#09「セイフク」

「なあなあヒロシー、これ見てんかー」

 彼が自慢げに、両手でぷらぷらと何かを揺らして見せる。顔を近づけてよく見ると、それは僕ら
テニス部のレギュラーに似せて作られたマスコット人形だった。頭に紐がついていて、カバンや
携帯にぶら下げられるようになっている。

「よくできとるじゃろ?」
「…ええ。この、切原くんの髪の毛とか、大変だったでしょうね。でも、どうしたんですか、これ。手
作りですよね?」

 僕はその1つ1つを手に触れながら眺めた。フェルトや木綿の生地を上手に組み合わせてあっ
て、どれも特徴がよく出ている。真田くんだけは帽子をかぶっているけれど、服装はみんなおそ
ろいのオレンジのジャージ。明らかに、特別に作られたものだ。

「姉貴に頼み込んで作らしたんじゃ。ああ見えて手先は器用じゃけんの。メンバーの写真見せ
て、レギュラー全員ぶん、やっとこさ昨日完成したところじゃ」
「へえ…! お姉さん、すごいですね」

 僕は素直に感嘆した。よほど必死にお願いしないとこれだけの仕上がりは望めないだろう。で
も、何か足りない。…そう、そこには僕がいなかった。もう一度確かめる。やっぱり、いない。

「仁王くん、あの…」

 僕は目を上げて彼の顔を見る。僕の言いたいことが彼にはすぐにわかったようだった。というよ
り、僕が気づくのを待っていたみたいだ。

「自分がおらんのはなんでじゃ、言うんじゃろ?」

 彼はそう言って心底嬉しそうに、にーっと笑った。そして、持っていた人形たちを机のうえにばら
ばらと置いて、片手でブレザーの内側を開いて僕に見せた。

「心配せんでよか。ほれ、ちゃーんとここにおる」

 …そこに、本当に、僕がいた。
 内ポケットの口の近くに安全ピンで紐が留めてあって、その下で、小さなメガネをかけた僕が揺
れている。

「わ…! なんでそんな…!」

 不測の事態に僕はただ、ぽかんと口を開けてその小さな僕を指さす。彼はにこにこと笑ったま
ま、小さな僕の頭を指でころころと撫でて、だってヒロシは俺だけのもんじゃからのー、大事にし
まっておかんとのー、と言った。

彼にぶらさがった、小さな僕。小さな僕は、彼の胸にいつも抱かれて、その鼓動を始終聞きつ
づけて、その体温に守られている。そう思っただけで、かあっと顔が熱くなった。

「そ…そんなことして、誰かに見られたら何て言うつもりですか!」

 とにかく何か言い返さなければ。そしてやめさせなければ。そんな、小さな僕をいつもいつも身
につけておくなんて恥ずかしいこと。

「べーつに? 何てことないぜよ。いいじゃろー、言うて、それだけじゃ。携帯につけたらあちこち
ぶつかって危ないじゃろ? だから大事に大事にココに隠しとる。あ、言うとくけどな、俺がほんと
に欲しかったのはヒロシ人形だけだったんじゃけど…ヒロシだけ作ってくれ言うたら何言われる
かわからんけんの、カムフラージュのために全員ぶん頼んだんじゃ。それも大変だったんじゃ
ぞ? この苦労、ちーとはわかってもらいたいのう」
「そ、そんな…。苦労したのはあなたの勝手です。今すぐはずしてください、今すぐ!」

 僕は急いで、小さな僕を彼に縫いとめている安全ピンに手をかける。簡単な仕組みの金具な
のに、慌てているせいで指がもつれて、なかなか外れない。その僕の手を、彼がひょいと捕まえ
た。僕ははっと我に返って彼の顔を見上げる。彼の胸に抱きつくような距離に、自分から飛び込
んでしまっていることに気づいた。息を詰めた僕を見下ろして、でも彼はまだ笑っている。

「おおっと、だめだめ! …苦労が勝手じゃ言うんなら、付けとくのも勝手じゃろ?」
「え、あ、あの、ごめんなさいっ」

 咄嗟に口をついて出た言葉と同時に、ぐっと腕を突っ張ってできるだけ彼から体を離す。捕まれ
たままの手がひどく熱く感じられて、僕は視線を落として小さな僕を見つめた。おまえ、おま
え、そこにいて、うれしいか?

 僕の手を、彼はゆっくり自分の制服から離させる。そして、机の上から小さな彼を取り上げて、
僕の手にぎゅうと握らせた。白銀の髪に青い目の、小さな小さな彼。しゅるりと後ろに伸びた結
わえ髪もそっくりな、それはまるで彼の分身。

「勝手ついでに、もろうてもらうけんの」
「え…?」

「…ま、あとでこっそり捨てようが燃やそうが、それはお前の勝手じゃ」
「な…っ!」

 捨てるとか、燃やすとか、そんなことできません。人形でも、これはあなたです。小さくても、こ
れはあなたです。言えもしない言葉が頭の中をぐるぐる回って、僕は泣きそうになった。

 でも、彼が小さい僕をそうしているのと同じように胸に下げておくのは、やっぱり恥ずかしくてで
きそうにない。ぶらさげるんじゃなく、内ポケットの中にこっそり忍ばせておこうか。

 いっそ全員ぶんの人形を押し付けてくれれば対処のしようもあろうものなのに、今僕の手に
は、彼ひとり。…彼、ひとりだけ。