サカタルージの「マレー半島の男」
第二話『歩き出す男』

  12月26日

必要最小限の荷物を詰め込んだデイパックが心地よく肩に食い込んでいる。
Tシャツ、短パン、靴下、運動靴、帽子で身を包んだボクは、
泊まっていたカオサンロードのゲストハウスを宿の管理人である
北京原人顔のオバさん達に見送られながら、7:40に出発。

「じゃぁネ!行って来ます!」

と言って格好よく飛び出したのは良かったが、ここで問題が勃発。

「シンガポールはどっちだ?」

北京原人達に笑われながら荷物の中から地図とコンパスを取り出す。
幸い宿の前の1m足らずの小道は南北に走っていた。
「南に向かえばなんとかなるハズだ。」
「今度はホントに!」と宿を飛び出す。

世界でも有名な渋滞都市バンコク市内では朝8時には既にものすごい交通量なのだ。
もくもくと霧のように立ち上る排気ガスの中、ひたすら南へ、
今日はすぐ南の町「サムット・サコン」を目指そう!

高級ホテルが並ぶチャオプラヤ河に架かる大きな橋を渡ると、
少しずつではあるが家の数が減って来た。
しばらく歩くと大きな三つ角に差し掛かった。
どちらに行けば良いのだろう?

持っていた地図はバンコクの中心部とその裏はマレー半島全体図、
バンコクからシンガポールへの1本道だけがきれいに描かれていた。

ちょうどすぐそばに交番があったから、
おまわりさんに「サムット・サコンへはどの道を行けばいいのですか?」と聞いてみた。
おまわりさんは、バス停がどうのこうの、などと言っていたが、
とにかく一番右の道路を進めばその先はサムット・サコンだ。ということを教えてくれた。

ちなみにここまで2ヶ月くらいタイに滞在している事になるボクは、
この程度の会話はなんとかできるようになっていた。

この三つ角を越えると大きな1本道が現れた。
そこからしばらく行き交うバスやトレーラーなどを横目にまっすぐ南へ向かって歩く。
昼近くになり、汗もかなり出て来た。
「何か飲みたい!」
そして、朝トイレに行っていなかった!
「ウンコがしたい!」

ウンコがしたいと思った瞬間から勝負が始まる。
とにかくウンコができそうな場所→食堂、
または誰にも気付かれずウンコができる茂みなどを探しながら歩き続ける。

なぜか南国で冷たい汗。

いささか内股ギミで歩く事30分、
少々プレーリードッグ状態(プレーリードッグちゃんが穴から出たり入ったりして辺りを伺うに様子)
に陥ったボクの遥か前方に突如食堂らしき小さな建物が現れた。

「よし!」急にスピードが上がった。
完璧に競歩の歩き!見事としかいいようがない。

砂煙を上げながら近付いて来るボクに気付いた店のオネェさんは
その手を止め、ボクのゴールインを待っているようだ。

前方にオネェさんの眼鏡越しに確認できる
優しそうな眼を見つめながらひたすらゴールを目指すボク!
あと数10メートルまで差し掛かり、
「カオパッ(チャーハン)、カオパッ(チャーハン)!が食べたい!」と、
とりあえず大声で注文しながら競歩で迫って来るボクを微動だにせず見つめている。

そしてついにゴール!(マーライオンじゃなくてトイレ)

荷物を下ろしたボクを見たオネェさんが
「チャーハンね!」
と言ったのを確認するとダッシュでトイレに駆け込むボク。

「フ〜〜〜〜〜ッ!やっぱタイっていいなぁ。」

バンコク市街を抜けたのが、トイレに紙が無く、手桶が入った水が溜められたバケツでも分かった。

おいしくチャーハンをいただき、ジュースも3本飲んでさぁ、出発。
オネェさんにサムット・サコンへの道を聞いてみると、やっぱりこの道でいいみたいだ。
どうやらこの道がはるか彼方、シンガポール迄続いているようだ。
そう考えながら歩いているとなぜか興奮してきて、熱い汗に混じって涙も溢れてきた。

昼過ぎはかなり暑くなってきた。日本より赤道に近いから当然なのだが、
アスファルトの上を歩くのはやはり熱いのだ。
夏場のイヌの散歩は注意しなきゃいけませんね。
対策としては途中にある商店などでは常に水分を補給しながら歩くようにしていた。
ここまでにだいたい3リットルは飲んだだろう。
しばらく進むとほとんど家がなくなってきて、代わりに塩田が見えるようになってきた。
そこをさらに進むと家がどんどん増えてきた。
大きな四つ角を左に曲ると町並が見える。
ってことは、「ここがサムット・サコンだ。」
うまい具合に町に入ったところに宿を発見。
バンコクでのシングル約300円っていう安さは望めない。ダブルしかないというその部屋は約700円。
シャワーもトイレも付いている。これからまた宿を探す力はない。
まぁ、よいだろう。バンコクを出て8時間後の15:40に部屋に入った。

靴を脱ぎ、デイパックを下ろし、汗でビチョビチョになったTシャツ、
短パン、靴下を洗いながらシャワーを浴びる。
着るものは歩く時のと寝る時のをそれぞれひと組ずつしかもってきていないから、
これから毎日宿に入ったら洗濯しないといけない。
日に焼けたところが少しヒリヒリしたが、それは気持ちの良い痛さであった。
しばらくして夕食をとりに町に出た。脚の筋肉が少し痛いが、まぁ、こんなもんだろう!
今日は水ばかり飲んであまり食欲が出なかったが、
明日の為に、ごはんと鶏肉の炒めたものとスープを食べておいた。
部屋に戻り、ベッドに横になるとすぐに眠ってしまった。

本日の行程
バンコク〜サムット・サコン 距離35km
行程時間:8時間
マーライオンまであと:約1936km
(続く)




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