ベリッシマ 

Bellissima


1951年
イタリア
原案 : チェーザレ・ザバッティーニ
脚本 : ルキノ・ヴィスコンティ、スーゾ・チェッキ・ダミーコ、フランチェスコ・ロージ
監督 : ルキノ・ヴィスコンティ


戦後まもなくの、ルキノ・ヴィスコンティのネオリアリズモ時代の一本。
主演は、ヴィスコンティのデビュー作『郵便配達は二度ベルを鳴らす』でヒロイン役を予定されながら、妊娠・出産のため出演を果たせなかったというアンナ・マニャーニ。本作は、まさに満を持してのヴィスコンティ作品出演だったに違いなく、アンナ・マニャーニの独断場、肝っ玉かあさん演技炸裂である。

ドニゼッティのオペラ・ブッファ『愛の妙薬』のメロディに乗って、ラジオのアナウンサー(当時の有名なアナウンサーだったというコッラード・マントーニ)が、レッサンドロ・ブラゼッティ監督(これも本人出演)の"Oggi domani mai"なる新作の子役の少女のオーディションが、チネチッタ撮影所で行われることを告知する。

当時はネオリアリズモ全盛時代、素人からいきなり映画の主役に抜擢というケースも少なくなかったので、いっそう世の母親たちは色めきたったのだろう。オーディション当日、チネチッタは着飾らせた幼い娘を連れた母親たちでごったがえしている。
もちろんアンナ・マニャーニ演ずるマッダレーナ・チェッコーニも自慢の娘を連れて、乗り込んでくる。
ちなみにストーリーからうかがれるマッダレーナの身上書は以下の通り

名前はスパルタコ(スパルタクス…この名前に意味あり?)。
具体的な職業は語られないが、たぶんブルー・カラー。
子供 娘がひとり、名前はマリア。推定年齢6、7才。
『愛の妙薬』のアリア、「なんて可愛い人だろう」のメロディーが
彼女のライトモティーフになっている。
トラットリアを経営。別居だが、それなりの嫁姑の対立はあり。
住居 ローマ市内の手狭なアパート。夫は新居を購入予定。
マッダレーナの仕事 もと看護婦だったのか、
得意客の自宅に出前の注射(主にインシュリン)をしてまわっている。
気晴らし もちろん映画鑑賞
ひいきのサッカーチーム A.S.ローマ
言葉づかい 当然ローマなまり

とにかくマッダレーナの住んでいるのは、騒がしい世界である。物見高いアパートの住人たち(このアパートに「プライバシー」という言葉は存在しない)。撮影所で張り合う母親たち。彼女らはひたすらしゃべる、まくしたてる。
そして誰よりも騒がしいのは、マッダレーナ本人である。言いたいことは言う。やりたいことはやる。「遠慮」「慎み」という言葉は、彼女の辞書にはない。
自身、しょっちゅうマッダレーナと派手に喧嘩している夫(ガストーネ・レンツェッリ)によると−かなり健闘はしているものの、しょせんマッダレーナの敵ではない−、「なんでも自分の思うとおりにしなければ気のすまない女です。」
それにしても、彼女の自己中心ぶりは、「庶民の女のヴァイタリティ」で済まされるレベルを超えているのではないのだろうか。娘をスターにすることが、生活に追われ自己実現のかなわない彼女の切ない夢とはいえ、その強引、傍若無人の振る舞いには鬼気迫るものがある。
夫婦喧嘩のときは、被害者ぶって泣きわめくのだが、夫が部屋を出て行くや否や「ふふん、うまくいったわ」とけろっとする。監督やプロデューサに口利きしてやるからと、金やそれ以上のものを要求してくる撮影所で働く男(ワルテル・キアーリ)のあしらいも、これまた「被害者」かと思わせておいて、実は彼女のほうが一枚も二枚も上手だった。
さらに彼女は、着替える前にアパートの窓を開け(彼ら一家の部屋は、半地下階にある)、のぞきこんできた少年を怒鳴りつけ、着替えが終わってからおもむろに窓を閉めるような女なのだ。

さすがはヴィスコンティというべきだろう。庶民の生活を題材に、人間のエゴイズム、自己顕示欲を容赦なくえぐり出してみせたのだから。
しかし、したたかというか、見事なのは(監督・主演女優共に)、そんな女を通して、人間の崇高な瞬間を体現させて見せたことだ。娘のオーディションのフィルムを見るシーンでの、アンナ・マニャーニのアップの顔の表情を見れば、これ以上の説明は必要ないだろう。ヴィスコンティは、貴族であろうと、シチリアの漁民であろうと、そしてマッダレーナのようなローマの主婦であろうと、人間としての尊厳を備えていることを、まったく平等に描くのだ。
さらに深夜の遊園地のベンチのシーンで、アドリブでマニャーニの口からついて出たという "Aiuto!" 「助けて!」という言葉の切実さ。それは人間存在の根源から発せられた叫びだった。

そして物語の結末。ヴィスコンティも良識ある社会受けをねらったのだろう…と思わなくもないが、それでも目を凝らすとマッダレーナのしたたかな計算が透けて見えるではないか。彼女が貞淑であることは巌のごとく揺るがないが、それを夫に有効に使う術をなんとよく心得ていることか。

いささか皮肉に語りすぎたかもしれないが、アンナ・マニャーニという生活感と生命力に溢れた大女優の持ち味を最高に活かし、またリアリズム作家としてのヴィスコンティが歴史ものや貴族階級だけでなく、庶民生活をも生き生きと描写し得たことを証明する佳作である。
とにかく語り口が巧みで、それはヴィスコンティの右腕だったスーゾ・チェッキ・ダミーコの力のこもった脚本に預かるところも大きい。

最後に、この映画のもう一方の主役であるチネチッタ撮影所について。
チネチッタCinecittaは1937年にムッソリーニの命によりローマ郊外に創設された大規模な映画撮影所で、戦後、数多くのイタリア映画の名作がここから世に送り出された。また、『ベンハー』から『ギャング・オブ・ニューヨーク』に至るまで、ハリウッド映画の撮影も盛んに行われている。
『ベリッシマ』でヴィスコンティは、皮肉をまじえながら(『愛の妙薬』のインチキ薬売りの曲が、撮影所のテーマソングのように繰り返し流される)、全盛期のチネチッタの活気ある光景を映像に残した。
劇中、レナート・カステラーニ監督の1948年作品"Sotto il sole di Roma"のヒロイン、イリス(リリアーナ・マンチーニ)が、女優をやめてフィルム編集係りとして登場するという虚実皮膜の楽屋落ちもあり。


参考文献
『ヴィスコンティのスター群像』 梶原和男・編 芳賀書店
『ルキーノ・ヴィスコンティ ある貴族の生涯』 モニカ・スターリング 上村達雄・訳 平凡社



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2003/02/17

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