マレー半島の男

サカタルージの「マレー半島の男」
第一話『軟弱な男』

  その前年、マレー半島の最南端シンガポールのゲストハウスのベッドの上にいたボクは、
そこからマレーシアへ北上しようとしていた。
どうやって北上しようかとマレーシアの地図を広げてみると、シンガポールのなんと小さいこと!
今いる南端にある中心街からマレーシアの国境の街「ジョホールバル」まで30kmもないのだ。

「ムムッ!?」「コレはイケるかも???」「うん、イケる!」
ということで、小さな荷物を担いでシンガポールの街を飛び出した。マレーシアへ向かって。徒歩で。
「マレーシアまで30km、これは1日の散歩だ。
どうせなら、マレーシアとタイの国境のそばにあるペナン島まで1000kmくらいだから、1ヶ月もあれば着くだろう、
フフフ!ボクには体力という恐ろしい武器がある!」
と元気に飛び出したのは良かったのだが、それは思った程楽なものではなかった。

既にシンガポールを出た数時間後から足や膝が痛くなった。
しかも驚いた事にサンダル履きで歩いていたボクの足はマメだらけ。もちろんすぐ歩行困難に陥った。
それでもなんとか、4日間歩いたのだが、
シンガポールから150km先の西海岸に位置するバトパハという港町で全てを断念した。


夕方発のバンコク行きのバスに乗り、窓の外のゴム林や海を眺めながら、今までの旅を振り返ってみる。

長江での失敗は命の危険もあっただろうから、なんとかあきらめもつくが、
その後渡ったインドのガンジス河で泳いだ時は横に流れて来た死体にビックリして、溺れそうになった。
やっとの事で河から這い上がり、気をとりなおして入門した山奥のヨガ道場では
あまりにもキツいポーズで肋骨にヒビが入った。
それでも1ヶ月間、ヨガと瞑想と1日2食のおいしいものに目が眩み続ける
ベジタリアン生活が終わった途端、弾けたように肉や甘いものを貪るように食べた結果、
急激な食生活の変化から、ニキビや髪の毛がどんどん抜けていくという恐ろしい事態に直面した。
幸いニキビも髪の毛も復活したが、、。
そして今回のマレーシア徒歩行。


オレンジ色の外の景色はいつの間にか真っ暗になって、
遠くの青白い光だけが見え隠れしていた。そしてその手前には
「恐ろしい程の体力を持ち合わせた男」ではなく
「恐ろしい程軟弱な男」が映っていた。



そして1年後。
ボクは再びバンコクの街にいた。どうしようもなくドキドキしていた。

ここに来るまでの一年間、できることは全てやってきたつもりである。
前年バンコクからバナナ畑の仕事をしに2ヶ月半ほど渡っていたイスラエルでは、
朝5時から昼までの畑の仕事の後、毎日水泳とマラソンは欠かさず暮らしていた。
日本に戻ってからも体力作りと健康に気を使って仕事を続けていた。

前回失敗した時はシンガポールから北上しようとしていたが、
今回はバンコクから南下しよう、そしてシンガポールまでは約2000km。
この距離はちょうど「長江の男計画」で泳ごうとしていた重慶から上海までの距離と同じである。
この距離を、何日かかってもいいからとにかく歩いて行こう!
絶対に断念しない!楽しく!と決めていた。 この旅が成功したら、きっと何か、漠然としたものではあるが、
何かがあるんじゃないかな?とも、思っていた。


そしてバンコクのカオサンロードで大勢の仏教徒に囲まれながら楽しいクリスマスを過ごした翌日、
シンガポールのマーライオン目指して歩き出した。
「マレー半島の男」になるために。(続く)




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