サカタルージの「長江の男」
第五話『なぜか歌う男』

何かが動いたような気がした。後ろを見たままじっとしてるとやっぱり人であった。10m程先の岩の上からチラっと頭を出して、すぐ引っ込めた。他の岩の上にも、あっ、あそこにも!
見つかってしまっては仕方ない。友好的旅行者らしく四川の空に向かい大声で「ニイハオ!」と言ってみる。

ニョキっニョキっ!
5個くらいの頭がいっせいに飛び出した。
そして沈黙。
しばしこちらをうかがってる様子。そしてまた引っ込んだ。
「ニイハオ」を連発するボクにそろそろっとその中のひとりが近付いてきた。
覚えたての中国語で「私は日本人から来た旅行者です。」と言ってみる。
彼が岩場から頭を出している仲間に何か叫ぶと皆一斉にこっちに近寄ってきた。その数10名程。
その後、彼等とは1時間位「何をしにココにきたのか?」などなど筆談で話をしたが、彼等の中に30歳くらいの村長がいて、筆談の内容によると、ボクは今晩、彼の家に泊めていただく事になったらしい。川岸から荷物を担いで険しい山道を15分くらい歩く。行く途中何軒かの家の前を通るのだが、その家の人たちも珍しい男の登場に感心を示したようで、みんな付いてきた。結局、村長の家に着いた時には総勢20名以上の団体様になっていた。
薄暗く小さな部屋で壁にはお決まりの山口百恵のポスター、その部屋に一つしかない椅子に座らされるとまたみんなから質問の攻撃だ。「泳ぐ目的が、ただ泳ぎたいから!」では許されない社会状況の中、次から次へと質問が降り掛かってくる。ハッキリいって今日は泳いでヘトヘト。しかし、せっかくのふれあいの時間を粗末にしてはいけない!そこでもボクは一時間以上の攻撃に耐えた。ようやく聞く事がなくなってきたらしい。すると今度は「好きな食べ物、飲み物」の話題に変った。20人もいればさすがに話のネタには困らない、、。それも終わり、村長が何か大声でしゃべりながら家の奥に入って行った。ギャラリーに「もう!帰れ!!」と言っているんだと思ったら大間違い。村長、分厚いアルバムを抱えて再登場!
しかもニコニコ顔
気が遠くなった。
30分程であったか、ニコニコ顔で村長の思いで話に耳を傾け、そのあとなぜか、日本の歌を二曲歌わされて取り調べ風交流は幕を閉じた。
外は暗くなり、御飯を御馳走になるころにはギャラリーも5名に減っていた。
村長、奥さん、子供とおじいちゃん、おばあちゃんの5人家族の中での夕飯。御飯におかずがいっぱい、さすが村長の家だ。ここのおばあちゃんの後ろになにやら大きくて年代物の立派な箱が置いてある。ボクが 不思議そうに見ているとおばあちゃんがおじいちゃんの方を指差して「おじいちゃんがココに入る!」と説明してくれた。なるほど、コレは棺桶なのか。こちらでは棺桶は代々使い回すようだ。
そんな御先祖様との食事も無事終わり布団に入るころにはようやく最後のギャラリーも家に帰ったようだ。

翌日はあいにくの雨。雨の日は泳がないことに決めていたから、村長にお願いして、もう一晩厄介になることにした。雨が上がった昼過ぎに村長家の畑作業を手伝いに出たが、こちらでは畑を耕すのに、まだ牛が大活躍している。牛と一緒に畑作業なんて一生できないと思っていたから、それはなかなか嬉しく、また貴重な経験であった。
  夕方は遊びに来た近所のチビッコたちとギャーギャーいいながらそのへんを散歩したり、お話したり、、。そんな中国の民とのふれあいはなかなか気持ちの良いもので、しばらくココにいたいなぁ!とさえ思ってしまっていた。が、明日は晴れそうだ。(続く)




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