『長靴…?を履いた猫』
挿絵:奏 亜希子(敬称略)




「俺だ」
「私だ。我が従兄殿」

芝村一族の男と女は、通信機越しに相対していた。勝吏の三白眼と、舞 の躍動感に満ちたヘイゼルの瞳が、互いに交錯する。
「───以上の陳情を頼む。発言力は、以下の通りだ」
「相変わらず無茶を言う…そなた、先日も一通りの武器弾薬及びウ ォードレス一式を陳情したばかりではないか」
「それに見合う発言力は、充分なはずだが」
「…需要が追いつかんのだ。しばらくの間、物資の陳情は控えても らおうか」
勝吏は、三白眼を更に細めると、拒絶の返答をした。
「どういう事だ?」
「言ったとおりだ。そのような事も判らぬのか、たわけが」
勝吏はそう言い放つと、一方的に回線を切った。
ひとしきり時間が流れた後、舞は通信機が載せられた隊長室の机を、 ガツンと殴りつける。

「追いつかないのは、てめーが個人的な理由でプールチケットを大 量に陳情しすぎて、他の物資を申し込まなかったからだろーが、こ のぬらりひょーんっ!」

芝村から変異体(イレギュラー)と呼ばれているこの少女は、素晴 らしく芝村らしからぬ言葉遣いで暴言を吐いた。


「…と、いう訳で物資が足りんらしいねん。みんな悪いけど、しばらくの間、 配置換えと昇進以外の陳情は控えてや」
「娯楽施設も、何故だかプールチケットだけは駄目だそうです」
司令の善行と事務官の加藤にそう言い渡された5121小隊のメンバーたちは、 あまりに突然な事にざわめいた。

「ちょっと待ってよ。それじゃあ、士魂号の備品も今の状態で何とかしろ って事?」
整備班長の原が、声を上げて困惑した。
「そういう事になりますね」
「んだよ、そりゃあ?1番機なんて、この間の戦闘で壬生屋が派手に壊して くれたばっかなんだぜ。予備の士魂号がなけりゃ、どーすんだよ!」
「も、申し訳ありません」
田代の剣幕に、壬生屋が恐縮しながら謝罪する。
「芝村ー。何とかなんないのかよぉ?上官とはいっても、一応お前の従兄 なんだろう?」
気だるげに頭を掻きながら、滝川は隣に立つ舞を見た。
舞は、相変わらず腕を組んだままの姿勢で何か考え事をしている。
「なあ、芝村…」
「そのような人間くさい情など、あの男にはない」
「げ…マジ?」
返ってきた言葉に、滝川はげっそりとした声を漏らす。
「だが、ここで悩んでいても事態が好転する訳でもない。出来るだけの事 はしてみよう」
舞はそう言うと、ひとり教室を後にした。

「……とは言ったものの。あの男の首を縦に振らすのは、容易な事ではな いからな。さて、どうしたものか……」
人気のない校舎裏に辿りつくと、舞は足を止めた。そしてふう、とひとつ 息を吐く。
何しろ、相手はあの芝村準竜師である。
隙あらば、変異体(イレギュラー)たる自分をいかに合理的に抹殺しよう か企んでいる男である。
舞の誇る膨大な発言力も、芝村の財産も、彼には何の効力もない。

「そうなると、最終手段は『アレ』しかないな…だが、私の『アレ』は、 すでに紅茶と交換してしまったし……」
イレギュラーたる彼女は、従兄の隠れた嗜好を知っていた。そして、彼と 同じ嗜好を持つ人間たちが、この小隊に潜伏している事も。
彼らにとっての『アレ』は、この世の何物にも変えがたい至宝に匹敵する のである。
だが、小隊メンバーたちの所持していた『アレ』は、すでに彼らの手によ って回収されていた。彼らの追跡の手を逃れた者はいないだろうし、いく ら彼らでも二番煎じのブツになど興味はないであろう。

「…何しろ、連中にとっての『アレ』は、特別なものだからな。例えるな ら善行にデジカメ、原にきわどい水着、若宮に甘い物、猫にマタタビ ……猫?」

その時。舞の視界に、巨体をゆらゆら動かしながらのんびりと歩いている ブータが映った。
舞は思わず手を伸ばすと、ブータの後ろ足を掴んで手元に引き寄せる。
前につんのめりかけたブータは、ニャーと抗議の声を上げた。
「……」
前足を懸命にバタつかせるブータに、舞は反射的に顔がほころび掛ける。
思えば、今でこそこうして何の抵抗もなくブータに触れているが、それまで の苦労は並大抵のものではなかった。

「抱いてごらんよ」と速水に渡された時は、緊張しすぎたせいか、勢いあ まって 速水ごと抱き上げてしまった。(何故だかその時、速水は うっとりと頬を染めていた が

またある時は、来須にブータを固定して貰っている隙に触ろうとしたのは 良いが、誤って 来須の頬を撫でてしまった事もあった。(「そこは違う」と 冷静に返されたが、何処か焦っているようだった)

そんな血の滲む(?)苦労の末に、舞は猫に触るという偉業を成し遂げたの である。それにしても猫は良い。ふわふわしているし、あの愛くるしい泣き 声、そして肉球のぷにぷにした感触……

「──はっ!?」

危うく、意識が何処か別の世界へ行ってしまう寸前、舞は己を取り戻した。
未だニャーニャーと暴れているブータの後足を掴みながら、舞はそのスタン ダードな猫の1.5倍(当社比)はあるだろう肉球を、手の中で弄ぶ。
「……待てよ。猫か…そうか、猫だよな……」
親指で肉球の感触を楽しみながら、舞は呟いた。


新市街へ出掛けた舞は、手芸店で赤い毛糸と編み針を、そして書店で『やさし い編み物(民明書房刊)』という実用書を購入した。
「……何々。3本の針を用いて編目を作るのか。…ふむ、面白い」
知的好奇心の旺盛な舞は、毛糸を編むというこの作業が気に入ったようである。 遠巻きに見つめているクラスメイトたちをよそに、ひとり黙々と毛糸を編み続 ける。
「……舞。何編んでるの?」
皆を代表して、速水が恐る恐る声を掛けてきた。あの芝村一族の末姫が、昼下 がりの教室で編み物というのは、ある意味相当のインパクトがあったらしい。
「──靴下だ」
速水の質問に、舞は顔を上げて答えた。
「…でも、随分ちっちゃくねーか?それじゃ、出来上がっても履けないと思う ぞ」
『靴下』という言葉に反応したかどうかは知らないが、来須との会話を中断し た滝川が、舞の傍に立つ。
「勘違いをするな。これは、私のではない」
「じゃあ、誰の?」
そう問われて、舞はそっと目を伏せると、帽子の影からこちらをこっそり盗み 見ている来須を一瞥した。
そして、仄かに頬を染めながら、

「……医者には、来年の2月が予定日だと言われた」

その瞬間。

「来須クーン!順番を間違えてハイケマセーン!」
「不潔です不潔です不潔です不潔です不潔(以下エンドレス)!」
「せんぱーい!気は確かですかー!?」
「…表に出ろ、ちくしょー!(ちょっと"黒"入っている)」
「……!?…待て、俺は何もしていない!」




芝村一族の冗談は、やはりつまらないどころか、周囲を混乱に招いてしまっていた。


そんなこんなで1週間後。
「俺だ」
「私だ。我が従兄殿」
久々に、芝村の男と女は、通信機越しに相対した。以前とまったく同じ言葉に、 まったく同じ表情。
ただ違うのは。

「……何だそれは」

勝吏は、舞の胸元に鎮座している巨大な物体を、胡散臭そうに見つめる。
「見て判らんのか。猫だ」
体重8キロはあるかというブータを、舞は何の苦もなく軽々と抱き上げていた。
ブータの前足をちょい、と持ち上げると勝吏に挨拶させる。
「芝村の末姫ともあろう者が、猫と戯れるなど、堕落も堕落だな」
「ほっとけ、このアホンダラ」
まるで、性格の悪いOVERSでも寄生したかのような粗野な台詞に、勝吏はぴく りと眉を動かす。
「───何か言ったか」
「別に。空耳ではないのか?」
白々しいほど爽やかに切り返すと、舞はブータの前足を下ろす。
「用件を言うぞ。物資の調達だ」
「…当分の間、物資は待てと言っただろうが」
「私が何の用意もなしに、こんな話を持ちかける訳がなかろう。どうだ? ここはひとつ、取引といこうではないか」
不敵な笑顔で、舞は勝吏を仰ぎ見た。
「……取引だと?」
「そうだ。そなたにとっても、悪い条件ではないと思うのだが」
腕の中のブータを抱き直すと、舞は言葉を続ける。
「…何の為に、私がこの猫を抱いてそなたと話していると思う?」
「……何?」
勝吏は僅かに語尾を上げると、モニタに映る従妹と、彼女の胸元に収ま っている巨大な猫を見た。
舞は、ブータの身体をごろりと倒すと、その後ろ足を持ち上げ、モニタ の向こうにいる勝吏に見せ付けるようにする。

「───!」

ブータの2本の後ろ足には、小さな赤い靴下が収まっていた。不自然な 体勢を嫌がるブータをよそに、舞は目を細めながら勝吏を見つめる。
「…ざっと、1週間ものだ」
「き、貴様…何故それを……」
明らかに動揺しながら、勝吏は舞に問う。鋭い声とは裏腹に、彼の視線 は、猫の履く小さな靴下に釘付けになっていた。
「私はイレギュラーだ。そなたの嗜好を探るなど雑作もない事。それ より……」
舞は、制服のポケットから100円ライターを取り出した。
シュボっと火を点けると、靴下に包まれたブータの足元に近づける。
「…待て!」
火を怖がって鳴くブータよりも悲痛な声が、スピーカーから聞こえ てきた。
従兄の反応に内心ほくそ笑みながらも、舞は努めて冷静な声で返す。
「───どうする?取引に応じるというのならば、コレはそなたに 進呈する。だが、断るというのであれば、この場で焼却した後、事の 次第を更紗殿に報告するつもりだが」
「俺を脅しているのか」
「……脅す?私がそなたをか?」
軽く肩を竦めると、舞はわざとらしいほどニッコリと笑顔を作る。

「安心しろ。そのような下らぬ事、 ほんの少ししか考えておらぬから
「考えとんのかーっ!」




昼下がりの小隊長室に、世にも珍しい人物の叫び声が響き渡った。


「お前さんも鬼だねぇ。あんな悪どい手段で、準竜師さんをねじ伏 せるたあ」
「…そなたに言われたくはないぞ」
瀬戸口の揶揄をかわしながら、舞は行儀良く鎮座しているブータに マタタビを渡す。
ブータは小さく声を上げると、嬉しそうにそれを口にくわえた。

半ば強制的に勝吏に物資の調達を約束させた舞は、その直後、あら かじめ隊長室前に待機させていた5121小隊のメンバーを、一気に 突入させた。
嵐のような陳情を聞かなくてはならなくなった勝吏は、心の中で『イ レギュラー抹殺』の決意をますます固めた…かどうかは知らない。
「それに、私は取引をしただけだ。今頃ヤツは、私が送り届けたブ ツを心ゆくまで堪能しているだろうしな」
「…さいですか」
小さく呟きながら、瀬戸口はブータを見る。ブータは、暫くの間自 分の身体を地に擦りつけていたが、不意に起き上がると、こちらに やってくる大きな影に向かってニャンと鳴いた。

「おっ、来須じゃないか」
瀬戸口の声に、舞も顔を上げるとその逞しい体躯を見上げた。
「そういえば、そなたもあの日小隊長室にいたな。あの男に新し い装備品かウォードレスでも頼んでいたのか?」
「……」
来須は答えずに、ズボンのポケットから一枚のチケットを取り出 すと、舞の目の前に差し出した。
「プールチケット?そなた、そんなものを陳情したのか?」
「……日曜は空けておけ。たまには外へ出るのもいいだろう」
「───え?」

続いて出た来須の言葉に、舞は思わず無防備な声を上げる。


そんな彼らの足元では、ブータが何処か面白そうな表情でニャーと鳴いていた。



───いや、ホントすいません。「ブータと芝村さんメイン」とおっしゃっていたのに、 気が付けばただのラブコメに……(泣笑)こんなんだから、きっと皆さんリクエストしない で下さるんですね。「こいつに頼んでもロクなもん書きゃしねぇ」って。
一応こんなんでも、書かせていただきました。受け取って下さると嬉しいのですが…え? いらない?やっぱりね(笑)

追記:リクエストの奏亜希子様ご本人から、素晴らしイィCGを頂戴しました♪(本 文にある小さいカットをクリックすると、本元の画像が拝めます)
もう『エビで鯛を釣る』というか、『ゴカイでカジキを釣り上げた』とは正にこの事ですね。
掲載しても良いという事で、載せさせていただきました。本当に有難うございます!
何だか今にも「大量吐血で横転」しそうな……(←やめれ)

 



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