ヨーロッパ一九五一年 

Europe '51


1952年
イタリア
原案・監督 : ロベルト・ロッセリーニ
脚本 : ロベルト・ロッセリーニ、サンドロ・デ・フォエ他
撮影 : アルド・トンティ

音楽 : レンツォ・ロッセリーニ

(英語版)

 Roberto Rossellini

いわゆるロッセリーニ=バーグマン時代の2作目にあたる本作は、結論から言ってしまうと、成功作とは言い難いだろう。とはいえ、その多くの欠点にもかかわらず、一種異様な迫力を持って訴えかけてくるものがあることは確かである。

映画の冒頭は、この時代に売り出したミケランジェロ・アントニーニ作品と見まがうようなブルジョワジーの生活描写から始まる。ローマに住むイギリス出身で、裕福なアメリカ人実業家の妻アイリーン(イングリット・バーグマン)は、今晩も瀟洒に着飾り、社交生活に明け暮れている。12才のひとり息子ミシェルが孤独を訴え反抗的な態度を見せるのが気がかりではあるが、忙しさからつい突き放してしまう。

まずバーグマンの変貌に驚かされる。ロッセリーニとの運命的な出会いとなった『ストロンボリ』のときは、まだハリウッド女優が体当たりでがんばっています、という印象を免れなかったが、本作では相変わらずの美しさながら、すっかりイタリアでの生活者としての雰囲気を身につけていたようだ。
ロッセリーニもまた徹底的に愛妻を素材に、己の訴えたいことを伝えようとしている。実はそれが完全に成功していないことが、この映画の問題ではあるのだが…。

アイリーンの物質的に満ち足りた生活は、ミシェルの突然の死によって崩れ去る。
ミシェルが息を引き取る前の母子の会話は、この映画の基調となる感動的なものだった。ミシェルは戦争中、母とふたりで極限生活を送っていた頃に戻りたがっていたのだ。アイリーンは息子の頬に自分の頬をあて、「もうどこにもいかない。ずっとそばにいるわ」と誓う。(やがて彼女は、この言葉と動作を社会の底辺の人々に対して繰り返すことになる。)
『ストロンボリ』のラスト・シーンでのバーグマンは、神と直接会話を交わそうと試みていたが、この息子との会話における彼女の演技は、そのときと同質のものだったと思う。

ミシェルの死後、絶望の淵からアイリーンは、真の愛の意味を探求し始める。それはとりもなおさず、ローマ地獄巡りともいうべきものとなった。ここでのローマのスラム街のなまなましい描写は、後にフェリーニやパゾリーニに引き継がれることになるだろう。
貧しい人々に手を差し伸べ始めたアイリーンを見て、従兄弟の新聞記者アンドレ(エンツォ・ジャンニーニ)は「君は階級意識にめざめた」などと言う。あたかも資本主義の象徴のような夫(アレクサンダー・ノックス)と社会主義者のアンドレの間で揺れ動くヒロインという構図で、これは社会主義プロパガンダ映画かと私は失望しかけたのだが、やがてロッセリーニが『フランチェスコ 神の道化師』の作家でもあったことを思い起こさせる展開となってゆく。ここからの冗長さ・混乱ぶりがこの映画の最大の欠点ではあるのだが、しかしだからといって失敗作として片付けることはできない。

社会主義によるこの世の「楽園」の実現を説くアンドレに、アイリーンは「でも、その楽園にミシェルは住めない」とイデオロギーとも決別し、教会に足を向ける。
だが、ただ普遍的な「愛」のみを動機とするアイリーンの行動は、社会からは狂気と見なされるものとなってしまう。神父でさえ、アイリーンの家庭・社会からの逸脱を、夫同様にアンドレとの「不倫」としか理解できない。
ただ、貧しい人々のみが、アイリーンを「聖女」と呼ぶようになる。
その人々の群れに、まもなく夫フェデリコ・フェリーニの『道』で新たな「聖女」像を創造することになるジュリエッタ・マシーナの姿を見出したとき、私はこれが戦後イタリア映画の転換点だったのではないかと思った。

『道』でマシーナが演じたジェルソミーナは、一般大衆にもわかりやすい愛すべき「聖女」だった。ネオ・レアリズモと詩的寓意性を共生させたフェリーニの手法こそ、その後のイタリア映画の王道となったのだ。
その道からははずれてしまったのが(はずれなかったとしたら、ロッセリーニはロッセリーニではなくなってしまっただろうが)ロッセリーニ、そしてやがて彼の元を去り、ハリウッドに戻ることになるバーグマンの悲劇だったのかも知れない。

繰り返しになるが、かといってこの「ヨーロッパ一九五一年」は単なる失敗作として葬り去ることができない作品である。前々作『フランチェスコ 神の道化師』と併せて見ると、この監督の神秘的ですらある奥深さに打たれずに入られない。

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2003/08/13

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