三日前の昼下がり。
いつものように道場で兵の教練をしていたカスミの元に、「トランの英雄」ランゼット=マクドールがふいと現れる。
日頃は忍びらしい振舞いをする彼女だが、かの英雄殿を前にした途端に年相応の顔になったりするのは、見ていて微笑ましい。
……彼女があまりに緊張しすぎて、とても見ていられない部分もあるのだが。
まぁそれはともかく、そんなカスミの前にスタスタと歩み寄った彼が開口一番に言ったのが次の言葉。
「手伝ってほしいことがある」
この世に想い人の頼みごとを断るような者はいるだろうか、いやいない(←反語♪)。
当然のごとく、カスミはOKした。
(いいところをお見せする、またとないチャンスだわ!)
なーんて考えたりしてるとこが、いかにも恋する乙女っぽい。んー、青春。
しかぁし。
それが、騒動の始まりだったのだ。
〜ついていってはいけない〜
ランゼットがカスミに頼んだこと、それは大雑把に言えば「王宮への侵入および脱走ルートの調査」。
話によると、ランゼットは帝都グレッグミンスターの王宮に侵入(意味:不法に押し入ること)を試みているらしい。
なぜ正面から入らないのかと訊ねたところ、「それでは行動が制限されてしまう」とのこと。
何をする気なのか疑問に思いながらも、そこはランゼットのためだ、カスミは持てる力を十二分に発揮して彼の要望に答えた。恋する乙女って便利だ(←オィ)。
まぁ、それはともかく。
そんなわけで本日の朝方、ランゼットが調査の報告を聞きにカスミの元にやってくる。
いつもの五割増で駆け回ったおかげだろう、その調査は質、量、共に詳細で完璧なものだった。
完璧すぎて、とても覚えてらんない。
ランゼットの記憶力なら何とかなりそうだったが、苦労してそんなことを覚えるよりはもっといい方法があるのを、彼は知っていた。
「カスミ、今夜一緒に来てくれないか?」
前後関係を無視すれば、今の彼の言葉は結構キワドイものであり。
(えっ…?『今夜一緒に』?それって夜の逢瀬のお誘い??真夜中に二人っきりってこと???ウソウソ、ホントに!?キャーーーーーーー、恥ずかしいけど嬉しいーーーー♪)
そしてカスミは↑の通り、しっかり前後関係を無視していた。恋する乙女、大暴走。
勘違いも甚だしいところだが、まぁ本人が幸せそうなのでよしとしよう。
しかし彼女は義勇軍大将という立場にあるため、安易に個人的な行動に出ることはできなかった。もし彼女が不在の間に何かあったら、取り返しのつかないことにもなりかねない。
義勇軍をまとめる責任を持つ者として、この申し出を受けるか否かなど、天秤で量ればどちらに傾くかは明白だった。
「ぜひ、ご一緒させていただきます」
そっちかよ!?
「ありがとう。なら善は急げだ、早速ビッキーに飛ばしてもらうとしよう」
コイツも促してるし。
「はい♪」
はい♪じゃないよ、お嬢ちゃん。そんな可愛らしく言えば許してくれるだなんて思うなよ(←アンタ誰)。
…まぁ何はともあれ、どうもカスミちゃんってば、義勇軍大将である前に恋する乙女だったようで。
そんなこんなで、二人はトランへと旅立ってしまいましたとさ。
☆☆☆
で、現在。夜も更けに更けたころ。
ランゼットとカスミは帝都グレッグミンスターに到着していた。某おとぼけ娘によるテレポートは、失敗せずに終わったらしい。
「よし、そろそろ時間だ。作戦を遂行しよう」
その場で月を見上げたランゼットが、おもむろに口を開く。月光のシャワーをその身に浴びた彼の姿は神秘的で、カスミの心はいつにも増して波を打った。二人きり、というのを改めて意識してしまう。
「…どうかした?そんなに固まって」
言いながら、その瞳でカスミを貫くランゼット。もはや彼女の精神は、献血初体験の青少年のようにドッキドキ(←謎)。
「い、いえ!何でもないです!」
ちっとも「何でもない」ように感じないのは、我々の気のせいである。
「そうか、なら良かった。今回の作戦は君だけが頼りだ、よろしく頼む」
「!!」(君だけが頼り…君だけが…君だけ…君だけ…君だけ…)
カスミの思考にランゼットの言葉が反響する。今の彼の発言は「カスミちゃん認定・ランゼットとの選りすぐり会話ランキング」第二位に見事ランクイン。
「は、はい!あの、私、ランゼット様の期待に添えるよう全力で頑張りますので、見ていてください!」
同時に、俄然やる気を出しちゃったカスミちゃん。まったく、これだから恋する乙女ってヤツは手におえない。
まぁ、それはいいとして。
「それでは、早速侵入開始といこうか。案内、お願いする」
「はい、お任せください!」
城に滑り込んでいく二つの影の間にこんなやり取りがあったのを、見張りの兵士トーマスさん(35)は知る由も無かった。
☆☆☆
「カスミ…」
「はい、なんでしょう?」
ずりずり…
「こっちから頼んでおいて文句を言うのもなんだが、もっといい通路はなかったのだろうか」
「しかし調査の限りでは、ランゼット様のおっしゃる場所まではこの経路が確実で時間もかからず、なにより安全かと…」
ずりずりずり…
「…まぁ君が言うのならそうなんだろうが……何と言うか、もっとこう、大胆かつ華麗に忍び込みたかったなぁ」
「はぁ、カツカレー…ですか」
「違ーう」
ずりずりずりずり…
……さて、今がどういう状況かというと。
妙なやり取りをしているこの二人、ただいまとーっても狭い通路―――カスミ曰く、城の通風道らしい―――を仲良く並んでほふく前進中。
やたら「ジメッ」としたこの通路を、口を尖らせながらずりずり這って進む英雄殿&紅忍者の御姿はあんまり直視したくない。
まぁそれは無視する事にして、その数瞬後。
「あ、着きましたよ。この下が目的の部屋です」
ガコッと手元のタイルを外しながら、部屋の様子を窺う。人の気配は感じられない。
「…大丈夫みたいですね。では、失礼ながら」
そう言うが早いか、するりと隙間に体を入れて部屋へ降り立つ。この辺はさすがと言うべきか。その後すぐにランゼットも続いたが、こちらもなかなか様になった着地だ。
「でも…このようなところにわざわざ忍び込むなんて、一体何をするおつもりなのですか?」
カスミが部屋を見回しながら、怪しげな顔つきで言う。なぜ怪しい顔つきかというのは、首を回すたびに「ニヤリ」と顔が歪みそうになるのを懸命に耐えていたからだ。
そう、彼らが行き着いたこの部屋、ここは城内の一室を「これでもか!これでもくゎぁっっ!!」ってぐらいランゼット色に染められた、「英雄を奉る御室」に他ならなかったのだ。
部屋の隅に鎮座する本棚には、怪しげな本がびっしり。
本棚とは別の端には、三年前よりだいぶ脚色された彼の衣類のレプリカ。
床に敷かれたカーペットはご丁寧にも彼の顔が刷られているし。
壁に貼られているのは、見るものにセクシーウインクを投げ送る英雄殿の笑顔。
そして、夜の闇に包まれたこの部屋で不気味に自己主張している、胸像。
はっきり言って、やりすぎである。
「……まさか…………ここまでとは………」
部屋の様子を目の当たりにしたランゼットは、ただ絶句していた。そりゃそうだ、誰だってこんなもの作られたらビビるに決まってる。
「君はこの部屋のことを知っていたのか?」
「え?えぇ、まぁ…。何度か見学させていただいたこともありますが…」
見学するそのたびに悦っていたのは、もちろん内緒だ。
「…そうか………はぁ」
「…ランゼット様は、この部屋にいらしたのは初めてなのですか?何だか驚かれているようですが……」
「…こんな部屋、存在さえ知らなかった。知ったのは三日前だ」
彼が言うには、先日シグナルホワイト城に訪問した際、そこの城主に「あんな部屋が作られるなんて、やっぱり尊敬されてるんですね〜」とか何とか言われたために気付いたらしい。
「レパントめ………ヤツの趣向は相変わらず、ということか…」
ランゼットの言うように、その部屋は確かにレパントの案によって作成されたものである。何せあのおじさんは、自分の屋敷にルーレットを仕掛けるような(しかもその奥には家宝が大事そうに保管されていた)変人だ。彼のアイデアと言われれば、まぁ頷ける。
憮然とした表情でその趣味の悪い装飾を物色していたランゼットだったが、本棚の前で途端に足を止め、
「ぐわぁっ!!」
…絶叫した。
「ど、どうなされました!!?」
突然悲鳴をあげたランゼットに、カスミは駆け寄る。不安になってわなわな震える彼を見ると、手元に何かを持っているようだ。
「…………………なんだこれは」
「えっ?」
彼が手元に持っていたのは、絵本だった。タイトルは…
らんぜっと と ゆかいな ひゃくはちせい たち
ご丁寧なことに漢字は一切ナッシング。カタカナの横にはひらがながふられているのも、お約束どおりだ。
絵柄もかなり怪しく、とても口舌はできそうにない。絵については、読者諸兄のほうで勝手に想像してくれ(←やる気なし)。
「なんだ…なんなんだこれは……このやたら眼がキラキラしてて『さぁいざ突撃だ皆の衆、我らの絆の力を今こそ見せようではないか!』とか言ってるのは誰だ!?」
「それは……おそらくランゼット様かと…」
「こんなこと言った覚えは無いぞ!」
「そう言われましても……」
激昂するランゼットはその後も何かとわめいたが、カスミの「見つかってしまいますよ!」の言葉に、落ち着きを取り戻したようだった。
「はぁ…はぁ…」
「落ち着きになられましたか…?」
「あぁ…すまない、つい取り乱してしまった……」
「いえ、そんな…。それより、この部屋には何か目的があって潜入したのではなかったのですか?」
どうやら部屋のあまりの印象強さに、本来の目的がすっ飛んだらしい。まぁ、そうなるのも当然と言えば当然かもしれない。
「あぁ、そうだったな……。では、手早く片付けるとしようか」
そう言って、彼は再び部屋を物色して回る。
「お、あったあった」
言いながら彼が手にしたのは、天牙棍のレプリカ。ヒュッと棍を鳴らしてみるが、なかなか良く出来ているようだ。
(棍など持って、何を………?)
彼のことだ、きっと自分の想像の及ばないことを考えているに違いない。そう考えて、カスミは彼の一挙一動を見据えた。
「さて…」
すっと、ランゼットは己の胸像と対峙した。そしてふっと息を軽く吐いた、その次の瞬間。
「うおしゃああああァァァァァっっっ!!!!」
ばごぉぉんっ!!
強烈な気(?)を発しながら鮮やかな手つきで棍を操り、胸像を一撃の名のもとに葬り去った!!!
確かに彼の行動は、カスミの考えの及ぶようなところにはなかったようだ。もちろん別の意味で、だが。
「な…何をなさるのですか!?ご自分の胸像ですよ!?」
「自分のだから壊すのさ。勝手にこんなもの作られてたまるか」
どうやら彼にとって、自身をテーマにされたこの部屋は許しがたいものであるらしく、本日はそれを叩き潰しに来たということらしい。
がしゃあぁん!!
ゴッバォオオン!!
ぎにぃぃいやああぁぁあ(叫)!!!!
ランゼットはなおも破壊活動を行い続けた。
本棚も、ポスターも、カーペットも、全て八つに裂いてはじく。カスミはただおろおろするばかりだ。
しっかし、ここまで大騒ぎしているのに見張りの一人だって来ないこの城も、案外マヌケである。
数分後。かろうじて「部屋」と言えるその空間にあったのは。
「ふぅ、すっきりしたNA☆」
いい感じの笑顔を浮かべた一人の少年と。
(どうしよう…?)
想像だにしなかった展開にただ呆然と、しかし想い人の満面の笑顔が見れたから別にいいか、とか思ってる少女と。
もはや原型がなんだったのかさえ判らないほどのガラクタの山のみだったということですわ。
さて、城をとっとと脱走した二人がその後どうしたかというと。
「お礼がしたい」
そう言ってランゼットは自宅にカスミを招き入れた。こんな時間だったらバナーからの船も出ていないだろうと言って(←建前っぽいが)カスミは了解し、そのままランゼットとの「二人っきり」を満喫したそうな。めでたしめでたし。
翌日の朝。
「ぬわぁっ!!!?」
胸像を磨きにはせ参じた大統領殿がマヌケな声を出したのは、言うまでも無く。
そしてその頃、シグナルホワイト城は…。
「ハイランドが進軍を開始したぞ!!!」
と、てんやわんやの大騒ぎ。
そしてまぁ、当然彼らとしても軍を編成しなければならないわけで。
つまり。
「カスミはどこだ!!!?」
と騒ぎ立てる熊やら青やら軍師やら、その他諸々。
結局その場は合戦にならずに済んだわけのだけれども。
しばらくして、帰ってきたカスミと彼女についてきたランゼットは、こってり皆さんに絞られましたとさ!
ま、そんなわけで。
あんまり好きな人にホイホイついてっちゃいけないよ、っていう話。
あとがき
初めての幻想小説で、久しぶりのギャグ。
しかも急ピッチで執筆したので、あまりに見るに耐えないシロモノとなってしまいました。
でもまぁ、書いてて楽しかったからいいや(←最低)。
話の流れや文体、表現、話の厚薄などはもうちょっと底上げできるんですけど、今回は目をつぶってやってください。
では、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました!!