アレッツォ

Arezzo



アレッツォはトスカーナ地方の丘陵に囲まれた小さな町です。

近年、ロベルト・ベニーニ監督・主演の映画『ライフ・イズ・ビューティフル』(原題:”La vita e’ bella”)の舞台となったことで世界的に知名度が上がり、サン・フランチェスコ教会内などでは、英語とドイツ語がとびかっていました。
坂の多い町並みは、中世の面影を残し、初夏の昼下がり、街を歩くのは私ひとりだけかのように、ひっそりと静まり返っていました。(観光スポットには、前述したように英米人、ドイツ人がたくさんいましたが。)それが夕刻になると、一変して街路に地元の人々が繰り出し、大変なにぎわいとなっていました。


またルネサンスの巨匠ピエロ・デッラ・フランチェスカのフレスコ画が多く残る町でも知られています。


サン・フランチェスコ教会 Basilica di S.Francesco
ピエロ・デッラ・フランチェスカ「聖十字架伝説」
13世紀に建立された教会の外観は質素なものですが、内部の中央礼拝堂にルネッサンス絵画の一頂点を示すといわれているピエロ・デッラ・フランチェスカのフレスコ画連作が残っています。近年修復が完成し、完全予約制の見学となりました。
ところが好事魔多し、数日前に予約の電話を入れたところ、私のアレッツォ滞在日6月13日は、年にたった2回の見学休の日(聖フランチェスコの日と聖アントニオの日。筆者があたったのは後者)とのことでした。
ひどく気落ちしてしまいましたが、当日聖フランチェスコ教会に行ってみたら、教会自体は開いていたので、遠くからではあっても、「聖十字架伝説」を観ることはでき、祭壇ぎりぎりまで近寄ったり、信者席の最前列に腰掛けたりして、視野に入る部分だけでも鑑賞しました。

連作の主題は、以下のとおり。
人類の祖アダムの遺体から生えた樹がシバの女王に霊感を与え、やがてこの樹より作られた十字架にイエス・キリストが磔にされる。さらに時代は下って、ローマ皇帝コンスタンティヌス大帝に夢のお告げがあり、その母ヘレナが地中に埋まっていた聖十字架を掘り出す。

ピエロのフレスコ連作は物語の連続性よりも、「聖十字架伝説」の題材を借りて、彼のヴィジョンをかなり自由に絵画化したものと思われます。
残念ながら、当日の私の視点からは、天使や聖人の描かれた天井画はまったくといってよいほど見えず、また礼拝堂正面でも一番床に近い低い位置に描かれた「受胎告知」「コンスタンティヌス帝の夢」などが、100%の状態で見ることができませんでした。特に後者は均一な光に満ちた空間を好むピエロには珍しく、陰影に富んだ夜の場面で、どこか宗教画ばなれした幻想的な異色作。画面左上からやってくる天使の発する光に、天幕の下で眠るコンスタンスティヌス帝が闇の中から浮かび上がり、絶対的な沈黙の支配する独特の空間が成されています。次回はぜひ十全の状態で鑑賞したいと思いました。

比較的よく鑑賞できた部分のハイライトは、なんといっても礼拝堂向かって右の壁中段に描かれた「聖木の橋を礼拝するシバの女王/ソロモンとシバの女王の会見」。
画面中央に描かれた大理石の柱をはさんだ左側でシバの女王が跪いて聖木を拝み(戸外)、視線の導線は左から右に流れています。対する右側では、シバの女王は腰をかがめて濃いひげ面のソロモン王に挨拶しています(室内)。左の画面とはまったく対照的に、女王と女官たちの導線は右から左です。ただし、ソロモン王はじめ男たちは左から右。
印象的なのは、両画面で左右対称の完璧な横顔を見せる女王、それにどちらの画面でも同一の女官が正面を向いて画面外のわれわれをじっと見詰めていることです。卵型の顔の輪郭、蝋のような肌をした彼女の目は、何百年という歳月を超えて、鑑賞者に訴えかけてきます。この神聖な場面にあなたも立ち会っているのですよ、というかのように。
この画面のちょうど向かいの反対側の壁面に描かれているのが、コンスタンティヌス帝の母ヘレナが、発見されたキリストの十字架を礼拝する場面。ここでも女主人公が女官を引き連れて横顔を見せ跪いて聖木転じた十字架を拝んでいるので、時空を超えてシバの女王の行為を繰り返したことになるのでしょう。
正面の壁面一番上の段のふたりの預言者像と、その下の「聖木の運搬」「ユダの拷問」が一番よく見えた部分でした。預言者、特に巻物を持った右側のひとりは、若い男性の写実的な立像としてピエロのモニュメンタルな様式がよく現れていると思いました。
また、「運搬」と「拷問」は、重い材木を背負ったり、綱を引っ張ったりする人々の労働の様子を描いたものとして面白く感じました。
予約必要 0575−900404 http://pierodellafrancesca.it


ドウォーモ Duomo
ピエロ・デッラ・フランチェスカ 「マグダラのマリア」
「聖十字架伝説」を近くで見ることができず、ちょっと意気消沈していたところ、ドゥオーモの左側廊の壁面、ちょっと見上げたあたりの位置にこの「マグダラのマリア」を見出して、とてもうれしくなりました。こちらも最近修復がなされたのでしょうか、とてもクリアーな美しい色彩でした。細い髪を肩に広げ、重たげなまぶたを節目がちにしたピエロならではの女性像。緑色のドレスの上に赤と白のマントをはおったマグダラのマリアが香油を手に立ち、その背景はぬけるような青空です。
こんなに手の届くような間近でピエロ・デッラ・フランチェスカの直筆が見られるなんて!と感無量でした。

サン・ドメニコ教会 S.Domenico
チマーブエ 「十字架上のキリスト」
「2001年6月の時点では、修復完成記念ということで、実物は祭壇にはなく、別に会場が設けられて、特別展示が行われていました。特別展示は2002年1月までとのことで、おそらく、その後は本来の場所に戻されているかと思われます。場内では、修復の過程がパネル展示やビデオ上映されていて、この街がいかに芸術作品保存に力を入れているかがうかがわれました。
十字の形を基本として切り取られた木製の画面に描かれた、腰を湾曲させ頭を右肩にもたせかけたキリストの磔刑像。両目はかたく閉じられ、ひたすら苦痛に耐えている表情。腰布の襞は緻密な描かれ、筋肉や骨格は明暗をつけて表現されています。
しかし、なまなましい写実性よりも、キリストの肉体をチマーブエなりの「形」として表現したものといえるでしょう。極論かもしれませんが、直線+曲線で構成された人体像という印象を受けました。
十字架の上・左右の突端には四角や円の部分が継ぎ足され、そこには聖母や神(キリスト?)の顔が描かれています。また、キリストの胴体の背後には赤と黒のひし形の連続文様が描かれ、装飾的な要素もつけ加えらえています。

街の中心であるグランデ広場に赴いたところ、何日か後に伝統行事である馬上槍突き競技をひかえていると見え、広場全体に砂が敷き詰められ、桟敷席が設けられていました。既に競技に出場するらしい馬の姿もちらほら見受けられましたが、サンタ・マリア・ピエーヴェ教会のファサードに面した、大変美しいと評判の広場の普通の様子がわからず、これもちょっと残念。砂をよけて広場を廻る回廊を歩きましたが、今思うにあれは、「ヴァザーリの回廊」だったようです。自身画家であり、『ルネッサンス画家列伝』を著したことで名高いヴァザーリは、アレッツォの出身。私は時間の都合で割愛しましたが、「ヴァザーリの家」も公開されています。

また、映画好きの方に喜ばれそうなスポットは、聖フランチェスコ教会のすぐ近くにあるカフェ・デイ・コスタンティ。街でももっとも格式の高いのカフェで、映画『ライフ・イズ・ビューティフル』にも登場。こちらの写真の中央には、監督・主演のロベルト・ベニーニの等身大のパネルが置かれています。


Copyright © 2002 Natsu. All right reserved.

02/10/20


このページのTOPに戻る

「美術周遊」に戻る