鳩の翼

Wings of the dove


1997年
イギリス
原作 : ヘンリー・ジェイムズ
脚色 : ホセイン・アミニ
監督 : イアン・ソフトリー


20世紀初頭のイギリス中流・上流階級、イタリアへの旅…、そして主演が「眺めのよい部屋」「ハワーズ・エンド」のヘレナ・ボナム・カーターとくれば、どのような映画か察しもつく方も多いのではないだろうか?
予想通り、20世紀初頭の風俗・衣装を華麗に再現した文芸作品であったが、心理描写と映像美が見事に溶け込んでいて、「英国−イタリア、コスチューム・プレイもの」としては、大変良質な映画だったと思う。

ケイト(ヘレナ・ボナム・カーター)は裕福な伯母(シャーロット・ランプリング)の庇護を受けている若い英国女性。新聞記者のマートン(ライナス・ローチ)という恋人がいるが、伯母は「母と同じ道を歩むのか」とケイトに貴族のマーク卿との結婚を勧めている。
既に亡くなっているケイトの母親は、身分の低い男−すなわちケイトの父親−と結婚し、失敗していたのだ。
一応、上流階級に属しながら、中流で革新的な思想の持ち主−ただし彼の書く新聞記事はゴシップの類のようだが−のマートンと、そして最下層に身を置く父のもとにも、ふらりと出入りしうるケイトの存在は、見るからにあやうい。
結局、伯母からの財産贈与と今は阿片屈に身を沈めている父への生活援助との引き換えに、ケイトはマートンと別れ、マーク卿と婚約する。
そんなとき、彼らの前にミリー(アリソン・エリオット)というアメリカの富豪の娘が現われ、ケイトとミリーは同性の友人として強く惹かれあう。ふたりの女の友情には、かすかな同性愛の匂いもないではないが、何よりもふたりに共通する自由奔放な魂が、彼女たちを結びつけたのであろう。しかもミリーはパーティで偶然顔を合わせたマートンに恋心を抱くようになる。
その一方でケイトは、婚約者・マーク卿が財産目当てにミリーとの結婚を目論んでいることを知る。マーク卿はケイトに告げる。
「ミリーは不治の病で、余命いくばくもない。彼女が死ねば、莫大な財産が僕の手に残る。それから、あらためて君と…」
マーク卿の申し出を一蹴する一方で、ケイトの胸にもひとつの計略がきざす。
ミリーと連れ立って訪れたヴェネツィアに、ケイトは元の恋人を呼び寄せた。ケイトはマートンに自らの「計画」を打ち明け、わざとミリーとマートンをゴンドラにふたりのりさせたりする…。
このヴェネツィアに舞台が移ってからの、三人三様の心理劇が実に繊細にして複雑、この映画の最大の見所である。
「計画」を進めながら、嫉妬に苦しみ出すケイト、良心の呵責にかられながら、次第に魂の底から揺れ動き出すマートン、そしてカーニヴァルの夜、ふたりに巻かれて取り残されても、「きっと帰ってくるわ」と一晩中噴水のもとで待ち続けるミリー。
ここにきて、我々はミリーが真のヒロインであることを知らされる。彼女は死を前にして、精一杯の生の輝きを見せる。
この無垢なミリーを演じるアリソン・エリオットが素晴らしい。ふんわりとした赤毛、そばかすのある色白の容貌は、ラファエル前派の絵から抜け出てきたかのようだ。
「あなたたちを愛しているわ。…きっと何もかもうまくいく」この言葉こそが、ミリーという女性のすべてを表している。

ヴェネツィアを舞台にした映画は数多いが、この作品は、ミリーが最後に生きるべき場所として、この街を選んだのだろう。「鳩の翼」に憧れたミリーがもっとも輝いていたのは、サン・マルコ寺院のテラスから広場を見晴らしたとき、そして修復中のフレスコの足場に昇ったときだった。彼女はやはり高みに上る運命の女性だったのだ。
やがて登場人物たちは、ロンドンに戻り、「生活」が再び始まる。だが、魂の天国と地獄を遍歴してきた者たちに、果たして思惑通りの生活を送ることができるのだろうか?大きな疑問と余韻を残し、映画は終わりを告げる。

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12/15/2002

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