『視点』



『これで4回目だ』
俯いた舞の顔がわずかに歪んでいるのを、狩谷は見上げていた。
それでも他のクラスメイトたちに気づかれないように、皆の視線を 避けて俯いているのだが、車椅子の狩谷からは一目瞭然であった。
「まいちゃーん、売店までいっしょにお菓子買いに行こうよー!」
元気な声とともに、ののみが舞に飛びついてきた。舞は、ほんの一 瞬だけ表情をしかめたが、すぐに気を取り直すと承諾の返事を
する。
「ねえねえ、肩車してよぉ」
まだ子供であるののみが、嬉しそうに舞の腕を取る。

『やめておけばいいのに』

狩谷は心の中で呟く。だが、舞はののみを自分の背に乗せると、軽 く声を上げて彼女の両脚を取った。屈んだ時に、彼女の瞳が渋く細 められる。
「…おっと」
ののみを担いだ舞の足元がわずかにふらついた。狩谷は思わず身を 乗り出すと、車椅子を走らせて、舞の傍らへと移動する。

「──芝村さん」
こんなに大きな声を出すのは久しぶりだな、と内心驚きながら、狩 谷は舞に声を掛けた。
「……狩谷?」
ののみを肩に担いだまま、舞は振り返る。一見いつもの彼女だが、 下を向く回数の多さを証明するかのように、その首筋には脂汗が 滲んでいた。
「僕との約束を忘れたのかい?昼休みにハンガーで、士魂号の調整 を見てほしいと頼んだのは、君の方じゃないか」
「…?」
「えー?まいちゃん、なっちゃんと約束してたのぉ?」
狩谷の言葉に、舞は困惑の表情を浮かべた。
「……そうであったか?」
些か自信のない声で、舞は狩谷に問い返す。何処か不満そうなのの みをよそに、狩谷は言葉を続けた。
「そうだよ。先日の戦闘で性能が下がったから、それを戻したい って言ってただろ?」
「……」
狩谷は車椅子を進めると、舞の肩に乗ったままのののみを見上げ る。
「そういう訳だから。今日はごめんね、東原さん」
「う〜」
「…これあげるから」
狩谷はポケットからキャンディを2つ取り出すと、ののみの小さ な手のひらに載せる。
「……『せんやく』じゃ、しょーがないなぁ。じゃあまいちゃん、 あしたいっしょに行ってくれる?」
「…あ、うむ……」
ののみの声に弾かれたように舞は頷く。舞の返事に頷き返したの のみは、ぴょい、と舞の背から飛び下りた。
「ほら、芝村さん。早く行くよ」
カタカタと車椅子を動かしながら、狩谷は半ば呆気取られている 舞を促した。


「……本当に、私はそなたと約束をしていたのか?」
教室を出た所で、舞がやや掠れた声で、前を進む狩谷に問いかけ てくる。
「───やっぱり。そんな認識も出来ない程、体調が悪かったん だね」
狩谷は顔だけ後ろを向くと、たしなめるように舞の顔を見た。
それを聞いて、舞は途端にバツの悪そうな顔をする。
「な、何故……」
「説明は後。詰め所に行くよ」
そう言って、狩谷は器用に車椅子のままで階段を下り始めた。
以前舞から貰った「スポーツ用車椅子」のお陰で、ひとりでも身の 回りの事が出来るようになっていた。

『自分で出来る事は可能な限りした方が良いが、本当に困った時 は、素直に誰かの手を借りる事も必要だぞ』
かつて狩谷にそう言った筈の彼女が、何故自分の事になるとこ うまで無理をするのか。
背中に舞の視線を感じながら、狩谷は黙々と階段を下り続けた。


詰め所に着いた狩谷は、石津に声を掛けて、体温計と仮眠用ベ ッドの用意を頼んだ。
「私なら大丈夫だ、そこまでしてくれなくても……」
「───僕はね。自分の身体が不自由な分、他の体調が悪そうな人 の事も割と良く判るんだ。石津さん、どう?」
「……39度4分。…風邪よ。完璧に…重…症……だわ」
石津は、舞の口に銜えられていた体温計を取り出すと、表示され た数字を読み上げた。
舞は、観念したように息を吐くと、布団を被ったまま横を向いた。
「狩谷くん…よく、判ったわ…ね……」
「───まあね」
狩谷は曖昧に頷くと、ベッドに横たわる舞を見た。
「…本当に困った時は、素直に誰かの手を借りるんじゃなかったの?」
「……」
わざと語尾を強めながら、狩谷は再度舞をたしなめる。
たしなめられた方は「そうは言ってもだな」などと、モゴモゴと口の中 で言い訳を始めた。
「私…お昼ご飯食べたいから…狩谷くん、ここ…お願い……でき るかし…ら?」
石津は、救急箱を片付けると椅子から立ち上がる。
狩谷は「いいよ」と答えると、車椅子を舞の眠るベッド脇まで移動させた。

「……まいったな。速水や瀬戸口たちにも気づかれずにいたから、何とか 誤魔化せると思っていたのだが」
石津が出て行った後、舞は苦笑しながら狩谷を見た。
「視点の違いだよ」
「……視点?」
舞の疑問に、狩谷は小さく頷く。
「君たちと違って、僕はこの通りだからね。君は、皆に見られまいと 下を向いていたけど、車椅子の僕からは丸見えだったって訳さ」
「───なるほどな」
狩谷の解説に、舞は小さく笑った。
普段の凛々しいイメージとは異なった、年頃の少女にふさわしい柔和 な表情で、狩谷を見つめている。
見慣れたはずの彼女のヘイゼルの瞳が、何故かいつもと違うように思 えて、狩谷はどきりと胸を躍らせた。

「……とにかく、」
ほのかに上気した頬を見られまいと、狩谷は角度をずらして舞の 視界から逃れる。
「眠りなよ。君はいつも忙しく動いてばかりいるんだから。具合の 悪い時くらい、ゆっくり休んだらどうだい?」
狩谷の態度に、舞は少しだけ不審な顔をしたが、
「───そうだな。それでは、そなたの言葉に素直に甘えさせて貰う とするか」
ごそごそと布団を被り直すと、やがて微かに寝息を立て始めた。
そんな舞を、狩谷は暫し無言で見下ろす。
「……」
「士魂号」という人型戦車を操り、熊本中を駆け回る彼女が、自分 のすぐ間近で無防備に眠っている。
その寝顔は意外に幼く、いつもは毅然としている形の良い眉毛が、穏 やかなカーブを描いていた。

「こんな君を間近で見る事の出来る人間なんて、まずいないんだろうね……」
誰に言うでもなく狩谷は呟いた。周囲に誰もいないのを確認すると、 上半身を傾けてベッドの舞に顔を近づける。
「───そして、こんな視点で君を見下ろせる男も……」
意識のない舞の耳元で小さく囁くと、狩谷はそっと彼女の頬に口付けた。



狩谷×舞のリクエストですが、所詮私が書いた所でこの通り(笑)。 やっぱり「芝村さん」になってしまいました。
期待に応えられなくて、本当にごめんなさい(泣)逆なら書き易いんだけどね……



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