サカタルージの「長江の男」
第七話『食べる男』
昨日の砂糖ゆで玉子のお陰か、心地よい朝を迎えた。本日も晴天なり。遠泳三日目である。
オジサン達に十分お礼を言い、十時に出発。
今日も昨日のように調子良くいくかと思ったが、逆流がかなりキツく、思うように進まなかった。
漁師の小さな舟はボクを見つけると、スルスルっと近寄って来て「○△♀£♭! □πㇱ!!!」と、
なにやら大声で叫びながら手を差し出してくる。
一般的に考えて、バッグを抱いて、しかも服(この場合ウエットスーツ)を着て、
河でバシャバシャ必死にやっている人を発見したら、「溺者発見!」であろう。
つまり、そういうことである。
みんなボクを助けようとして近寄ってくるのである。
その度にボクは大声で「ワタシは観光旅行者です!泳いでいるのです!」と笑顔、そして大きく手を振って答えていた。
その都度同じことを繰り返して言わなければならないから少々くたびれたりもする。
今日はここまで3度程そういうことがあったが、ついに3時ちょっと前、もう少しで4時間になろうとしていた頃、
捕獲された。
3艘の舟に囲まれたボクはあっという間に荷物ごと舟の中へ引っ張られた。
舟の男達はしきりに大声で騒いでいる。
腕を大きく回して話すそのジェスチャーから判断して、
「オイ!お前!この先にはこんなに大きな渦が口を開けて待っているんだぞ!早まったことをするな!」
と言っているようである。
下流を見てみると、男達が言っていた通り、いくつか渦らしきモノが見えた。
まだ行けるのでは?と思ったが、まぁ、ココは男達の言うことを聞いて、ひとまず陸に上がろう。
そんなワケで、本日はその舟乗りの家に泊めていただくことになった。
家の前、河が見渡せる庭のイスに腰を下ろし、荷物を広げ、着替をする。
船乗りの彼等もやっぱりボクの荷物が気になるようだ。昨日のチェーン錠だけは隠しておこう。
船乗りのひとりがカメラを発見した。
俗に言う一眼レフカメラ。「どうぞ見てクダサイ。」と彼に手渡してみる。
ジャリッ!っとフィルムを巻き上げた彼、「撮ってくれ!」とボクにカメラを差し出した。
目の前の舟乗り達を一列に並べ「それなら!」と構えるボク。
なぜか家の中へ駆け込む彼等。
????????あれっ???????
どうしたのカナ?と思っているボクに吹き抜ける生暖かい長江の風の音。
家の中では何をしてるのだろう?もしかして恥ずかしいのか?
次ぎの瞬間、答が出て来た。
カメラを構えたまま呆然と立っているボクの前に現れたのは、
強引な学芸会のように、持っている一番良いであろう服を身にまとい着飾ってしまった彼等であった。
軍服、スーツ、人民服、船乗りの奥さんも「中国旅遊」なんて書いてある帽子を被って、しかも赤ちゃんを抱いて出て来た。
しばし撮影会に興じるボク達であった。
(帰国後、出来上がった写真はもちろん送りました。)
夕食は「サカタルージ君訪中大歓迎晩餐会」そのものであった。
近所の長老まで来て、次から次ぎへと食え!食え!とばかりに10種類以上はあっただろうか?
とりあえず全部に箸を付けないわけにはいかないであろう。
ハッキリ言ってスグにお腹がいっぱいになってしまったのだが、彼等の親切に対してはガンバリも必要だ。
「ウマイ!ウマイ!」って言いながら野菜炒めやスープを御馳走になる。
ほとんどの料理は問題なく食べたのだが、一つだけキビシイ逸品が、、。
豚の脂身を干したものの砂糖醤油炒めである。
ひとくち食べて「ギブ!」であった。
こんなにマズイモノが存在していること事体、脅威であった。
が、つい「ウマイ!」と言ってしまった。
「それなら」と長老がボクのどんぶりの御飯が見えないくらい山盛り一杯にソレを入れて、「ニッコリ」
震えるボクがいた。
長老の親切に応えるべく、がんばった。ホントにがんばった。
放心状態で脂身を完食したボク。今までの人生で一番がんばった。
「ウマかった!」っと言うが速いか、またしても長老の脂身爆撃がボクのどんぶりを襲った。
変な汗が出て来た。
ソレをどんな眼をしてボクは食べていたのであろう?あまり覚えていない。
全部食べ終わり、どんぶりに手でフタをして「御馳走様!」をしたのだけは覚えている。
その後ベッドに入るが、暑くないのになぜか体中から汗が噴き出している。
明日が心配だ。
(続く)

第八話
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