夢を見た。


ちょっと前の…でも、とても懐かしい夢。


四人で笑いあって、楽しく過ごしたあの頃の夢。


でも、私は…夢の中の私は、知っていた。


その夢は、やっぱり夢なんだってことを。



………。



そして、豪くんが私に振り向くこのシーン…。


…いつもここで、私は目を覚ます。








俺たちの数奇な人生・第五話  洋子編

『動き始めた野望』






【アクション視点】

「……んっ」

窓から差し込む朝日が、洋子を夢の底から引っ張り上げた。

(…また、あの夢かぁ…)

その夢は、洋子が滝に飛び降りた日以来毎日見続けたもの。
いつも内容はほぼ忘れてしまうが、その夢の終わりに必ず豪が出てくることだけ、洋子ははっきり覚えている。

(…また同じ夢を見ちゃったなぁ)

寝ぼけながら考えてたら…。

じりりりりりりりりり!!!!

「きゃあっ!!?」

けたたましい金属音が突如洋子の聴覚を貫き、思わず悲鳴を上げてしまう。
とても心臓に悪いこの音は、寝ぼけ眼の洋子の意識を一気に覚醒させた。

りりりりりりり!!!

……どうやら音源は手動で止めるまで鳴り続けるらしい。
しかも手が届きそうで届かないところにあるのが、意地悪さを醸し出す。
手を伸ばしても無駄なことは分かっていたが、それでも必死でベッドから音源に向かって手を伸ばす彼女。
…でもやっぱり届かなかったらしく、しぶしぶベッドから起き上がって音を止める。

「ふぅ…」

洋子はその音源――目覚し時計らしいものだ――を見つめ、ため息をついた。

(もし毎朝こんな音で起こされたら、寿命が何年縮むか分からないわよ、もう…)

「実験」と称して『彼女』にコレを使わされた洋子だ、きっと『彼女』は感想を聞いてくるはず。
そんなわけで、彼女に言うべき言葉は…。

「音をもっとソフトにして」

これに即決定だった。

ばたん!!

音が止むのとほぼ同時に、部屋のドアが勢いよく開け放たれる。

「おっはよ〜!今日も清々しい朝ですよ〜!」
「…おはよ」

入ってきたのは、頭にゴーグルを載せたボブカットの似合う『彼女』、名前を鈴凛と言う。
このけたたましいモノを作ったのも、彼女だった。

「で、どう?鈴凛ちゃんの画期的な新発明!」

目をキラキラさせてそう聞いてくる……肯定的な意見を期待してるのは明白だったが…。

「ちょっと、音が大きすぎるかな…」
「え〜?洋子さん寝起き悪いから、このくらいの音じゃないと起きないじゃない。やっぱ誰でも起きれるように作らないと、ねぇ?」

どうやら確信犯だったらしい。寝起きの悪い洋子にとっては迷惑極まりない話だった。

「…………私はそうかもしれないけど。でもやっぱり、他の人にこの音は体に悪いんじゃないかなぁ?」
「ん、了解。でもさぁ、結構使えるでしょ、コレ」
「そうね、便利かもね」

話の決着はついたようだ。
さて、現代では目覚し時計というものは溢れるほどあるわけだが、異世界ではほとんど目にすることが無い。
それを作った鈴凛は当然『機械』に携わる人間であるし、その能力も高いことが分かる。
この世界には現代で言う『機械』は全然普及しておらず、それ自体あまりいいように思われていない節があり、中にはその存在を知らない人さえいる。
だが鈴凛は、こうして周りの目にめげずに発明を繰り返しているのだ。
そこまで機械にこだわる理由を某名探偵が訊ねたところ、何か『特別な事情』があるらしい、とのこと。

話を戻すと、二人がもう二言三言会話をした後に、鈴凛が

「そういえばもう朝食の用意出来てるから、支度したら来てね」

そう言って満足そうに部屋を出て行く。
鈴凛が洋子を起こしにきて、朝食に呼ぶ。ここ最近の洋子の朝の習慣だ。
昔はよく仁が起こしに来たものだったが……。

(仁、今どうしてるかなぁ……?)

生き別れた弟に思いを馳せていた洋子だったが、不意に顎に手をあて、何かを考え込むようにして俯いた。
程なくして、伏せていた顔を両手でパンと叩き、おもむろに着替え始める。
こうして見ると彼女のスタイルは目を見張るものがあるが、幼なじみ達には「寸胴」「締まりがなってない」などなど、散々馬鹿にされたものだった。
しかし今、そんな軽口を叩く彼ら三人は、彼女のもとにいない。それが、そのことが、彼女にはどうしようもなく悲しかった。

「探しに行こう…いつまでもおびえてちゃダメ…」

決意を固めた洋子は手早く着替えを終え、朝食の卓に向かった。

「あの、ちょっといいかな?」

朝食を食べ終えた洋子は、早速話題を切り出した。

「レミールって所に行きたいんだけど…どこか分かる?」
「ふぇ?洋子さん、レミールに何しに行くの?」

今洋子に返答したのが、鈴凛の妹の花穂。ヘアバンドの良く似合う、可愛らしい子だ。

「ん、ちょっと友達と待ち合わせしてて」
「わ〜い、ヒナも行く〜〜♪」
「こらこら、雛子は勉強があるだろ?」

今の二人は、雛子と五箇条さつき。
雛子は花穂のさらに下の妹で、さつきは四人でたった一人の成人だ。
はじめはさつきも姉妹なのかと誤解した洋子だが、そうではない。
さつきは「ワケありでこの子たちの面倒を見ている」と洋子に語った。
ちなみに先の四人が生活するこの都市を、『ルーベラン』という。
一週間前に、近くの川で洋子が流れてきたのを助けたのがさつきで、以来洋子は世話になっている。

「レミールは、ここから街道に沿って…う〜ん、歩いて2日かからないぐらいの距離だけど」
「じゃあ急だけど、今日にはここを出発できないかなぁ?」
「おいおい、ホントに急だなぁ。でも今から準備して出発するってなると、ちょっと危険だぞ」
「えっ?どうしてですか?」

さつきの話を聞くと、まずこのあたりの人が集まる場所と言えば『ルーベラン』と『レミール』ぐらいらしい。
そしてさっき鈴凛が言ったとおり、ルーベランからはレミールへ続く街道が走っていて、途中には関所がある、と。
洋子は聞いたことを忠実にイメージした。彼女が考える位置関係は以下の図の通りである。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

干支共和国領内

…==
     \
       \
         \
           \
             \===関所門===========……

・ルーベラン→→→→→↓  A
               →→↓
                  →↓
                    ↓
                    ・レミール

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

(…………う〜ん)

洋子は自身の想像力を疑ってしまった…………まぁ、それはともかく。
さつきの話では、帝国軍はもう関所の間近まで迫っていて、この数日、関所の向こう側で、防衛隊と幾度か衝突しているらしい。
現在の関所付近は、危険なのだ。
矢印が街道を示すのだが、今ここを発つと、A地点辺りにたどり着くのがちょうど戦争の起こるであろう時期と重なり、危険だとも言った。

「ほらほら、花穂おねえたま、これ見て。ヒナが作ったんだよ」
「わぁ、雛子ちゃん上手だね♪」

……どうやら年少の二人は大人たちの話に飽きてしまったらしく、傍らで折り紙(洋子にはそう見えた)で遊んでいる。

「で、話の続きだけど、ルーベランとレミールの連合で関所に集まってさ、そこで敵を退けようって事になってんだよ。今出て行くと戦争に鉢合わせだし、レミールだって戦争に忙しいから人探しの取次ぎなんてしてくれないさ」
「…そうですか」

一連の話を聞き終え、洋子は唇をかむ。
要するに、もっと早く決断していればこんなことにはならなかったのだ。
自分の不甲斐なさが悔しかったが、このまま立ち止まる程、今の洋子は弱くない。
頭を使い懸命に次の手段を探した洋子が、一つ思い立ったことがあった。

「戦争が近いなら、一般市民は避難しなきゃいけないわけですよね?」
「あぁ、そうだなぁ。今日も夜あたりにあるんじゃないか?」
「じゃあ、レミール市民用の避難所の場所を教えてくれませんか?たぶんあの子達も、そこに行くだろうから…」
「ん?避難所ってここだぜ?」
「えっ?」

予想外の情報に驚いたのだろうか、素っ頓狂な声が部屋に響く。
詳しく聞くと、様々な条件からして、守りに入るならルーベランのほうがレミールより都合が良いらしい。
今この街に残っているのは、ルーベランを守るための兵が700いて、それ以外は全てレミール軍と合流しているらしい。
なぜさつきがそこまで軍事情報に詳しいのか疑問に思った洋子だったが、さつきが次に言った言葉でその考えが吹っ飛ぶ。

「だからさ、もうお前の友達もこっちに来てるかもしれないな」
「えっ?ホントですか!?」

洋子はさつきに詰め寄るようにイスから立ち上がり、まくし立てる。

「じゃあ、早く行かなきゃ!」
「おいおい慌てんなよ、今避難所行っても相手にされないだけだって。夜まで待って、次に来る避難民の受け入れに混ざって入り込むしかないだろ」
「で、でも…」
「でも、じゃない。それが一番確実だし、効率いいの。ま、それからはもう会うことも無いだろうから、お別れ会でもやらせろよな」

そう言ってにぱっと笑ってみせるさつきの厚意を、洋子は素直に受け取ることにした。
今まで散々世話になったさつきだから、ここで断ることが逆に失礼に当たることを洋子は知っていたし、何よりそうやって最後まで面倒を見てくれるさつきたちとの別れは、綺麗にしておきたかった。

「じゃあまだ昼まで時間があるから、あいつらと遊んでやってくれないか?」
「えぇ、お安い御用です。じゃ雛子ちゃん、花穂ちゃん、外に行って遊びましょ」
「わ〜い!洋子おねえたまと一緒だ〜♪」
「鈴凛ちゃんの研究室にも、後で遊びに行くから」
「うん、待ってる」
「「「じゃあ、行ってきま〜す」」」

そして明るく元気に、彼女たちは外へ赴いた。はるか東の方向にわずかな雲はあるけども、その強い日差しを遮るようなことは無い。
いい天気だった。
三人はその日差しの中を、元気に駆けていく。
洋子の心の中には、もしかしたら今日中に仁たちに会えるかも、という期待で胸が一杯だった。
そんな彼女だから、徐々に迫る東の雲には、決して気付くことは無かった…。

―――四日前、ゴールデバンド城のとある一室。

外は、真昼だというのに暗かった。上空に立ち込める暗雲が、光を拒んでいるのだ。

そんな中、一つの部屋に次々と要人が入室していく。
部屋には大きな机が一つ中央に置かれており、それを囲むように既に幾人かが座っていた。
各々の容姿は、人間と変わらないようなものを持つもの、明らかに人間と異なるもの、さらに原型は人間であるが所々に変化が見られるものなど、多種多様であった。翔達を襲った鬼も、席に名を連ねていた。

「では、はじめましょうか」

その中で、一際他の者とは違う、逸脱した雰囲気をもつ者……銀の体毛を持った狼男だ……が、会議の始まりを促す。

「これから二日後に、我々は共和国と王国を分ける関所を落とします。まず現在のこちらと向こうの状況の説明を」

銀狼が丁寧な口調で言うと、一人の男が立ち上がり(今度は人間だ)報告をはじめる。

「はっ。まず関所には現在、王国の防衛隊が約1000ほど。それに対し関所付近に駐屯する我が軍の数は1200、さらに向こうでは軍の大きな移動があったそうです。これは関所の向こうに位置する二つの都市が連合を組んだものと思われます。その連合の数はおよそ5000、以上です」

報告を言い終えたその者が座ると同時に、別の男が別種の報告をはじめた。

「近日レミールに送ったスパイから、気になる報告があります」
「ほぉ、なんですか?」
「はっ。レミールに送ったスパイの数は七人ですが、その中で帰還したものはわずかに一人。その者からの情報によると、街中で内部を探っていたところに王女と思われる少女を偶然発見、その一人は報告のため、残り六人が捕獲に向かったところ、その六人全員が行方不明だそうです。おそらくこの六人は、既に処刑されたか捕らわれたものと思われます」

今度はやよいと対峙したあの鷲男、ルンドルが座ったままで口を挟む。

「処刑はありえない。王国も共和国も、そういったものには嫌悪を抱くからな」
「だろうな。あの甘ったれな女どもなら、拷問もしてないだろうぜ」

『全く理解不能だぜ』といったジェスチャーを踏まえながら、あの鬼がその意見に賛同する。

「しかし彼らはスパイの中でも実力をもった者らです。捕らわれただけなら、今ごろ脱走して帰還を終えているはずでは?」
「そもそもスパイごときが、王女捕獲という重要任務を独断で実行したのに問題があるのではないか?スパイの任務はあくまで内部調査だ。今回のことで、多少なりとも我らの行動を予測されてしまうぞ」
「それはどうだろう。王女捕獲は早々チャンスがあるものではない。スパイが国の利益を考えた上での行動だ、リスクがあってもそれを実行するのは当然のことではないのか」
「だが…」
「だいたい…」
「それにしては…」

一同が各々の見解をここぞとばかりに話し始め、部屋をざわめきが支配する。
昔からいつもこうして本題とは話がズレ、まとまりの無い会議が多かったのだが、この銀狼が来てからはそれが一変していた。

「皆さん、静かにして下さい。今我々が話すべきことはスパイの責任の話ではありません。彼らの持ち帰った情報をもとに我々がどう動くか、それを話し合うのが本会議の議題です。皆さん冷静になって、今はそのことに意識を集中してください」

その言葉が、部屋全体を静寂で包む。プライドの高い彼らでも、この銀狼の言うことには何故か従う気になってしまう。
そして静寂の中、銀狼が意外な言葉を続けた。

「まぁ今、話し合う、とは言いましたが、今回は私に任せてもらえませんか。皆さんにも言い分はあるでしょうが、ちょっと策がありまして」
「貴殿が直々に赴く必要性は?」
「私の指揮のもとに軍を動かさねば、この策は成りません。答えはこれでよろしいですか?」

誰もが口を閉ざし、彼の眼光を見つめた。彼自身はと言うと、その瞳に何か好奇の光をたたえ、かすかに笑っている。

「反論が無いようですので、今回は全て私に一任させていただくということで結論を出すことにします。では、兵を2500ほどお借りしますので、そのつもりで」
「しかし今から兵を出発させても、ここから例の関所まで一週間以上かかりますぞ」
「その心配は無用。2000の兵は奪った関所を護衛させるために連れて行くだけで、残りの500は有翼人です。彼らだけなら向こうには三日あればつくので」
「なんと!では1700の兵で6000の王国軍を倒すとおっしゃるのか!?」
「倒す必要などありません」
「なんですと?」

顔に長いヒゲを生やした老人が、興味ありげに問いただす。確かに四倍近い数の敵を打ち破るのは、普通では考えられない。
銀狼は相変わらずわずかに笑いながらも、こう言った。

「要は、関所が奪えればいいのです。まぁ見ててくださいよ」

こうして会議は終わった。出席した要人たちはほぼ全てが部屋を出る。
残ったのは銀狼と、仮面とフード付きのマントを携えた者だけだった。

「…何をするつもりだ?」

仮面の男が言葉を発する。随分と深く、蠢くような声だ。

「さっき言ったとおりだ」
「…関所を奪う、か?……ふっ、関所など二の次なのだろう…?」
「まぁな。しかもそれはお前の役目だ」
「……判っている…しかし1700で関所を奪えとは、貴様も無茶を言う…」
「お前ならできるだろう?その印の力で」

そう言って銀狼は、仮面の男の左手を指差す。机に置いたその左手はグローブがしてあるため見えないが、彼も印を持っているのだろう。

「私はルーベランへ行く。一般市民の避難所はそっちだろうからな」
「…狙いは何だ?」
「例の『十二の秘宝』を狩りに行くのさ。そういえば、お前の妹だったな?」
「………違う、『俺』の妹ではない………」
「どっちでも変わらないだろう?…まぁどうでもいいことか。では、お互い動くとしようか」
「ああ…」

会話を終えた二人が、どちらともなく、ふっとその場から消え去った。
彼らの野望は、着々と進んでいる…。

暗雲が、南へ流れていった。

――――時は戻る。


「さっきまで雲なんて無かったのに…」

洋子は空を見上げ、一人グチる。
本来ならもう夕暮れ時だが、先刻から徐々にやってきた雲が夕日を遮断しつつある。

「おい、早く家に入れよな」
「あ、はい」

さつきに促され、洋子は家に入る。
今まで世話になったこの家とも、今日でお別れだ。そして、彼女たちとも。
夜には洋子が避難所に向かうので、この日はいつもより早めの夕食だ。
朝から真昼頃まではずっと雛子と花穂に付きっ切りで、その後は鈴凛の発明品の実験台となるなど、洋子は彼女たちとの最後の付き合いを存分に楽しんできた。
この夕食のあと、洋子は避難民に混じって翔達を探すことになっている。

「じゃあ、いただきま〜す」

最後の夕食ということで、洋子が号令をかける。

「「「「いただきま〜す♪」」」」

それに習ってさつきたちが箸を手に取り、それぞれが食べ物をつついた。
最後というだけあって料理はいつもより手が込んでいる。

「花穂、それ食べないの?じゃ、もらうよ」
「あっ!それ花穂の好物だから取っておいたのにぃ〜!お姉ちゃまのばか〜!」
「おい雛子、ちゃんと野菜も食べろよ」
「え〜……ヒナ、ピーマンさん食べれないよ〜…」

こうして彼女たちの明るい日常をもう見れなくなることを考えると、洋子はちょっとだけ、名残惜しく思った。






「じゃあ、今まで本当にありがとうございました」

家の玄関口で洋子の見送りに来ていた四人が、各々の言葉を洋子に投げる。

「おう、元気でな」
「今度はその友達と遊びに来てよ。新しい発明して待ってるから」
「また一緒にヒナと遊んでね!ゼッタイゼッタイ、ゼーッタイだよ!」
「花穂、毎日洋子さんの応援するから、洋子さんも頑張ってね!」
「うふふ、ありがと。皆も、いつまでも元気で。……じゃ、行ってきます」
「「「「いってらっしゃ〜い」」」」

四人に見送られ、洋子は避難所へ向かった。
しばらくその後姿を見送っていた四人だったが、風が巻いてきたのに気付いてそそくさと家に入っていった。
………いつのまにかもう、雲は空を経て、街を覆い尽くしていた…。





洋子が避難民らしき集団と出くわしたのは、それから十五分後ほどだった。
避難所というのはこの街の富豪が所有する大きな施設で、現代的に言えば『体育館』という感じの建物だった。
避難民はそこに収容され、戦争が治まるまでそこで生活する事になる。

洋子はもう、気が気でなかった。
早く中に入って仁たちを探したかったが、どうも入り口付近が混雑しているらしく、長い列が出来ていた。

(あぁん、もう!早くしてよ〜…)

一人心の中で地団太を踏んでいると、なにやら後列の方が騒がしい事に気付いた。
声につられて後を振り返った洋子の目に。

夜の闇を赤く照らす、炎が写った。



バタン!!

大きな音を立てながら、一人の武装した男が家の玄関を開け放つ。
その男はさつきたちに向かってこう言った。

「将軍、王女様方、ご報告します。先ほど避難民の一隊から火の手が上がりました。可能性は低いと思われますが、スパイの仕業の可能性がありますので、ご足労願えますでしょうか」
「スパイ?だって関所はまだ…」

言いかけて、鈴凛は言葉を止め、現在の状況を分析し始めた。
スパイが入り込むにしても警戒は厳重、さらにここまで潜んでくるには関所も越えなくてはならない。
その関所とて破られてはいないのだから、侵入はありえないはずだ。
だが最近、レミールでもスパイが発見されたという情報もある。

(もしかしたら、内通者が…?)

そこまで考えたところで、さつきが王女たちに指示を出す。

「よし、オレはちょっと様子を見てくる。お前たちは家の中でじっとしてろよ。戸締りもしっかりな」
「OK、任せて」

湧いた疑問をとりあえず胸のうちにしまい、とりあえず今はさつきの指示に従うことにした。

「じゃあ、行ってくるぜ」
「先生、気をつけてね」

さつきはその兵とともに家を出る。
外は少しだけ、雨が降ってきていた。

現場に到着したさつきだが、確かに炎が立ち昇っていた。
避難民の荷物に次々と燃え移っていったようだが、消火作業とこの小雨により、鎮火もそう長く待つものではないと思われた。
しかしそのときに、さつきの下に一人の斥候が駆けてくる。

「将軍、現在我が都市とレミールとの連合軍が関所にて衝突しました!ただいま交戦中です!」

やや意外性のあるその言葉に、俯き加減でさつきが答えた。

「…そうか、早かったな。じゃあ、念のために臨戦態勢を取っておくよう伝令を出しておいてくれ」
「承知しました!」

足早に斥候はその場を去った。数瞬後に、先ほどさつきを呼びにきた兵士が口を出す。

「将軍、臨戦態勢はいささか早急では?連合軍がヤツらに敗れるようなことはないと思うのですが…」
「まぁな、指揮官もやよいだっていうし、きさらぎもいるから大丈夫だとは思うんだけどさ…。でも今までもそうやって、大丈夫なはずの状況をひっくり返されてきたんだ。そのせいで、本国もヤツらに奪われた…」

さつきが目を伏せ、苦虫をつぶしたような表情を取る。そしてその兵士は、さらにさつきの言葉に続いた。

「最近になって、向こうには頭の切れる者が突如現れたらしいですからね」
「……?」

さつきは兵士の言葉を聞き流していたが、不意に妙な違和感に襲われた。

(何だ?今、コイツ…何て言った?『頭の切れるヤツ』が『突如』?)

「なんでお前がそんなこと知ってるんだ?オレ、そんなの聞いたこと無いぞ」
「い、いえ、そういう噂が隊で広まっていたので、つい…失言でした」

慌てている。この兵、何かおかしい。さつきの直感が、彼女に訴えかけていた。

「おい、お前…」

バグァァアアアン!!

さつきが兵に言いかけたそのときに、遠くのほうで爆音が鳴り響く!
同時に、さっきとは別の斥候が息を切らしながら一言、言葉を紡ぐ。
彼が言い放ったその言葉は、彼女を驚愕させるのに十分な内容だった。

「将軍!帝国軍が!」
「なに!?速すぎるぞ!」

まさか連合軍が負けたのか?それもこんなに早く?
そしてもうこの街に攻め入られるほど、進軍は進んでいるのか?おかしい、どう考えたって異常だ。速すぎる!
さつきが考えをめぐらしていると、右方から不意に剣の鳴る金属音が、そして風を切る音が耳に入る!
瞬間、腰にあった爪付きの手甲を装着しつつ、反射的に左に飛びのく。

ドガッ!!

「ちっ!!」

上手くその斬撃を避けることに成功したさつき。
見ると、先ほどの挙動不審だった兵が剣を抜き、さつきに切りかかってきたようだった。地面に振り下ろされた剣が刺さっている。
そして見る見るうちに、その兵士が獣人の姿を象っていく!
その姿は鷲と人間を掛け合わせた外見、有翼人と呼ばれるものだった。背中に生えた大きい二つの翼が特徴的だ。

「お前…どうやって!」
「ふん。貴様らの網をくぐることなど、あの方にかかれば造作も無いことだ!」

言いながら、獣人は剣による突きを連続で繰り出す。スピードに乗った、鋭い連撃だ!
だが彼女は巧みな体さばきでそれを避け、少し大きめなモーションの突きを見るや、上手くカウンターを合わせる!

「っ!」

それを上空に飛んで避けた獣人が、その目を糸のように細めてさつきを観察した。
ほんの十五秒もかからない立会いだったが、互いの力量を測るには十分の材料だったようだ。
そしてその間にも、そこかしこで悲鳴や火の手が上がり始めていた。

「ルンドル様!」

二人の下に、帝国兵らしき者がが一人やってくる。手には、血にぬれた剣を携えていた…。

「ここから北に向かって三つ目の曲がり角、その先の三件目だ。急げよ!」
「はっ!」

ルンドルと呼ばれた獣人が、手早に兵に指令を出す。
今、彼が言ったと思われる場所…それは彼女たちの住む家の場所だった。そしてそこには、王女たちがいる…!
手練れである彼女に邪魔されないため、まんまとここまでおびき寄せられてしまったという訳だ。
救出に向かおうにも、この獣人を倒さなければならない。そしてこの獣人を倒すのも、なかなか骨が折れそうだ。

「さぁ、愚かな女将軍よ、かかってくるがいい!」
「っくそ!」

そして再び、街道に写る二つの影が対峙した。


鈴凛達のいる家は、既に何名かの帝国兵が囲んでいた。

ドンドンドン!!

玄関の戸が乱暴に何かで叩きつけられている。
カギを何重にもかけたが、打ち破られるのも時間の問題だ。

「花穂、雛子、こっちに来て」
「う、うん」

鈴凛は幼少の二人を連れ、いつもの作業室へ向かった。
何か役に立つものがあるかもしれない、そう期待を込めて。

ガァン!!

部屋にたどり着いたと同時に、玄関が打ち破られた音が響き、ドタドタと無遠慮な足音が彼女らのもとまで届いた。

「急がなきゃ…」

鈴凛はパッと見で、使えそうなものを物色していく。
花穂はその様子を心配そうな顔で見守り、雛子は現状が分かっていないらしく、のほほんとしていた。
そしてだいたい道具の目星がついたところで、鈴凛は花穂と雛子に指示を出す。
使えそうな道具は『重たいスパナ』『手のひらサイズの発電機(スタンガンか?)』『ジャンプシューズ』この三つだった。

「じゃあ花穂はこのスタンガン、雛子はこの靴を履いて」
「わ〜い、新しいおクツ〜♪」
「え?な、なんで?」

雛子は変わらずマイペースだったが、花穂は明らかに動揺している。こう言ったことに慣れていない彼女だから、それも仕方なかった。
それは鈴凛も同じだったが、彼女は年長という立場にあるため、無理やり自己を奮い立たせて花穂に言う。

「ゴメン、説明してる暇は無いの。今から私が言った通りにして、そうすれば絶対逃げ切れるから」
「で、でも……」
「花穂。ここで敵に捕まったら、もうアニキには二度と会えないの。そんなの嫌でしょ?」
「…うん。そうだね、花穂頑張る!」

(そう、このままアニキに会えないまんまじゃ、絶対嫌だもんね…)

最愛の兄のことを想い、心を落ち着ける。もう一度兄に会うため、と心にゲキを飛ばし、二人に作戦を与える。

「まず花穂は、そこの物陰に隠れて様子を見てて。で、私が合図したらその機械を、このボタンを押しながら相手に押し付けるの」
「ねぇねぇ、ヒナは〜?」
「雛子は、入り口のドアの近くに隠れてて、私が合図したらオジサンたちと鬼ごっこして遊んで。ここを押せば、靴が勝手に跳ねるから。あ、できるだけオジサンたちの近くをうろちょろしてね」
「わ〜い、鬼ごっこ鬼ごっこ♪」
「じゃ、隠れて!」

三人がそれぞれ配置に付く。図で表せば、こうだ。

 

##################################
#             花  +     +                       |
#             穂  +  机  +                       ド
#                  ++++                        ア
#                                                |
# %%%%%                                        |
# %    %                                         #
# % 作  %                      $$$$$     &&&&#
# %    %                      $     $  &&工具の塊#
# %    %                      $  柱  $    &&&&#
# % 業  %                  鈴凛 $     $     雛子  #
# %    %                       $$$$$          #
# %    %                                        #
# % 机  %                                        #
# %    %                                        #
# %%%%%                                        #
#                                                #
#                                                #
#                                                #
###################################

 

三人が隠れ終わってから程なくして作業室のドアが蹴破られ、そして何人かが入ってきた。
足音からして二、三人だろうか…。
鈴凛はじっと敵が近づいてくるのを、チャンスを待った。
数瞬後、彼女の視界に帝国兵が写る!

「えいっ!」

兵の頭部めがけて、スパナを大きく振りかぶった!

ゴッ!!!

その兵は兜をしていなかったため直撃を食らい、鈍い音と同時に床に倒れ込んだ。
同時に、当然他の帝国兵が彼女に気付く。敵は残り三人だ、予想より一人多い!

「てめぇ!」

二人がかりで鈴凛に向かってくるが、力任せにぶんぶんとスパナを振り回し、敵を退ける。
そして多少面を食らった兵の一人が、花穂のいる机に背を向けた。

「花穂!」

鈴凛が言うが早いか、花穂がその兵に向かってスタンガンを突き出す!
「ぐぎゃっ」と無様な声を上げながら床にひれ伏し、痙攣している。二度目の成功だ!

「まだいたのか!」
「気をつけろ、他にもいるかもしれんぞ!」

ここからは雛子の出番だ。
ちょうど視界の隅に雛子が見えたため、鈴凛は目で合図を送った。
待ちかねたのか、勢いよく雛子が兵に向かって飛び出す。

「わ〜い、鬼サンこっちら、手〜のな〜る方へ〜♪」

ちょうど兵たちと鈴凛達の間に入るように、しかもシューズの力でびよんびよんと跳ねながらの登場に、またしても兵は注意力をひきつけられた。鈴凛と花穂の二人は、狼狽した兵の隙を狙って先ほどと同じ方法で攻撃する!

「ぐぁ!」

花穂の攻撃は敵に届き、昏倒せしめたが…

「おっとぉ!」

鈴凛の攻撃は腕をつかまれることで阻まれ、そのまま持ち上げられる!

「きゃあっ!?」
「お姉ちゃま!」
「おっとお嬢ちゃん、そのおもちゃを捨てな」

いつの間にか、兵の片手には剣が握られていた。目の前に凶器を突きつけられ、体が固まってしまう花穂。
隙を見た兵がそのままスタンガンを叩き落して、花穂もその手に収めてしまう。

「ちょっと、離してよ!」
「…さぁて、後はあの飛び跳ねてるお嬢ちゃんだけだな」

鈴凛が抗議の声を上げるが全く聞く耳を持たず、その兵は残った雛子に近づいていく。
このままではまずい、何とかしなくては。
しかし鈴凛には思いつく策が無く、絶体絶命だった。そのとき!

じりりりりりりりりり!!!!

「な、なんだぁ!?」

急にけたたましい金属音が鳴り響き、兵士が何事かとあたりを見回す。
驚いたのは鈴凛も同じだったが、視界の下で彼女は見た。
長い髪をたなびかせた女性が、地面のスタンガンを拾い上げたのを。

「その子を離しなさい!」
「ぐげぁっ!」

女性がスタンガンを突きつけ、兵の体がビクン!と揺れる。
膝をつくように倒れ、その際に鈴凛と花穂の戒めも解けた。

「鈴凛ちゃん、花穂ちゃん、大丈夫?」

そう言って二人に手を差し伸べるその女性は…

「あ、洋子おねえたま!」

雛子がその女性、洋子の下に跳ねながら近づく。

「な、なんで?避難所に行ったんじゃなかったの?」
「一度は行ったんだけど、中に入る前に騒動が起きちゃって。友達探すどころじゃなかったから、心配になって戻ってきちゃった」
「洋子お姉ちゃまが目覚ましを鳴らしたの?」
「ええ、そうよ。そうすれば注意をひきつけられるって思って」

一時的にだが、危機を脱した事に喜ぶ四人。だが、安心するにはまだ早かった。

「また別のが来るかもしれないから、今のうちに逃げよ!」
「え〜?ヒナのぬいぐるみ、置いてっちゃうの?」
「逃げ切ったら私が買ってあげるから、今は我慢して。ね?雛子ちゃん」
「…うん…」
「じゃあ、行こっ!」

そうして四人は家を出て、街の外へ向かっていった…。

「ヒナちゃん、こんな時まで跳ねてなくても…」
「えへへ、ヒナこれ気にいっちゃった☆」



―――ルーベランの街の一角にて。

「申し訳ありません。取り逃がしたとの報告が入りました」

腕を組んで佇む銀狼に、有翼人の一般兵がそう伝える。

「そうですか。まぁそれでは仕方ありませんね」
「いかがなされますか」
「私が彼女らを直接迎えに上がるので、ルンドルに『頃合いになったら引き上げて、レミールに赴け』と伝えてください。あなた方の今回の任務はルーベランやレミールを落とすことではない。それを忘れないように、とも」
「……承知しました」

有翼人が飛び立ち、伝令に走るのを見届けると、彼は組んだ腕をそのままに、ゆっくりと歩き始めた。
小雨はいつしか、本降りになっていた。







「ねぇ、さつきさんはどうしたの?」

洋子がさも不思議そうに訊ねた。

「わかんないの…洋子お姉ちゃまが出て行ったあと、先生も出て行っちゃって、それからは…」
「先生?先生って、さつきさんのこと?」
「あぁ、それはまた後で話すから、今は逃げることに集中しよ。さ!ここを曲がればあとはもうすぐ街の外だよ!」

彼女たちは帝国兵のいそうなところを避けるために遠回りを余儀なくされていたが、その努力もあと少しで報われる。
あとちょっとだ、という気持ちが彼女たちに笑みをこぼさせ、いざ、曲がり角を曲がろうとしたときだ。

…彼女たちは、運が悪かったとしか言いようが無かった。

いやしかし、それは必然と言えたかもしれない。

この曲がり角を曲がれば、街の外まであと十数メートル。

そこまでたどり着けば、逃げ切ったも同然だったというのに。

目の前で腕を組む、美しい銀の毛並みを持った人間。

彼女たちの目の前には、『それ』がいた。

いや、『それ』は人間ではなく、狼。

雨が降っていてあたりは闇一色だというのに、その狼だけは、明るく輝いて見える。

「見つけましたよ、お姫様方」

声を聞いたとたん、体が止まった。

どうあがいても、体が言うことを聞かないのだ。

「お迎えに上がりました、ついて来てくださいますね?」

反論しようにも、声も出ない。

………彼女たちは、目の前の圧倒的な存在に成す術も無く。

ただ、その場で佇んでいた。

 

雨が止み、帝国軍もその姿を消していた。
彼らの目的がこの街の制圧でなかったこと、そして本当の目的を達成して帰還していったことを、さつきは自宅の前で悟っていた。
半壊状態の家の前で、ただ彼女はつぶやく。

「…くそぉ…」

そして、押し寄せた激情に流されるままに。

くそおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」

つぶやきを、叫びに変えた。

晴れ渡った空にその叫びは響いた。

だが、それだけだった…。

 

〜第六話につづく〜












あとがき

いやぁ、スランプスランプ。
それで結局前作から二ヵ月もかかってやんの。
その上にこの出来なんだからどうしようもないですわ、あっはっは(←自棄)。
まぁ今回は色々慣れないことに挑戦しました。どこがそれか、気付いてくれると嬉しいなぁ。 さぁて、徐々に妹たちが目立ってきました。
三人の中で一番のおねぇさん、というわけで鈴凛が多めに目立ってます。
ちなみに彼女、第六話でも目立つ予定です。
なんつーか、動かしやすいんですよね。ま、それに負けないように花穂と雛子も目立たせる努力はするつもり。 あと、図を二つも作ってしまいましたが、崩れて見えてたらすみません…。 最初は今まで通りオリキャラ中心、後半の展開は急な上に超強引と、要見直しバッチリですが、これ以上待たせてしまうのもなんなので、これでとりあえず公開。時間あれば改定しよ〜っと。 では、次回は翔編です。
9、10月は私生活が忙しく、HPの準備もあったのでこんなに間があきましたが、これからはそんなことは無いので、まぁ見守ってやってください。 では、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました! 

10/30 午前4:12  梨