School Life  shopping 編             school life 校門編

「手塚、これなんかいいかなあ?」
なぜか今、手塚は池袋パルコの中にいた。
手塚としては、不二とスポーツ用品店に行き、ガット張りの予約をして直ぐに戻るはずだったのだが、ずるずるとそのまま不二の
shoppingに付き合うことになったからだ。
スカイブルーに、微かなオレンジのストライプがはいったシャツを手に不二が振り返ると、手塚は熱心に他のシャツの値札を
くるくると捲っていた。
「どうかした?」
「…高い」
「そうかもね。でも綺麗な色だろ?ここのブルーって、好きなんだよね。前にも姉さんから貰ったんだけど…」
学生服がやたらと不釣合いなカラフルな色で飾られたディスプレイの、狭いスペースの中で、手塚は何度も「0」の数を数えていた。
「これって、さっき決めたシューズが軽く2つは買えるんじゃないのか?」
「ああ、まあー買えるかな〜。でもあれはあれで結構、高いよね」
迷っていたシューズは、不二としては「迷っていた」というよりは「決めていたのだが、もう一押しが欲しかった」程度だったらしい。
手塚が「いいんじゃないか」といってくれれば、それで即決、終わりだった。
それに比べて、この時間のかかりようはどうだろう?不二がウィンドウショッピングをするなんて、初めて見る姿だった。
「んー今はなんかストライプな気分なんだよなー。んーでも白のストライプだとなんかサラリーマンみたいだよね…」
カシャカシャとハンガーに綺麗に飾られたシャツを品定めしていく不二の後姿が、いつもみているコートでの姿とは違って、奇妙な感じだ。
「んん?あ!これなんて、すっごい手塚向きだよ」
ぱっと目の前に広げられたのは、青学ブルーにイエローのピンストライプのシャツだった。
「そちらの彼は雰囲気落ち着いてるから、それなんかはよく似合うね〜」
不二が学生服の上から、シャツを当ててくる。
馴染みらしい店員が、愛想よく頷いてるのをみて、不二はちっょと満足げに笑っていた。
「これならさ、今日みたいな日に学校に着ていっても違和感ない感じしない?」
思い切り、学校の指定色に近い色をしたシャツは、確かに抵抗はまったくないが、やはり同い年の手塚個人としては少々違和感がある。
「そうだが、これじゃなんだ…その…」
眼鏡の奥の困惑に、当然気がついてた不二としては返されたリアクションに笑みをもらす。
「…うん。顧問の先生みたいだね」
「そう。それ、やめてくれ」
「別にいいじゃん、そんな気にしなくても。落ち着いてるってことはいいと思うんだけどなぁ」
「オレは引率の先生じゃない」
「似たようなものだって。ボクたちは部長の後をぞろぞろ〜ってね」
「あれ?彼、部長なんだ」
手塚がふと胸元をみると、どうも応対していたのは、ここの店長だったらしい。『manager』と書かれたプレートが照明に反射していた。
「もしかして前に言ってた人かな?」
「そうです」
「ははあ…確かにそんな雰囲気だよねぇ。上背あるし、この感じならいけるかもね」
「ホント、いいよねーこればっかりはもって生まれたものだからなぁ…」
「不二くんだってこれから伸びるでしょ?成長期じゃない」
「そうかなぁ…。でもやっぱりあそこのは似合わないじゃない?」
「んー難しいかなぁ」
手塚の目の前で、自分の知らないところで自分についての話をされていることに、軽く2本くらいの皺が眉間に入る。
「不二。時間だぞ」
「え?もう?」
「オレたちが遅刻していたら話にならん。早く決めろ」
まだ少しはくだぐたいうのかと思っていた手塚に反して、不二は最初に手にしていたスカイブルーのシャツを、はい、と店長に渡した。
「これ、週末にくるから、ちょっとよけておいて貰えます?これって最後でしょ?」
「いいですよ。この色で、このサイズは最後だからね。相変わらずチェック早いね」
「うん。決めてたから」
「は?!決めてたのか?」
いつもより空いた口に、張り替えたばかりのラケットが入ったバッグを持ちあげて、不二が頷く。
「うん。ここのブルーって特別なんだよ。ボクはあの色が好きだから他の色は滅多に買わないよ」
特に悪びれることもなく、にっこりと微笑む。
その顔に二の句がつげないでいる手塚より先に、ショップの敷居を跨いでいく横顔は、いつも見慣れた不二の、ちっょとしたたかな
遊びを含んだものだった。それをみて、やっと手塚は何故自分がこんな場所につれて来られたのか、得心がいく。
部活、生徒会、部活、生徒会で忙殺されている手塚の3月の中に、この1時間がぽっかりと浮いたプライベートタイムに感じられた。
「なあ…これって、もしかしてオレの息抜きってことか?」
「え?ただのショッピングじゃない♪気にしない気にしない」
店先に手塚を残してスタスタと先に歩き始めた不二の後姿に、溜息をつく。
判りやすくて、回りくどい。それが彼らしいやり方だ。
「手塚?」
「ああ。今、行く」
ありがとうございました〜と後ろから、『Paul Smith』の店長の声が後押しする。
今になって、手塚は辺りに響く耳障りなRockのリズムに気が付いたらしい。ちょっと耳を覆うようにして、下りのエスカレーターに乗った。
「なあ、さっき何を話してたんだ?」
上から、不二の後頭部を眺めながら聞くと、肩越しに不二が「ん?」と振り返る。
「オレのこと、話してただろう?」
「ああ、あれ?別に気にする程のことじゃ…」
「気になる」
手塚に即答されて、不二は苦笑いする。
「ボクの好きなショップがあるんだけど、今のボクじゃ、ちょっと似合わないねって話。でも手塚ならハマリすぎかなって思ってたんだ」
「どこだ?」
「んーもう降りちゃったし…。また今度ね。ほら、次の電車まで10分ないじゃん。急ごう」
右方の空いたエスカレーターを不二はパタパタと早足で降りていく。
「乾あたりなら、そろそろ来てそうだな」
「そうだよ。ノーパソに書き込まれるよ。手塚部長が時間ギリギリってね」
「うるさい。早く学校に帰るぞ」
「はいはい」

JR池袋駅に続くコンコースに、明かり採りの窓からキンとした真昼の陽光が刺さる。

眩しさに目を細めながら、2人は小走りに改札にむかう。2人の足ならば、学校までは30分と掛からないだろう。
いつもの日常は、すぐそこだ。