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お月さんとかじか
作:moon2

かじかとお月さんはとても仲良し。
かじかが石の上に乗っかって、ルルルルル……と鳴くときは
たいていお月さんが光のベールを投げかけていました。
そこは谷川の中に出来たステージのようでした。
いつもかじかは石のステージの上で歌を歌っていました。
お月さんが煌煌と光る夜は、かじかも勢いづいて歌うのですが、
ときどきお月さんは気まぐれを起こして姿を消すことがありました。

かじかは思いました。
今日は用事があるんだろうか?
それとも具合が悪くて臥せってるんだろうか?

そんな時、何故だかかじかはイライラしました。
お月さんに少し腹が立ちました。
でも、また直ぐに機嫌を直して、ルルルルル……と歌い始めるのでした。

ある日、川の中でも一番なめらかで大きな石に乗って鳴いている時、
ふと下を見ると、そこにもお月さんが浮かんでいるのに気付きました。
お月さんは笑っているようにゆらゆらと動いています。

ぼくが楽しいからお月さんも楽しんでいるに違いない。
とかじかは思いました。

嵐がやってきました。
山の木々はゆさゆさと揺れて、黒覆面の大きなマントを纏った嵐でした。
たちまちお月さんは吃驚して隠れてしまいました。
でもかじかは何故か怖くはありませんでした。
雨が川を打つ音の、川の伴奏と一味違った激しさが
ちょっぴり楽しかったのです。
こんなに楽しいのに……。お月さん……出てきたらいいのになぁ。
かじかは思いました。

そして嵐の夜も一晩中かじかの歌が流れていました。

次の日には嵐は去っていきました。
すると、お月さんが笑いながら戻ってきました。

また楽しい夜が続きました。

そうするうちにお月さんは少しずつ痩せていきました。
最近太りすぎを気にしていたかじかはちょっぴり羨ましい気持ちでした。
でもお月さんはどんどん痩せていき、
終いには薄目を開けるように、明け方にちょっとだけ現われては
霞のように消えてしまいました。

かじかは急に不安になって、お月さんのことが心配でした。
その日から歌う気になれずに、石の上でぼんやり佇むことが多くなりました。

川からかじかの歌声が消えると、川辺の友達たちはとても心配しました。
サンショウウオは川の中から目だけ出して心配そうにかじかの様子を見ています。
川でかじかの歌を子守唄にしていたアマゴは、その夜なかなか寝付けませんでした。
すると、どうでしょう。
川の上を、ポッポッっと光るものがあります。
何だろう?
かじかは前足で二度ばかりつぶらな目をこすりました。
そのうちに光の数はひとつ、ふたつと増えてきて、ついには乱舞するように揺れ始めました。
それはかじかを心配した蛍たちでした。

蛍の光はいままで味わったことのない幻想的な気分を抱かせました。
大きなまあるい光とは違って、儚くて切なくて、胸がきゅんとなるような、
それでいて心躍る光でした。
かじかは、小さくルル…と歌ってみました。
ルル……、ルルル……。

谷川のステージにまた歌が戻ってきました。


夏の川辺は今日もかじかのコンサートが開かれます。
川のせせらぎが伴奏で、月光が照明サン。
耳をすませば、ほら……、今宵も聞えてくるはずです。

おわり

 

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