サカタルージの「長江の男」
第三話『泳ぎ出す男』

そして1988年5月12日朝6時。長寿村の朝もやっぱり暗い。ついに出発の朝を迎えた。見送りに来ると言っていた彼女は寝坊で現れなかった。ハッキリ言って行くのをやめようかとも思った!!が、悲しんでる暇はない。香港で買った安物のキャリアーに30kgの荷物を縛り付け、少々うなだれギミに数日前に決めておいた出発点へと歩き出す。灰色の村の中にキャリアーの小さなタイヤの跳ねる「コツコツッ!」という音だけが響いていた。
6時30分。出発点の川岸に到着。まだ暗い。誰もいるハズがない!と思っていたのが間違いだった。太極拳の国の川岸は絶好の運動場であるらしい。ゆっくりとした太極拳の動きの中、顔だけはこっちを凝視しているジィさん・バァさんの間をスルスルと抜け、荷物をおろしてウエットスーツに着替え、足ヒレをつける。すでにボクの回りには太極拳を中断したジィさんたちで人だかりができていた。しかしひるんではいられない。もう、こうなったら早く出発するしかない。ボクが思い描いていた「長江の男計画の出発の図(静寂の中、河の中に入っていく感じ)」とはかなり違っていたが仕方ない!逃げるように河に飛び込み、浮かべた完全防水のバッグにしがみついて泳ぎ出した。今まで「オォ!」っと小声で言っていたギャラリーの声が一斉に「ワォ〜〜〜〜〜〜ッ!!」に変わった。最後にジィさん達のほうを振り向きニコッ!っと笑って長江の流れに入っていった。
 もう大変である。さっきのジィさん達が大騒ぎを始めた。近くの家の窓が空き、みんなボクを指差して「ギャーギャー」って騒いでる。「コレはマズい!」まずは彼等の目の届かない対岸を目指して泳ぎ出す。「おぅ!コレが長江なのか!!」対岸といってもやはり大きな河だけあって流れがキツい。ほとんど下流に向かって流されているようなモノである(よくニュースであるような、津波で人が流されていくような感じ)。みるみるうちに彼等の声が聞こえなくなってきた。100メートル位の川幅であったと思うが、対岸に辿り着くまで30分かかった。泳いでみてわかったコトだが、河の中央が一番流れが速い。この流れに乗っていけば一日70kmは進むであろう。そうすれば二ヶ月間で2000km先の上海まで行くことができる。という計算だ。
「ムフフ!コレなら行けるゾ!」と喜んで河の中央を進んでいると、はるか前方にモクモクと煙を吐いてこちらに向かって来る大型観光船が見えた。「逃げたほうがイイカモ??」と足ヒレをフルに活用し、岸へ向かって泳ぎ出す。が、何千人も乗ることができる観光船のスピードはやっぱり速かった!岸まで、まだ半分も泳いでいないのに船はもう、そこまで来ている。船のほうでは荷物を抱いたアヤシイ観光客を発見したようで、警笛を「ビ〜〜〜〜ッ!ビ〜〜〜〜〜ッ!」と鳴らして突っ込んで来た。結局船とは10mくらい離れたところですれ違った。「フゥッ!」っと息をつくヒマもなかった。今度はその船が出した波が襲って来た。もちろんその波に飲まれた。このプロジャクトは危険だ!悲しくなった。
結局河の中央は泳げないということが発覚しした今、泳げるのは危険の少ない岸に近いところだけだ。しかし、この大きな河で岸に近いところというのは流れが不安定でところどころ逆流が混ざっている。こんなところを泳いだら時速2〜3kmで上海まで行けないカモ?すでにこの計画は失敗だったのか?悲しんでいるヒマはない。仕方ない!死ぬよりマシだ。足ヒレをバタバタさせて、ひたすらはるか下流を目指すことに決定。 そんな事を考えながら河に浮かんでいると、なぜかウキウキしてきた。とにかくボクは長江に浮かんでいるという嬉しさがふつふつと湧いてきた。「ボクはコレをするためにココに来たのだ!ウヒヒ!」
そんなのんきに浮かれ気分のボクに、最大の危機が迫っていたのだった、、、、。(続く)


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