エピクロスは原子と空虚のほかに何ものも認めなかった。霊魂さえも物体的なものと考えた。そういう意味で彼は徹底した唯物論者であった。しかし彼はそう考えることによって、心の平安が得られるのだと説いた。有るものが有りつづける世界、無いものが不意にあらわれたり、有るものが不意になくなったりすることのない世界の中で、人間が生死を思いわずらうのは愚かなことだと説いたのである。原子は絶えず動きまわるが、しかし永遠に生まれも消えもしない。それは一種の永遠の静寂の世界である。そういう点では、エピクロスの思想は東洋の思想、特に老子や荘子の思想と似ている。
湯川秀樹「本の中の世界」
生は汝の有に非ず天地の委和なり 「荘子」知北遊篇