サカタルージの「長江の男」
第九話『清溪鎮の男』

朝6:30。まだ暗いうちに眼が覚めた。肌寒い。川面の厚い霧が這うように動いている。
今日は昨日ほど辛くない。なんとか動けそうだ。
クッキーなどで朝食をとりながらゆっくりと準備を始める。
歩く元気はさすがにまだなかったから、暖かくなるのを待って泳ぎだした。
ハッキリいって調子は良くない。今日は早めに切り上げてできれば宿に泊まりたい。
2時間程進んだところで洗濯をしていたオバさんを発見。
さっそく近くの宿を聞いてみたらすぐ近くらしい。
喜んで歩きだしたものの、旅館に到着したのは1時間後であった。
ここは清溪鎮という村の望江旅館。一泊二元(50円)。
名前の通り窓からは長江が見える。
早速食堂へ行き、炒飯、湯豆腐、スープ、そして少林ビールを注文。
温くて甘い少林ビールは注文して失敗だったが、
ひさしぶりのちゃんとした食べ物はあっというまにお腹の中へ消えていった。
ほろ酔い気分で宿に戻り、ベッドに横になるとあっという間に眠ってしまった。

そして次の日、天井からポツポツと落ちて来る雨に起こされた。雨漏りかぁ。そして外は大雨。
まぁよい。ベッドを少し動かせばヘイキヘイキ。この際ここでしっかり休んで体調を整えよう。
もう一度眠りにつこうとした時、部屋の扉をノックする音が、。
「何だぁ?」時計を見るとまだ6時だ。
扉を開けると、宿の主人が誰かを連れて入ってきた。
一緒に入ってきたのは軍服を着ている恐い顔をしている男だった。
「何かマズいことでもしたかなぁ??」少しビビる。
聞くところによると彼は公安局の王(ワン)さんで、日本からの訪問者に会いに来た。らしい。
「王さん早すぎるよ!」と思うのもつかの間、
軽い挨拶の後、「それでは!」と王さん、腕をまくって机の上に置いた。
なぜか腕相撲をしろという。

日本から来た旅行者との腕相撲に勝ってルンルン顔で部屋を後にする早起き腕相撲マニアの王さんを見送り、
今のは何だったのか考える間もなくもう一度眠った。

しばらくして目覚めたボク。
遅い朝ゴハンを食べに外に出てみる。
「ズーペンレン!ズーペンレン!!」
ボクを指さしながら騒ぐ村人達。ズーペンレンとはこちらの訛りで「日本人」だ。
気持ちよく眠っている間に「日本からやって来たおかしな観光客」はすっかり有名人になっていた。
ボクが中国を旅行したこの年の前年までここは外国人が入って来れない地区(未開放地区)だったため、
どうやらこの村の人たちにとっては外国人を見るのが非常に珍しいことらしい。
しかしどこかの国の観光客を見ると何か買ってくれるだろうと近付いてくる人たちとは違って
とにかく珍しいだけなのだ。「ズーペンレン!」と声がしたほうを振り返ると、叫んだ人は恥ずかしいのか
スっと隠れてしまう。まったく害のない人たちだ。
なんかこの村は楽しそうだ。この村のメインストリートは旅館の前の幅2mくらいの路地だ。
この路地の両側に食堂や雑貨屋、そして土壁で囲まれた民家などが100mくらい並んでいる。
村のほとんどの人がこの100mの間で生活している。
それを抜けると路地は,けもの道のようになり、一段上の道路へと続く。
食堂のイスを路地に出してソバを食べてる人を発見したから、そこで路地を眺めながらソバを食べることにする。
なんとなく歩いている人、こんな狭い村の中で忙しそうにしている人、
ウンコをしながらしゃがみ歩きしている子供などなど、みんな勝手にやってる。
なぜか楽しくて、ずっと見ていても飽きない。

雨がずっと続いていたこともあったが、結局こんな楽しい村に10日間もいてしまった。
その間、部屋に訪れた訪問者は村長、漁師の4歳になる息子を含め20人以上、
そしてほぼ全ての村人と仲良くなった。気がする。
天気予報によると明日は久々にいい天気になるようだ。
そろそろこの村ともお別れだ。
ありがとう清溪鎮!
(続く)




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