「イタリア映画祭2002」寸評

Fuori dal mondo

もうひとつの世界

 

1998年

   : ジュゼッペ・ピッチョーニ

 

映画祭初日の開会式の後、私はこの作品を初めて見た。そして上映が終ったとき、私は椅子にしばりつけられたかと思うほどに、深く心打たれていた。しばらくは、冷静にこの映画の感想が書けるかどうか心もとないほどだった。
物語の展開をここに詳しく書き記しては、これから見る人々の楽しみを奪ってしまうことになるので、次のように記しておこう。

自分の健康状態ばかりに神経質で、他者とのかかわりを厭っているクリーニング店の社長エルネスト(シルヴィオ・オルランド)。生真面目で意思の強い修道女カテリーナ(マルゲリータ・ブイ)。母親のもとを出て、友人の家を転々としている若い娘テレーザ(マリア・クリスティーナ・ミネルヴァ)。ミラノの街を舞台に、一見無関係に描かれ始められた三者が、やがて捨て子の赤ん坊というひとつの点に結ばれて行く。そして、病院に引き取られ、ファウストと名づけられたこの男の子の視線−生まれたばかりだから、ぼんやりとしか映らない−からも、世界が映し出されるアイデアが素晴らしい。これから人生を始めようとしているこの子の目に初めて映る人々の顔。この無垢な視線の持ち主のファウストも、やがて成長すると、大人たちのように孤独に生きるようになるのかもしれない。それでもなお人生は、歩を進めるに値すると、この映画はけして声高にならずに訴えかけてくる。

主人公のふたり、エルネストとカテリーナ(オルランドとブイの演技が素晴らしい!)の心の揺れ、互いに心を開いてゆく過程もさることながら、脇役・端役たちも実に丁寧に愛情込めて描かれている。他者に心を開くようになったエルネストの目(それは、ファウストのまざしなのだろうか)には、周囲の人々の姿が活き活きと映るようになる。それぞれの家庭や仕事場での記念撮影風な構図の、その映像が美しい。
さらに随所に散りばめられたユーモアのセンスも、実にいい。これも脚本(グァルティエロ・ロゼッラ、ルチア・ゼーイ)がしっかり書けているのと、演出力の賜物だろう。

ジュゼッペ・ピッチョーニ、私にとってこれから目の離せない監督となった。

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