サカタルージの「長江の男」
第四話『回る男』

危険の少ない岸に近いコースを泳ぐボク。長寿村の民はもう、はるかかなた。ニコニコ気分で足をバタバタさせて茶色の河を進む。太陽も昇ってきて、いささか暑くなってきた。音もなく悠々と流れる河の中、ボクの足ヒレの音だけが響く。ボクの目の前の川面には空が映っている。「フフフ!なんかイイかも??」などと穏やかな雰囲気の中、これからの旅もそのまま続くと思ってしまっていた。
と、河を「くねっ」と曲った先の方から「ゴーーーッ!」っという音がかすかに響いてきた。今迄がんばって足を動かさなくては進まなかったのに、なぜかスルスルと前方に進んでいる。「おかしいぞ?」と思いながらもそのまま流れに乗って「くねっ」っと曲るといきなり大きな渦が見えた!かと思ったら渦の中にいた。「鳴門のうず潮の妹タイプ」のその渦は小振りながらもしっかりと回っていた。で、ボクももちろん渦の中心に向かってグルグルと回っている。「はっきりいってコレはダメかも?」と思った。浮き袋代わりに抱えていた防水のバッグが立ってきてサンドバッグにしがみつく男状態である。死にもの狂いで脚を動かし脱出を試みる。が、やっぱりダメだ。渦の中心に来たボクはフィギアの選手のようにグルグル回転しながら「ウォーッ!」って吠えていた。

 『うかれ気分で揚子江 半笑いのまま入り込む渦の中 「助けて!」の声も掻き消され ボク走馬灯』

もう、死んじゃうのか??と思った次の瞬間、なぜか渦の外をフワフワと漂っていた。
「やっぱり神様っているんだ!」とこのとき初めて思った。
あまりにも怖くてオシッコをチビる暇もなかったくらいだから急に尿意を催した。岸に上がり、ウエットスーツを脱ぎ、河に向かい正々堂々とオシッコをした。 さっきの恐怖感からかどうかは分からないが『ブルッ!』っとした。
その後は緩やかな流れで、何度か休憩を入れながら3時過ぎになった。そろそろ今日泊まるところを探そう。 荷物の中には寝袋もテントも入っているからどこでもいいのだが、困った事に、さすが10億の民を抱える中国。どこにでも人がいるらしい。できれば流域の民のパニックをさける為、人目の付かないところを探す事数十分。
 ありました。水面から5m程上ったところに大きな岩が屋根のようになっている一畳ほどの空間が。
「なかなかイイ1K(河のK)ルームだな!」荷物を引き上げひと休み。ここまでの道程を確認すべく地図を見る。どうやらココはフリンというところらしい。出発から10数キロ進んだようだ。このままでは目的地の上海までは150日以上かかる事が判明!ビザは3ヶ月しかない。どう計算しても150日には足りない。「上海までは行けないかも?」と思うボクだったが、それよりなにより今日の渦事件から「もしかしたらこの旅でボクは死んでしまうのでは?」という思いのほうが強く頭の中に膨らんでいた。
パンをかじりながら河を眺め物思いにふけるボク。
「はっきり言ってこの旅は失敗だったのか?まったくバカなコトをしたなぁ!家族から餞別までもらってこんなところまでやってきて、収穫は李万紅(リー・ワンホン)との語らいの日々だけなのか?でも、それだけでもよかった!が、それは土産話にはならないゾ!」などと次から次へと考えてしまったが、結論としては「、行けるところ迄行ってダメだと思ったら即撤退!」そう決まるとなぜか落ち着いてきた。
落ち着きついでに辺りを見回すとチロッ!っとなにかが動いたのに気付いた。「なに?」(続く)




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