃんも衛ちゃんも、お兄さんの事になると人が変わるからさ」

そう、この三日間のうちに、何度かその話題が出てきた。
その度に二人は熱弁しだして、最後は必ずあーだこーだとケンカになってしまう。
話に耳を傾けていても、いつもいい所でケンカになってしまうため、僕は未だ正確な兄像を捉えられていなかった。

「う〜ん、どういう人って言われても…一言じゃ言い切れないなぁ」
「へえ」
「なんて言うか…とにかく凄い人なんだ。強くて、大きくて…いつもムスッとしてて怖い雰囲気あったけど、
ホントはすごく優しいんだ。表には出さなかったけど、ボクたちのこといつも想ってくれてたのも分かった…」
「…」
「自分の信念みたいなのも持ってて、絶対にそれを曲げない人で…。とにかく、かっこよかったな。
でも、かわいいところもあったんだよ。一緒にレストラン行ったときなんて、チョコレートパフェなんか頼んじゃったりして。
あんなに低い声で『チョコレートパフェ二つ〜』とか言ってさ、笑っちゃったよ」
「あはは、それは確かにかわいいな(っつーか二つかよ!)」
「翔さん、昔に王国で戦争があったの、知ってる?」
「ああ、きさらぎさんから聞いたよ。王国軍と解放軍が戦って、解放軍側が勝った。なんだかすごいリーダーがいたんだって?」
「その解放軍のリーダーって、あにぃのことなんだよ」
「え、そうなの!?」
「そう、すごいでしょ。一度全滅寸前まで追い詰められちゃって『もうダメだ〜』って思ったけど、
そのときに行方不明だったあにぃが解放軍に参加してね、その場を奇跡的に乗り切っちゃって。
それからはもう負け無しでさ、あんまり強いから『戦場の銀狼』なんてあだ名がついちゃったんだよ」
「かっこいいね〜」
「……………でも」

急に衛ちゃんの声に元気が無くなった。

「でもあにぃは、戦いが終わったらすぐにいなくなっちゃったんだ…。俺はもう必要ないだろって…。必要ないわけないのに…」
「…なにか特別な理由があったんじゃない?」
「うん、多分ね。あにぃには何か考えがあったと思うんだ。
いっつも一人で勝手に行動しちゃうから、あの時もそうだったんじゃないかな…。
でも、ボクらに一言ぐらい言ってってもいいと思わない?あにぃってば何も言わないで勝手に出て行こうとしたんだよ?
いくらなんでも、ヒドイよ」
「はは、そうだね」
「だから、今度会ったら文句言ってやろうって決めてるんだ。『何でも一人で背負い込まないで』って。
それで、いつかまた一緒に走りたいなぁって思ってる…」
「ふ〜ん」
「あ、あはは!なんだかしんみりしちゃったね!さ、スピード上げよ!」
「あ、ちょっと!」

…話聞いてて分かったけど、衛ちゃんはお兄さんのこと大好きなんだな…。
…大事な人、か…仁たち、大丈夫かな…。白羽鳥さんにしても、あの後どうなったんだろう。
今日連絡無かったら、例の合流場所に向かうしかないな…。
もしかしたら、アイツらもう先に着いちゃってるのかもしれないしな。うん、そうしよう。



「ねえ、春歌ちゃん、衛ちゃん。『レミール』って知ってる?」
「レミール?四季の都のレミールのことですか?」
「あ、多分それ。そこに行きたいんだけど、地図か何か無いかな?」
「急にどうしたの?ここからレミールまでは、ちょっと距離あるよ」
「いや、もう村の人たちが仁達を探して三日経つでしょ?でも何の連絡も無い。だったらもう待つのも無意味かなって思ってさ」
「それとレミールと何の関係が?」
「そのレミールってところが合流場所でさ」
「そうなのですか!?では早急に出発しましょう。衛さん、旅の支度を」
「うん、わかった!」

ん?なんだか意気揚揚としてるぞ、この二人…。

「あ、ちょっと…」
「何か?」
「えっと…なんで君たちが張り切るわけ?まさか君たちも…」
「ええ、ご一緒させていただきます」
「…なんで?道さえ分かれば僕一人で行けるよ。これ以上迷惑かけられないし」
「あら、ワタクシたちは迷惑だなんて思っておりませんわ。それに、ワタクシたちにもレミールへ出向く必要がありまして」
「え?なにそれ」
「ワタクシたちはとある目的があってこの村に滞在していましたが、
やよい先生の砦が落とされたとあっては黙っているわけにはまいりません。
ワタクシたちは、兄君さまが残されたこの国をゴールデバンド帝国から守るため、戦いに参加いたします。
そのための手っ取り早い方法が、レミールへ出向くことなのです。翔さまはさきほど、レミールが合流場所とおっしゃいましたね?」
「うん、そういうことになってるはず」
「おそらくレミールには、やよい先生やきさらぎ先生、千影姉君さまもいらっしゃるはずです。
これだけの戦力が集中していれば、しばらくはレミールが戦いの拠点となるでしょう」
「ん、確かに」
「ゴールデバンドの勢いは日々増しています。近日中にこの勢いを断ち切らなければ、
この国に未来はありません。時は一刻を争います、急いでレミールへ向かいましょう」
「よし…」

そうして僕らは、その日のうちにみんなに見送られながら村を後にした。
ここからレミールへは、歩いて二日ほどかかるらしい。…仁たち、頼むから先に着いててくれよ…!



翔達がレミールに向かった、その三日前…。


【仁視点】

ん……?ここはどこだ…?オレ、どうしちまったんだ……?
なんだ、ここは…。テント、か?…ああ、頭が働かね〜…。

「………うっ」
「お!目ぇ覚ましたか!」
「……?」
「…どうした?すっとぼけた顔して」
「誰だ、おまえ…」
「えっ!?なにお前、俺の顔忘れたっての?ひでぇ野郎だな」

…なんだぁ?知り合いにこんな顔のヤツいたかな…。ぼっさぼさの白髪だな〜……あ、思い出した。

「ケルベージか?」
「なんだ、覚えてんのか忘れてんのか、どっちかにしろよ」

滝で出会ったその男は、焚き火を挟んだ向こう側で人懐っこい笑みを浮かべていた。

「…なんでここにお前がいるんだ?」
「いやな、プリムが滝に…ああ、お前と出会ったあの滝にな、ぬいぐるみ落としちまったんだ。
わんわん泣くもんだからさ、無いとは思ったけど一応探してみたんだわ。
そしたらどこぞの親友が河原で気ぃ失ってたってわけよ。…お、スープができたぞ。飲んで体を暖めろ」
「あ、わりぃ。…そのぬいぐるみは見つかったのか?」
「ああ、お前と一緒の河原に落ちてたよ。まさか見つかるとは思ってなかったからな、ラッキーだったぜ」
「…そっか…」
「お前さん、何であんなとこにいたんだ?滝から落ちでもしたのか?」
「…ああ、まあそんなとこ」

なんだか短い間に色々あったから、オレの中でも話をまとめるため、とりあえずコイツに事情を話してみた。
話が進むにつれ、コイツはどんどん怪訝な表情をしていったが…。

「…それで、滝に飛び込んだってわけよ。我ながら勇気ある行動だよな〜…。そういえば、オレの他に誰か倒れてなかったか?」
「いや、見てない。お前だけだったぜ」
「…どっか別のところにでもひっかかったのかね?」
「あの河は岩が多いから、多分そうだろうな。まあ心配はいらんだろ…。…なあ、ちょっとその左手の印ってヤツ見せてくれねぇか」
「ああ、これだよ」
「………」

コイツはオレの左手を手にとり、じろじろとその印ってヤツを眺めている。これってそんなに珍しいものなのか?

「…なあ、これってそんなに珍しいものなわけ?」
「……」
「おいってば」
「あ?ああ…」
「……。話の続きだけどよ、まあとにかくその干支共和国ってとこを取り戻せばその人の呪いも祓えて、
オレたちは元の世界に帰れるんだとさ」
「…は?そのきさらぎってのがそう言ったのか?」
「ああ」
「…ウソだな、それは違う」
「え?」
「呪いを祓ったところで、お前たちは元の世界には帰れない」
「なんで」
「それはな…」



「……ってわけよ。だから干支共和国を奪回したって無駄なんだよ」
「…それホントかよ…」
「ホントもホント、大マジだ」
「……まいったな」

きさらぎさんの言ってた方法じゃダメなのか…じゃあどうやって帰ればいいんだ…?

「…なぁ、仁。ちょっと聞いてくれないか」
「なんだよ」
「落ち着いて聞いてくれ…。まずここは、ゴールデバンド軍の駐屯地なんだ」
「…!?」
「その、なんだ…。お前があの砦にいたってことは、お前たちを追い立てたのも俺たちってことで…」
「『俺たち』…じゃあ、お前も…!」
「ああ、俺も軍の一員だ」
「なんだと…!」
「待て、もうちょっと聞いてくれ!…確かに俺たちはお前らを襲った。
ファルナールの戦力を殺ぐには、あの砦を落とすのは必要なことだった…。仕方がないことなんだ、それはわかって欲しい」
「……………」
「今この国は戦争中なんだ。どんなところでも『絶対安全だ』なんて言える場所は無い。 どこにいても戦争の火の粉はやってくる可能性がある」
「…何が言いてぇんだ?」
「だから、その………わかった、言うよ。お前たちが襲われたのは運が悪かったってことで水に流して、俺たちについてこないか?」
「は?オレたちを殺そうとしたヤツらと組め、だぁ?おいおい、やめてくれよ」
「…まぁ納得できないのもわかる。でも考えてみてくれ。お前をファルナールに逃がすのは簡単なことさ。
でもお前の話を聞く限り、少なくとも四人の内の三人は『印』が宿ってる。それもただの印じゃない」
「何?」
「お前の印ともう一人の印は多分『邪印』ってヤツだ。 どんなものかは詳しくわかってないが、とびっきり上等で珍しいモノだって聞いてる」
「そうなのか…」
「お前がファルナールに帰って、ダチに再会したとしよう。
ファルナール側からすれば、強力な印を持ったヤツが三人、もしかしたら四人もいるわけだ。当然戦争に利用したいだろ?
そのきさらぎってヤツが嘘をついたかホントにそう思ってるか知らないが、とにかくお前たちを帰す方法を間違って認識してる。
でも他に頼るものが無いから、その間違った認識を信じてしまう。
現にお前、きさらぎってのが言ったこと、全く疑わなかっただろ」
「あ…まぁ」
「お前たちを元の世界に帰すため、つまり干支共和国を早く取り戻すために協力して欲しい、多分こう言ってくるはずだ。
もともと戦争に関係の無いお前たちを、戦争に関わらせるために」
「……………」
「これは俺たちの戦争だ、お前たちは関わる意味が無い。…何も俺は戦争に参加しろって言ってるんじゃない。
ついて来いって言ってるだけさ。さっき俺が言った方法でなら、必ずお前たちは元の世界へ帰れる。
しかし、そのためにはファルナールを倒す必要があるんだ。このままいけば、きっと俺達は勝てる。だから…」
「…オレだけこっちについたって意味がねぇよ。四人一緒じゃなきゃ」
「だから、見つけるのさ。戦争に入る前に俺達は必ず相手陣地にスパイを送る。その役を俺が買って出てさ、
お前も俺についてくれば、仲間を探せるだろ?」
「……お前、結構考えてんだな」
「まあな、親友のためなら頭も使うさ」
「……一つ聞きてぇ。お前がさっき言った方法で、オレたちは本当に帰れんのか?」
「帰れるさ、さっき言った『あれ』のために上層部は戦争始めたんだ。『あれ』を使えば、必ず元の世界へ帰れるぜ」

……こいつの言うことは理にかなってる。おそらく帰り方も間違ってはいないのだろう。
でも、やっぱり…。

「…オレたちを助けてくれた人たちを、裏切れねぇよ」
「わかってないな」
「なに?」
「お前たちはこの戦争には関係ないんだ。だから裏切るも何も無いだろ?
戦争には関係ないっていっても、戦争中の地にいるのは確かだ。だからそういう甘いこと言ってちゃ、生きられんぜ。
お前の目的は『仲間全員揃って元の世界へ帰ること』だろ?だったら、そのために一番効率のいい方法を選び取れ。
たとえそれが、ド汚い手段でも」
「………」
「……まあ、そう簡単に結論は出せないよな。考えといてくれ、俺はちょっと出てくる。絶対に外に出るなよ」
「…ああ」

そう言って、ケルベージはテントから出て行った。
…どうすりゃいいのかな…。ファルナールと、ゴールデバンド、か…。
ここに翔とかがいればな…。ホント、どうしよ…?



【アクション視点】

都市レミール…。
街の中央に市庁舎が置かれ、周りは頑丈そうな外壁で囲まれており、
入り口は北と南にある大きな門のみという風情なぞ皆無な外観である。
しかし街中は打って変わって自然の景観をそのままに生かす造りがなされており、
美しい四季の移り変わりが楽しめるようになっていることから、四季の都と呼ばれている。
干支共和国との国境に近いこともあり、交易や商業などが盛んだ。
昼間には、整然とした通りに所狭しと露店が並び、品物を物色するために多くの人がその露店に群がっているが、
日が落ちれば一転、静寂が街を包む。
ゴールデバンドが迫っているという情報から、門ではスパイ防止のため厳しいチェックが行われていたが、
門番は春歌たちの顔を見るなり最敬礼し、すぐに通してくれた。

「さあ、着きましたわ」
「久しぶりだな〜。結構大きくなったね、ここ」
「……」

翔たちは二日間歩きっぱなしで、目的地であるレミールに着いた。
道中にあれだけ翔たちを照らした太陽が今では息を潜め、代わりに月が自己主張している。
翔は野宿が初体験だったことと、「女の子に見張りをやらせるわけにもいかない」と
ほとんどの見張りを買って出たためにろくに寝ておらず、疲れきった様子である。

「このような夜更けでは市庁舎へ行っても無駄足ですわ。今日は宿を取って明日出直しましょう」
「そうだね。あ、そういえばここには四葉ちゃんがいるんだっけ?」
「ええ。おそらく市庁舎で活動しているでしょうから、明日になれば会えますわ」
「久しぶりだな〜。『チェキチェキ』とか相変わらず言ってるのかな?」
「ふふ…そうでしょうね。きっとお変わりないと思いますわ」
「………なに、妹さんここに来てるの…?」
「うん、四葉ちゃんっていうんだ。翔さん、初めてあったら面食らうかもね」
「……へえ…そんなに……個性的なんだ…」
「はい、それはもう」

何とかして会話についていく翔だが、もはやそれも限界のようだ。
そんな翔を気遣ってか、一同は宿への道を急いだ…。



「あ〜〜、疲れた…」

夕食を終えた翔が、部屋に入るなりベッドにバフーンと倒れ込む。
多少の休息と夕食の満腹感により、いささか眠気は覚めているようだった。
彼がゴロゴロとベッドの感触を楽しんでいると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「どうぞ〜」

翔が言うと、相変わらず丁寧な振る舞いで春歌が入室する。

「翔様、早速ですが明日の予定について話しておきます」
「うん」

春歌たちは明日の早朝に市庁舎を訪ね、しばらくそこに滞在するという。
異世界から迷い込んだとはいえ、それだけでは身分の証明が不完全であることから、
仁たちはおそらく市庁舎には入れないだろうことも告げた。

「待ち合わせ場所は、特に決めてはいないのですよね?」
「うん。レミールで、ってとこまでしか決めてないはず」
「先ほども言いましたが、ご友人はおそらく街にいることと思いますので、翔様は明日、街に出てご友人をお探しくださいませ」
「僕一人で?」
「我々が動くと少々目立ってしまいまして、市民に不安を与えかねません。
混乱を避けるためにも、できればお一人で捜索していただきたいのですが…」
「OK、わかったよ」
「酒場やここ以外の宿などに尋ねればきっと情報は得られますので。…お役に立てず、申し訳ありません」
「いやいや、随分お世話してもらったからね、これ以上は迷惑かけられないよ」
「すみません。……それと、お願いがあるのですが…」
「なに?」
「ご友人が見つかりましたら、その方たちと共に市庁舎へいらしていただけませんか?」
「うん、わかった。…あ、でも、入れないんじゃないの?」
「話はつけておきます。門番に『春歌の友人』と名乗っていただければ、私がお出迎えいたしますので」
「OK」
「…では、おやすみなさいませ」

春歌が、入ってきたときと同じように丁寧に部屋を出る。
翔は仁たちがこの街に既に到着しているかどうか気がかりだったが、
旅疲れによる眠気が再び彼を襲い、程なくして二日ぶりの安眠についていた…。



【仁視点】

「よ、決心はついたか?」
「ああ…」

この三日間、オレは考えた。助けてもらったファルナールに戻るか、ゴールデバンドに残るかを。
出した結論は…。

「とりあえず待ち合わせ場所へ行きてぇ。アイツらが見つからなければそのままファルナールに残って、
見つかり次第お前が言った方法を説明してこっちに戻ってくる」
「そうか。じゃ、早速行くか!善は急げ、だ」
「おう」

…ファルナールを裏切るような結論になっちまったけど、これが一番いい選択のはずだ。
もともとオレたちは関係ないんだ…全員無事に日本に帰れればそれがいい。
待ってろよ、翔。洋子。豪さん。必ず見つけ出してやる…。

【アクション視点】

翌日の早朝、春歌と衛は市庁舎を訪れていた。
二階建ての巨大な石造りの建物で、太い大理石の柱が並ぶ正面入り口には、軽い武装をした門番が立っていた。
王国の王女である彼女たちだから、当然門は顔パスで通れる。

案内係に通された部屋に入ると、そこには彼女らの期待していた人物らが静かに話し合いをしていた。
二人はつい嬉しくなり、場の雰囲気を壊すような大きい声を出してしまっていた。

「やよい先生、千影あねぇ、無事だったんだね!きさらぎ先生も!」
「…衛くんに……春歌くん…!?…なぜここに……」
「やよい先生の砦が落とされたと聞いて駆けつけたのです。少しでも戦力があったほうが良いと思いまして」
「でも、どうしてここがわかったの?砦が落とされたのも、世間には知られてないはずよ?」
「翔さんに聞いたの。ほら、異世界から来たっていう男の人」
「!……い、生きて…いたんですね……良かった…」
「彼は……今、どこに…?」
「街中でご友人を探していらっしゃる頃と思います」
「そうか…」
「ホント、無事でよかった〜!心配しちゃったよ、千影あねぇって結構危なっかしいから」
「ふ……きみに………そんなこと言われるとは…思わなかったな……」
「でも本当に、ご無事で何よりです。あ、そういえば四葉さんは?」
「今ちょっと街に出てるのよ。チェキっていうの?相変わらずアレ、やってるわよ」
「なんでも……兄くんに似ている男が……いるらしい…」
「あにぃに!?そ、それでどうしたの!?」
「最近……急に見かけなくなったそうだが……。だが……おそらく別人だろう…兄くんのことだ…もうこの国には………いないだろうし…」
「そうですか…」
「………ねえ、今は何について話してたの?」
「ああ、それはね……」

再会を喜んだ一同は、再び話し合いに戻った。話の内容は、現在のゴールデバンド軍の動向についてだった。
何でも、北にあるファルナールと干支共和国の関所に、帝国軍が集結しているらしい…。



【翔視点】

は〜、なかなか上手くいかないもんだな〜。春歌ちゃんに言われたとおり、
酒場や宿屋に聞き込み入れてるんだけど、それらしい情報は得られない。
ベッドで休めたとはいえ、二日間歩きっぱなしだった疲れは完全には取れていないし、
今日もまた歩き詰めだったから、気力がちょっと萎えていた。
しかも人通りが多いから、立ち止まろうにもうまくいかない。

ドン!


おっと、ボーっとしてたら人にぶつかってしまった。
謝まろうとぶつかった人のほうを振り返ってみて、僕はあっけに取られてしまった。
なぜって、ぶつかった人が、フードつきのマントを羽織りつつ仮面をつけてるっていう変な格好だったから。
フードもすっぽりかぶっているので、男なのか女なのかも全くわからない。
でも背は大きいなぁ。僕より10cmは大きい。

「失敬」
「………あ、こちらこそ」

思わず返事が遅れてしまった。声の低さからして男だな…この世界の人はあんな格好も普通なのかなぁ?
仮面の人はすぐに行ってしまったが、珍しいのでつい目で追ってしまった。
僕と逆方向に歩いていった人を目で追う…当然前方不注意だけど、気付いたときはもう遅く、
またしても僕は人にぶつかってしまった。

ドン!


「チェキ!?」
「あ、ごめんなさい」

…ん?『チェキ』ってなんだ?
ぶつかった人を見てみると、トレンチコート風のワンピースを来た女の子が、鼻を抑えていた。
鼻を抑えたその手には虫メガネを持っている。…何に使うんだ?

「ご、ごめん。大丈夫?」
「あ、四葉は大丈夫デス!スミマセンけど急いでるので、どいてもらえるデスか?」
「あぁ、ごめん」

僕が避けると、その子は『チェキチェキ〜』という奇声(?)を発しながら行ってしまった。…この世界の人って変な人が多いなぁ。
…ん?何だこれ、財布か?今の子が落としていったのかな?なんだか可愛らしいデザインだし、多分そうだろう。届けなきゃ。



足速いなぁ、あの子!こうも人が多いと、あれくらいの子の方が小回り効いていいのかなぁ。
何とか見失わずに追えてるけど、このままじゃヤバイ。
……しかしあの子を見てると、どうも奇妙な動きをしている。
壁とか露店の商品とか、必ず何かに身を隠しながらジグザグに移動している。
まるで誰かを尾行してるみたいだ。…そんなことしてる子に追いつけないなんて、陸上部の名折れだ…。
いやいや、そんなことはどうでもいい。はやく追いつかなきゃ。あ、建物の中に入ったぞ?よし、室内ならすぐ追いつけるだろ。
…程なくしてさっきの子が入っていった建物の前まで来たけど、入り口で僕はちょっと怖気づいてしまった。
ここ、カジノじゃん…。こういうとこって、未成年お断りなんじゃないの?



中は、いかにもカジノって場所に似合ってそうな方々が辺り一面にひしめいていた…。
こんな早い内から酒をあおったヒゲのおっさんとか、全身に宝石類の装飾かましてるオバサマとか…。大人の世界だねぇ。
こんなとこに何の用があるんだ、あの子は…。さっさと見つけ出してさっさと出よう。

ワー!ワー!ワー!

ん?あっちがなんか騒がしいな…。
喚声がするほうへ歩いていくと、なんだか肉食獣を入れておく檻みたいなものが見えてきた。
その檻に、酒を飲んだおっさん、何かの券を片手に叫ぶおっさん…まぁとにかく、おっさんと呼べる人種ばかりが群がっていた。
店員さんに聞くと、あの檻の中で一対一で人が戦って、そのどっちが勝つかを賭ける場所…闘技場だって教えてくれた。まぁ、賭けボクシングみたいなものか…。
あんなとこにあの子はいないだろう、と思って別の場所へ行きかけたそのときに、周りのおっさん方には不似合いな色合いの服が見えた。
さっきあの子が着ていた服に似た色だ。
…念のため行ってみるか。




「はぁ、やっと追いついた」
「チェキ!?」

僕が少女の肩に手を置くと、当の少女はまたよく分からないリアクションで驚いた様子だった。
さっき見たのはやっぱりこの子の服で、今しがたやっと追いついたところだ。

「はいこれ」
「え?あ、これ四葉のおサイフ…」
「僕とぶつかったときに落としたの。気付かなかったかい?」

僕が言うと、少女はポケットに手を突っ込んだり服を叩いたりとお約束の行動をとった後、恥ずかしそうに笑いながら財布を受け取った。

「気付かなかったデス、えへへ…わざわざサンクスデス」
「いいってこと。……ところでさぁ、こんなとこに何か用でもあるの?」

こんな女の子が殴りあいの賭けに夢中になるとは思えないし、ちょっと疑問に思ったので聞いてみた。

「人を探してるんデス。それで、アノ人がそうじゃないカナ〜?って」
「あの人?」
「あそこにいる仮面つけた人デス」
「どれ?…あ、さっきの…」
「知ってるんデスか?」
「いや、ちょっとね」

少女が指差した方向を見ると、檻の中にさっきぶつかった仮面の人がいた。
見た感じ、賭け試合に出るらしい。相手は仮面の人より二まわりほど大きい体をした、いかにもって雰囲気の大男だった。
仮面の男は武器らしいものを持っていないが、大男はその体に見合った大きさの斧を肩に担いでいる。
…これは勝てないだろう、いくらなんでも体格が違いすぎる。しかも素手と武器じゃな…。

「…あの仮面の男が探し人?」
「オトコ?どうしてオトコってわかるんデスか?」
「いや、声が女の人の声とは思えないぐらい低かったからさ」
「ふむふむ…他に何かわかることはあるデスか?」
「他に?…背が僕より高かったなぁ。僕より10cmは高かったから…180cmはあるね」
「ふむふむ……180cmデスか…」
「わかることって言ったらそれぐらいかな。なんせぶつかったってだけだから」
「そうデスか。あ、試合が始まりマスよ!四葉の予想が正しければ仮面の人がアッサリ勝っちゃうはずなのデス!」
「ふ〜ん」

仮面の人とこの子には悪いけど、無理だよ、勝てないって…。
程なくしてゴングが鳴り、おっさん方の喚声の中、試合が始まった。




【アクション視点】


カアン!


ゴングと同時に試合が始まる。この試合、予想は圧倒的に大男が有利と見られていた。
オッズは1:20なのだから、それだけ一方的な試合になると誰もが思っていた。
しかし…

(ふん、こんなちっぽけな野郎に負けるかよ!)
「…」

立ち上がりは静かだった。ゆっくりと大男が近づいていき、仮面の男を射程範囲に捕らえる。

「おらぁ!」

そして力任せに斧を振り下ろす!仮面の男はその一撃を右に避け、地面に斧がめり込む。

「甘ぇ!」

それを見越した大男が、地面をえぐり取りつつ斧を横に振り払う!

「!!!?」

しかし次の瞬間、男の姿が瞬く間に消え、斧はまたしても空を切った。
大男に限らず、観客全員が仮面の男を見失う。仮面の男の動きを追えた者は、その場に二人のみ。翔と少女である。
この二人のみ、大男には目もくれず、天井に視線を向けていた。
数瞬後、スタンと軽やかに大男の背後に降り立つ。
音に反応した大男が振り向くが、彼の視界に入ったのは自分の顔を覆う掌のみ。
そして仮面の男が、顔面に軽く触れると……。

パァンっ!!!


何かが破裂したような音と共に、大男は弾かれるように大きく後方につんのめり、そのまま地面に伏した。
観客が一斉に声を上げる。それは大穴が的中した歓喜の声であったり、信じられないと驚愕する声、仮面の男を称える声など、様々だった。



【翔視点】

翔は仮面の男の行動をすべて見ていた。
仮面の男は即座にジャンプして斧による一撃を避けたが、そのジャンプによって天井まで手が届いていたこと。
天井に手をつけたその反動で、飛び上がったときよりさらに速く大男の背後に降り立ったこと。
そしてそれら一連の行動の人間離れしたスピードに、翔はしきりに感心していた。

「…兄チャマなら……デモ今の技は…」

そんな翔の横で、一人で何かをブツブツつぶやいているのは例の少女。

「どうかしたの?」
「え?い、いえ、何でもないデス…あっ!」
「な、なに?」

声をかけるなりいきなり少女が大きい声を出したので、翔は驚く。
そんな翔に気付かずに、女の子が急に駆け出しながら言った。

「忘れてマシタ!今の仮面の人を追うデスよ、付いて来てクダサイ!」
「え?あぁ、うん!」

付いて来い、と言われたので反射的に肯定の返事をしてしまう。
試合を終えた仮面の男は既に檻の中にはおらず、人ごみの向こうの、カジノの出入り口まで移動していた。
慌ててそれを追う翔と少女。
しかし二人がカジノを出たときには、既に仮面の男は姿を消していた。
辺りの道行く人に聞いてみても、そんな男は知らない、それだけの返答しか帰ってこなかった。

「う〜ん、しまったデス。今日こそはシッポをつかむつもりだったのに…」
「…まぁ、しょうがないよ」

しょうがないと言われ、ため息をつきながら肩を落とす少女。
そうやってしょんぼりする姿まで絵になるような少女の可愛い容姿に気付き、「最近は可愛い女の子に恵まれてるなぁ」と自分の運の良さを喜ぶ、どこか発想のズレた翔。

「…そういえば、お名前聞いてなかったデスね?」
「ん?あぁ、僕は桐山翔。君は?」
「四葉といいマス」
「ふーん……ん?四葉?」

聞いたことのある名前に、思わず聞き返す。一人称もそういえば『四葉』であったことに、今更だが気付いた。

「……四葉ちゃんさぁ、お姉さんいるでしょ」
「え?なんでわかるんデスか?」

おそらく衛の言っていた『妹』だろうと、翔は二人の少女、春歌と衛に付いてこの都市を訪れたことを話した。
話が通じたため、どうやら読みは当たったらしい。

「じゃあ、姉チャマたちこの街に来てるんデスか?」
「市庁舎に行くって言ってたかな」
「む〜…これはチェキ不足デシタ。……アレ?じゃあアナタは何の用事でココに来たんデスか?」
「友達を探しに来たんだ」
「そうデシタか。姉チャマ方に会いたいのはヤマヤマデスが、おサイフのお礼としてこの名探偵四葉、捜査に協力しちゃうデス!」
「え、そう?…じゃあ、よろしく頼むよ」
「お任せクダサイ!」

『名探偵』の言葉が少々気になったが、地元の協力者を得られるのを良しとして、翔は好意をありがたく受け取ることにした。
そうして二人はカジノから歩き出す。
……カジノの屋根から二人を見下ろす視線に、気付かぬまま。

「………」

そして、さぁっと一陣の風が吹いたと同時に、視線の主…仮面の男は、その場から消え去った…。


翔と四葉が懸命になって探しても、一向に手がかりを掴めないまま時間は過ぎ去っていき、今やもう夕暮れ時である。
昼には見渡す限りだった人の波も、徐々にその数を減らし始めている。

「見つからないデスね…」
「そうだね…まだこの街に着いてないのかもしれない」
「む〜…お腹も空きマシタし、この場はいったん引き下がるのが吉デス」
「…そうするか。じゃ、僕宿屋に戻るから、ここでお別れだね」
「ハイ、お疲れ様デス」

よほど姉に会いたいのだろう、嬉しそうな顔をして足早に四葉は去っていった。
翔もまた、昨日泊まった宿に引き返そうと踵を返したその時、妙な六人とすれ違う。
真っ黒なローブを纏ったその六人は、すでに街中を包んだ夕闇と一体化しているかのように辺りの景色に溶け込んでいた。
数が減ったとはいえ、少ないとは決して言い切れない人通りの中を流れるように移動するさまは、日本の忍者を思わせる。
今日は不思議なものとよく出会う、と珍しそうに目で追った翔だが、これがまずかった。
…翔は気付いた。
六人のうちの三人が、彼の視線に気付いて立ち止まったことを。
ローブから怪しく光る彼らの目を見て、翔は戦慄する。どこかで見た目だ…。
そう、空き地で見た、あの鬼の殺気だった目に似ている。

(あの目をするヤツはヤバイ…!)

翔の本能が告げる。
数瞬後、三人の内の二人が左右の路地に分かれて入っていき、残った一人がまっすぐ翔に向かってきた。
捕まってはいけない、直感がそう言っていた。次の瞬間、翔は一目散に駆け出した。
昼間より人が少ないため走りやすく、なにより陸上部で鍛えた自分の足に自信があったため、
彼は追跡者を振り切れることを信じて疑わなかった。しかし…。

(…そういえば白羽鳥さんが言ってたな。『逃げるときはできるだけジグザグに、人通りの多い道を選んで走れ』だっけか?
…よし、この道入ったほうが人通りが多そうだ、こっちへ行こう)

…不意に彼は、昔親友に言われたことを思い出し、右の路地へ進路を変更しようとしたが、慌てて足を止めた。
路地の先にいる黒づくめを視界に捕らえたからだ。さっき二手に分かれた黒づくめがもう先回りしている!
さらに後ろから追跡者が迫ってくる。とにかく再度走り出した翔だが、一向に距離が離せない。
何度か路地を曲がろうとするが、その度に先回りされてしまう。

(落ち着け〜、落ち着いて考えるんだ!)

がむしゃらに走りながら翔は必死で考えた。
『邪印』には身体能力向上の効果があると春歌は言っていた。これだけの距離を全力で走っても疲れないのはそのためだろう。
しかし、腑に落ちない点が一つある。
後ろのヤツは翔とほぼ同じスピードで追ってくる。二手に分かれたヤツらは必ず翔の先を行く。
つまり、回り込んで囲もうと思えば、いつでも出来るはずなのだ。では、何故しない?
回り込まれるのは翔にとって死活問題であるため、今の状況は歓迎すべきことなのだが。
…色々考えながら走っていったが、気付いたときにはあたりに人影らしいものは見当たらなかった。
光も遠く離れた場所に見える程度だ。……いつの間にか裏の一本路地に誘い込まれていたようだった。
…先回りできるぐらいだったのにさっさと囲まなかったのは、ここに誘い込むためだったのだ。
相手の目論見に今更気付いた。後悔が募る………しかし、後悔している暇などなかった。
自分の進路方向に二つの影が、ほんのわずかながら動くのが見えた。後ろから追ってきた相手も程なくしてやってくる。
とうとう囲まれた。なんとかこの状況を打破しなくてはならない。
正面に二人、後ろに一人。
翔は相手の様子をみるため、とりあえず追跡者たちに疑問を投げかけた。

「…つい追われたから逃げちゃったけどさ、何で僕を鬼ごっこに付き合わせたわけ?」
表現に余裕がある。ここまで落ち着いてられるのも翔は自身で不思議だった。
おそらくは、大通りで殺人を犯したときの騒ぎを避けるために、わざわざこんなところに誘い込んだのだろうと翔は推測した。
その推測はほぼ当たりであった。…つまり、この三人は翔に対し殺意を持っているのである。
案の定、三人は誰も翔の問いかけに答えず、ゆっくり間合いを詰めてくる。

「…問答無用っすか」

絶対的な危機を改めて認識する翔。先ほどの余裕が、サーッと音を立てて引いていくのがわかる。
このままの位置関係では背後を取られると考え、翔は側面の壁に背をつけた。
それに合わせ、翔を中心に半円を描くように展開する追跡者たち。

(…どうしよう)

必死で状況を分析する。相手は三人。自分は滝のときと違って素手。つまり、戦っても勝ち目なし。
逃げようにも、今まで全力で逃げていたのに追いつかれたのだから、無意味。

シャキン…


不意に金属音がする。同時に右から風を切る音!
敵の動きが視界に入った翔は相手に合わせて体を捌く。完全に避けたと思ったが、衣服を裂かれてしまっていた。
暗闇に溶け込んで、相手の武器がわからないのだ。
それを合図に他の二人も翔に襲い掛かる。武器がよく見えないため、どう防御したらいいのかわからない!
反射的にしゃがみ、相手の隙間を縫って前転する。前に見たカンフー映画のマネが見事に決まった。
それは単なる一時凌ぎではあったが、事態は好転した。遠くからわずかに溢れる光が、追跡者を照らしたのだ。

(武器を持ってるのは二人だけだ…!)

見えたのは両刃の剣と忍者がつけるようなカギ爪のみで、一人は素手らしい。

(両刃の剣を奪うんだ。それから爪を持つ敵を倒せば何とかなる…)

敵がかかってきた。爪を持った敵だ。わずかな光が敵の攻撃軌道を明確にする。
先ほどとは違い、しっかりとその軌道を見切ってかわし、ついでに膝裏を蹴って態勢を崩させた。
次には剣を持った相手が、横なぎに払ってきた!

(今だ!)

邪印の効果だろうか、素人ではありえないスピードで間を詰めて、相手の手首をつかんで攻撃を止める。
一発かまして剣を奪おうと試みるが、突如スケートリンクで滑ったかのような感覚が翔を襲い、そのまま倒れこんでしまった。
素手の敵が翔の足を払ったのだ。慌てて敵を見上げたときには、剣を持った敵が今まさに翔の頭を両断しようと、
剣を振り上げている様が目に写る。ローブに隠された顔がいやらしい笑顔を浮かべたような気がした。

(終わった―――――!!)

思わずぎゅっと目を閉じる。凶刃が、翔に向かって振り降ろされる!

ボキュッ!


嫌な音がする。剣が風を切る音とは全く異なる音だ。
何事かと不思議に思った翔は、恐る恐る目を開けた…。
視界に入るのはいつの間にか横たわった剣の敵と、自分の左方に注目する二人の敵。

「前にも言ったが、戦場で目を閉じることは自殺行為以外のなんでもないぞ。お前の悪い癖だな」

以前に聞いたセリフに反応して、翔も左を向く。

「白羽鳥さん!!」
「相変わらず無茶をするな。飛び降りの次は素手で1対3かよ」

突如現れた来訪者に敵は改めて身構える。目標を翔から豪に変えたようだ。

「…ほぉ、俺とやる気かい?この世界の俺は危険だぜ」

すっと腰を落とす豪。翔は腰が抜けたのか、その場に座りこんだままである。

ふっ


一陣の風が吹いたと同時に、豪は五歩分ほどあった距離を一瞬で詰めて敵の顔面に掌をかざす。
吹いた風は、もしかしたら豪が動いたときに発生したものかもしれなかった。それだけの速さであった。
そして…豪はわずかに口の端を歪め、掌を軽く触れさせた。

パァンっ!!!


紙袋が破裂したような音がしたかと思ったら、敵の一人が翔の横を吹っ飛んでいた。
とっさの出来事に対処しきれていないもう一人の敵も、翔が気付いたときには膝から地面に崩れ落ちていた。
翔にはなにが起きたのかイマイチわからなかったが、

「すごい…」

率直な感想が口から漏れる。目の前の親友は、素手でアッサリと追跡者を屠ってしまった。これを鮮やかと言わずして何としよう。

「ほら、いつまでも座ってないで立て」

屠った敵には目もくれず、すっと手を差し出された翔は、その手を取って起き上がる。
「白羽鳥さん、無事だったんだ」
「当たり前だ。この俺がそう簡単にやられるものか」
「でも…どうしてここに?」
「どこかの誰かが追われてるのが目に付いたから、余計な好奇心で後を追ったらそいつが襲われてた。ただそれだけ」
「『それだけ』って……僕、殺されかけたんだよ?」
「助かったからいいだろう?」

飄々と答える豪に、思わず翔は苦笑する。四人のうちただ一人、最も危険な別行動をとった豪。
その後がどうなったかわからなかったため、安否が気遣われるところだったが、
自分の知っている彼と変わらないその仕草に、翔は今まで感じたことの無い大きな安堵感に包まれていた。

「まぁとにかく、これからは武器を持ち歩け。丸腰じゃあ今回みたいになるぞ」
「わかったよ。………」
「どうした?」

落ち着きを取り戻した翔が不意に何かを考え込んだ。何か忘れてるような気がしてしょうがなかった。
十秒ほど考えただろうか、翔はあることを思い出していた。

(そういえば敵は六人いた!でも追ってきたのは三人…。じゃあ残りの三人はどこへ?)
「お〜い」

横で豪が何か言ってるが、構わず翔は記憶を呼び覚ます作業を続ける。そして、重要なことに気付いたのだ。

(コイツらを見たのは四葉ちゃんと別れた後だ。
そして、半分は僕を追ってきて、半分は僕と反対方向へ向かっていった…。反対方向って言えば…!)

「四葉ちゃんが危ない…!」
「あ?」
「助けに行かないと!白羽鳥さん、ちょっとついてきて!」
「おい、ちょっと待…」

返事を待たずに翔は大通りへ駆け出した。しかし、豪はそれについていこうとはしない。

「四葉…って、あの四葉か?………………やれやれ」

嘆くように言った豪の声は、当然翔には届かなかった。



翔が三人の追跡者から追われているそのとき…。四葉もまた、翔と同じように三人の黒づくめに追われていた。
姉たちに助けを求めるために市庁舎へ急いだが、どうやっても先回りされてしまって一向に近づけない。
しかし、この街の地理を把握している四葉は、追跡者の『裏路地に誘い込む』目論見に気付いていた。
気付いていながら、四葉は自ら裏路地に足を踏み入れる。そして、無謀とも言える賭けに出たのだ…。

【四葉視点】

……まさかもうこの街に侵入しているとは思いませんデシタ…。
やり口からして、この人たちはゴールデバンドのスパイデスね…。
街中で偶然四葉を見つけて、ついでだからアンサツしてしまおう、というところデスか…。

「ファルナール第六王女の四葉、だな?」
「そういうのは追う前に聞いて欲しいデス。人違いだったらどうするつもりだったんデスカ?」
「ふ…余裕があるじゃあないか…」

四葉が今しなきゃいけないことは、時間稼ぎデス。
時間を稼いでいれば、『あの人』が…四葉の推理が当たっていれば、『あの人』が助けに来てくれるはずデス…。

「我らのリーダー直々の命令だ、貴様をゴールデバンドの本城に連れて行く。抵抗しなければ危害は加えん」
「…あれ?アンサツじゃないんデスカ?」
「……」

…アンサツでなく、ユーカイ…?不思議デスね、人質にするつもりなんデショウか…。
でも、それなら戦争中に捕まえればいいワケで…う〜ん……。

「…では、黙ってついてきてもらおうか」
「…あ、アレ!?」

四葉が考え事をしてる最中に、いつの間にか四葉は両脇に手をかけられて持ち上げられていマシタ。
こ、コレは不覚デス!

「放すデス放すデス放すデス放すデス放すったら放すデス〜!!」
「うわ、うるさっ…」

暴れ散らしてなんとか手を放させマシタが、このままじゃ時間稼ぎどころではありまセン。
なんとかして、『あの人』が来てくれるまでネバらなくては。でも、どうやって…?
……むっ!閃きマシタ!ここは名探偵四葉の華麗なる話術でペースを乱してしまうデス!

「…抵抗する気か?」
「ちょっと待つデス!ちゃんと四葉を連れて行く動機を言ってクダサイ!」
「何?」
「ユーカイというのはれっきとした犯罪デス。このまま四葉を連れて行けば、アナタたちはユウカイ犯として
捕まってしまうんデスよ?でも、ここで四葉に何の用があるかをきちんと話して四葉の同意を得られれば、
合法的に四葉を連れ出せるワケデス。アナタたちだって、ホントはユーカイなんてしたくないはずデス。そうデスよね?」
「「「…………」」」
「さぁさぁ、だから早く四葉の同意を得られるような説明をしてクダサイ。うまくいけば例え捕まってもオトガメナシ、デスよ」

フフン、これでユーカイの動機を聞き出せば、時間も稼げるしヤツらの狙いもわかるというものデス。
あ〜ん、四葉って天才!さすが名探偵デス!

「……連れて行くぞ、放すなよ」
「よし」

ガシッ


「え?」

な、何でデスか〜!?
またしても四葉は両脇に手をかけられて持ち上げられてしまいマシタ。
お、おかしいデス!四葉の予定ではこのあとユーカイの理由が聞けるはずなのにぃ〜!!

「ここからはCルートを通ってこの都市から脱出する。市民には見つかるなよ。もし見られたら殺せ」
「さっきのヤツを追った三人はどうする?」

な、なんだか話も勝手に進んじゃってマス。実は今、とってもピーンチなのでは…!?
ま、まずいデス、非常にまずいデス。は、早く助けに来るデス〜!

「各々の判断で脱出するよう伝えてある。…では行くぞ」
「幼女を誘拐するとは感心できんな」

!!き、来てくれたデスカ!?
突然聞こえた声のほうを見ると、闘技場で見た仮面の人(ここ数日四葉が追い掛け回していた)が佇んでいマシタ…。

「今からでも遅くはない。その子を放して立ち去れ」



【アクション視点】

「今からでも遅くはない。その子を放して立ち去れ」
「………」

三人のうち四葉を持った二人は路地の奥へ走り、残った一人は仮面の男を凝視していた。

「…聞き分けのない坊や達だ…」

仮面の男が嘆いた瞬間、その姿がスッと掻き消えた。
残った一人の背後でドサッと何かが落ちたような音がし、その音に反応して振り返った敵は目を疑った。
見えたのは仮面の男と、それに抱えられた王女のみであった。四葉を持った二人は、既に趣味の悪い踏絵となっている。
仮面の男が四葉を降ろし、妙に安心できる声で四葉に言った。

「怪我はないか?」
「よ、四葉は平気デス…あ、あの」
「話は後だ、下がっていなさい」

言い終わる前か後か、残った敵が常人を逸脱したスピードで二人に襲い掛かってきた。
あまりのスピードに、四葉は下がることを忘れてその身を硬くした。光る短刀が仮面の男を狙う!

「危な――――」

パァンっ!!!


…四葉が言い終わる前に、既に決着はついていた。
超スピードをものともせず、冷静に攻撃を受け流した仮面の男が、その左手を敵の顔面にかざした。
敵はその手に触れた瞬間、反発する磁石のように後方へ吹き飛んでしまう。
四葉も見た、闘技場で使った技である。やはり、何かが破裂したような音が響いた。
敵は、起き上がってこなかった。

「…何故襲われたかはわからないが、以後用心することだ。街中だからとて安心するな」
「は、はいデス。…あ、あの、もしかしてアナタ…」
「では、所用があるので失礼する。早く家へ帰るのだな」
「あっ、ま、待ってクダサイ!!」

静止の言葉を聞かず、仮面の男はその場を足早に去っていく。
四葉はそれを追おうとするが、程なくして男の姿は見えなくなってしまった。
……四葉の無謀な「来るかどうかもわからない助けを待つ」賭けは、見事四葉の勝利に終わった。
そして、その結果から四葉は一つのことを確信する。
あの仮面の男は、四葉の捜し求める人物であるという事を。



四葉のもとに翔が駆けつけたのは、それから間もなくのことである。

「四葉ちゃん!」
「翔チャマ!」
「よかった、無事だったんだ」

四葉の無事を確認した翔は、今はじめて地面にうずくまっている黒づくめに気付いた。

「……四葉ちゃんがやったの?」
「四葉はそんなヤバンじゃありマセン!兄チャ…いえ、あの仮面の人が助けてくれたんデス」
「仮面の人?…あぁ、あの人ね」
「翔チャマも、襲われたんデスか?」
「うん、君を追っていくコイツらを見てたら、なんだか僕まで標的にされちゃったらしくて」
「よく無事デシタね」
「いや、僕もかなり危なかったんだけどさ、親友が助けてくれて」
「親友サン?どこにいるんデスか?」
「え?……あ、あれ?」

あたりを見回して、豪が自分に付いてきていないことにやっと気付く。
そういえば、「待て」と言われたような気がしないでもない。

「なんだよー、ちゃんと付いてきてくれよな〜…」
「でも、探してたオトモダチが見つかって良かったデスね」
「まぁね。あと二人いるんだけど」

翔の別れ際の暗い雰囲気が、今は薄くなっているような印象を四葉は受けた。

「…翔チャマ」
「…何?」

急に重たい声を出した四葉に、翔も思わず引き締まる。

「この人たちはきっとゴールデバンドのスパイデス。彼らは都市に攻め入る場合、必ずスパイを送り込んでくるんデス。
…ゴールデバンド軍は近いうちに攻め入ってくるかもしれマセン」
「それって…この街で戦争するってこと?」

翔の言葉に四葉は頷く。

「…まいったな、待ち合わせどころじゃないよ…」

嘆く翔に、四葉は口調を変えずに続ける。

「…翔チャマ、四葉と一緒に市庁舎へ来てクダサイ」
「え?いや、まだ友達見つかってないから行けないよ」
「スパイを倒したことで、翔チャマも目をつけられてもおかしくないデス。
スパイには昼も夜もありマセンから、普通の宿屋では安心して眠れないデスよ」
「…そっか」

四葉が言うには、このままでは翔は再び襲われかねないから、身の安全のために市庁舎へ赴く必要があるらしい。
豪も連れて行ったほうがいいと判断した二人は翔が襲われた場所に戻ったが、
その場には豪の姿どころか、追跡者の跡形もなかった。あるのは壁に付けられた、風に揺れる紙のみである。
さっきは無かった壁紙に気付き、翔はそれを読み上げる。

「俺は用があるからこの街を離れる。いったんお別れだ。また会おう」

名前は書いていなかったが、それは豪が書いたものに間違いなかった。
用事とは何かが気になったが、豪ならおそらく大丈夫であろうと、さして危惧することなく翔はそのまま市庁舎へ向かった。
…なぜか四葉がその紙を凝視し、「う〜ん、う〜ん」と考え込んでいたが。

程なくして市庁舎にたどり着いた二人。
翔は『春歌の友人』を名乗って、四葉は顔パスで市庁舎に入る。
そのさいに春歌が翔達を出迎え、久方ぶりの再会を喜んだ四葉が春歌に飛びついた。

「わ〜い♪春歌姉チャマ、お久しぶりデス〜♪」
「四葉さんもお元気そうで何よりですわ」

その様子から姉妹の仲はとても良いことが窺え、そんな二人を見て翔は、一緒に滝に飛び込んだ幼馴染の姉弟を思い出していた。

(アイツらも仲良かったけど…何してんだろうな…無事かなぁ)

今は離れ離れの二人。
彼らに思いを馳せていた翔に春歌が声をかけ、三人は執務室へと向かう。
通された部屋にはやよい、きさらぎ、千影、衛の姿が見えた。全員、翔の顔見知りだった。

「よかった。話には聞いていたけど、無事だったのね」
「春歌ちゃんと衛ちゃんに助けてもらいまして」
「衛姉チャマ♪お元気デシタか〜?」
「うん、四葉ちゃんも相変わらずだね♪」

ひとしきり再会を喜んだ後に、四葉と翔がスパイに襲われたことを一同に話す。
スパイが潜んでいる。その事実が意味することを全員が理解し、誰かがため息を漏らした。
戦争は、近い。

「…のんびりしてる暇はなくなったみたいね。準備を急ぎましょう」
「ワタクシたちもお手伝いしますわ」
「…戦争なんて、久しぶりだなぁ…。あにぃと一緒じゃないから、ちょっと怖いかな…」
「兄チャマなら大丈夫、きっと来てくれるデスよ!さっきだって…」
「………さっき?…さっきとは…なんのことだい…?」

後でわかったことだが、この日の夜、この発言がもとで四葉は三人の姉に囲まれて、質問攻めをくらったらしい…。

「やよいさん、仁たちがまだこの街に来てないんです。でも戦争がはじまったら…」
「…そうね、あの子達は戦争がはじまる前に見つけないとね…。
わかったわ、捜索隊を出すなりして、私たちも探すのに協力しましょう」
「すみません…」

都市の中心たる組織の協力が得られたおかげで、翔の気分が晴れていく。
近いうち見つかるであろう親友たちへの思いを胸に、その日は市庁舎で体を休めた。



あの日から三日が経ったが、仁たちの情報は一向に得られなかった。苛立ちと不安が翔の心を攻めたてる。
また、翔が捜索隊とともに街に繰り出している間、千影達は戦争の準備と帝国軍に対する作戦を練っていた。
作戦もほぼ決まりかけたそのときに、翔が執務室へ帰ってくる。疲労が溜まったのであろうか、
俯きながら無言で腰掛ける。そんな翔の様子に、やよい達は申し訳ない気持ちで一杯になる。
一時間を置いて、衛が言いづらそうに声をかけた。

「翔さん…」
「…なに?」
「もう明日か明後日には帝国が攻めてくると思うんだ。だから、そろそろ翔さんも市民の人たちと一緒に避難したほうが…」
「そのことなんだけどさ」
「えっ?」

強い口調で言葉を遮られた衛は、みっともない声で翔に返した。
俯き加減だったその様が、今では何かを決意したような瞳をたたえて一同を見渡した。
その瞳に、千影達はかつて自分たちを救った兄の面影を見たような気がした。
三年前、自分たちを導き勝利をもたらした、最愛の兄を。
そして、瞳と同じく決意を露にした口調で、こう言ったのだ。

「僕も戦争に参加するよ」

このときの翔の決意が、彼らの運命を大きく変えたことを、本人たちは知る由もなかった…。



(第五話へ、続く…)





本文と同じく、とっても長い
あとがき



以前ありがたく頂戴したメールにこういう要望がありました。

それは、「妹たちをもっと出せ」というものです。

メールを下さった方にも返事は出させていただいたのですが(その節はありがとうございました)、確かに本作品は現在、妹たちよりオリキャラが目立ち、第二の主人公とも言える兄も出てきておりません。

これには理由があります。

妹たちはシナリオ上とても重要な位置にありますが、それはオリキャラの主人公たちにも言えます。
しかし、妹たちは皆さんよぉくご存知でらっしゃいますが、オリキャラはそうはいきません。
ですからオリキャラを印象付けるために、序盤のほうで妹の出演を犠牲にする形で目立たせたのです。
私自身、この作品を通して読者の皆様に伝えたいこと、表現したいことがあるわけで、それをクリアするには妹たちだけでは足りないだろう、と判断してのことです。

が、シスプリSSは妹が出てきてこそです。

一人のSS書きとして、妹たちの出番を犠牲にしてしまったのはあるまじき行為であり、反省しております。

申し訳ございません。

先にも言いましたが、妹たちは重要キャラです。これからどんどん目立ってきますので、
見守ってやってくださるとありがたいです。

長くなりました。非常に長くなりました。お目汚し失礼致しましたが、どうしても言いたかったので。
では最後ですが、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!

翔SIDE     洋子SIDE