今回は、私の勤め先関係で行くことができました。
職場の友達E嬢と連れ立って行ってきました。
彼女と行くといつも思わぬ出来事があり、ギリギリで駆けつけるハメになるのですが、珍しくこの日は開演25分前に到着。お弁当をいただいて会場へ。
新聞では夜の部に演じられた
「名月八幡祭」
が絶賛されていて、こちらも観たかったのですが、涙を飲んで断念しました。
お席は12列目。上手の一番端でしたが、なかなか見やすいところでした。
高時(たかとき)
時の鎌倉幕府、執権職、北条高時の政に対する批判を込めた狂言という風に解釈したのですが……?
初めて見た演目で、かなりアタマ混乱しました。(笑)
新歌舞伎十八番のひとつだそうで、明治時代に確立された活歴物(かつれきもの)というジャンルだそうで、史実に基づいて、衣装やセットにも時代考証を行って演じられたらしい。
高時(橋之助)が可愛がっている犬が、老婆に噛み付き、通りかかった浪人がこれを助けるため犬を殺した。これを聞いた高時が激怒。すぐに処刑するよう家臣に命じたところ、家臣がこれを諫め始めます。
なかなか聞き入れない高時。
やがて、一転空が掻き曇り、高時が天井から現れた魔物に散々に弄ばれていく様を描いていく。
幕が開き、高時の愛犬雲竜の番をしている家臣たちが、ブツブツ文句を言っている。
作り物と見える丸々太った犬(雲竜)が舞台の中央。
そこへ野良犬が通りかかる。(犬頭を被りブチ模様の総タイツ状態の人が演じている。結構可笑しい。)
途端に作り物かと思っていた雲竜が、のら犬を追って飛び出してきた。
ありゃりゃ、人が入っていたのか〜(笑)。
客席からドッと笑いが起こる。
笑わせようと意図した演出かどうか分からないけど、ここで笑いが起こるのは多分関西ならではじゃないだろうか?
そして雲竜は孫を連れた老婆に噛み付き、通りかかった浪人に殺される。
ここのところ、歌舞伎だとは分かっているけど、浪人が犬を殺す間、何もせずに突っ立ったまま見ている家臣が妙と言えば妙。殺してしまってから、「や、何をする?!」と気色ばんで浪人を捕らえようとするのは不自然な感じがしました。
まあ物語りの発端だし、「こういうことが起こりました。」ということを説明的に見せようということなんでしょうか。
場面が変わって、舞台転換。
銀鼠色の幕が落とされて、それをスタッフ数人が舞台内側で受け止め、上手へと運んでいくときに、客席が受けてちょっとしたどよめきが入る。
前の場面で、犬を殺した浪人が一生懸命見得を切っていても無反応だったのに、こんなところで喜ぶのが面白い。
館では高時(橋之助)が今日も愛妾衣笠(扇雀)はじめ女官たちを侍らせて酒宴を開いている。酒と女にうつつを抜かしすっかり堕落しきった人物ということでしょう。最近ますます大好きになっている橋之助さんですが、今回は坊主頭でした(笑)。
若手の印象が強かった橋之助さんですが、最近はスケールが大きくなってきて、台詞回しや声にも貫禄を感じます。
さて、この演目の見所は、酔いが回った高時を天狗が弄ぶ場面。
ターザンのように、縄に捕まって一人?一匹?の天狗が飛来した!
と思ったら反対側からまた一人。
「キーキー」と仮面ライダーのショッカーのような甲高い声を上げ、高く飛び上がっては空中で膝を割って足の裏同士をくっつけるという、なんとも奇妙な動きをする。二人がお互にピョンピョンと飛びあっている様に、
「……?」
しばしあっけにとられてしまいました。
ジャンプはかなり高く、役者にとっては相当なジャンプ力と体力が求められると思う。
すると正面の襖がくるっと反転。さらに六人の天狗が姿を現した!背中には蓑をまとったように羽をつけている。くちばしもついていて、スズメのようにせわしなく首をかしげている(笑)。
そのとき私は、米米CLUBの「ちゅんこちゅんこすずめ」を思い出してしまった!(大爆)
天狗というよりはスズメって感じ(笑)。
そして、萌黄色と薄茜色の二種類の衣装をまとった天狗たちが交互に並んで、バレエ?と思われるようなステップを始める。
「なんじゃこりゃ?」
真剣なんだか笑うところなんだか判断がつかない(爆)。
こみ上げてくる正直な感想は、「ヘンやなぁ。」だった。
高時は天狗たちの妖術にかかったのか、動きを合わせて一緒に踊りだした。
たどたどしい動きがコミカルです。
やがて手に手に縄を持った天狗たちが、輪になって縄の反対側を相手に渡して、くもの巣のようなものを作り、そこに高時を乗せてぐるぐる回しにする。これはすごくきれいでした。
さらには逆さまに吊り下げられたり、すき放題にされる。
やがて高時は仁王立ちの状態からバタンと床に突っ伏して気を失ってしまう。この倒れ方も見事です。
天狗たちは忍者のように、正面の襖をくるんと回転させて消えてしまった。
やがて高時は駆けつけた衣笠たちに介抱されて正気づくのですが、そのときどこからともなく天狗たちの甲高い笑い声が聞こえてくる。
幕切れは、自分がたぶらかされたと知った高時が、なぎなたを抱えて口惜しがりながらの見得。
感情をほとばしらせて、なぎなたを杖のように使いながら、ぐぐぐぐぐぅ〜〜と身体を伸ばしていき、虚空を睨み付ける姿が素晴らしかったです。一身で会場の空気を支配しているという感じ。
見ごたえのある幕切れの見得でした。
手習い
町娘が手習いの帰りに、道草をする可憐な姿を踊りにしたもの。
舞台の中央には大きな桜の木。そこへ手習草紙をもち、日傘を手にした娘
お駒(扇雀)が通りかかる。
日傘を下に置き、習字の手習草紙をその上に置いてちょっと道草。
桜の花びらを追いかけてみたり、とっても可愛らしい。やがて、娘は踊りのおさらいを始め、だんだんと恋を語る早熟さを見せていく。
扇雀さんの動きと表情がとても可愛らしく、娘らしい恥じらいの初々しさと、その中に潜む女としての色香。すねてみたり、恥ずかしがってみたり、無邪気なところを見せたかと思うと、切ない恋心を見せ、娘の心の動きまでも生き生きと表現してました。
この可憐さは扇雀さんならでは。今更ですが、「女形は玉三郎さんだけじゃないなぁ。」と、新鮮な感動がありました。玉さまにはこの世のものとは思えないような凄さがあるのですが、扇雀さんは感情の表現が生き生きしていて、生身の、というか等身大な感じ、血の通った感じがありました。
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