『熊本最低最悪誕生会・1999年4月末日』




『やはり、高給取りというのは、気持ちが良いものだな』

4月も終わりのある日。
芝村勝吏は、一族専用の通信回線から聴こえてきた従妹の 妙に弾んだ声に、内心で戦慄していた。
「……芝村ともあろう者が、たかが昇進したくらいでいい気にな るな、たわけ」
『そうは言うがな。戦士待遇の週給など、きょうび中学生の小 遣いにもならぬのだぞ。それに比べると現在の給与は、入隊当時 の12倍だ』
ウキウキとした口調で話す舞を、勝吏は、己の三白眼を更に細めて返す。
「金なら、時折実家から延べ棒が送られてくるだろうが」
『あれは、すべて小隊の備品などに当てている。私は、自分で 稼いだ金で生活がしたいのだ』
「随分と、人間らしいこだわりを持つではないか」
『なんとでも言え。この間千翼長に昇進したので、士官 服が届いたのだ。あの異形の侍と共に、戦場を駆け抜けるのが私の 生業だが、善行のような司令官としての軍人稼業も、良いかも知れぬな』
「……司令官と言うより、お前の場合は無頼漢であろう」
『何か言ったか、このぬらりひょんが』

瞬間。背筋を物凄く冷たいものが走った感覚をおぼえたが、勝吏はあえて気付かぬふ りをすると、一旦閉じていた口を再度開いた。

「それはそうと、そなた、今度の祝宴の用意はしてあるのだろうな?」
『……何の事だ?』
予想通りの返答に、勝吏は更に痛み出した頭をさり気なく片手で抑えながら、言葉 を続ける。
「やはり忘れていたな。今月の最後は、そなたの誕生日であろう。その晩餐 会が、熊本市内の××ホテルで行われる」
『──ごめんなさい。今年の誕生日は、お友達と過ごす事に決めてるの♪』
ひと昔前のアイドルのように、小首を傾げながらの姫君の返事に、傍らのウイチタ・更紗が、 手にしたファイルを床にぶちまけてから、約10秒後。

「もーちょっと、マシな口上は思いつかんのかーっ!そんな少女漫画のヒロインのよ うな言い訳が、通用する訳ねーだろーがー!」
『夢くらい持たせろよーっ!遠まわしに「行きたくねぇ」って言ってるんだよ、こっちは!』
「主賓が出ない誕生会が、どこの世界にある!」
『知るかー!壮絶な経費のムダ遣いをしている暇があったら、その分避難所にでも寄付 しろ!その方が、よっぽど弱者を救っておるわ!』


互いの立場とは、あまりにもかけ離れた低レベルな言い争いが、一族のみに許された 回線スピーカーを独占し続けていたという。


「……という訳で、甚だ不本意だが、今度の週末に晩餐会に出ねばならなくなっ た。ついては、そなたたちのどちらか、私について来て欲しいのだが」
些か疲れ切った顔で教室に戻ってきた舞は、ふたりの守護者に話を切り出した。
「OH…ワタシ、その日は原さん・壬生屋さんと、さつ○や菓○に出かける約束しち ゃいマシタので、ダメデース」
「ほぉ…そなた、主(あるじ)よりもさ○まや○舗か。ならば、私にも『いき○り 団子(註:さつ○や菓舗が誇る、熊本の名産品)』を買って来てくれぬか……」
姫君の護衛よりも、熊本銘菓の舌鼓を優先する小杉に、舞は乾いた笑みを漏らす。
「それに、舞サンは女の子デスから、ワタシよりも来須クンがボディーガードに ついた方が、スマートデスよ?」
「ふむ…」
小杉の言葉に軽く頷くと、舞は後ろの席で足を投げ出している寡黙な戦士を見た。
ヘイゼルの瞳に見つめられて、来須の蒼い瞳孔が僅かに開く。
「……」
「……行きたくないのは、私も同じだ。諦めて共に行ってくれ」
「来須クン。コレも、守護者としてのお仕事デスよ?」
そういう自分はどうなのだ、という言葉が、ほんの少しだけ脳裏を掠めたが、来須 は何も言わずに、帽子の鍔を軽く下げた。
「そうなると、早速衣装選びデスね。舞サンは、何を着て行くのデスか?」
「そうだな…」
以前、『入隊激励会』と称した晩餐会に出席した時に着用していた赤いドレスは、諸 々の事情(この辺のくだりは、『お笑い部門』の「Fighter meets a Knight」をお読 み下さい…とさり気なく宣伝;)により、廃棄してしまった。
代わりのドレスを購入する気はないし、かといって、他のドレスは持ち合わせていない。
「──あ、そうだ」
「ドウシマシタ?」
「私の衣装は決まったから、問題はない。それより……」
右手の親指と人差し指で、形の良い顎と頬をはさみながら、舞は歩を進めて来須の 前に立つ。
「晩餐会には、それなりの身だしなみが必要だぞ。来須」

帽子の隙間から、訝しげにこちらを見上げてくる来須に向かって、舞はニヤリと笑った。


4月30日。

熊本の中心部にあるVIP御用達のホテルを借り切って、芝村一族の末姫の誕生祝賀会は、厳かに 行われようとしていた。
黒塗りの高級車から降り立った、本日の主賓とその護衛らしき男の姿に、周囲から一斉に 感嘆のため息が漏れる。
「やはり、『ぱつきんのいけめん』が盛装をすると、注目度が違うな」
女性用の士官服に身を包んだ舞が、隣を歩く従者に声をかける。
「ひょっとすると、私の方が、そなたの護衛と思われているかも知れんぞ?」
「……」
この日の為だけにわざわざあつらえた、新品のタキシードを着た来須は、帽子を被っていないので 憮然とした表情を隠さないまま、沈黙を守り通していた。

『パーティなのデスから、礼服がお約束デース』
『出席者は皆、それなりのお歴々たちだ。私に恥をかかすなよ』
当日の朝。
正論に違いないが、その割には説得力のなさそうな笑顔で、小杉と舞は、何処からか調達してき たタキシードを、半分着せ替え人形と化した来須に纏わせた。
「……我が義弟ながら、似合ってマース!」
タイのホックを着けながら、小杉が歓声を上げる。
「これは、早速フォトに収めてヨコナガシ……いえいえ、記念にしておくデース!ワ タシ、コンビニでカメラ買ってきマース!」
「──やめろ!」
「そうだ、小杉。その必要はない」
自分も礼服に着替えた舞が、小杉の背に声をかける。
何だかんだ言っても、やはりこの主(あるじ)は、自分の事を考えてくれているのか、と来 須が錯覚したのも束の間、
「こんな事もあろうかと、私が既に先日、善行から拝借ずみだ」
既に何度か操作をしたと見られる最新式のデジカメを手に、得意そうに舞が嘯いたのと、 来須の容赦ない拳が、彼女の脳天目掛けて振り下ろされたのは、ほぼ同時だった。


「私は、この方たちとお話があります。お前は、下がっていなさい」
外見だけは完璧な振る舞いで、芝村の姫君は、金髪の従者を下がらせると、愛想笑いを浮 かべている九州有数の資産家と、相変わらずの三白眼を晒している従兄と会話を始めた。
「この科白を口にしたら、もうそなたは帰ってもいいぞ」と言われてい たが、彼女の守護者としてはそういう訳にもいかず、少し離れた場所から主の様子 を窺っていた。
端正な舞の横顔を見つめながら、来須は一族から命ぜられた任を、今更のように思い出す。

『変異体(イレギュラー)から目を離すな。あれは、我らにとって重要な道具にもな れば、事と次第によっては我らを脅かす存在にもなる』

あの一族が生み出した、突然変異の実験動物。それが、舞である。
世界を守る為の決戦存在を作り上げる為の、いわば「スケープゴート」であった彼女は、誰 もが予想すらしなかったほどの強大な力を、その小さな身体に秘めていた。
そして、自分や小杉に与えられた任務とは、末姫の守護というよりは、変異体が一族に牙を剥 かないよう、彼女を刺激するものの排除に近い、と来須は考えていた。
だが。
一族から、そして「あの男」から言い付かっていた事よりも、今の来須は、舞が自分の心の 中に強く存在している事実に、複雑な気持ちを抱えていた。
一体、この気持ちは何処から来ているのか。
主従関係を通じて情が移ったのか、それとも「あの男」を通じて、彼女への想いが同化した のか、あるいは……

「……?」
舞を観察していた来須の視界に、何やら挙動不審な人影が映った。


「これは、素晴らしい素材ですね。早速、私の所へ送るよう、手配して頂きたいのですが」
「──は。勿論でございます。姫様のお眼鏡にかなったようで、私も嬉しく思います」
資産家らしき男から渡されたものを、手の中で弄びながら、舞は満足そうにヘイゼルの瞳を 細めていた。
「昨今では、やたらとデザインばかりが先走りしてしまって、味気ないものが多い中、こちら のものは、創業当時と変わらぬ姿勢を貫いているようですね」
姫君の笑みに、男はまるで壊れた人形のように、何度も頭を下げ続ける。
そんな様子を、勝吏は少し離れた場所から苦々しげに眺めていた。
『壮絶な経費の無駄遣いをしているのは、貴様も一緒ではないか』
彼女の指に挟まれた新品の『釘』に、勝吏は心中で悪態をつく。
その時、

「この、人でなしの一族が!」
会場のスタッフを装った刺客が、群集を掻き分けながら、その中心にいた舞へと詰め寄ってきた。
それを見た来須は、周囲の悲鳴を他所に、彼女を守るべく足を急がせる。
だが、
「私は、お前に『下がれ』と言った筈ですよ」
不敵な姿勢を崩さぬまま、舞は礼服の上着を脱ぐと、脇のホルダーから、折りたたみ 式の警棒を取り出した。
そして、自分に向かってきた刺客に向き直り、刃物ごとその手を叩く。
「ぐあっ!」
刺客の手から離れた凶器を、舞は蹴り飛ばした。放物線を描き ながら落ちてくる刃物を、来須は片手で受け止めた。
「……とんだ誕生会もあったものだ。いくら我ら一族が敵だらけとはいえ、こうもあ っさり侵入を許すとは」
苦笑交じりに呟きながら、舞は、床に坐り込んだまま呻いている男を、ゆるりと見下ろす。
「今すぐ、ここから去るが良い。言う通りにするのなら、私はそなたを追いかけはせぬ」
僅かに上体を屈めて、舞は男に視線を送っていたが、不意に男の手が自分の懐に入れられ たのに気付くと、ヘイゼルの瞳が警戒色を帯びた。
「死ねぇ!」
叫びと同時に、男の手から何かの容器が、舞目掛けて放たれる。
それが、劇薬を入れたものである事に気づいた時には、すでに容器は、舞の眼前に迫っていた。
「──舞!」
主の危機に、来須は命令を無視して彼女を護ろうと、飛び出す。だが、
「下がれ!」
厳しく言い捨てたと同時に、それまで舞の手に握られていた警棒が、突然変形を始めた。
舞が、警棒の脇についていたスイッチを押した瞬間、その金属の棒は2倍以上の長さと太さになり、 そしてその表面には、もはや来須どころか、小隊中の誰もが見るのもイヤというほど目にして いる突起物が、無数に取り付けられていた。
「こんな事もあろうかと、密かに細工をしていた甲斐があったというものだ!」
嬉々とした表情で、舞は『金属釘バット』を構えると、迫ってきた容器を真っ芯に捉えた。
怖ろしいほどの快音を立てながら、舞の打球は、会場のステンドグラスを突き破り、そのまま 夜空へと吸い込まれていく。

「……素晴らしき、15歳の初アーチとなったな」

満足そうに頷いている芝村の姫君と、彼女を護る筈が、無意識に懐に忍ばせていた『加藤印のハ リセン』で、主の頭をしたたかに殴りつけていた来須は、侵入者を捕らえに来たSPもそっちのけで、 会場内の注目を一心に浴びていた。
折りしもそれは、15歳となった彼女の社交界デビューも兼ねていた晩餐会が、木っ端微塵に 崩壊した瞬間でもあった。


■エピローグ■

「良いではないか。どうせデビューした所で、ぷろぽおずをしてくる奇特な者など、おらぬのだから」
『やかましい!貴様のお陰で、あの後俺がどれだけ事態の収拾に骨を折ったか……』
小杉からお土産で貰った『いきなり○子』を頬張りな がら、のんびりとお茶をすする舞と、モニタの向こうから、彼女の従兄が苛立たしげに髪を掻き毟 っている姿を見て、来須は、心の中で少々達観気味に呟いていた。

「やっぱり、コイツは『あの男』の娘なのだ」と。


「来須×舞のギャグで」と、かなーり前に(いつかなんて、とてもじゃないけれど怖ろしくて言え ない;)銀舞同盟でお馴染みの水澤嗣狼様からリクエスト 頂いてたものです。 (銀舞同盟・及び水澤様のサイトは、リンクページをご参照下さい)
ウチの来須は、始めは芝村や「あの男」の言いつけもあって、舞の守護に当たっていましたが、 彼女のあまりにも男前 (註:何度も言うけど褒め言葉)な性格に、その内に任務も何もかも通り 越えて、彼女という人間に惹かれて行きます。
いつか、シリアスバージョンで書いてみたい気もするのですが……


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