サカタルージの「長江の男」
第六話『かじる男』

そして朝。絶好の水泳日和、遠泳二日目である。
お世話になった村長達に別れを告げ、八時三十分に長江の流れに混ざった。
今日はかなり調子良く泳げた。怖い渦もなく、大きな船からの波に飲まれることもなく、ただひたすら岸のそばを進む。
岸のそばは逆流ばかりだと思っていたのだが、その中でも下流への流れはあることがわかった。
水面をよく見ると流れの違いがあり、そこにうまく入り込むと、それなりに前進できるようだ。
一時間に一回のオシッコ休憩をとりながら四時間進んだところで本日のテント場に良さそうな場所を見つけた。
そこは上流から下流に向かって左に大きく湾曲した場所で、その弧の内側、つまり左岸には岩などなく、
長い年月をかけて上流から運ばれてきた土砂がたまってできた平地になっている。
川沿いの畑でクワを振るっていたオジサンが口を開けてボクを眺めていた。
さっそうと上陸したボクは近寄って来たオジサンに「ニィハオ!」の挨拶。
落ちていた小枝を拾い、イイ具合に硬くなっている土にガリガリと自分の名前や出身地、そして今晩はココで寝ます!ということを書いた
我ながらうまく書けたと思う。
それを見ていたオジサン、ボクから小枝を取り上げ、すこし場所を移動し、カリカリカリ、、、。
やっぱり「ナゼ??」と書いた。
ボクとオジサンのコミニケーションが1時間程続くと、オジサンはなんとなく理解したようで、
「それならウチに泊まれよ!」と書いてニコニコしながらこっちを見た。
オジサンに言われるまま荷物を持ち、畑の奥にある家へ向かう時には、
長江の太陽も西へ傾き、コミニケーションの跡である中国語がナカナカいい具合に光っていた。
「おしん」が住んでいたような家。これが一般的な農家の家らしい。
家の中に入ると、オジサン、戸棚をそぉっと開け、カゴの中の卵を2個取り出し、ゆで卵にして、
「疲れている時はコレがいいんだよ!」と言って、砂糖湯の中に入ったゆで卵と山盛りの御飯を出してくれた。
ボクの横でオジサンも早めの夕食をとっていたが、煎った豆だけをおかずにして御飯を食べていた。
ボクも豆を食べてみたが、あまりにも堅すぎて一回かじって飲み込むのが精一杯であった。
あの戸棚に大事そうに入れられていた卵はこちらでは高級な食べ物に違いない。
オジサンの親切には涙が出るくらい嬉しく、「ハオツー(おいしい)!」を連呼しながらいただいた。

食事が済むと木のベッドがひとつだけ置いてある小さい部屋に案内された。
荷物の整理をしていると、オジサンの12才になるひとり息子がどこからか帰ってきた。
オジサンから大体の話を聞いたらしい息子は初めて目の当たりにする外国人に少々興奮ギミ。
ボクのバッグの中を覗き込み、「コレは何だ?このテープレコーダーはなんでこんなに小さいんだ??」などと狼のようにうなるような声で聞いてくる。
バッグの中の大体のモノは簡単な説明で理解できた彼であったが、
ひとつだけ理解不能のモノがあった。
自転車に使うチェーン錠を発見した彼に「これは鍵だ」と説明したのだが、南京錠しか知らないらしい彼には、まったく未知のモノであるらしい。
「こうやって数字を合わせて開けるんだよ」とやって見せたら、「グォ〜〜〜〜ッ」と唸った。
首をかしげながらしばらくチェーン錠を眺めた彼、この物体の強度がかなり気になっているらしい彼は
両手に力を込めガチャガチャと引っ張ったり、振り上げたそれを机に叩き付けたり、、。
終いには「グルルゥゥゥゥッ!」と鉄のチェーン部を喰わえながら、噛み砕こうとさえ、してた。
すっかり眼が充血してしまった彼は「コレはかなり強くできていて、絶対に切ることはできないし、
ましてや食べ物でもない!」という事を理解してこの部屋から出ていった。
ボクは「中国人の歯はかなり強いなぁ。」と感心しながら、眠りについた。
(続く)




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