| 思い出 私が建築を学んだころ(1973年)は現在のようにパソコン(コンピューター)なる物は大学の研究室か大企業位しかなく、電卓すら無い時代です。学校の構造力学で計算をする時は計算尺(私より若い人はほとんど知らないかな?)少数点以下はほとんど無視・・・私しだけかな?、ちなみに当時、カ○オの6桁の電卓が新発売されて(メモリー計算など無く)当時の価格で4800円?だった記憶がありますそんなこんな時代に社会人となり構造屋の道に入った訳です。現在では実設計ではほとんど利用しなくなった設計法、固定モーメント法(鉛直荷重時)D値法(水平時)とやらを電卓片手に手計算を行なっていました。今のような、偏心率、剛性率、層間変形角、保有水平耐力ましてや限界耐力などありませんでした。どうにかこうにか構造屋として自分の技術に自信が持てるようになったころ、1979年(昭和54年)1月建設省(当時)から「耐震上の配慮を特に要する建築物に対する指導指針」が公布・施行されました。そして1979年7月建築基準法施行令の改正が公布され、1981年6月施行が決まったわけです。つまり新耐震設計法です。この時代になってもまだまだコンピューターの復旧率は我々一般の構造設計事務所等では導入している所など皆無に等しくすべて手計算で行っていました。もちろん保有水平耐力計算(俗に言う2次設計)もです。しかしながら設計工程などは今とあまり変わらなかった様に思います。ただ、現実として手計算では処理出来る問題ではなくなったように感じました。当時、私も、事務所も電算の導入を考えていましたが、まだまだ高額な時代の為なかなか決定できませんでした。1979年にNECより大ヒットとなるPC8001が発売され1981年に後継機のPC8801そして1982年にPC9801が登場いたしました。尚、当時の話ではありますが我々の構造計算等を行なうには、富士通のFM8、及び後継機のFM7又はシャープのMZ2000の方が演算スピードが速いと言われていました。当然ですが現在のPCのスペックから比べると、とてつもない性能の差と思われます。ひょっとすると今の関数電卓の方が性能が良いかも知れませんね。又、現在の様に構造解析ソフト等高額であり簡単に導入することなど難しい時代でもありました。ましてや一貫計算ソフト等は我々一般ユーザーは手に入れることなど難しかったような気がしました確か当時の一般ユーザーの利用出来るソフトはDEMOS(当時の電信電話公社)くらいしか記憶にありません。 |
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