54 小高い丘のふもとにある雑木林の中で木の枝にぶら下げられた空き缶が揺れた。ごく日常の生活ではその風景を見ると誰かの悪戯くらいにしか考えないかもしれない。もし疑問に思いそれに見入っていて突然揺れたとしても、風によるものくらいにしか思わなかっただろう。それくらい僅かな揺れだった。 「注意しろ!」囁くような声で川田章吾は隣で腰を屈めていた七原秋也に言った。 秋也はただ頷いただけで声を発しなかったが、川田が何を言いたかったのかははっきりと理解していた。 共同作業により昨晩のうちに張り巡らせておいた高感度探知機。たかだか地面に這わせた糸を木の根元に括り付け、途中分岐させた糸に缶を吊るしておくという単純なものだったが、その役割を今十分に果たしていた。 しばらく沈黙が続いた。誰かが近くにいるのは間違いないはずだったが、相手も今日まで生き残っているだけあり、こちらの存在に気づいてはいないとはいえ、簡単に姿を現すようなことはしなかった。 ・・・・・・・・罠に気づいて逃げたのかもしれない。秋也は一瞬そう思った。 それならそれで構わなかった。別に人を殺そうと思い巡らせた罠ではなく、自分たちが少しでも身の安全を保つために作成したものだ。 だが隣の川田はそうは考えてないようだった。じっと銃を掴んだまま、一点のみを睨みつけるように見入っていた。秋也も川田の視線の先に目を移したが、やはりそこには夏の木漏れ日がキラキラと舞っている以外は何の変化も見られなかった。 川田の野生的な勘には信頼性はあったが、一旦ゆっくりと周りを見渡して人の気配を確認してみた。 やはり人がいる気配はない。 それで視線を川田の方に戻すと、下ろされていた銃が先ほどまで秋也自身も見入っているその方向へ向けられようとていた。ぎょっとして秋也はすぐさま先ほどと同じ場所を見た。 その瞬間、反射的に体が動いていた。 視界にその人物の姿を捉えたと同時に川田の右手へ向けて、肩口からぶつかったのだ。 同時に、ぱんっ、と耳を裂くような音が鳴り響いた。頭上から木の葉と枝が舞い散った。「川田っー!!」たまらず秋也は怒鳴った。 一方の川田章吾の方があっけに取られていた。その間秋也が叫び続けた。 「なにやってるんだっ!!見えただろっ、相手は女の子だぞっ」声のトーンは先ほどより落ちたが全体的に口調は厳しかった。「川田、俺言わなかったか、人を殺すようなことはしないって。それに今のは正当防衛でもなんでもない!ただの一方的な殺しだ。そんなことは許されない、絶対に!!それとも前に言ったように今のが必要悪ってやつなのか?だとしたら俺は・・・俺は、絶対に認めることはできない!!」 川田は秋也の方を見ようともせず、先ほどの相手が反撃してこないかと見入っていたが、背中を向けて走り去っていく姿をみて、初めて秋也に顔を向けると言った。 「俺目わりぃんだ、相馬かと思ってな」それだけ言った。それから視先を再び走り去る女に戻し心の中で思った。今なら確実に一発で仕留めることができるんだがなぁ。 川田に体当たりしたことで方膝をついていた秋也が急に立ち上がった「やっぱり見過ごせない。俺彼女を説得してくる。必ずわかってもらえるはずなんだ」 「お、おい!!」川田が言う前にすでに走り出していた。 ったく甘ちゃんが・・・・・・。そうは思ったが、そんな秋也を微笑ましくも思った。 変わんねぇな。あいつは今も昔も・・・・・ |
|||
|