スポーツ心理学は現場にいかに貢献できるのか?
〜研究と現場の融合を求めて〜
(2002年11月12日、日本スポーツ心理学会第29回大会学生企画シンポジウム、ホテル海の中道(福岡県))
「現場に役立つ研究を目指して」・・・これまでさまざまなところで何度も議論されてきていることである。研究を現場に活かすのは、簡単なことではない。実験的基本が解明されて知見が現場に適用されるのに、少なくとも10年はかかっている。また、現場に適用するには、応用するためのアイデアが不可欠であるが、それは並大抵なことではない。さらに、「研究」と「現場に活かす」ということを分けてはならない、研究者は両方する必要があると私は考える。競技者のニーズに合っていない無意味な研究をしないように、心理学の研究者といえども現場で対象とする競技を熟知し、技術面や体力面、運動生理やバイクメカニクスなども考慮に入れなければならない。現場にデータをフィードバックするのではなく、その応用策を、競技力向上のひとつの手段として伝えるべきだと私は考える。
多くの競技者は、研究がどの程度現場に貢献しているのかをほとんど理解していない。今日のスポーツ理論が数々の研究の積み重ねによって成立し発展していることは事実であるが、実際のアマチュアスポーツ場面を目の当たりにすると、それらはほとんど活かされていない、または歪めて受け止められているようにも見える。研究と現場の両方に携わっている立場から、双方をいかにしてつなぐかを今回話題提供してみたい。(学会大会研究発表抄録集より)
発表内容
(文頭の「○」はパワーポイントのスライドが切り替わったことを示す;スライドはまだアップしていません)
○私は、トライアスロンを専攻のスポーツとして行ってきました。現在は競技選手としての第一線は退いています。大阪体育大学にはトライアスロン部があり私も所属していますが、指導や研究には関わっておりません。最近の競技に関する研究も知りません。よって、シンポジストという立場にいながら申し訳ないのですが、私は現在の研究の実態および指導の現場をほとんど知りません。
そこで、まずはスポーツ心理学の実際的な貢献度を把握するために、全国の学生トライアスリートを対象にアンケートを行いました。「学生トライアスロン」というかなり狭まった領域ですが、ある程度の認識を持つことはできると思います。
○そのアンケート結果をまとめたものです。多くの学生トライアスリートは、スポーツ心理学が競技において重要であると認識していました。しかしスポーツ心理学の内容を知っている選手は少なかったです。知識は研究論文から得られているのではなく、雑誌やテレビなどのマスメディアから得ていました。私たちの知っている学問としてのスポーツ心理学とは少し違ったかたちで認識されていました。
このことから、学生トライアスロンにおいては、研究としてのスポーツ心理学は直接的にほとんど現場に活かされていないことが分かりました。またこのことはスポーツ心理学に限らず、他の分野にも当てはまります。学術研究は別の研究者によってさまざまなかたちに加工され、競技者に伝わりやすく応用されたかたちで、競技雑誌などに掲載されることで活かされているという現状が見えました。学術研究論文に目を通しているのは、研究者だけであるような感じがしました。
○現場に研究を役立たせることを議論する前に、次のことを踏まえておく必要があると感じています。それは、このようなテーマでのディスカッションは、これまでさまざまなところで幾度となく行われてきており、決してオリジナリティーのある議題ではないということです。いまだに引き合いに出されることからも分かるように、研究を現場に活かすのは、簡単ではないということです。研究を現場に活かす、まぁつまり応用するということですが、当然のことながら、基礎があって、応用があるわけです。基礎のない応用研究はまったく説得力がなく、意味がなく、使えません。まずは基礎的な理論や知識を積み上げていくことが重要であり、応用はそれからなのですが、この「基礎を積み上げる」ということがどれほど大切であり、応用がどれほど難しいことかを、私はここで述べていきたいと思います。
○スポーツ心理学を現場に活かすことを考える前に、他の分野ではどうなっているのかという例を、少し挙げてみましょう。
すっかり生活に定着した携帯電話ですが、実際に第1号機が一般公開されてから今日のここまで普及するまでに、30年以上の時間がかかっています。また最近の電器店の目玉商品でもある液晶カラーテレビですが、こちらも同じぐらいの時間がかかっています。そして、これらに関わった研究の量は相当の数であったと思われ、研究そのものはさらに以前から行われているはずです。今日の携帯電話や液晶カラーテレビは、研究成果を具現化したものでしょう。
このように、研究を実際に役立たせその成果を普及させるには、知識の熟成や研究の充実、そして多くの時間が必要です。
○ところで、今現在私のやっている研究が現場に対してどれくらい貢献しているかについての主観的な自己評定は、100点満点中2点です。現在私は、運動学習に関する基礎的な研究を行っており、応用させるところまで持って行けてはいないからです。それでも0点でないのは、トライアスロン部に基礎的な研究結果を報告したからです。関係あるかどうかははなはだ疑問ですが、結局今年大阪体育大学のトライアスロン部は、全国学生選手権大会(インカレ)で全国制覇を成し遂げました。
○さて、このシンポジウムの議題は「スポーツ心理学はいかに現場に貢献できるのか」ということですが、研究が現場で行かされていないということは決してありません。実際いろんなスポーツの競技力は年々伸び続け、その発展はとどまるところを知りません。これは今日までのスポーツ科学研究の成果でしょう。スポーツ心理学についても、その学問領域が今日のスポーツの発展に多かれ少なかれ関与していることは、現実のスポーツシーンにおいて実際に感じるところです。
研究を応用するためには、アイデアが不可欠ですが、それは並大抵なことではありません。一種の発明に似ていると思います。数々の既存の研究をもとに、実際に使えるところまで応用を考えていくのは、言葉で語るほど簡単なことではありません。そして結果的に応用まで持っていくことを考えるならば、「研究」と「現場に活かす」ことを分けてはならないと思います。研究者は両方する必要がある、ということです。でないと研究そのものの本質的な意味が失われます。
○心理学者といえども、他の分野も勉強しなければならないと思います。研究は心理学分野を行っているにしても、運動生理学やバイオメカニクスなどの知識がないと、それを実際に応用させることはできません。他分野の研究者との共同研究を行うなどして、他分野の理論や研究にも興味を持って勉強することが必要だと感じます。
また、「現場」は「応用」の場ではないと思います。現場にも基礎があります。たとえばトライアスロンの競技心理特性、モチベーション、トレーニング心理、競技観、そういうものが基礎にあたりましょうか。それらを踏まえた上で、応用に関する研究をすべきだと思うのですが、基礎をわかっていないうちから応用することばかりを考えてはいけないと思います。メンタルトレーニング指導士というものがありますが、現在は資格取得に主眼がおかれているような特性が強く、実際にあまり機能していないのは、これに似たようなものが関わってないかと感じます。この基礎というものも心理学の他に運動生理・バイオメカニクス・神経整理など多岐に渡って行われる必要があり、さらにそうそう明確な答えが出るとは限りません。われわれ大学院生は、応用を考える前に、現場にしても研究にしても、まずこういった基礎を固めていくべきであると感じます。
○しかし、いくら基礎を固めた応用研究でも、現場にデータや研究そのものをそのまま提供してもしかたありません。そこで応用策を検討するわけですが、これがまた難しいことです。最終的に競技雑誌に載っているようなかたちに持っていくのもひとつの方向です。学生トライアスロンでは情報源は実際的に競技雑誌の記事が大きなウェイトを占めているのは、先ほどのアンケート結果でも述べたとおりです。
また、研究をすべて現場に提供すればよいとは限りません、たとえばまったく逆の理論を両方現場に提案しても、選手や指導者は戸惑うだけでしょう。その応用研究が現場への適用に絶えられるかどうかも検討せねばなりません。適用させるときには、細心の注意を払う必要がありましょう。場合によっては、指導者や競技者としての生命を台無しにしかねないからです。ひとつの理論の確立には、多種多様な研究を総合させ、慎重に行う必要があると感じます。
○現在の学生競技スポーツや学生武道において、研究と現場の橋渡しは、指導者である監督やコーチが行っている場合が多いと思います。大学の部の監督やコーチは研究者でもあり、いわば「研究を現場に適用する」最前線であります。競技力の高いチームの監督やコーチは、そのまま優れた研究応用力のある研究者であるといえるとも思います。われわれは大学や大学院という組織に身を置いており、大学に所属する研究者から多くの知識や理論を提供されています。身近にそう言う人物が存在し、関われる場所にいるわけです。彼らから多くのことを学びとり、勉強していく必要があると感じます。しかし、われわれが応用と思っていることは、基礎の積み上げにすぎないような気がします。研究を現場に考えることを考える前に、われわれには他に考えるべきことがあるような気がします。研究を現場に適用することは、それほどに厳しく難しいということです。
私からは以上です。
スライド1 はじめに
スライド2 現段階における実際的な貢献度(学生トライアスロンの場合)
スライド3 「現場に研究を役立たせる」ことを議論する前に
スライド4 他分野における実状
スライド5 現場への貢献度について
スライド6 研究を現場に適用するために(1)
スライド7 研究を現場に適用するために(2)
スライド8 研究を現場に適用するために(3)
スライド9 研究を現場に適用するために(4)
※このシンポジウムは、
司会:
にしやん(九州大学大学院人間環境学府)
きそうくん(九州大学大学院人間環境学府)
話題提供者:
もりひろくん(広島大学大学院教育学研究科)
みわっち(筑波大学大学院体育科学研究科)
まどかちゃん(中京大学大学院体育学研究科)
わたくし(大阪体育大学大学院スポーツ科学研究科)
指定討論者:
まっちゃん(早稲田大学大学院人間科学研究科)
以上によって行われました。
(許可をとっていないので本名は伏せさせてもらっています)