サカタルージの「長江の男」
第二話『あぁ、麗しの彼女』

 恋に落ちた!
 その娘は李万紅(リー・ワンホン)といってボクよりひとつ年下の18才、ボクが泊まっていた招待所で働いていた。肌は限りなく餅のように白く、小さくて細い眼は少しつり上がっていて、腰まである髪の毛は昆布の食べ過ぎかと思えるくらい黒く光っていた。まさにボクが想像する中国人女性そのものであった。
 部屋の戸を開けておくと、時々彼女が通りかかり、ニコッ!としてまたどこかへ行ってしまう。何とかして彼女と話をしたいと思ったが、中国語は話せない。それなら!ということで中国語を教えてもらうという作戦を立てた。「ボクもなかなか頭がいいじゃん。」と思った。
 ファーストコンタクトは重要で、いかに「中国語を教えて!」という言葉を伝えるかだが、中国は漢字の国、紙に「中国語 教!」なんて書いて見せたらなんとかわかってくれたようだ。日本人であることをこれ程うれしく思ったことはなかった。  筆談でだいたいのことは通じるから、あとは読み方や、いろんなモノの名前など、とにかく目に付くもの全てを中国語で教えてもらった。彼女は次の日も、また次の日も暇があるとボクの部屋に来てくれていろいろと教える、というよりも話をしてくれた。この短い期間でボクの中国語は村に出て、買物や簡単な自己紹介ができるレベルにまで達した。中国語ができるようになったのはうれしいが、それよりも彼女がやって来るたびにボクは「生きていてよかった!」と感じ、その時間を満喫していた。
 しかし、ボクは行かなくてはいけない。その為にはるばるやってきたのだから。
滞在一週間目に明日からの『長江の男計画』のことを彼女に話してみた。が、何の為にそんなコトをするのかが、まったく理解できないようであった。お陰で彼女が連発していた「なぜ?」という中国語の単語を覚えた。  とにかくボクが明日の朝6時にこの招待所を出て、長江を泳いでどこかに行くというコトを理解した彼女は「それなら明日見送りに来ますよ!」と言って部屋に戻っていった。
 彼女が戻った後、ここでの一週間を振り返ってみた。手も握らなかった彼女との1週間であったが、それまでのボクにとって最高の時間であった。彼女と別れる悲しさと明日からの『長江の男』計画を目前とした興奮とでなかなか寝つけず、また、なぜか涙がでそうになった。(続く)




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