サカタルージの「マレー半島の男」
第六話『恋する男』

  夜、束の間の休息を楽しむ暇もなく、彼(ホテルのオーナーの息子)が白いトヨタで迎えに来た。
「白いトヨタだ!」ってイバって言っていたから、どんなものかと思っていたが、結構ボロ車だ。
格好はジーパンにTシャツ、までは普通なのだが、なぜか彼はブロンソンタイプのカウボーイハットを被っていた。

ハッキリ言ってイヤイヤ車に乗り込むボクを乗せ出発するボロ車。向かった先はこの町でも一番大きなホテル=リージェント・チャーアム・ホテル。その中のディスコだ。
ホテルに車を停め、ディスコの入口でその友人達を待つことしばらく、白のベンツと赤のBMWがやってきた。
ブロンソンが「あっ!来た!来た!」って手を振って迎えたその2台の車からはゾロゾロと10数人が出て来た。
ひとりひとりを紹介してくれるブロンソン。友達の他に白のベンツの親戚のおじさん、赤のBMWの姉さん、そして、最後に紹介されたのがブロンソンの妹=ボクより3歳年下のニッドだ。

『うぅっ!!カワイイ!!!!ヤバいっ!カワい過ぎる!!』

皆揃ったところで早速店内へ。とりあえず席についてみる。後からやって来たニッドは、なんとボクの隣にやって来たではないか!!!

『神様ぁ!ありがとぅ!!』

お酒やジュースを飲みながら皆でワイワイやっていたのだが、ボクはニッドの横にいるというだけでドキドキしていた。

黒い薄手のワンピースを着た164cmの長身から延びる長い脚、パーマのかかった黒い髪の毛を揺らしながらしゃべる薄い唇、色白の少し角張った顔の中で光る細い目、その全てにヤラれた!

が、しかし、その時のボクの格好といえば汚いゴムサンダル、どこに出してもおかしな長そでTシャツ、そしてバンコクで100バーツだったものを値切りに値切って99バーツで買ったヨレヨレのパンツ。
改めてこのみすぼらしい格好を見て、1バーツ値切るのに10分もかけた自分が悔やまれる。

そんなボクとニコニコしながらいろいろとお話してくれる彼女。
今まで覚えてきたタイ語で、なんとか彼女との会話も続き、この幸せな夜を存分に満喫するボクであった。

「ねぇ!踊りましょうよ!」
『ヌッ!!!うん!行きましょう!!』

喜んで彼女とダンスをするボク。
脚が痛くてずっと立っていることさえ厳しい状態のボクのドコにそんなパワーがあったのだろう?しかもしたこともないダンスなる動き。
ニコニコ顔で踊る彼女を真似て動いてみると、なんかとてつもなく嬉しい気分だ。
しかし、動き続けているとさすがに『やる気』だけではどうにもならないボクの脚たち。
痛さのため、冷や汗に混じって涙が出てきた。
目の前が真っ白になりかけてきた頃、ようやく彼女が疲れてくれた。

『うん、いいよ!戻りましょう(ふぅ)』

テーブルに戻った彼女が言った。

「ねえ、明日も会いましょう!」

『うっ??(ヤバい、オレ、モテてる?)』
今、確かに彼女は「明日も会いましょう!」と言った。
今までの人生でこんなにモテたのは幼稚園の時、雪組の女の子に「結婚しよう!」と言われた時以来だ。
既にボクの頭には、彼女との結婚式の映像が映し出されていた。

『うん、いいよ!じゃ、明日は2人っきりでデートだね!』
なんて普通は言うのだろうが、そんなコト言った経験もないウブ(だった)なボクは、事もあろうに

『明日は次の町(ホア・ヒン)まで歩かなきゃいけないんです。』なんて言ってしまっていた。

「じゃ、アタシ、明日、ホア・ヒンまで行くワ!ホテルはドコ?」と彼女。

ボク:『ムムッ、、ホテル?
(予約なんてしたことないし、泊れるホテルがあるのかさえ知らない、ホテルがなければビーチにだって寝てもいいとさえ思っているのに、、)
どこに泊まるのか分かりません。』

彼女:「・・・・・・・・・・・」

終わった。
完全に終わった。

ホテルのベッドに戻ってきたボクはディスコを出る時彼女と握手をした右手を眺めながら今日の出来事を思い出していた。
ハッキリ言って恋をした。
彼女とデートする以上の喜びがこの2000Hの徒歩旅行にあるというのだろうか?
『フッ、フッ!フッ!ないね!そんなモノ!』と心の声
『いやいや、そんなコトはないわぁ!』とまた別の心の声

そんな事をしているとボクの両足が今日の疲労とこの部屋のエアコンの寒さからか、プルプルと震えだしてきた。

ヨチヨチ歩きでシャワー室へ入り、熱いシャワーを浴びながら脚のストレッチを始めるボクであった。

『しょうがない、明日も歩こう。』



(続く)

ここまでの行程
宿代:0バーツ
バンコクからの総歩行距離:168km
マーライオンまであと:1803km


(続く)


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